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武藤記念講座(講演会事業)

第996回武藤記念講座要旨

2014年11月29日(土)

  作曲家 吉田進氏
 「ヴィヴァルディの《四季》を巡って」 
       大阪「武藤記念ホール」


セミナー


曽祖父の机で、曽祖父の愛した蕪村の俳句を題材にした「日本の四季」の作曲をパリで発表したことについて語る、吉田進先生(本文参照)


第一章「ソネット(詩)から生まれたイタリア・バロック音楽の最高傑作 」
  バロック音楽の傑作「四季」はイタリア人ヴィヴァルディにより作曲された世界で一番愛されていると言われているクラシック曲のひとつである。彼は1668年ベニス(スクリーン画面に映された当時のベニスの風景は、同世代の風景画家カナレットによるもので、若い頃ヴィヴァルディのオペラの舞台装置を製作していた) に生まれ、同地で生涯をほとんど過ごしたが、1741年ウィーンで客死した。この曲は彼57歳の1725年に作曲された、バイオリンによる独奏と管弦楽による「バイオリン協奏曲」である。それは春夏秋冬のそれぞれ一番から四番までの四つの協奏曲からなり、それぞれの曲は三つの楽章から成っている。また各楽章にはおそらく彼が書いたと言われている「ソネット」という14行からなる脚韻を踏む詩がついている。然しそのソネットは歌う為の歌詞ではなく、ソネットの各行が、音楽で描写されているものである。


第二章「ソネットに対応する「四季」各楽章の調べ」

第1番「春」
  第1楽章「春が来た、鳥は楽しい声で春を迎え、泉はそよ風に誘われて、甘いせせらぎの音をたてる。然し黒雲と稲妻が空を走り、雷鳴が春の到来を告げる。そして嵐がやんで小鳥が再びさわやかに歌いだす。」
  第2楽章「花に埋もれたうららかな牧場では、木々の葉がやさしくささやき、犬をかたえに、山羊飼が眠る。」
  第3楽章「笛に合わせて踊り踊る、ニンフと牧童達は、うるわしく輝く春の日ざしの中で。」
  「解説」 余りにも有名な第一楽章の出だしは、春の到来と突然の春の嵐をオーケストラが高らかに演奏し、嵐の前そして嵐の後に楽しく歌う鳥の声をソロバイオリンが華やかにうたいあげている。第2楽章は、管弦楽器の静かな旋律とソロバイオリンの、のどかなメロディーが、ソネットの三つの構成要素、青葉、眠る山羊飼、啼きつづける犬を表現し、第一楽章のように時の流れの中でなく、同じ時空の中で描写されている。第三楽章は、ニンフ(精霊)を登場させ、陽気な笛の音にあわせて明るい空の下で踊って、到来した春を寿いでいる。以上のように鳥、そよかぜ、雷、犬などが登場したが、このように音楽で何かを写し表す音楽を「描写音楽」と言い、17世紀から18世紀前半にかけてヨーロッパで流行した。然し描写の豊かさと複雑さにおいて「四季」は最初の曲にして、かつその後も右に出る曲はないだろう。

