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武藤記念講座(講演会事業)

記念講座の記録

2012年6月17日(日)

京都産業大学名誉教授  所功氏
「皇室の永続に何が必要か」
(東京講演会 於国際文化会館)

T:天皇陛下の大きな御心
皇室をめぐる環境の変化により皇室の存在 も変わって来ているが、天皇陛下の国民に対 する大きな御心は、一貫して変わらない。 そのことを知るか知らないかによって我々日 本人のものの見方が変わって来るだろう。 東日本大震災の重さと辛さのなかで天皇・皇后 両陛下は我々に新たな力と光を与えられた。 両陛下の祈りは親の子供に対する思いと同様である。ふだん余り意識しないかもしれないが、親は決して子供のことを見捨てない。それ以上に天皇・皇后両陛下は、国の父と母として、国民に対して最大級の思いを寄せておられる。それを、被災された人々に対してのみならず、救援に駆けつけた自衛隊員・消防隊員・警察官・海上保安庁の方々および内外からのボランティアへのお言葉、そして連続7週間のご歴訪により示されたのである。 戦後教育では、自己犠牲、奉仕の精神が否定的に捉えられ、けしからんことだとまで言われて来た。しかし二百数十名の消防団員が自分の命を犠牲にして、遭難者を助けようとした「生き様と死に様」を、自分の問題として考える機会となった。すでに明治天皇は国民に「質素・倹約」というお手本を示された。だからこそ、あの貧しい日本が日清・日露の戦争に勝利し、産業革命を成功させ、近代日本となり世界に冠たる先進国となりえたのである。

U皇室の永続のために

―男系男子継承の難しさ

1.「皇位継承の根本概念は万葉一統」
憲法は国家統治の基本を定めるものである。現行の日本国憲法はGHQに原案を押付られたものである。にもかかわらず、冒頭の第一章は「天皇」であり、その第二条に「皇位は世襲である」と定め、皇位は大和朝廷以来の皇統に属する皇族でないと継承出来ないとしている。その皇位継承の根本要件は、天照大神の『天壤無窮(天地とともに永遠に続くこと)の神勅』から由来している。それは神武天皇から今上天皇に至る歴代の天皇が、女神とされる天照大神のご子孫と伝えられ、歴代の天皇は天照大神の御神靈と一体であり、同一神格であると確信することである。女帝称徳天皇のもとで和気清麻呂は「我国は開闢以来、君臣の分が定っており、皇位は必ず皇統に属する皇族が継がなければならない」という宇佐八幡の神託を受けて道鏡を退けた。しかも吉田松陰は「皇朝は万葉一統」と表現している。  

閑話休題

土偶(土人形)は一万二千年以上前の縄文時代から母の姿をデフォルメとしたものが多い。これは、日本の神話で最も重んじられる天照大神が女神(母神)として仰がれることと無関係でないと思われる。

(参考)

@「天照大神の神勅」は「豊かな葦原で稲穂の稔る日本國は、私の生みの子が統治してゆく地である。なんじ皇孫(ニニギノミコト)よ、これから行って治めなさい。 日の神の靈統を継ぐ者が続いていけば、天地と共に末永く栄えるであろう。」

A吉田松陰は「士規七則」に「凡そ皇国に生まれては、宜しく吾が宇内(世界)に尊き所以を知るべし。蓋し皇朝は万葉一統にして、君臣一体、忠孝一致、わが国のみ然りとなす」と述べている。(士規七則)

B明治憲法下の天皇は統治権の総攬者であったが、戦後の新憲法では、天皇は「日本国の象徴」(代表)「日本国民統合の象徴」(中核)とされ、この地位は「主権の存する日本国民の総意(公共意思)に基く」となっている。ただマッカーサーの案で「元首」となっていたのが、「象徴」とされたものであって、今なお天皇は政治的権力を越えた精神的権威を保つ君主であり元首であることに変わりない。


