ホーム > 武藤記念講座(講演会事業)元在沖縄米軍海兵隊基地政務外交部次長、 世界平和研究所特別研究員、政治学博士ロバート・D・エルドリッヂ氏 >「沖縄基地闘争の真実」  

武藤記念講座(講演会事業)

第1009回武藤記念講座要旨

    2015年11月3日(火)
    於大阪「武藤記念ホール」
    元在沖縄米軍海兵隊基地政務外交部次長、 世界平和研究所特別研究員、政治学博士
    ロバート・D・エルドリッヂ氏

 「沖縄基地闘争の真実」 

セミナー





はじめに

(自己紹介)
  私は米国から来日して26年目になるが、その内19年間は関西で暮らし、神戸大学の五百旗教授研究室にて博士号を取得し、サントリー文化財団で研究員、大阪大学国際公共政策研究科で准教授を務めていたので、関西に帰るとほっとしている。残りの6年間は想像できるように政治的に非常に緊張した沖縄での生活を経験した。もともと学者、研究者であり、本来の仕事は図書館で資料収集することであるので、マスコミで話題の人物になるとは想像もしていなかった。然し10年前大阪大学を休職し、在外研究のため海兵隊の上部組織に入り、アジア太平洋地域に関する、学問的ではないが、研究室では学べない現場の政策に携わった。そして海兵隊について研究したあと大学に復職したが、もっと海兵隊について研究しようと、4年後の2009年に大阪大学の職を辞して海兵隊に戻ったのであった。この6年間で学んだことが、日米関係及び沖縄県との付き合い方の参考になる材料を提供出来れば幸いである。

第一章 序説

(私の研究手法)
  私の研究手法は、第一に、誰よりも生の第一次の資料収集を行い、又その現場に赴いて関係者にインタビューする現場主義を貫いている。第二に、政治学においては、制度や概念だけでなく、歴史における個人の役割と行動を重視して、その人物のいる環境、組織、地域、さらに国家、対外関係さらに国際政治までも同時に研究した。第三に、時系列的に歴史(過去)、時事(現在)、政策(将来)の三つの「時代」を同時に調査、研究、提言する。即ち歴史的考察を行いながら、時事問題の研究を行い、政策提言をしている。何故ならば政策提言をするときは歴史的背景を知らないと正確な提言は出来ず、逆に歴史的考察をするときは、これが将来どのように展開していくのかを意識し、時事問題では、過去はどうであれこれからどう発展していくかを考察しなければならないからである。加えて学問と政策が如何に対話するか、学問と市民社会との交流にも意を用いている。

(私の専門分野について)
  私の政治学者としての専門分野は、日本政治外交史、安全保障・日米関係論、戦後沖縄史等である。私の沖縄研究は、博士論文の「沖縄問題の起源」からスタートした。次は沖縄返還ということになるが、その前に沖縄返還が可能となる大きな前例となった1953年の「奄美大島返還」についての住民運動、住民運動と当時の吉田茂政権との連携、鹿児島県と中央政府とのやりとり、国民世論を背景にした日本政府と米国とのやりとりを論じ、沖縄と比べてそれ程戦略的重要性はないが、どのような国際条件と安全保障上の条件のもとで返還が出来たのかを比較研究した。さらに1968年の「小笠原等南方諸島の返還」についても同じ視点から論述した。そしていよいよ沖縄返還について書こうと思ったが、資料を見れば見る程、何故米国は尖閣についてやや中立的立場をとったのかを疑問に思い「沖縄返還と尖閣諸島の処理」を論じた。私の沖縄関係の研究に、カルフォルニア大学発行の有名な雑誌に投稿した1996年の沖縄の県民投票の研究がある。その投票では89%の人が基地に反対しているとのメディアの報道だった。然し、よくその投票行動を調べてみると、41%もの有権者が棄権していた。そしてその無関心な人達に、なぜ棄権したのかの設問は、全くイデオロギー的な意味を込めず、単なる「なぜ」で行った。 この研究は、その後沖縄問題が論ぜられる際に、必ず言及される決定的な論文になったのである。さらに色々な政策提言をおこなったが、2002年には51項目の政策提言を行い、約10年前には日米の再編協議の時、普天間の移転先を辺野古ではなく別の代案を採択すべきと提言し、注目されたが、残念ながら受け入れられなかった。その時、私はもし辺野古を選択するならば、大変な混乱になると警告させてもらったが、残念ながらそのようになって来ているのである。私は某雑誌の最新号で「普天間は世界一最も危険な基地ではない」「そもそも辺野古への移設は不要である」「移転するのならば別の土地の方がよい」と主張した。そして本来ならばそれを受けて、それに基づいた新しい政策提言をしなければならないのであるが、予測できない状況があるので、余程の勇気がないと、今現在まだ公けにできないのである。
  「当會館注釈」  著書は単著共著翻訳あわせ約20冊、5つの賞を受賞。