第2番「夏」
  第1楽章「焼けつく太陽の季節には人は疲れ、家畜は疲れ、松も枯れる、しかしカッコウが鳴きはじめ、山鳩とガルデリーノの歌が聞こえる。涼風はさわやかに吹くが、北からの冷たい風が襲いかかり、牧童を困らせる。にわか雨を降らせて。」
  第2楽章「恐れと不安に牧童は疲れ果て、稲妻は走り雷鳴は轟き、蠅が群をなして荒れ狂う!」
  第3楽章「ああ、まこと恐るべき雷鳴と落雷、それは麦の穂を打ち折り、穀物を打ち倒す。」
  「解説」
  (1)第1楽章の照りつける太陽のもとで、暑さに疲れた感じで弾くべしとの、ヴィヴァルディの楽譜への書き込みがあるが、そのあとにカッコウ、山鳩、カルデリーノの鳥の鳴き声が次々に奏でられ、さわやかな風が吹いてくる。然し突然の北風がさわやかな風を脇に追いやり、村人の気落ちした嘆きが表現されている。さて、18世紀のイタリアで作曲されたこの曲は、国や時代は違うのに、余り違和感を覚えない人が、我々日本人には多い。然し西洋音楽には、ずばり四季の曲は非常に少なく、ハイドンのオラトリオ(聖譚曲)に「四季」があるくらいである。
  (2)日本では四季をテーマにした伝統音楽が少なくない。特に声の入ったお琴の曲に多く、例えば、江戸初期の筝曲、八橋流開祖の八橋検校(やつはしけんぎょう)の「四季の曲」、江戸後期の松浦検校(まつうらけんぎょう)の「四季の眺め」、江戸末期の石川匂当(いしかわこうとう)の「八重衣」(百人一首の和歌を四季の順に並べたもの)、そして幕末から明治初期の吉沢検校(よしざわけんぎょう)の「古今組(古今集の和歌を四季の順に並べたもの)」などがある。例えばその中の四季の曲の夏の箇所では「卯の花、たちばな、あやめ、蓮(はちす)、なでしこ、風吹けば涼しくて、人間はそのような自然に心惹かれる」と人間の力となってくれる、自然の美しさを称えている。
  (3)一方、「四季」では、春のソネットで鳥やそよ風や花は出てくるが、犬には余り季節感はないし、夏のソネットにも鳥が沢山出てくるが、太陽や、にわか雨、雷等に痛めつけられて、自然を恨めしくさえ思っている。即ち西洋には、四季の曲が単に少ないと言うだけでなく、そもそも四季を呼び起こす概念がないのである。日本人は、自然を慈しんで、人間は自然とともに生きていると考えるが、西洋の人達は、自然よりも人間の営みにこそ、関心があるからである。即ち西洋文明は、人間中心の合理主義の文明である。あのゲーテは「ウィルヘルムマイスターの修業時代」で主人公に「人間にとって一番興味のあるのは、人間である。人間は人間にだけに興味を持つべきであり、我々を取り巻いている自然は、すべて我々がその中で生きている元素に過ぎず、我々が支配し、出来る限り合理的に利用する道具である。」と語らせている。然し我々日本人は、人間は自然の一部であり、人間が自然を支配するとは、とんでもないことと考える。西洋は自然との一体感がないので、どうしても自然への関心が低くなる。イギリスでは自然を文学、音楽、美術などの芸術の対象として取り上げられたのは、18世紀になってからと言われているが、日本の場合10世紀の古今和歌集に「花に咲く鶯、水に住む蛙(かわず)の声を聴けば、生きとし生けるもの、いずれか歌を読まざりける。」とある。広くヨーロッパにおける最初の風景画は16世紀の始めのルネサンス時代のベニスの画家ジョルジオーネの(代表作「嵐」がスクリーンに紹介された)に始まるといわれている。ヴィヴァルディが同じベニスに生を受けたのは、偶然だったのだろうか?

第3番「秋」
  第1楽章「村人は踊りと歌で、豊作を祝い、酒は祭りを湧きたたせ、宴の終りは安らかな眠り。」
  第2楽章「祭りのあとには、平和な静けさが流れ、村人を甘い夢路に誘う。」
  第3楽章「夜明けには狩人達が、手に銃と角笛を持ち、犬を連れて狩に出かける。逃げゆく獣(けもの)、追う狩人。哀れおびえる獣(けもの)達は追われ、撃たれて傷つき逃げる。逃げる力も尽き果てて、ついに倒れる。」
  「解説」これからの秋と冬の楽章は、季節と言うよりも、季節の中での人間の営みが中心となってくる。さて全クラシック音楽のなかでも、飛び切りポピュラーなこの曲であるが、それにあやかった曲にアルゼンチンタンゴの歴史に不滅の名前を刻んだ、アストル・ピアソラのタンゴの曲がある。クラシックの「四季」を一部引用した「ブエノスアイレスの四季」(ふたつあわせて八季といわれ、ヨーロッパでは同時に並べて演奏されて人気を博している)の「夏」を聴いてみよう。私も、フランス政府からバイオリン協奏曲の作曲の依頼を受けて「日本の四季」を作曲した。但しヴィヴァルディの真似をするのではなく、四季を表す詩を選んで、楽譜の中に逐次引用して、音楽と詩の関係を、明らかにしようとした。そして季節を表すのに季語のある俳句を選んだ。その俳句は武藤山治が再発見した蕪村を選び、春は14行詩のソネットの代わりに「春の海、ひねもすのたり、のたりかな」の俳句としたが、俳句は17文字で短いので、次のように私の感じる印象を、私なりに文章にして長くした。即ち「春の海は穏やかで、波もゆったり動いている、遠くには水平線がくっきり、太陽はやわらかい光線を降り注ぎ、やさしいそよ風が吹く。気持ちよさそうに千鳥が飛んでいる。小舟が揺らいでいる波は、陽光にきらめいている。春の海はこうして、ひねもすのたりのたり、としているが、現在は確実に過去になっていく。」

