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武藤記念講座(講演会事業)

記念講座の記録

2011年7月16日(土)

日本女子大学教授 臼杵陽氏 「激動のアラブ諸国の政変を読み解く」(於大阪武藤記念ホール)

T アラブとは何か

1.「中東とアラブ世界は等しからず」
アラブ世界はエネルギー資源の日本への重要な供給元であるが、我国から遠く離れ、らくだと砂漠のイメージが先行して日本人がよく知らないことが多い。まずこの講座では「中東」と「アラブ」を区別しておかねばならない。中東とは英語でミドルイーストであるが、アラビア語圏、トルコ語圏(トルコと中央アジア諸国)、ペルシャ語圏(イランとアフガニスタン)の三つよりなり、イスラーム国家であることが共通点であるが、その内のアラビア語圏が「アラブ世界」である。それらは、西はモロッコとモーリタニアから、東はイラクまで、北はシリアから南はスーダン、アラビア半島諸国、アフリカの角と言われるソマリアまで21カ国とPLOよりなる。言い換えればアラブ世界は西アジアと北アフリカ(黒いアフリカとはサハラ砂漠で分けられている)からなる。なお最近スーダンから独立した南スーダンは黒人の国である。

2.「アラブ革命の事態へ」
アラブ世界で起こった今回の事態は想定外の「アラブ革命」へ発展した。特にアラビア語と云う共通の言葉が情報の伝達を早め、かつその影響の範囲を広げたと言える。 もともとアラブ諸国の政治体制は、エジプトだけはバルーンの針で一押しの状態であったが、その他の国々は短中期的には安定していると専門家の間でも見られていた。然しチュニジアとエジプトは政権がたちまちの内に崩壊し、シリア、リビア、イエメンとバハレーンの四カ国においては政権との全面対決による内戦状態となっている。さらに内戦までに至らないものの、八カ国が国内デモの状態である。以上を一言で整理すれば部族と宗教の構成が比較的均質なところが厳しい状況になっているが、その構成が複雑なところは、まだ事態は深刻でない」と言える。

3.「アラブ世界を見る諸視点」
上記の事態が深刻な六カ国は、チュニジア、エジプト、シリアの「権威主義的独裁体制の共和制」、リビアとイエメンの「地域的・部族的分裂状態にある共和制」、及び「宗派にプラスして民族的分裂状態となっている王制」のバハレーンの三つに分けることが出来る。尚イスラームの宗派はカリフをマホメットから四代目のアリーの血縁で選ぶか、選挙で選ぶかの指導者の選び方で、シーア派(イスラーム全体の1割)とスンニ派(同じく9割)に分けられるが、イスラーム教義上の違いはない。又全アラブ諸国はアラブ連盟に加盟しているが、産油国と非産油国が存在することから、EUに比べて利害関係が一致しないことが多い。革命が起こったエジプトとチュニジアは共にオスマン帝国の支配下にあった。19世紀に独立して日本より早く立憲王制を経験し、富国強兵と殖産興業を試みたが、対外債務を抱えて(エジプトは綿花に特化したモノカルチャーの産業政策とスエズ運河への投資により)英国とフランスの植民地になることを余儀なくされた。20世紀になり共に独立するも、どちらもすぐにクーデターにより王制を倒して軍人による権威主義的独裁共和国となっていた。又双方とも民族構成が複雑でなく、国民意識が高く、国民国家として比較的安定していた。

U アラブ革命はなぜ起こったか

1.「ソーシャルメディア革命説」
今回の政変をメディア革命ととらえる見方が日本にもある。即ちアラブ社会は固定電話は発達していないが、携帯電話が普及しているので、若者を中心とした不特定多数の人達が、その厳しい検閲にもかかわらず、ツィッターやフェイスブックの書き込みにより、瞬時にかつ幾何級数的にデモに参加した。また規制のない自由な放送局であるカタールのアルジャジーラなどのアラビア語の衛星放送により、さらには英語放送も始まり、パラボナアンテナを設置すれば、革命の現場をリアルタイムに見られることもデモに拍車をかけた。然しそれらメディアの発達は大きな要因ではあろうが、あくまで「媒体」であり、それが「革命の直接の原因」になる訳ではない。