(本日の提言について)
  本日は「沖縄の真実」、副題として報道される沖縄とされない「二つの沖縄の物語」、即ち「沖縄問題」とは何かについて、「ジレンマ」というキーワードで考察したい。又その前提として「そもそも沖縄がなぜ地政学的に重要か、何故そこに基地があるのか、沖縄問題と基地問題がどう関係しているのか」についての基本認識が必要である。基地反対運動に携わる人達について、その主張と意見を否定するものではない。然し彼らの中身と正体を明らかにし、故意に正しい事実を隠し又は事実とちがうように見せかけようとする、原理主義的かつ非現実的思考方法と手法が、沖縄問題を如何に複雑化して解決不可能にしていることにも言及したい。又「沖縄問題」の解決のためにどのような「原則と原理」が必要かを明らかにしなければならないが、その実際の具体的方法は大変難しい。20年間毎日研究してきたが、この問題がここまで混乱して難しい状況になったことはないからである。上述したように、私は、かなり細かいところまで政策提言をする用意はできているが、安全保障上、軍事上、及び政治的政策上の難しい中身があり、今ここで公表することは出来ない。官邸からも電話があり、色々相談を受けているが、余りに大胆で、彼らさえ想像できない方法であり、本日ここで示せないのは残念であるが、全体的課題と原則をこれからの話の中で紹介していきたい。

第二章「「沖縄問題」とは何か 」

第1節「現在の沖縄の概要(二つのオキナワの物語)」
  少なくともふたつの沖縄がある。報道されたオキナワと見えない本当の沖縄である。これから述べる話が、もし聞いたことがなければ、それは情報が操作されているか、もしくは発信されていないと思って欲しい。
  (1)まず情報が操作されている例として、本年5月に基地反対派の県民集会に3万5千人が集まったとの報道があったが、去年米国のメジャーリーグベースボールが来たときの観衆2万2千人の写真に比較すると倍近くの人が集まったことになり、明らかにおかしいのである。これは、動員された一人の人が複数の団体に所属している場合、複数人としてカウントされた。又県民集会と称したが、県外からも動員されたことによるものである。
  (2)次に詳細な事情が発信されない例として、辺野古へは日本の基地反対運動と緊密な連携をしている韓国の基地反対運動の人達、国際環境保護団体グリーンピースも押しかけている。さら国内の人達に対しては、次に述べるしくみが用意されている。即ち全国から集まる基地反対運動の人達は、まず(違法にたてられたのであるが)基地集会の仮設テントで、「日本政府が如何にひどいか」「米軍基地の財政負担が如何に大きいか」の話を聞いてから、寄付金が集められ、そこで「辺野古の海を守ろう」「ジュゴンを守ろう」「海兵隊と基地は出ていけ」等のビラが作成され(すでに用意されている場合もある) それが現場に貼られるのである。又現地に来ることが出来ない人達は、寄付金とともに郵送すれば、貼ってもらえるのである。その寄付金は現地のアルバイトの活動資金にもなっている。バナーが貼ってあることも報道されるが、よく見ると基地反対運動だけでなく、県外の宗教法人、学校法人、反原発団体の名前が見える。
  (3)さらにメディアを恐れている例として、一昨年私が企画したのだが、沖縄県民のためにオスプレイを自由に見学して、自由に質問出来る見学会を企画して300人を募集してその倍の応募があったが、全41市町村と県庁へも特別に案内したのに、メディアの批判を恐れて応募はゼロだった。又普天間飛行場の第1ゲートの真ん前にある地区に住む基地とは関係ないある若い夫婦は、ゲート前でヘイトスピーチをしている人達を県民として恥ずかしいと感じ、海兵隊員、水兵、基地従業員達に朝の挨拶をしているが、その美談とも言える善意から出た行為は報道されたことがない。フェリー上で、熱中症で倒れて意識不明となった若い子供を助けた海兵隊の美談も全く報道されなかった。交通事故、火事で人を助けても米軍の記事は出さない。そもそも沖縄にいる米軍について悪い記事は出るが、いい記事は一切出ないのである。虹の下に透明で色がない部分があるが、それが沖縄である。本当は毎日虹のような素晴らしい交流があるのに、メディアは色がない透明な部分のみを取り上げているのである。将来沖縄に行って地元二紙を読んでみた場合、米軍についてよい記事は探すことが全く出来ないことを、いつ挑戦しても体験できるであろう。然し、悪い話ばかり何十年間も繰り返された場合精神的にもおかしくなるのである。

