ホーム > 武藤記念講座(講演会事業) >上智大学名誉教授 渡部昇一氏 「歴史戦争に勝つ」  

武藤記念講座(講演会事業)

第998回武藤記念講座要旨

   2015年1月10日(土)

      於大阪「武藤記念ホール」

  上智大学名誉教授  渡部昇一氏
 「歴史戦争に勝つ」 


セミナー



「歴史戦争は、正しい歴史認識を持ち、時を待てば必ず勝てるが、今年はその展望が開かれるよい年になるだろう」と語る渡部先生。


第一章「戦場は中国・韓国そして米国」

第1節「村山・河野談話を継承すべきとの米国の圧力」
  年初に、米国のサキ大統領報道官が、記者会見で「村山談話や河野談話は、近隣諸国との関係を改善させるうえで重要であるので、安倍首相はそれらを引継いで欲しい」と、とんでもない発言をした。そもそも他国の首相の発言について干渉することは、「同盟国ではあるが、属国であるから、従って欲しい」という意味と同じである。これに対して安倍首相はその発言には直接触れず、八月に発表する戦後七十年談話に「積極的平和主義」を盛り込む考えを示したので、サキ報道官は前言を修正して、安倍首相の発言を歓迎し、一件落着するところとなった。

第2節「シナ問題の背景には米国問題あり」
  以上から明らかになったことは、戦前から日本のシナ問題は、取りも直さず米国問題であったことである。即ちシナ問題を語ろうとすれば、いつも米国が後ろから問題を持って来た。現在においても安倍首相は、米国のことを考えずには、中国のことは考えられないのである。即ち、安倍首相が村山談話を撤回すると言えば、日米戦争の時の日本側の主張を述べることになり、それはひいては米国を非難することになるからである。米国人は東京裁判が、日本を侵略国家、犯罪国家であると裁いたことを、よしとして信じ、世界もそれに従っているからである 。即ち安倍首相は、日本の言い分を直截に米国には言えないのである。

第3節「時を待てば米国を必ず説得できる」
  安倍首相は、健康問題で首相を退いている間に、政治家として大きく成長した。即ち第一次政権では、「戦後レジーム」からの脱却を掲げ、防衛庁の省への昇格、教育基本法の改正、国民投票法の制定等を破竹の勢いで実現したが、第二次政権では、戦後レジームという言葉は、表立って掲げてはいない。然しこれを前面に出せば、米国との衝突は避けられないが、時間をかければ、必ず解決できると考えているからと思われる。又従軍慰安婦問題についても、河野発言をインチキだと言わず、継承するが、事実の探求は進めていくと言明したのであった。その結果同問題の研究家達は勢いつき、遂には、さすがの朝日新聞も、虚偽であったことを認めざるをえなくなったのであった。村山談話についても、日本は、アジア諸国を侵略したのではなく、白人の植民地を独立させたと主張すれば、米国は決してそれに納得しないだろう。以上から歴史戦争に勝つには「時間」が必要であり、時間をかけて日本の戦争は侵略戦争でなかったことを、ゆっくり米国人に説得していかねばならない。そのために嘘をつく必要はどこにもなく、必ず説得できると考える。

第二章「主権回復のための歴史戦争」

第1節「占領下で制定させられた日本国憲法」
  (1)日本国憲法は昭和21年に公布され、昭和22年5月に公布された。そもそも、憲法は主権の発動そのものである。然し、なぜ主権のない日本で主権の発動である憲法が作られたのか。それは日本を間接統治するために、マッカーサーは一週間ほどで英文の「占領政策基本法」を策定し、それを憲法の草案として日本に押しつけ、日本はそれを日本語に置き換えて、日本国憲法の原案としたからであった。
  (2)その前文には「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、我らの安全と生存を保持する」とあり、それを受けた第9条の戦争放棄も、米軍の日本駐留を前提としていたことを知らねばならない。日本が終戦以来70年間平和であったのは、このいわゆる「平和憲法」によるものと主張する人がいるが、そうではなく米軍が日本に駐留していたからである。
  (3)上記の通り、この憲法の致命的欠陥は、憲法学者ならば誰もが気がついていた筈であった。清水澄博士(最後の枢密院議長)は「大日本帝国憲法」に殉じ死をもって抗議した。東京大学宮沢俊義教授も最初は、「大日本国憲法」を継承すべきとの考えだったが、公職追放(日本生まれのカナダの外交官、ケンブリッジとハーバードに学んだ共産主義者でマッカーサーに仕えたハーバート・ノーマンが日本の左翼勢力と組んで20万人を追放した) に恐れをなしたのか、八月革命説を持ちだして、「日本国憲法」賛成へ転向した。然し同教授学説に学んだ東京大学法学部の出身者が日本官界の中枢をなすことから、その悪影響は計り知れないところとなった。最高裁判所長官にもなった横田喜三郎東京大学教授は、東京裁判の信奉者であり、外交官試験が彼の学説により行われたので、日本の外交官の識見が、非常に危険な状況になったことも間違いない。
  「閑話休題」 それに対し戦艦ミズーリで降伏文書に署名した、後述の外交官重光葵氏は「願わくは、御国の末の栄えゆき、わが名いやしむ人の多きを」と、日本が降伏する文書に署名した私を、軽蔑する人が増えて来るように詠んだ、日本国の行く末を真に思う外交官であった。

