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武藤記念講座(講演会事業)

記念講座の記録

2012年6月2日(土)

北海道大学名誉教授 木村 汎(ひろし)氏
「大統領に復帰したプーチンと北方領土交渉」
(於大阪武藤記念ホール)

はじめに

「クレムリンの権力にこだわるプーチン」
プーチンが、去る5月大統領に復帰した。憲法改正により今後は同一人物が1期6年、さらに続けて2期12年間大統領を務められるので、2018年までどころか、71歳になる通算4期目の2024年まで在任が可能であり、さらに傀儡の中継ぎを選ぶならば、終身大統領であり続けることも可能となった。彼が花道引退せずそこまで権力にこだわるのはチェチェン及びその周辺地域への武力弾圧、政敵の暗殺などにより、厳重なガードマンに常時守られねばならないからである。もし大統領を辞めたら、外国のどこに逃れてもあのスターリンに殺されたトロッキーのように、暗殺者は世界中で待っており、安住の地はクレムリンの中だけである。

第T部:プーチンの日本以外の主要国に対する外交政策
「平和なおとなしい国、日本との外交は二の次」
最初に日本より優先順位が高い米国、ヨーロッパ、中国へのプーチンの外交政策を述べたい。グローバル化の時代にすべての外交政策は互いに関連しているが、プーチンは先ず上記の主要国には関るが、「平和なおとなしい」日本に対しては、あわてて関わる必要がないと考えているだろう。然し1〜2年後にプーチンは必ず動いて来るが、動いているようなふりに乗ってはならない。プーチンが本気に動いた時こそが北方領土問題解決のチャンスとなろう。

1.米国との関係が最重要であるが、関係は「ぎくしゃく」
プーチンが米国との関係が優先順位NO1と考えるのは当然である。米国はロシア連邦を物理的に破壊しうる核の超大国であり、国連、IMF・世界銀行、NATO等国際的な主要組織・機関の事実上のリーダーであるからだ。オバマはロシアの「双頭」政権成立以来、2人の指導者の「区別化」(differentiation)戦略を採り、リベラルのメドベージェフ大統領と、KGB出身のタカ派プーチン首相間の分断を狙ってきた。然しプーチンも再選の可能性が高いオバマ大統領と米ロ関係の諸問題の緊張緩和を目指すいわゆる“リセット”外交を引き続き継続するだろう。  然し米ロ間には、そもそも民主主義の価値観について基本的対立がある。即ち公正かつ自由な選挙・三権分立・言論とメディアの自由といった基本的要素が保障されている米国の「普遍的民主主義」に対して、ロシアのそれは「主権民主主義」でありロシアの伝統に沿った上から指導される「管理民主主義」である。  さらにミサイル防衛(MD)、イラン、シリア、北朝鮮に対する制裁で具体的対立があり、最近では、プーチンは米国5月のキャンプ・デービッドでのG8会合をキャンセルして、米国にコールドシャワーを浴びせた。公式説明は組閣準備で多忙であると発表したが、本当の理由はオバマ再選まで実質的討議が見込めないとする米国に対する不快感の表明であり、まず高飛車の強硬姿勢の「バザール戦術」であり、G8からG20、上海協力機構、ブリックスへ軸足の移動を図っていることが考えられる。

2.経済関係では蜜月だったヨーロッパとの関係も「ぎくしゃく」
プーチン第1期、2期政権における首脳たち、同い年で米国へ話を通してもらえるブレア(英)、べたべたの関係だったシュレーダー(独)、家族ぐるみの関係のベルルスコーニ(伊)とそしてサルコジ(仏)ら、旧知の指導者たちは退陣して蜜月は終焉した。 緊密だった経済関係も、2006年にウクライナへの天然ガス供給が停止された余波で、ロシアに平均で三分の一を依存するヨーロッパへの友好パイプラインまでもストップし、ヨーロッパ諸国に資源の多元化と代替エネルギーを進展せしめた。 同じく2006年の英国の放射性物質によるリトビネンコ暗殺事件による不信感、2008年のグルジアとの5日間戦争も信用を損ねることとなった。

