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武藤記念講座(講演会事業)

第1001回武藤記念講座要旨

  2015年4月4日(土)
  於大阪・大手前「武藤記念ホール」
  評論家 金美齢氏
  「アジアの中の日本」 

セミナー


「国を愛するも国に甘えず、大国におもねず小国を侮らない」誇り高い日本人になろうと説かれる 金美齢先生


はじめに

  武藤記念講座が1000回を迎え、次の2000回を目指す1001回目のトップバッターの役割を、私に担わせていただいたことは、とても光栄なことである。これは國民會館が、その信じる道をずっと歩み続け、時代の流れの空気を変えていった価値観と、私の信じている価値観が同じであるから、選んでいただいたと考え、心から感謝し、あわせてお礼を申しあげる次第である。

第一章「人間として、日本人として 」

第1節「子供を産まない自由を主張する女性達へ」
  日本は世界一の長寿国であり、特に女性の平均寿命は世界一であるので、女性が年をとっても楽しく生きていくことは、極めて大切である。即ち、私は、年をとっても女性が楽しく生きることが、日本のためになると考え、自ら楽しく生きることを実践している。それは年をとっても楽しいことが沢山あるからである。
  さて、過日私のホームページが「炎上」したと私の事務所のネットの担当者から報告を受けた。スタッフは大変なことになったと心配したが、私は「嬉しい」と思わず叫んだのであった。何故か、それだけ沢山の人が、私のサイトを訪れてくれたと考えたからである。何であれ物事にはコインの「裏表」がある。即ちネットでバッシングを受けても、それに思い悩むのではなく、逆に生まれて初めて炎上したので、一度くらい経験したかったことが起こったと割り切り、さらに一生に一度のベストセラーを出すチャンスにでもなればと前向きに考えたのである。デメリットはプラスに転換すれば、メリットとなるからである。
  バッシングの対象になったのは、「出産を礼賛する空気が行き過ぎれば、圧力になる」とのある雑誌の記事に対して、私は「個人の自由は尊重するが、出産できる環境や状態にあるのに、子どもはいらないと主張する女性は、人間としての責任を果たしていない」と別の雑誌で反論した。出産は人間の営みのなかで、最も神に近い行為であり、それを拒否することは僭越である。その結果、この問題について、国や他人が口出しすることを、タブーとする風潮が根強くなっていることも、由々しき問題である。

第2節「感謝の気持ちと自己責任を」
  人生は、自己責任で艱難辛苦をひとつひとつ乗り越えていかねばならない。然し、通常それは多くの人に支えられて、乗り越えられるものであるから、それらの人達への「感謝」の気持がなければならない。そしてその支えられた結果がどうなっても、それは「自己責任」である。このふたつは私の人生における大切な価値観である。そこで、自由や権利ばかりを強調する女性に物申したい。人間、ひとりで生きているわけではなく、誰しも多数の人々のお世話になっている。お米を作ってくれる農家がいるから、ご飯を食べられるのだ。しかも現役時代はまだしも、年老いて介護が必要になれば、誰もが他人が産んでくれた若者の世話になるはずだ。母親が十ヶ月間、お腹のなかに子供を宿して痛い思いで出産し、大変な苦労をして育ててきた若者の世話になることをどう思うか、「子どもはいらない」と主張する女性たちに聞いてみたい。自身が生きることができている土台を省みず、「子どもを産まない自由」ばかり主張するのは、あまりに浅くて未熟な考えだ。命はつながっているし、これからもつなげていく必要がある。産まない権利ばかりを擁護していては、この地球上から人間がいなくなってしまうのだ。

第3節「人のせいにしない心意気を」
  今の日本がこれだけ衰退した原因は、権利だけ主張し「何があっても人のせいにする」ことから来ている。しかも悲しいことに、それが日本人の教育の基本に据えられて来たのである。国家・社会、学校、会社・上司そして親が悪いと言う人がどんどん増えていくにつれて、日本が衰退して行ったと言える。又彼らは、子供はお国のために押付けられて産むものではないと主張する。それはその通りであり、自分の家族のために産むのである。然し家族のために産むことが、結果的に社会のためになるのである。さらに、子供達を引きこもりやニートにならないよう、きちっと育てて、まともに働くようにしてやらねばならないことは当然である。
  閑話休題「日本人としてのアイデンティティは日本語」
  日本で生まれて、日本で育って、日本の恩恵を受けている日本人としてのアイデンティティは、日本語である。バイリンガルが大切であると言う人もいるが、母国語を完璧に研ぎ澄ますことこそが大切である。言葉は道具であり、よく切れる包丁が一本あればよい。なまくらな包丁が十本あっても意味がないのである。私は英語、中国語、台湾語のできるバイリンガルであるが、子供達には、一切外国語を教えなかった。又私は台湾独立運動に参加していたので、日本国籍を取得する意思は、取得する寸前までなかったが、日本で育った二人の子供達は、就職して日本での納税証明書が取れるようになった時に、自分たちの意思で、迷わず日本国籍を取得したのであった。