2.「歴代天皇の半分は皇庶子、戦後は否定」

皇家とは天皇を中心とした大きな家であり、内廷と宮家よりなる。内廷はいわば本家であり、宮家は分家である。歴代の実例をみると、皇位は「皇統に属する男系の皇族」が承継し、ほとんど皇子か王が皇位継承している。それは宮家の当主においても同じである。   但し大宝元年(七〇一)の継嗣令に「皇兄弟と皇子は皆親王と為す、[女帝の子同じ]」とある。制度的に女帝が公認され、皇太后か未婚の内親王(男系女子)が即位(八方十代)している。更に側室の皇庶子孫も容認され、歴代(125プラス北朝5)の約半数が庶子である。 明治以来の皇室典範は、帝国憲法(国務法)と同格の皇室家法(宮務法)であった。その中で皇位(宮家も)の継承は男子限定とされたが、庶子の皇位継承も容認されていた。また永世皇族を容認したが、明治四十年の典範増補で「王」(五世以下)を華族に降下し・養子も許可され、その反面、臣籍に降下した元皇族の皇籍復帰は禁止された。ついで大正九年「皇族ノ降下ニ関スル施行準則」により、九世以下は全員降下することになったのである。 現皇室典範は、日本国憲法の下に定められた法律である。旧皇室典範と違うところは、皇位の継承者を嫡出の皇子孫に限定し、側室の皇庶子孫を否定したことである。又いわゆる「祖宗の神器」「大嘗祭」の規定を削除している(「元号」の規定は昭和54年「元号法」により復活)。さらに旧典範下の「皇族会議」メンバーは、天皇親臨、成年皇族男子全員であったが、新皇室典範では「皇室会議」となり、皇族2名、衆・参両院の正・副議長4名、内閣総理大臣と宮内庁長官、最高裁判所長官と同判事1名の10人からなる。

V 皇室の永続に必要な叡智

―女性宮家の創設も

1葦津珍彦氏は「皇庶子の皇位継承権」容認、「元皇族の復籍」否認

神社新職の主筆であった葦津珍彦氏は、日本の皇位継承に女系子孫の継承を認める思想は全然存在しなかったが、現皇室典範に於ては、庶子に対して皇族の身分も継承権も認めない。然し女子継承を認めず、しかも庶子継承まで認めない継承法は無理を免れない。よって皇庶子の継承権を全的に否認することは同意しがたい所である。又事情の如何に拘らず、一たび皇族の地位を去られた限り、これが皇族への復籍を認めないのは、わが皇室の古くからの法である。即ち君臣は一体であるが、君臣の分義を厳かに守るために元皇族の復籍と言うことは、決して望むべきではない、と主張された(昭和29年『天皇・神道・憲法』)。 しかし、前者の庶子に継承権を認めることは、今さら不適切・不可能と考えられる。ただ、後者の「君臣の分義」を厳守するため元皇族の復籍を求めないといわれるのは、立派な国体論だと思う。


2.八木秀次氏は「旧皇族の養子か結婚による復籍」主張

高崎経済大学教授の八木秀次氏は、皇位の男系継承は側室制度と傍系継承の二段階の「安全装置」により支えられてきた。然し今日、国民感情からして側室制度の復活は望めない。よって万策尽きた場合には女性天皇も女系天皇もやむをえないと思う、とされる。 しかし女性宮家は女性天皇と同様、女系であり、皇位継承の原理を壊してしまう。結局旧十一宮家の方々に皇籍に戻って頂く以外に方法はない。具体的には、いずれ廃絶することが確実な宮家の養子となるかたちで皇籍に復帰される。もう一つは旧宮家子孫が、内親王や女王と結婚された場合は、復帰できるようにする方法がある、とされる。 このような考え方もひとつの方法であり検討に値する、しかし、不可能ではないかもしれないが、具体性と妥当性の見地からかなり難しいのではないか、と思われる。