3.中国との関係はお互いに「アンビバレンツ」(矛盾する愛憎2側面の同時存在)
ロシアと中国は、一方において欧米先進諸国に対して連携して対抗する必要からの「便宜結婚」ともいえる「戦略的パートナーシップ」の関係にある。他方において、地上で長い国境線(4,250km)を共有するので、ダマンスキー島紛争の如くの潜在的脅威感がある。 特に中国の台頭とともに、資源地帯中央アジアへの中国の進出、資源価格をめぐる不一致、コピー生産による武器売買の激減により潜在的脅威感が増している。  又最近のぎくしゃくは 朝鮮半島における鉄道網や資源パイプライン網の敷設をめぐる確執、北朝鮮核開発に対する制裁をめぐる微妙な相違、ロシアのインドやベトナムへの接近・協力(ガスプロムによるベトナム大陸棚の開発etc)に対する中国の不満、中ロ合同海軍演習(2012年4月)をめぐる思惑の違い等である。又中国にとり、日米との経済関係がより重要となってきていることもロシアを苛立たせている。

第U部:プーチン復帰後の日露関係

1.日本のロシア研究者の意見が2グループに分かれているマイナス
@基本的スタンスについて
「原則論者」は北方領土の一括返還は、日本が決して譲れぬ立場とし、たとえ何十年、何百年かかろうとロシア側が一括返還に同意さえするならば、実際の返還の「時期、態様、条件」については、柔軟な態度をとるべきとする。「妥協論者」は北方領土交渉も、相手方(ロシア)がある交渉事である以上、或る程度の妥協は必要であり「まず二島、次いで残りの二島」(「段階的返還」)でもよいのではないかと考える。
Aその利害得失について
「原則論者」は、日本の領土を取られて平気では情けない、この問題には日本国と日本国民の主権・尊厳が懸っており、安易な妥協は、「日本人=エコノミック・アニマル」説を強化し、世界の侮蔑を招くとし、又ロシアの「資源依存」体質は容易に修正されず、中国の脅威も高まる。日本のハイテク科学技術を求めて接近してくる時期が必ず到来すると読む。「妥協論者」は日本の立場固執は、日本国民全体の自己満足を得るかも知れぬが、日本人は頑迷であるとの印象を強め、何よりも北方四島から1万6000人も強制引揚げさせられた人々が犠牲になるとする。ロシアは資源大国であり、経済力を梃子にしての返還要求戦略は限界がある。四島は「ロシア化」しつつある。四島に関与し四島における日本の存在感を示すことが肝要である。
B他の国境問題に対する影響の差について
「原則論者」はロシアとの北方領土問題に関して安易な妥協を行えば、それは尖閣、竹島問題などに対しても悪影響を与える。(“diplomacy by example”)「妥協論者」はそれぞれのケースは異なり、必ずしもそうとは限らないし、3つの隣国と国境問題をかかえ、日本外交の重荷になっているのでひとつでも早く解決すべきとする。

2.ロシア側からの攻勢
(1) ロシアから見た中国と日本の違い
「地政学的」には中国との国境は4250kmの地続きであるが、日本とは海で隔離されている。中国との間で「領土問題」は解決済みであるが、日本との間では未解決である。さらに「軍事的」には中国は対ロシア攻撃が可能であるが、日本は不可能である。外交的には中国とは反米で連携しているが、日本は対米依存である。
(2) ロシアからの北方四島への「共同経済開発」提案の是非
@「反対論者」は「ロシア化」が進行しているのならば、なぜロシアは共同開発を提案するのか、その結果日本の主権が損なわれるとし、「賛成論者」ロシア化が急速に進行中なので日本の関りが必要である。日本の主権を損なわずに何か出来る筈とする。
A「反対論者」はトラブル発生時、ロシアの裁判権によりロシア法にもとづいて裁判され日本の主権が侵されるとし「賛成論者」はロシア法の下での協力は、島の主権問題での日本の原則的な立場を害することはないとする。
B「反対論者」日本側にとって領土返還よりも経済的利益重視のイメージが強まり現状固定化につながるとし、「賛成論者」は日露の協力関係を誇示し・日本(とくに根室地域)に対し若干だが経済的利益があるとする。 然し反対論者の考えはロシアに取って経済的、法律政治的、外交・象徴的利益が得られる一石三鳥(四島)である。
(3) プーチン発言(2012年3月)
日本人記者に向い、自分が5月大統領に復帰した暁には、「ハジメ!」と号令して、日露間の領土問題を「引き分け」の形で解決する意図を示唆した。しかし、これは、選にの挙前に行ったプーチンが得意とする観測気球に過ぎないばかりか、日本側としては受け入れられない内容である。柔道用語の連発は、要注意である。 @「引き分け」は、日本側にとりありえない。日本側は、日ロ領土交渉において“正札商法”を取り、既に南樺太および18の千島列島を断念する大譲歩を行っている。 A「引き分け」が二島(歯舞・色丹)の引き渡しを意味するのならば、四島のわずか7%分の面積にすぎない。 B上記プーチン発言が「日ソ共同宣言」(1956)に従っての領土問題の解決を意味しているのならば、次の意味からも日本側はとうてい同意しえない。同宣言のプーチン式解釈は「二島を日本側に物理的に“引き渡す”(hand over)であり、主権まで“返還する”(return)」とは必ずしも明言していないからである。  

