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武藤記念講座(講演会事業)

記念講座の記録

2011年9月24日(土)

埼玉大学名誉教授 長谷川三千子氏 「『戦後』を克服すべし」(於大阪武藤記念ホール)

T 戦後後遺症を克服できない3つの大きな要因

1.「気概を失った日本人」
大きな戦争に負けたのであるからその傷あとから立ち直るのに、十年くらいかかるのは致し方ないにしても、日本人の精神的後遺症が66年たった今も癒えていないのは尋常ではない。また講和条約により主権を回復してからでも60年になるのに、自分の国を自分で守ろうとする気概がほとんどゼロに等しい。最近の例ではロシアの爆撃機に日本列島を一周されて、政府が断固たる態度を取るかと思えば少しばかりの遺憾の意を伝えたと言う体たらくである。それにしても敗戦後遺症がどうしてこんなに長らく日本を支配しているのか。

2.「東京裁判」と「日本国憲法」
敗戦後遺症から脱せられずにいるのは、意図的に戦争を仕掛けた敵国が、日本が自分達の脅威として二度と立ち上がれないように戦後のシステムをしっかり作り上げて占領を終えたからである。そのシステムは3つあり、ひとつは本来戦争中の行為である報復裁判を戦勝国が一方的に押付けた、国際法に照らしておかしい「東京裁判」である。2つには形の上では国会の審議があったにせよ、その中身はGHQのスタッフ25人が総がかりでわずか6日間で英文の草案を作り、日本語への翻訳についても一語毎に圧力を受けた「日本国憲法」である。このような制定過程は、一国の主権を規定する憲法について論理矛盾も甚だしいと言ってよい。

3.いわゆる「人間宣言」
そして3つ目は前の2つに比べると余り普段は言われないが、敗戦後はじめての正月に発布された昭和天皇の年頭の詔書、いわゆる「人間宣言」が日本人の心にいまだ大きな爪あとを残している。然しこれは前のふたつが極めて明確であるのに対して実は微妙で難しい問題を含んでいる。

U 昭和21年年頭の詔書「人間宣言」

1.「人間宣言」についての陛下のお言葉
その詔のなかで、昭和天皇がご自身の言葉で「現人b(あらひとがみ)」は架空であると語られていることについて、昭和52年に記者団の質問にお答えになり、天皇の神格化の問題は二の次であり、第一の目的とするところは、冒頭の「五箇條の御誓文」を掲げて、もう一度日本人の誇りを取戻すためであったと仰せられている。一方三島由紀夫は、二・二六事件の青年将校を主題にした「英霊の声」のなかで、記紀神話の昔に返っての天皇親政を天皇ご自身が否定されたことについて、将校の英霊をして「などて皇(すめらぎ)は人となり給いし」と慨嘆させている。然し三島は将校達の復権を願うだけでなく、「人間宣言」についても意識していたと後書きで書いている。
その人間宣言のなかに「空っぽで、ニュートラルの、無色の」日本の空洞化の根本が潜んでいると考えたからであり、三島ならずとも多くの良識ある日本人はこの詔書が発せられた時から、いわゆる「人間宣言」の呪縛が解けず、心のなかにもやもやしたわだかまりを残したままなのではないか。人間宣言は官報にも掲載された公式の詔書で述べられているので、その背景と成立の経緯がきちんと根元からきれいに検証されるべきである。

2.「人間宣言成立」の背景
そもそも大東亜戦争は、我国への意図的物理的圧迫に対してここで反発しなければ窒息するからと、やむなく自己防衛するために戦われたものである。然しGHQは我国が再び立ち上がれないように「記紀神話から始まる伝統のなかで、神々の子孫としての天皇への日本人の絶対の信頼」を打ち砕こうとした。然し天皇と記紀神話が戦争の原因になったとするのは「暴風雨の時に傘をさしているから雨が降る、傘を取ってしまえば雨も降らないだろう」と云うに等しい。そもそも米国は今も昔も「民主主義原理主義」を振りかざし、民主主義以外の国があると民主主義の国になるように啓蒙しなければ世界平和が実現されないとの脅迫観念に囚われている。日本についても日本の主権を握って神道を根だやしにして無力化し民主化しようと意図するものであった。20年12月には神道指令(政府の神社への支援の廃止)も出されたが、これもGHQの甚だしい誤解によるものであり、「煙をはさみで切ろうとしている」ものであるとの喩えがぴったりである。