第4番「冬」
  第1楽章「冷たい雪にガタガタふるえ、はげしい風の吹く中を、ひっきりなしに足踏みしながら駆けている。あんまり寒いので歯の根が合わず、カタカタ鳴る。」
  第2楽章「暖かい暖炉で人々が安らかにすごす間に、万物は恵みの雨ですっかり潤う。」
  第3楽章「氷の上をゆっくり歩く。ひっくり返らぬように気をつけて。勢いよく歩いてみたら、滑ってひっくり返った。起き上がって、また勢いよく歩いてみたが、またひっくり返って氷が裂けた。閉ざされた扉を開いて外に出れば、春風が北風を追い払うように吹いている。これが冬だ、冬にもこんな楽しみがある。」
  「解説」
    第2楽章は私が全曲の中で一番好きな楽章である。雨の音が、指で弾くピチカートで表現されている。又第3楽章では、おっかなびっくりで、ひっくり返らないように弾くこととの、書き込みがある。さてヨーロッパではこの20年、昔の楽器を復元した古楽器がブームとなっている。バイオリンなどの諸楽器は当時から、少しずつ少しずつ改良がなされており、今の形となっている。従って現在の楽器での「四季」の演奏は、厳密に言うならばその当時の楽器の音とは違うものになっているので、昔の音を再現しようとするものである。最後に「ベルリン古楽アカデミー」による、ヴィヴァルディ時代に復元された楽器で、第4番「冬」の全曲を映像付で聞いてみよう。

  「第二章のまとめ」
    以上、有名な「四季」は、ソネットという形式の詩がついていて、音楽でその詩の各部分を描写している描写音楽であり、かつ日本と違って西洋の音楽には、「四季」を主題にした音楽が極めて少ないこと、そしてその少ない例外であるヴィヴァルディの「四季」でさえ、季節そのものよりも、季節の中での人間の営みが、中心となっている。

第三章「「四季」を巡る質疑応答」

第1節「「四季」の季節感とイタリア人の感性について」
  「質問1」フランス人はこの曲を聴いたとき、春夏秋冬のそれぞれの季節を、思い起こすことが出来るのか?はたまた自分たちの日常の生活の行動を、思い浮かべることができるのか?
  「回答」
  (1)この曲の楽譜は、アムステルダムで出版されたが、フランスにはすぐに伝わり、たちまち大ヒットとなり、例えば1730年頃には、あの思想家ルソーにより、春の楽章がフルートのために編曲されたりした。ヨーロッパ全体でも18世紀前半までは、大変なブームとなったが、そのあとは、ほぼ200年の間忘れ去られ、復活したのは、今世紀の第二次大戦後になってからであった。
  (2)フランスのあるバラエティー番組の音楽の曲名当てクイズで、「四季」の曲名は言えたものの、それがどの季節であるかの、質問には答えられなかった場面を見たことがある。ここに「描写音楽」の限界があるように思われる。即ち確かに、ヴィヴァルディ自身は自分で詩を書き、それに基づいて作曲し、楽譜にもその書き込みがあるが、聴いた側が曲に何を感じるかは、別問題であるからだ。
  (3)それは「四季」という素晴らしい曲を聴いているのであって、この曲を聴いて、日常生活での季節に対する思い入れは、ないのではないか。国と時代が違うが、日本人の方が季節と言う点で思い入れがあるのではないか。
「閑話休題」
パリは樺太と同じ緯度にあり、一年の半分は冬である。私のマンションでは暖房は10月半ばから4月半ばまで入る。従って四つの季節のある日本とは季節感が違うことは確かである。
  「質問2」ヨーロッパの各地に素晴らしい曲があるが、なぜイタリアで「四季」が生まれたのか?イタリア人の感性のとらえ方を教えて欲しい。
  「回答」
  イタリアに住んだことはないし、その当時のベニスを詳しく把握していないので、正確なことは言えない。ただイタリアのバロック時代は、描写音楽がはやり、楽器に仕掛けまでして、現実の音を出そうとした時代背景があったと思われる。イ・ムジチの演奏は、まろやかで抒情的であり、イタリアの昔からの音楽の特質を表しているのではないか。
  注釈 イ・ムジチはイタリアや世界のバロック音楽界における最も名高い楽団のひとつであり、日本での人気も高い。彼らの演奏する「四季」はバロック音楽ブームの火付け役となった。