第2節「「沖縄問題」の本質」
  メディア・御用学者による「沖縄基地は不要だ」「抑止力は方便だ」との議論は問題外として、沖縄問題は「基地問題」だけではなく、社会的、経済的、歴史的、教育など、複雑に絡み合った「結び目」のようなものである。無理やりに一つの紐を引っ張ったら、結び目が固くなり、解け難くなる。即ち基地問題がすべてではなく、それだけでは問題の解決にならず、基地の糸をむりやり引っ張ると、ほかの問題、例えば補助金や振興策資金、政治、教育の問題が複雑に絡み合っており、却って結び目を固くして解決出来なくなるのである。結び目は丁寧に解かなければならない。

第3節「「沖縄問題」における神話」
  なぜ沖縄問題を解きほぐすのが難しいのか、それは沖縄問題における数多くの事実ではない「神話」が存するからである。
  「普天間は世界一危険な飛行場である」という神話程、神話でない神話はない。何故ならば普天間で、この70年間で亡くなった沖縄県民は何人いるか、怪我した人は何人いるか、どちらもゼロである。危険の定義はいろいろあるが、米軍は安全を重視して使用しており、普天間では騒音のうるさいジェット機を使っていないし、空中給油機は岩国へ移駐する等、負担は一方的に軽減されているのに、逆に政治的にはうるさくなっている。
  「オスプレイは最も危険な輸送機である」との神話がある。然し従来のヘリコプターCH46に比べて騒音が小さく、反対運動の人達の叫び声より小さい位であり、すぐ高く飛び上がるので騒音時間が短く、航続距離が長いので給油に帰って来る回数が減って騒音の回数が少なくなる。又3年間無事故であり、普天間に配備されたオスプレイは最も安全な飛行隊であったと、米軍内部で賞ももらっている。にもかかわらず、沖縄に配属されたのは差別であると主張されているが、差別ではなく、「戦略的」に配備されたものである。オスプレイは米軍海兵隊の中型輸送機であるが、輸送手段、地上部隊、兵站、そのうえに司令部の四つより構成され、日々一緒に生活して、話し合ったり、計画を立てたり、訓練したりして、いざと言う時すぐ一緒に出動できる体制を取っている。船に乗っている遠征部隊は何かの命令があれば、6時間以内に出動しなくてはならないし、後方即ち陸上にいる場合は24時間以内に出動しなくてはならない。それは消防車と消防士が一緒にいてはじめて、点検・整備・訓練が維持できるのと同じである。
  「反対運動の主体は地元住民だ」の神話ついては、反対運動はプロ市民が主体となっており、むしろ外の人ばかりであり、辺野古への移設で反対しているだけではない(尚辺野古新基地でなく、キャンプシュワブの中の基地である)。現地住民も一部に経済的関係があるかもしれないが、それほどの反感もなければ、米軍は出ていけとは言わないのである。プロ市民は見事にアルバイト代をもらっている。そして色んな形で補助金が支払われている。その支払い方は、日当、給料、ガソリン代、高速代、チャーターバス代などいろんなしくみがある。尚反対運動をしている人は四種類ある。即ち先ず本当の地元の住民、次に沖縄県内の人達、さらに本土からの人達、そして最近は外国人が増えている。