3.「人間宣言」成立までの経過
以上の背景の中で、GHQからの「天皇を非神格化」すべしとの意向をくみ、ある米国人の英文での素案をもとに、前田文部大臣と内閣書記官長が高い澄み切った心境により大御心に帰一して(陛下の詔を作成する時の常であるが)日本語での草案を作成したと思われる。その草案は暮も押し詰まった12月22日、文部大臣から幣原首相に上げられたが、首相はそれを評価せず、25日首相自ら英文で起草し、26日に完成後日本語に訳されて、29日に文相が参内し上奏された。
然し天皇は、明々白々の致命的間違い(下記*の箇所)を敢えてお見逃がしになり、原文は修正・削除されることなしに、その代わり「五箇條の御誓文」の追加を指示され、31日に完成し、元旦に発布された。
   * 天皇ヲ以テ現御b(あきつみかみ)トシ、且日本國民ヲ以テ他ノ民族ニ優越セル民族ニシテ、延テ世界ヲ支配スベキ運命ヲ有ストノ架空ナル觀念ニ基クモノニ非ズ。(現御神を神的という意味のDIVINEと約し架空の神としたことが間違いであり、全知全能ではないが、西洋人によく理解できるGODとするべきであった。又ユダヤ教のように日本民族は他の民族に優越するとは考えておらず、八紘一宇とは同じ屋根の下に住むと云う意味であることを強調すべきだった)

V 「人間宣言の呪縛」を克服するために

1.日本の民主主義は輸入されたものでない(昭和天皇)
五箇條の御誓文は京都御所の紫宸殿の神前で明治天皇が、公卿・諸侯を率いてその全員が署名して誓約されたものである。
一、我国の民主主義は米国流の原理主義のデモクラシーと違い、日本が神々によって作られ、神々の子孫によって「知らされ(統治され)」、生き生きとした大御宝(おおみたから、民のこと)の為の政治を目指すものである。
(御誓文第一条、廣ク會議ヲ興シ萬機公論ニ決スヘシ)
一 、それは上からの押し付けではなく、民が自発的に働いて現御神が苦楽を共にして幸せになる日本の国体そのものの実現を目指すものである。
(同ニ条、上下心ヲ一ニシテ盛ニ經綸ヲ行フへシ、同三条、官武一途庶民ニ至ル迄各其志ヲ遂ケ人心ヲシテ倦マサラシメンコトヲ要ス)。
一、「大事なことはもろともにあげつらうべし」と正しい議論により天地の公道を求め、知識を世界に求めて、世界に通用するよき政治の理想を求めるものである。
(同四条、舊來ノ陋習ヲ破リ天地ノ公道ニ基クヘシ、同五条、智識ヲ世界ニ求メ大ニ皇基ヲ振起スへシ)
そして以上の理想を支えてきたのは、代々の天皇がいつも皇祖の神々に護られ、かつ道徳的にも見守られて神々の子孫として正しいことをしていることを、求められてきたことによるものである。

2.西洋の神と違う日本の神の大きな心
西洋の神は唯一絶対・全知全能の神である。旧約聖書によれば、イスラエルの民の祖アブラハムは高齢でやっと生まれた大切な嫡男イサクを、神の命令に拠りホロコーストせよと言われ、それを実行しようとする直前に許されたが、神は絶対的服従の証として命を要求した。一方日本の神は全知全能でなく現身(うつせみ)の神であり、そのような命の要求はしない。逆に日本の神は民を助けるため自らの命を差し出し、民は要求されずとも大君のために自分の命を捧げる心が日本人の男の子の奥底に生きている。まさに「海行かば 水漬(みづ)く屍(かばね) 山行かば 草生(くさむ)す屍大君(おおきみ)の 辺(へ)にこそ死なめかへりみはせじ」である。

3.結び
現在の日本の危機は、特に目新しいものではない。敗戦後の日本の抱えつづけてきた自信喪失が、大震災の克服等、肝心の時になって、あからさまなかたちで、あらわれてきただけのことである。然し「人間宣言」の呪縛を解かずして、精神の空洞化は治癒されない。それには、「年頭の詔書」をしっかり読み込み、まず足元をしっかりすることが大切であると考える。

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