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武藤記念講座(講演会事業)

記念講座の記録

2010年11月20日(土)

音楽家 吉田進氏
「シャンソン《枯葉》のすべて」(於大阪武藤記念ホール)

「シャンソンとは」

シャンソンはフランス語で単に「歌」という意味であり、明確に定義づけされた音楽的特徴を有しない。然しそのスタイルの代表的形式は、物語の進行部分の「クゥプレ(節)」とその間に挟まれて歌われる「ルフラン」よりなり、一篇の物語として成り立っている。特にその同じシンプルなメロディーの繰返しのルフランで、哀愁と喜びの人生を歌うものであると言える。尚日本においては、1960年代までに流行した懐メロとなったフランス歌謡曲全般をいうことが多い。

「枯葉誕生後の出足は順調ではなかった」

「遠く過ぎ去り帰ることのない恋愛への追憶」の歌詞により日本人が一番好きなシャンソンと言われる《枯葉》(作詞プレヴェール、作曲コスマ)は、どのようにして誕生したのか、これまで謎とされて来た。枯葉は1945年にバレエ「逢引き」の伴奏音楽で、通常歌詞が先であるのに、曲がまず生まれた。続いて翌年の46年にまだ25歳のイヴ・モンタン「夜の門」に出演し、挿入歌として枯葉のメロディーを口ずさみ、共演者もハーモニカでメロディーを吹いている。然しこの歌を創唱(作られたばかりのシャンソンを始めて歌い、その歌に生命を吹き込むこと)した、後の世紀の大俳優・大歌手イヴ・モンタンは出足の不評を「自分の人生最大の失敗は枯葉だった」と述懐している。

「然し世界的に知られるシャンソンの代表曲へ」

そのイヴ・モンタンのスキを縫って47年、「白い貴婦人」と呼ばれたコラ・ブォケールがレコード録音して好評を博したが、イヴ・モンタンもやっと1949年にレコーデイングして、5年後にはミリオンセラーとなった。そして当時人気のあった知性派のシャンソン歌手ジュリエット・グレゴが歌ったことで世に知られることとなり、1950年代には「シャンソンのスタンダード曲」となった。と同時に世界への伝播が始まり、アメリカではAutumn Leaves としてポピュラー音楽界のスタンダードナンバーとなり、ジャズ界において20世紀ポップス界を代表するトランペッター、マイルスディビスに奏せられた。

スペインのフラメンコ等世界各地でアレンジされ、日本においては、現在の人間が抱える葛藤を徹底的にリアルに描いて若者の代弁者的存在へとなっている、32歳のシンガーソングライター椎名林檎によって今も見事に歌われている。

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