外国人は在日韓国人、中国人だけでなく欧米系も参加して来ている。尚日本のグリーンピースは海での活動を託されているが、自費で負担出来ない場合半分は自己負担が条件であり、又派遣市民とプロ市民の募集条件は、逮捕されても生活に支障のない人とのことである。60〜70歳の人もいるが、中心は若い30歳から40歳であり、若い10代の人もいる。沖縄の将来のために若い人が重視されているのだろう。又彼らは辺野古の移設に反対しているだけでなく、それ以上の目標があるのである。即ち現政権を倒す、安保破棄などより政治的な目標である。
  (その他の神話)
  1)「後を絶たない米軍の犯罪、又日本の法律が及ばない」
  犯罪率は県民よりはるかに低く、日米地位協定があるので、日本の法律が及ぶ。むしろ沖縄全体の犯罪率を下げるには海兵隊の数を増やしたらよいくらいである。
  2) 「米軍基地74%は沖縄に集中しているが、在沖米軍が県の経済に3%から5%しか貢献していない」
  まず、基地集中度の数字はごまかしである。経済貢献は厳密な定義を学術的・政策的に行い、情報を正しく採取して測定すればその5倍から10倍となろう。又書かれていない目に見えない貢献もあり、さらに貢献の中には基地があるために負担しなくてもよい数値もカウントされるべきである。
「当會館注釈」  米軍基地の内米軍専用基地に限ると本土26%、沖縄74%であるが、米軍基地全体の割合は本土77%沖縄23%である。
  3) 「沖縄には民主主義がない、政府が無関心、国民が無知である」
  民主主義がないという議論は都合のよい議論であり、むしろ彼らは民主主義にもとる選挙違反ばかりしている。又政府は、沖縄の事情についてよくわかっているとは言えないが、決して長年の助言に対して無関心ではない。即ち20年間努力してきたことは確かである。又国民は無知ではなく、一所懸命沖縄のことを理解しようとしていることは確かである。

第三章「「沖縄問題」におけるジレンマ」

第1節「ジレンマの構造」
  1)「政治・行政の構造的な問題」
  このジレンマは20年間、総理大臣、防衛、外務、官房長官が猫の目のように変わったのに、県知事の任期はほとんど2期8年であり、国と地方が会談した場合、いつも沖縄側が上から目線で、逆に国が深いお辞儀をしているが、法律上、行政上本来あるべき立場が逆転している。
  2)「 政府と沖縄県の温度の差」
  この温度差のジレンマは、国が沖縄の考えに同調しなければ、沖縄が上から目線になると言うことで発生するが、これは一方的な主張で、沖縄は国家のことを考えているのか、日本国全体のことを考えれば、おおいに疑問のあるところである。
   3)「扇動的なメディアと無知な一般の人達」
  この同調圧力のジレンマは、感情(主観性)と理性(客観性)の対立である。政策は理性的かつ論理的でなければならないが、沖縄のメディアほど感情的に同調圧力を無知な一般の人達に押付けているメディアはない。何が真実か自分の生活の中で考えられる人はよいが、一般の人は余りに毎日のように、「政府は基地に無関心、ひどい、差別的、米軍優先」と言われ続けたら何が真実かが分からなくなり、一層感情的になり、悪循環に陥るのである。