3.当面は、「皇族女子の宮家創立・継承」を可能にする改正が必要

皇室が永続するには、皇位の男系男子による継承を維持しながら、皇族女子も結婚により宮家を創立出来るように、皇室典範の改正を急ぐ必要がある。そもそも皇位も宮家も「皇統に属する皇族」が継承・世襲することに本義がある。当面は現行規定でよいが、将来的には、女子にも資格を広げ男子か長子を優先して順位を決める必要がある。 むしろ当面必要なことは、皇族女子も、原則として全員が、結婚の機会に宮家を創設することができるとしたうえで、ご本人の意思や当代の事情により、皇室会議の議を経て辞退することができるようにすることである。 その「女性宮家」では、当主が皇族女子であるから、結婚する男性は「入夫」として皇族の身分をえられるが当主にはならない。その御子も(男女とも)当然「皇族」であるから、宮家を継承できる。 そのため、現段階では、皇位継承を男系男子に限定する第一条は変更せず、ただし皇族女子が一般男性と結婚しても宮家を立て皇室に留まれるよう第十二条のみ改正(削除)すればよい。但し、皇族の数が減るのを防ぐ一方、皇族の数が増えすぎれば皇室の品位保持のための皇室費が増大することも考えねばならない。従って、適正規模とする運用の工夫も必要である。 その際、皇室会議の役割が大切である。そのため皇室会議では、天皇と皇族方の御意向を忖度しながら慎重に事を進めてほしいと念じている。

[追記]

詳しくは、平成17年(2005)までの拙稿をまとめた拙著『皇位継承のあり方‐女性・母系天皇は可能か‐』(PHP教書)、それ以後の拙稿をまとめた近刊『皇室典範と女性宮家‐なぜ皇族女子の宮家が必要か‐』(勉誠出版)を参照にして頂きたい。なお、内閣の皇室制度ヒアリングに招かれ7月5日に口述するレジュメと会議記録は、首相官邸のホームページに掲載される予定。(6月26日、所功 追記)


質疑応答
「質問1」
「日本の皇室が国民から熱烈に受け入れられていないのは何故か?」 

皇室を持続するには女性宮家が必要であるのは先生の言われる通りである。 然し彬子女王は女性宮家よりも大切なのは国民が皇室をどう考えるかであると言われている。過日のエリザベス女王の即位60年の英国民の熱狂ぶりを見て、大変羨ましく思った。あの熱狂が日本の皇室に対しては少ない。周りの人々をみると、皇室に興味がほとんどなく、皇室はあってもなくてもよいと考えている。無くなれば、高い皇室費を払わなくても済むと考えている人さえいる始末である。普通のタレント並でそれ以下との評価もある。思うに英国は、王室が国民に近づこうとしているが、日本の皇室はなるべく遠ざけようとしているのではないか。皇室が国民から遠い存在になっている責任はどこにあるのか。


「回答」
「皇室に関する学校教育と専門報道官の設置」

これまで日本の国語には、皇室を頂点とする敬語の秩序があり、それは何より貴重な文化的秩序である。最近、マスコミでも皇室に対して敬語が使われていないのは真に残念である。ご指摘の責任は‐宮内庁や‐政府の問題ではなく、国家の根本問題である。第一に学校で、憲法第一章にすら明記されている天皇について、60年以上もほとんど教育されて来なかったつけが今日回って来ている。占領軍は日本を弱体化すると共に、占領統治をうまくやるために、憲法を制定して、天皇制度を都合よく存続させた。それでもマッカーサーは天皇を日本の「元首」と認めていた。現に天皇陛下は日本の大使・公使の信任状を認証し、外国の元首からの大使・公使の信任状を受理され、総理や最高裁判所の長官を任命しておられる。天皇が外国を公式訪問されたら必ず元首として21発の祝砲で歓迎される(総理のそれは19発)。イギリスにおけるご結婚60周年のお祝いの盛り上がりに比べて、皇室への関心は高いと言えないかもしれないが、決してないわけではない。日本人が天皇を、日本で最も貴重な宝として大事にして行こうとする気持ちを育む必要がある。そのためにも、宮内庁に専門の報道官スポークスマンを置いて、節度を保ちながら、皇室について正しい理解を広めることも必要だと思われる。



「質問2」「皇室の家庭教育と皇室会議」

皇室に関する教育は大切であるが、家庭教育、地域教育は必ずしも期待出来ない。又皇室会議の皇族がお二人でよいのか、昔の皇族会議に戻すべきではないか。


「回答」「家庭での皇室教育と皇室会議の充実はその通りである」

若い子供や孫たちに、親や祖父母が皇室の重要性を説くことは大切である。そのためにも、皇室を実感的に理解するため、時間のある方々は皇居の勤労奉仕もしていただきたい。 戦後の皇室会議では、実質的審議が行われず事後承認になっている。皇室会議のメンバーに皇族を増やすことも一案だが、現在でも皇室会議の議長(首相)から皇室のご意向を出来る限り聞くことが大切である。

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