第2節「リンチとも言える東京裁判」
  (1)昭和21年から2年半かかった東京裁判(極東国際軍事裁判)は、一足先に行われたニュールンベルグ裁判を模倣しようとしたが、ユダヤ人を抹殺しようとしたナチスのように、はっきりとした敵がいなかったので、昭和3年に日本も締結していた不戦条約を適用し、国家は戦争権をもっているとされる戦時国際法に基づかなかった。即ち、裁くための根拠法は事後法による「東京裁判所条例」により、かつ裁判長と判事が全員戦勝国の人間からなり、公平性が担保されていないものであった。それは戦勝国の勝手な論理に貫かれ、日本を断罪することを唯一の目的とする根拠のない裁判だった。
  (2)起訴要因は、侵略戦争を問う「平和に対する罪」、宣戦布告前の戦闘の罪の「殺人罪」及び「通常の戦争犯罪及び人道に対する罪」であった。
  (3)又米国の裁判形式を取ったので、英米法での弁護方法が分かる弁護人が必要であった。然し最初は、日本人の弁護は出来ないと断られたが、仕方なく引き受けた米国の弁護人が調べてみると、日本人は、上記の条例の「人道に反する罪」は犯しておらず、むしろ米国こそ原爆を投下してその罪を犯していると主張したのであった。又同じく「平和に対する罪」に対しては、日本の清瀬弁護人からの裁判管轄権がどこにあるのかの質問に対して、裁判長から明確な答えは得られなかった。

第3節「マッカーサー証言の救い」
  (1)昭和7年建国された満州国は、日本がシナを侵略して建国した国家ではない。満州国は漢民族でないツングースの満州族の王朝であり、辛亥革命により紫禁城から追い出された満州族の最後の皇帝溥儀はイギリス人の家庭教師とともに日本の北京大使館に転がり込んだ。当時満州を支配していたのは五つの軍閥であったが、溥儀が満州に帰って来ると、彼らは溥儀を皇帝に推して、日本の後ろ盾はあったが、昭和7年に満州国を建設したのであった。そして、当時の独立国の半数近くが満州国を承認し、その中にはバチカン市国も含まれていた。
  (2)昭和25年の朝鮮戦争において、朝鮮半島でソ連と対峙したマッカーサーは、このときはじめて満州を共産圏に渡さないことが、北東アジアの安定の生命線になることを悟ったのであった。そして、朝鮮戦争半ばで解任されたマッカーサーは、昭和26年米国軍事外交合同委員会で「日本が戦争に飛び込んで行った動機の大部分は、安全保障の必要に迫られたからである」と日本は自衛戦争を行った旨を証言したのであった。東京裁判そのものであるマッカーサーが、この証言をしたことの意義は大きかった。尚この証言は、東條首相の東京裁判における最終答弁書と「マッカーサー=東條史観」と言っていい位に同じ内容である。
  (3)もしその証言が、東京裁判が行われているときになされていたら、東京裁判は、日本を裁くことが出来なかったであろう。それはニューヨークタイムズには掲載されたが、日本の新聞で掲載した新聞はどこもなかった。又、今のところ東京都の副教科書を除き、教科書には載せられていない。日本の権力のあるところが、米国との関係を慮り、これを認めさせないのであろう。
  「閑話休題」
  「この国のかくも卑しくなりたれば、捧げし人のただに惜しまる」と詠んだ戦争未亡人がいたが、沢山の日本人がその時その「マッカーサー」証言を知らされていたら、どれだけ慰められたことであろう。