3.結論 「日露関係に一条の光か」
(1)日露間の北方領土交渉は、5つの変数(vプーチン、wロシア国民、x国際状況、y日露間の力関係、z日本側の団結)の連立方程式を解かねばならない。
(2) 2011年プーチンが大統領に復帰することを発表した9月24日以降の5つの変数の変化はプラスとマイナスが相拮抗している。@(v)プーチンは今まで通りの立場しかとらず指導力に陰りがある(マイナス)A(w)ロシア国民はインテリ化が進み、中間層が増えて希望が抱ける(プラス)B(x)国際状況はプラス、マイナスの両方がありうるので中立C(y)力関係は日本はこれから少子化で資源が要らなくなり、科学技術力がある日本側に有利、ロシアの資源埋蔵量は減少しており、ものつくりとハイテク等、資源以外は駄目な国である(プラス)D(z)日本側の団結は研究者が分裂して批判し合って危うい(マイナス)
(3) 即ち2つのマイナス(v,z)と2つのプラス(w,y)と半分ずつのプラス・マイナスとなり、チャンスは直ぐには訪れないが、必ず訪れるだろう。それはプーチン体制の崩壊時と考える。然し当分は日本側から動くのは禁物であり、「待てば海路の日和あり」の我慢比べとなろう。


最後に
「北方領土の返還運動による日本主権の回復を、武力を使わないで平和的手段で解決出来るか、世界が固唾を飲んで見守っている。富士山の九合目まで来ているのに、多年の苦労を無駄にしてはならない。安易に二島だけで妥協はしては世界の尊敬は得られない。それは右翼や間違ったナショナリズムの運動ではない。戦後平和外交の総決算として、北方領土と言うとげを抜いて、日露間に血の通い合う生き生きとした関係を築こうとするものである。」
 

質疑応答
「質問1」
ロシアによる北海道四分割の話は本当にあったのか?
「回答」
ロシアは不可侵条約を破り、ポツダム宣言を受諾した8月15日に以降に無抵抗の北方4島を占領した(しかも歯舞は重光護外相がミズリー号で降伏調印している翌日)。スターリンは四分割どころか、二分割を要求したが、トルーマン大統領が拒否したのである。米国は四島返還も主張するべきであったが、米国は以降日本の四島返還要求を国の方針として常に支持してきたことは確かである。

「質問2」北方領土はどこを指すのか?四島なのか、千島全部なのか?
「回答」そもそも日本はロシアとの間では全千島を要求する権利がある。然し1951年のサンフランシスコ講和条約で米国始め世界の大多数の国と全千島を放棄すると調印してしまったが、ロシアはグロムイコ外相が席を蹴って退席して講和条約に調印していない。然し全世界には放棄すると約束しているので、今更それを蒸し返しても、効果はないし、世界の同情を買うことが出来ない。日本は戦術的に「正札商法」を取っている。尚日本共産党だけが全千島を含めるべきだとしていたが、それは共産党が米国との間の講和条約を否定した為であった。

「質問3」ヤルタ秘密協定で、千島を放棄すると言ってもロシアになぜ渡さねばならないのか、又鈴木宗男氏の発電機、宗男ハウス等無償供与の効果、見返りはあったのか?感謝されているのか?
「回答」ヤルタ秘密協定で樺太・千島がソ連領となることが合意されたが、それは連合国側の話合いに過ぎず、日本には秘密にされていたので、法的に拘束するものではない。鈴木氏の評価は何時の時点、どういう角度から見るかによって評価が異なるだろう。ロシアが困っていたその当時は、日本人の優しさに感謝したかもしれない。然しロシアの経済が豊かになった今となっては、もうそれ程感謝されず、あげると言ったからもらった、むしろ何か下心があったのではと思われている可能性もある。結局政治家の名前と力の誇示だけに終わっているのかもしれない。

「質問4」米国は戦争を早く終結させるために、日本との不可侵条約を破らせるようソ連に働きかけたのか
「回答」ルーズベルト大統領はヤルタ会談で、しつこく抵抗する日本に対して、これ以上米国の若者の血を流さないためには、悪魔の手でも借りたいとスターリンに働きかけた。その時のブリーフィングペイパーでは四つの島は日本固有のものであると書いてあったが、三日後に亡くなった大統領は重病で判断力が劣っていたので、それに言及しなかったことが、その記録により明らかになっている。 



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