第2節「音楽は人間だけでなく、動物の感情にも訴えられるのか」
  「質問3」ヨーロッパの人達、日本人、米国人など、民族によって音楽に対する感性が異なるのは、当たり前のことであると思う。私は自然科学者であるが、動物も「四季」のような音楽の感情を、ある程度受け取って喜んだりしているように思われる。従って、動物は人間が作った音楽を理解しているのだろうか?そもそも人間の感性に訴えるメロディーとは何か、そしてそれは動物にまで普遍されるのだろうか?
  「回答」
  (1)厳密に考えねばならない難しい問題である。私が作った曲を、先ず人間が喜んで聞いてくれて、もし動物にも喜んでもらえるならば、それは素晴らしいことである。一方で人間はよいと言ってくれても、動物には評価してもらえない場合、それはそれでよいと思っている。又最近では、植物も音楽に反応すると、言われている。
  (2)私の作曲に対する考え方は、日本人であるから、人間と自然との結びつきを常に考えている。従って私の作曲のテーマは、昔から自然、人間、そして最近は人間を超えるものとなっている。私の最初の作品は蝉の「ひぐらし」の鳴き声をテーマにした「カナカナ」という曲であり、「空蝉」という蝉の声だけのオーケストラの曲も書いている。
  (3)又私はシャーマニズムに非常に興味がある。舞台曲「神迎え、神遊び、神送り」では虫の霊を呼んで、虫の神様と一緒に遊び、歌手は虫の声の真似をして虫になりきろうとしているので、虫はその曲を聴いて喜んでくれるのかもしれない。それは自然界の一部である人間が虫と一緒になることから来ているのではないか。又私の師匠のオリヴィエ・メシアン先生は、世界中の鳥の声を沢山曲の中に取り入れており、ピア二ストがその曲を弾いていると、窓にその鳥が飛んで来るとのことである。よって私の虫、先生の鳥のように、意識して作曲した場合、人間以外の生物がそれに反応することは、少なくともありうると考える。

第3節「宇宙の真実に近づく作曲」
  「質問4」音楽が感性に訴えるものであることを強く感じたのは、初めてベルリンフィルを名器ストラディバリウスで聴いて、恍惚となった時である。又数学の数式が音楽に聴こえると聞いたことがあるが、真理を追究していけば、数学も音楽も方法は違うが行きつくところはひとつではないかと思うが如何。
  「回答」
  音楽は感性に訴えるものであろう。然し但し書きをつけた方がよいのかも知れない。数学と行き着くところは同じと言うが、西洋音楽は数学に近いぐらい極めて合理的に出来ているが、それぞれの行き着くところは違うのではないか。私は三十年近く作曲しているが、最近ひとつひとつの作品が、それぞれの宇宙に見えてくるようになり、恍惚感に浸れるようになった。そして自分の作品は絶対に何かの真実に近づいていると、感じるようになったのである。

終わりに「「四季」に思う日本人と日本文化」
  「質問5」本日のお話には感激した。今日本に欠けているのは「気持ち」である。何故ならば日本は「物欲」と「その場限り」の社会になってしまっている。ここは「四季」の心に立ち返らねばならない。古典には心があるからだ。
  「回答」
  (1)個人的な好き嫌いは別として、今の日本は音楽に限らず文化が、だんだん衰退して行っていることを私も心配している。フランスは、私のような外国人でも、作曲家として受け入れてくれる凄い文化の国である。一言で言うと日本人の生き方を考え直さねばならない。それには明治維新から考え直さねばならないのではないか。
  (2)明治維新に西洋を取り入れたことは素晴らしいことであったし、西洋に「追い付け、追い越せ」でやってきたが、今やずっと前から続いて来た西洋文明はもう限界に達したのではないか。フランスでも文化以外何も望ましいものはない。明治維新までの日本文化は町人文化も含めて大変な文化だった。西洋文明を取り入れることは、国を守るために致し方なかったこともあるが、西洋かぶれになってしまったことは、反省しなければならないと考える。
  「閑話休題」
日本に帰って残念に思うことのひとつに、若者が歩きながら音楽を聞いていることである。然し生理的に耳が悪くなるだけでなく、そのように聴くこと程、非音楽的という意味において、耳の悪くなることはない。あれで音楽を聴いていると思ったら大間違いで、逆に音楽から遠ざかっているのである。音楽を聴くとは、自分が自分と言う存在に出会うことであるからだ。
  (3)最近ショックだったのは、日本のニュースは、ほとんどフランスでは報じられないのに、耳の聞こえない偽ベートーベン事件が報じられたことである。フランス人は、日本人の教養の程度は、その程度かと思っているに違いない。ところが大阪の伝統文化である文楽に対し、こともあろうに市長が黒子は邪魔だと発言した。即ち西洋文明が本当に理解できない一方、自国の文化も理解できないこの落差は、気の遠くなる落差である。よってもう一度考え直さねばならないのは文化だけではない。日本人の生き方について、明治維新に立ち返って見つめ直すことが重要である。西洋文明と西洋社会は行き着くところまで行って駄目になっている。それを乗り越えられるのは、日本人だけであるのに、日本人はそれに気がついていないのは、残念である。


文責

公益社団法人國民會館


  

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