第三章「中韓の歴史事実の捏造に対する戦い」

第1節「A級戦犯の合祀に反対する中国・韓国との戦い」
  (1)昭和27年講和条約締結と同時に日本は独立を回復し、それと同時に東京裁判の判決は無効となった。尚日本は、東京裁判を受諾したのでなく判決を受諾したのである。即ち裁判は反対であるが、判決には従わねばならないことが法治国家の原則であり、左翼系の人達及び外務省の高官までが、東京裁判を「受諾」したと言っているのは大間違いである。
  (2)判決が無効となった根拠は、サンフランシスコ講和条約第11条の後段で、日本政府が発議をして関係諸国の同意を得れば、諸判決の刑を減刑ないし赦免することが出来ると、規定されているところにある。そこで日本政府は関係諸国の同意と国会の決議を経て、諸判決をすべて無効にしたのである。それによって国内的にも国際的にも、A級も含めて戦犯はなくなり、巣鴨からA級戦犯も全員釈放された。その結果、例えばA級戦犯の東條内閣の大蔵大臣賀屋興宣氏は、池田内閣の法務大臣に、同じく外務大臣の重光葵氏は、鳩山内閣の副総理と外務大臣に返り咲いたのであった。
  (3)かくして、A級戦犯が合祀されているからとの理由で、総理大臣が靖国神社に参拝に行くと、激しく批判されることは、そもそもおかしいことになる。総理大臣は、その理由をはっきり述べて、堂々と参拝すべきである。むしろその機会を利用して、東京裁判の誤りとサンフランシスコ講和条約第11条の中身を、国民、世界に知らしめる努力をするべきである。

第2節「韓国の従軍慰安婦拉致20万人の捏造に対する戦い」
  朝日新聞は、従軍慰安婦問題で誤報を認めたが、ろくに謝っていない。謝ったのは朝日新聞の読者に対してだけであり、世界中で恥をかいている子供や孫も含めた、日本国民に対しては謝っていない。さらに日本国民だけでなく世界に陳謝するべきである。即ち朝日新聞の社長は、米国の従軍慰安婦像のある市長、米国の議会、クワラスワミ報告を出した国連人権委員会にすべて「私の新聞の虚偽報道によるもの」と謝るべきである。我々は仲間とこの趣旨で一月末に朝日新聞に集団訴訟をしようと考えている。

第3節「中国の南京大虐殺30万人の捏造に対する戦い」
  (1)当時の戦争相手は蒋介石であった。毛沢東は山の中でゲリラ戦を展開していたが、彼は、建国後日本軍が蒋介石を掃討してくれたので、国内統一がしやすかったと述べたが、一言も南京大虐殺について触れることはなかったし、そのあとの後継者達も何も触れなかった。然し、その後日本のODA援助と日本企業の進出もあり、GDPが大きくなって来ると、江沢民は大中華帝国を唱え、反日教育を始めたが、幼児時代に刷り込まれた思想は頭に残るので、当分日中関係は油断できないだろう。
  (2)南京大虐殺については、南京学会等が内外の膨大な資料を精査、聞き取り調査を行うなどしたが、日本軍の南京占領に関して、学問的にほぼ解明されている。それによれば不法殺害はほとんどなく、その実態は、国民党中央宣伝部によるプロパガンダであったことが、はっきりした。又南京事件の証拠として通用する写真は、一枚も発見されなかったという。一方台湾政府の証拠によれば、日本人の虐殺について証言した中国人はおらず、お金をもらった西洋人からのみであった。蒋介石は宣伝戦にはおカネをかけていたが、正直で嘘をつく人でなかった。即ち彼は外国人記者と300回会見しているが、虐殺について触れることはなかったのである。
  「閑話休題」
  上記の西洋人のなかには、大学の教授、ビジネスマンに加えて聖職者もいた。聖職者はプロテスタントの牧師であり、独身故にお金のいらないカトリックの神父とシスターはいなかった。
  (3)シナ事変は東京裁判においてすらも、日本が始めたのではないと認められている。日本人は日本が始めたと思いこんでいるが、盧溝橋事件も含めて、どちらも先に攻撃されたから反撃したのであって、日本から始めたのではない。なんとなくそう思わされているのは、左翼の日教組の教育によるものである。朝日新聞の教育に関する記事は、すべて社会党の綱領によると社是で決まっていたのであり、「自虐史観 」に毒されていた。

「終りに」〜我々は歴史戦争に負けない
  以上歴史戦争の時代に入っている。中国も韓国も、自分たちの方が、日本よりも米国が味方になってくれると信じて、勝手なことを言っているが、正しい事実に基づいた戦いをすれば、我々が100%勝てるのである。そしてこの事実を明らかにしたのは、全部在野の人達であり、抑える方に回ったのは、外務省と朝日新聞であった。然し議論に勝っても、世界が認めてくれることが大切であり、そのための国家戦略が必要であることは言うまでもない。

「質疑応答」
「質問1」

  認識は事実のうえに立つものであるのに、韓国は、事実が認識のうえに立つと主張している。従って事実に基づいた戦いを世界中に拡げていく戦略の展望は如何?