第2節「 「反対運動を構成する人達」とのジレンマ」
  1)「プロ市民、利権・既得権の団体、そして県内のメディア」
  (プロ市民、利権・既得権の団体の横暴ぶり) 彼らはやくざの勉強する仕組みと同じ方法で勉強している。即ち利益を求める人、暇な人、何かおおきなものを求める人達が、自己及び組織の存在感を示したいと活動し、選挙の母体にもなっている。その活動家を分類すると、移設反対を目的とする人達だけでなく、環境保護団体、単なる基地反対の人達、さらには日米安保反対、安倍政権反対を唱える人達がいる。反対運動の日当等は爆音訴訟による補助金として、国庫、即ち税金から出されていることを知らねばならない。革新政党に属する人達は「革新政党ならば、選挙法を破り、何をやってもよい」との思い上がりがある。辺野古の入り口にある駐車してはいけない広場に駐車して、環境保護団体自ら環境汚染をしている。
   (県内のメディア)一方本土の新聞の中で、沖縄で印刷されているのは日経だけであり、98〜99%のシェアを有する県内のメディア2社(沖縄タイムスと琉球新報)の報道が、冠婚葬祭など人間関係が複雑に入り混じる沖縄独特の地域ニーズに対して、絶対的な対応力を有している。又本土の新聞も又国際メディアも現地二社をニュースソースとしているので地元メディアの誤った報道が本土、世界に広められていることになる。彼らは世界に名を売ろうとしている環境保護団体を支援し、日米安保反対、沖縄独立までを標榜している。安保法制で国会を取り囲んだ時、国際メディアが「我々は」と報じ「彼ら」と表現しなった程である。
  (辺野古の対応)2月にキャンプシュワブ勤務の日本人警備員が境界線を越えて不法侵入した活動家数名を拘束し、県警はこの活動家を逮捕した。その場にはタイムスと新報の記者が、現場を見ていたにも拘わらず、それは捏造であり、拘束は不当逮捕であると報道したのであった。
  「当會館注釈」その後事件現場を撮影した米軍監視カメラが外部に提供され 事態は一変した。この動画を提供したのは、当のロバート・D・エルドリッヂ氏であった。尚後述の質疑応答参照。
  2)「政治家、政治活動をしている県内の企業家、そして学会」
  沖縄の政治家は保革を問わず、騒ぎ過ぎれば過ぎるほど、お金が下り、名前が知れ渡れる恩恵をうけていると言われている。又政治活動をしている県内の企業家(金秀企業グループ、かりゆしホテルチェーン、沖縄ハム)は翁長県政をバックアップしている。例えば金秀グループでは新入社員を辺野古での基地反対闘争に参加させている。又学会は「沖縄問題」という分野を「産業化」している。
  3)「翁長知事」
  元々「保守」だったと本人も言っている翁長知事(前知事の選挙対策本部長)を政治学の中にある政治心理学でとらえれば、断言は出来ないが、表面的には保守だったかもしれないが、中身は構造的欠陥があると思う。彼には仕方ないことであるが、自民党は日米安保を大切にしている政党とよく言われているが、もし本当に大切にしているのならば、もっと国民にそのことを説明する必要があった。即ち、自衛隊、日米安保、又米軍についてもっと丁寧に国民に理解を求めるべきだった。翁長氏も自民党所属だったのに、それをしなかったのである。然し私は何度も見聞したが、彼は(政治的駆け引きにおいて)嘘を平気でいうのである。彼は日米同盟をよくしようとしているといっているが、私はそうは思わない。彼は普天間を硫黄島に移設する案を提案したが、戦略的には遠すぎて全く非現実的な考えである。又彼は沖縄に平和的緩衝地帯(バッファーゾーン)をつくり、米軍と自衛隊の基地を沖縄から追い出すことを提案した。そのようなことをして、何処の国が喜ぶのか、沖縄が地政学的に極めて重要であることを理解していない非現実的構想である。即ち沖縄のうえにXを置くとその真ん中から極東のどこにでもすぐ出動できるのである。危機は早く対応し拡大を防ぐことが大切であるが、沖縄以外ならばTの形になり、非常に細長く遠くなってしまうのである。又米軍が沖縄に駐在するのは決して差別ではなく地政学的・戦略的位置づけによるものであることを理解していない。そして翁長氏は言葉、態度、議論を逃げるやり方からして、最初から中央政府と衝突することを望んでいたとしか思えないのである。中国との関係で言えば、中国に行っても尖閣の話を敢えて避けようとするが、それは県民の大きな不満となっている。中央政府との対抗路線を最初から望んだのは、中国とのつながりもあるようである。