第二章「アジアの中の日本 」

第1節「中国の理不尽さには100%ノーと言い切る」
  半世紀以上日本に住んで、台湾独立のために戦った私達家族が中国に行けば、ありもしないことをでっち上げられ、逮捕されるのは目にみえている。中国の恐ろしさは尋常でない。今、習近平は綱紀粛正に躍起になっているが、それは彼の体制を維持するためであり、結局は自身に跳ね返ってくるだろう。なぜならば中国では、汚職をしていない人を探すのは難しく、特権から汚職が生まれるのは、中国の伝統であり文化であるからだ。そして、その文化を中国国民党が台湾に持ち込んだのであった。それに対して、台湾人の政党である民進党は、100%ノーと言わなければならなかった。然し陳水扁総統と政治テロで車椅子の人となった同夫人は、自らも同じことを犯してしまったのであった。その結果、彼は退任とともに、半分は政治的報復であるにせよ、逮捕されてしまったのであった。中国の以上のような理不尽さ、いい加減さは、決して許されるべきではない。
  「閑話休題」
  私は「チャイナフリー」である。中国産のものを食べないし、中国の製品も使用しない。商社マンの息子も、中国から最も遠いスペインを海外留学先に選び、中国出張も控えさせてもらっている。

第2節「中国の上から目線の対日政策に、絶対に譲歩しないこと」
  事故が多発し、社長が二人も自殺したJR北海道の問題の真因は、国鉄民営化の際に、旧国鉄の活動家を大量に北海道に送り込んだので、彼らをコントロールできないところにある。然し、日本のように多様な自由を享受している国で、そのような人達が残っていることが問題である。その際に思い切って問題社員はやめてもらうべきだった。物事を葛藤なしに収めようとするのは日本人の知恵であるが、同時に欠点である。それは中国の上から目線の対日対策に対して、これまで日本人は譲歩を続けてきたことと相通じるものである。然し最近やっと踏みとどまれたのは、安倍晋三首相のお蔭である。これまでならば、中国が主導権を握ろうとするアジアインフラ投資銀行の誘いに対して、ノーと言えなかったであろう。国連の分担金についても日本は米国に次いで二位で、中国の倍も負担しているのに、常任理事国ではないので発言権がなく、ATMにされている。又中立であるべき潘基文国連事務総長が日本の悪口を平気で言っているが、このような状態では分担金は払えないと言うべきである。然し日本の官僚の、自分の任期の間には、問題を起こさないことが一番との事なかれ主義により、問題は先送りされて来たのである。民主党は官僚を政治主導で動かすと言ったが、大所高所から主導する能力と器量がないと、政治主導は出来ないのである。
  

第3節「日本のリーダーシップによる中国包囲網を」
  「質問」
  「中国に対して今のままではまずいが、どうすればよいか」
  「回答」
  中国に対しては、かかわらないのが一番である。交渉しないのも交渉である。然し個人ならともかく国家はそうはいかないだろう。中国の上から目線の覇権主義に対して、日本がアジア諸国糾合の役割を果たし、リーダーシップをとって中国包囲網で対抗するべきである。そしてそれは次章の世界の国々との包囲網へ繋がっていくのである。然し、中国に相対するために、日本に最も必要なものは「自覚と覚悟」だろう。いざというときに腰が引けるようであれば、リーダーにはなれない。対中国では、ルール順守、滅私奉公、譲り合いといった日本人のメンタリティーで考えてはならない。一歩も引かないという覚悟が重要だ。