「回 答」  

  儒教国家の歴史は、事実と余り関係ないと考えるべきである。シナの歴史では新しい王朝になってから、前の王朝の歴史を書く。然し新しい王朝の初期の皇帝はよいが、末期の皇帝になると悪くなることの繰り返しであり、そのパターンでない歴史は消されるのである。南京の30万人大虐殺について言えば、「事実」に基づいていないので、出せと迫っても習近平から事実の証拠は何も出せないだろう。そこでひとつの方法を提案したい。それは外国の人達は、情報発信の少ない日本の情報を非常に知りたがっているので、本日述べたような日本の立場を説明している雑誌や単行本を英訳して毎月世界中に配布することである。そのためには、英語から日本語に直す翻訳家は沢山いるが、日本語を英語に直す専門家が少ないので、その養成も必要になるだろう。尚それら書籍は世界の大学の図書館 に配るべきである。以上にかかる費用は政府が予算措置を講じるべきであるが、政府自身が行うのではなく、個人や小さな民間会社に委託するべきである。朝日新聞は同社と同じビルに入っているニューヨークタイムズを使って左翼のプロパガンダを米国で行っている。

「質問2」

  日本を代表する朝日新聞だけでなく、NHKにも左翼系の人達がおり、自虐的に日本を貶めている。そんなに日本がいやならば、日本から出て行ってもらうべきではないか?

「回 答」  

  日本の悪口を言う人は、日本は悪い国であり、やがて左翼の国になるとの日教組の教育を受けた人達である。公職追放で空いたポストに就いて社会的地位を得た左翼系の人達が沢山おり、そのような人達を、私は「敗戦利得者」と呼んでいる。なぜ共産主義を嫌悪する米国が、左翼系の人達の進出を許したのかであるが、当時はGHQの中にコミンテルンの指令で動く人達が、相当混じっていたからである。

「質問3」  

  マッカーサーは、日本人に読まれては困る書籍を図書館から押収して返してくれていないが、返還請求をするべきである。又毒ガスは、国際戦争のとき使ってはならないのに、毒ガスよりさらに強烈な原子爆弾を使用したことは国際法違反ではないか?

「回 答」  

  政府秘密文書は、各国とも30年から50年前後で公開するものであるが、公開されない資料もある。それら資料については日本へ返還してもらえないと考えるべきである。原爆投下については、戦争が長引いて双方の被害が大きくなることが理由と聞いている。あるユダヤ人に、ホロコーストは原爆ではなく毒ガスでよかったと言うと困惑していたが、やはり原爆で戦争を終わらせたのは弁解できないのではないか。戦後ユダヤの人達は、彼らの理想とした、国境をなくすこと、契約を重視すること、能力本位の三つの原則を世界標準にまで高め、世界経済を動かしているが、(同じく戦後奇跡の復興を遂げた)日本もユダヤ人に倣い、東京の爆撃も原爆も「ホロコースト」だったと主張するべきである。
  (注釈)書籍については、資料に含まれているとみなされ、先生は直接触れられなかったが、平成25年4月の中西京大名誉教授の当記念講座の質疑応答でかなり詳しく説明されている。それによると占領政策批判、大東亜戦争推進、日本古代史等のジャンルを中心に合計8千点が押収され、現在米・英・仏などの図書館に差押えスタンプを押されて、保管されているという。

「質問4」  

  朝日新聞が悪くなった原因は、広岡・森体制が株式を発行して、社員株主とともに52%の株式を握り、48%となった村山・上野一族を追い出した結果、共産党と左翼が支配する新聞となったことによる。このことを暴露して社会に明らかにしないと、再びおかしくなってしまうことを懸念する。

「回 答」

  朝日新聞は、戦後すぐには、原爆投下は人道上の犯罪であると、GHQを非難していたが、その結果新聞用紙の配給を止められたので、GHQに阿るメンバーとなり、さらに「敗戦利得者」達によって占められるようになった。ご指摘の点はそのひとつのプロセスであった。




文責

公益社団法人國民會館


  

お問い合わせ

イベント情報や館内のご利用についてなど、お気軽にお問い合わせください。

※メールソフトが開きます

お問い合わせ