2.「アラブ権威主義的独裁体制への反発」
エジプトはグローバル化の流れに乗り、新自由主義・市場万能原理の経済政策を進めたが、2008年の世界的金融危機により合理化を余儀なくされ、景気調整の名のもとに雇用が大幅に抑制された結果、失業者が増え、特に新卒の高学歴の人達の就職難が著しくなった。そのような中で、縁故主義(ネポティズム)による独裁的支配層の政治腐敗、その親族の不正蓄財及び大統領世襲の動きが、若者達の大きな反発を招くこととなった。特にエジプトでは1973年に暗殺されたサダト大統領の後継者として、長期政権を維持してきたムバーラク大統領の特権支配層は海外からの企業誘致のリベートにより巨額の資産を蓄えたといわれ、口コミにより失脚の原因となった。

3.「人間としての名誉の回復のために」
複数の妻を持つことを禁じる等、アラブ世界では最も進んだ民法を持つチュニジア革命の発端は、生活のため行商をしていた青年が、婦人警官から暴行を受け、人間としての名誉の回復のために抗議の焼身自殺をし、この事件を機会に反政府運動が全土に広がり、ジャスミン革命(ジャスミンは同国の国花)が勃発して政権が崩壊した。なおチュニジアもエジプトも軍部はデモ発生の初期段階から中立を宣言し、武力介入を自制した。国内で発砲したのは治安維持のための警察であった。軍隊が動かなかったと言うよりも動けなかった方が正しいのかもしれないが、もし軍隊か出動していたら内戦に入っていただろう。

V アラブ世界は歴史の新しい段階に入ったのか?

1.「イスラームが前面に出ない革命」
「今回のデモではスローガンとしてイスラームのイの字も出て来なかった。ビン・ラーディンの名前も出て来なかった。彼が殺害された時には報復テロが心配されたが、ビン・ラーディンとアル・カーイダはすでに現実妥当性を喪失した時代遅れの中年男」とイギリスのアラブ通の有力ジャーナリストが論じている。又フランスを代表するイスラーム研究者は「デモにイスラーム原理主義者の顔が見えず、革命に参加している人を見るとポスト・イスラーム革命に向っていることは確実である。何故ならば、教育のある宗教を志向しないリベラルなデモ参加の若者達は、イスラーム主義者が独裁者になることをよく知っており、イランやサウジアラビアのような国になるのは御免こうむると、極めて実際的な考え方をしているからである」と述べている。

2.「イスラーム勢力にアラブ革命を乗っ取られてはならない」
然し英国のエコノミスト紙は「確かに現在のところ、各国の反政府運動は概ね宗教とは無関係に見えるが、最近イスラームが勢力を拡大する兆候が見られる。然し多元的民主主義を否定して、女性を虐げ、キリスト教やユダヤ教に対してジハードの旗を掲げるイスラーム主義者に、アラブの目覚めが乗っ取られてはならないと」警告している。二国に続くのはシリアとリビアであり、その帰趨が今後の流れを決めるが、現時点では内戦の常態化も含め不透明な部分が多い。いずれにしても革命はまだ現在進行中である。

3.「アメリカの中東における覇権の行方」
米国はイスラーム世界に対して「民主化」の理念を大義として言い続けてきた。今回の革命においても、20年前のアルジェリアへの介入と対照的に、民主化の建前から干渉できなかった。然し米国は民主化と並び「地域の秩序の安定」というもうひとつの大きな目標があり、そのためにはある程度民主化を犠牲にしても、安定を選択する現実的政策を取ってきた。これは例えばエジプトの選挙において、ムバーラクが99%もの票を獲得する選挙の不正を見て見ぬふりをしてきたことに現れている。又サウジアラビアにおいても、選挙に基づく自由はなく、サウド家の一族でないと閣僚になれない国であるのに、大産油国であるために、民主化については一切不問に付してきた。又ジョージブッシュ大統領の二期目に、イラクに対しては民主化のためにネオコンを切ったのに、サウジアラビアにそれを適用すれば王制が壊れ、石油供給不足が国際市場を混乱させるとしてダブルスタンダードを適用した。 いずれにしても今回アメリカがアラブ革命に不介入であったことにより、地域の警察官がいなくなった。同時多発テロ以来10年目の対テロ戦争を終結させるべく米国は本年末までにイラクから、来年夏までにはアフガニスタンから名誉ある撤退をするが、米国の信頼の低下は否めない。それは中長期的な意味での米国の中東の覇権の終焉の始まりであり、ひいては中東の不安定化の始まりとみるべきなのか、来年11月の次期大統領選挙を見据えたオバマ大統領の中東政策はどうなるのか、今回のアラブ革命でイスラエルの存在も見えなかったが、パレスチナ問題も含めまだ難題は山積みである。

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