第三章「世界の中の日本 」

第1節「日本のプレゼンスの衰えに対しての安倍首相への期待」
  安倍晋三首相が4月、米議会の上下両院合同会議で演説することが決まった。日本の首相の同会議での演説は初めてであるが、それは世界50数か国を回った彼の「地球儀外交」が評価されたからである。従って政治面では、野田前首相のガラガラの国連総会での演説の存在感のなさに対して巻き返しが期待されるが、経済面でも、対外進出力と交渉力のみならず、その熱意までもが低下している中で、安倍経済外交の成果が期待される。
  「閑話休題」
  私はヨーロッパにオペラ見物に出かけ、各地で一流中の一流のホテルに宿泊したが、そこのテレビ受像機は、昔はパナソニックであったのに、全部サムソンになっており、日本の対外的進出力は落ちていることを実感した。

第2節「国家のために戦う気概」
  安倍首相はIS(イスラム国)の人質事件に対して、人質救出のため超法規的措置で多額の身代金を払った福田元首相とは違い、人命救出を最優先するが、テロの脅迫には断じて屈しないと言明した。殺された二人は自己責任で出かけたというが、彼らに責任を取れる筈がないのである。それどころか、彼らの無駄な無責任の行動によって、国民の貴重な税金が無駄に使われたのである。国家は海外で人質事件などが発生した場合、自国民の身体と生命を、命を賭けて助けにいかなくてはならない。それに対してひとりひとりの国民は、国に対して、又は重大な責任を負ってくれている人に対して、何が出来るのかを考えなくてはならない。然し、大部分の人は、国がするのは当たり前と考えているのではないか。「国のために戦えるか」のアンケートを取ると日本人は世界最低である。四季折々に変化する美しい国土、日本のパスポートの信頼の高さを思うにつけて、いざと言う時には国家のために戦う愛国心が自ずと発露されねばならない。

第3節「自由と民主主義の価値観こそ」
  「質問」
  渋谷区は条例で、同性カップルに結婚に相当する権利を与えようしていることに対して、どう考えるか?
  「回答」
  憲法では結婚は両性の合意に基づくと規定されているが、性に対する個人の生まれつきの欲求、傾向等に対して、私は一切の偏見はない。それはDNAの問題であり、他人がとやかく言う問題ではない。よって渋谷区で、同性をパートナーとして認めて、生活がしやすいようすることには、何の異存もない。何故ならば、私達に何の迷惑もかからないし、それによって伝統的な家族制度が破壊されるとは思われないからである。ただそういう傾向の人が増えて来ると、少子高齢化の時代に、次世代の人口の増加に影響があるかもしれないが、それが日本の美しい心を害することにはならない。又自由な民主主義の許においては、自分の選択の自由が認められるためには、他人の選択の自由が認められねばならない。
  「閑話休題」
  私は大学で教えていた時に、いわゆるホモの同僚が少なからずいた。彼らは全部とは言わないが、知的でかつ繊細な人が多く、気さくな人達であった。ただ最近女装した男性がもてはやされているのは、異常ではないか。もう少し真面目でかつ良識的であるべきではないか。若い人の教育のためにも偏るのはよくない。

終りに「日米関係とリーダーシップ」
  「質問」
  これからの日米関係をどう考えるべきか?
  「回答」
  日米関係は大切である。近隣諸国から侵略されているのに抑止力の大切さが分からず、戦う能力と意欲がない日本にとって、頼りになるのは米国である。世界秩序において大切なのはヒエラルキーであり、それがなければ混沌(chaos)になる。冷戦後も米国を頂点として秩序が保たれ、抑止力が働いていた。然し黒人の血が入っているゆえに大統領になれたオバマが就任した瞬間から、米国の指導力の低下が続いて、世界は混迷の度を増している。そのような中であらゆる卑怯な手段で脅しをかけてくる中国に対して、日本は対抗して行かねばならない。
  然しその為には日本もリーダーの資格のない人がトップでは駄目である。トップの資格とは、心からその組織を愛し、いざと云うときにはその組織を死にもの狂いで守る力量がある人でなければならない。組織を愛して初めてその組織は、国ならば官僚と国民を奮い立たせることが出来るのである。
  さらに確固とした国家観のうえに立ち、国益を守る覚悟を持ち、大国に阿ねず、小国を侮らない「信条と見識」が必要である。そして、現下で、以上の首相の資格に適合する人は、「威張らず、裏切らず、戦う勇気のある」安倍晋三をおいて他にいないのである。彼が総裁選挙で再び勝利したのは奇跡であり、それは八百万の神の意思であった。




文責

公益社団法人國民會館


  

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