第3節「これからのジレンマ」
  1) 翁長知事が、辺野古の埋め立て承認に瑕疵(欠陥)があったとして、承認を取り消す手続きを行ったことに対し、政府は行政不服審査で効力を一時停止させ工事に着手するが、知事は取消撤回の効力確認や工事差し止めを求める訴訟を提起するとのことである。然し行政的・法律的に県が敗訴する可能性があるので、辺野古移設に関する県民投票をしようとの動きがある。しかもその際「独立」に関する県民投票をしようとの学会の動きがある。然し私は数年前から、先に独立するとの結論があって学会が出来るのはおかしい、学会は科学的に研究したうえで結論を出すべきだと主張してきた。又政府が辺野古への移設を断念するかであるが、私見では前述の通り本来ならば断念すべきと思うが、現在では断念するべきではないと考える。それは前述の通り、県が国に対して敵対する態度が、法律上、行政上許されるべきではないからである。
  2)来年は三つの重要な選挙があるが、組織動員力、資金力から革新勢力が有利と見られる。又米国大統領選挙もあるが、大統領選挙にもなんらかの形で辺野古移転の問題が出るかもしれない。即ち革新勢力は海外発信力が強く、国際メディアは彼らのポケットの中に入っており、世界各国から活動家が来ているので、あらゆる言葉で発信されるので、政府は広報では完全に革新勢力に負けているからある。2019年普天間の運用停止の問題も残っている。
  3)原則論としては、透明性と説明責任が大切であるが、正直だれもそれを果たして来なかった。又対策ではなく、政策次元にまで高めるべきであり、かつ参加型の政策を確立しなければならない。確かに沖縄の人は何を言ってもノーであるが、地元、現場の事情を知っている人の意見を大事にするべきである。又彼らはすぐ米軍優先と言うが、感情的な議論はするべきでない。即ち大学の先生の「米軍優先」の意見に従うことが産業化され、ブランドになっており、これと異なる意見では議論されないのである。然し事実に基づいて議論しなければ、神話の中で政策をつくることになり、ますますジレンマに陥ることになろう。

終章「質疑応答」
「質問1」

  先生が政治家ならば、沖縄がもめている方が都合がよいと思っている国に対してどのような手を打つか、又日本が第二の南沙にならないためには、余りぐずぐずできないが、どのような手を打つか。

「回 答」  

  第一の質問については、翁長氏が何をやりたいのか、民主主義国家であるので、有権者の賢明な判断に委ねることが大切である。沖縄返還に向けて、沖縄の安全保障問題を中心とする将来像について、1969年開かれた日米の京都会議が大きな役割を果たしたが、今もう一度京都会議のような会議を開催して、(独立論、中国との関係も考慮にいれた)日米の有識者会議を開き、沖縄問題を総合的に論議するべきである。

  第二点については、米国は沖縄返還協定で日本へ尖閣の施政権は返還したが、国際的にこれは日本の領土とははっきり言ってない。中国はいずれ強大になるが成熟した国になり、日本は先送りする国であるが、両国間でいずれ平和的に解決されると見込んだと思われる。然しながら施政権が返還されたときすぐに、燈台、気象観測所、港、飛行場等などの施設を建設しておくべきだった。又真正面の攻撃でなく、台風などのとき漁民が上陸すること等に備えて、警察、行政機関も駐在させるべきだった。一方米国には、尖閣を失った場合どのような安全保障上の問題があるのか、力を入れた交渉をするべきである。

「質問2」

  2015年4月に監視カメラの件で海兵隊を退任されたが、それは米国、日本、沖縄のいずれの要請によるものか?

「回 答」  

  正直今もって何が起こったのかよくわからない。文章にした方が正確になると思い現在執筆中である。個人的に問題がある人が上司にいたことは確かであるが、強いて言えば無知の中の無知の出来事であった。恥ずかしいことだが事なかれ主義が米軍の中にも浸透していると思う。私が手続き的には参謀長の許可をえないミスをおかしたことは確かであるが、解雇までは行き過ぎと思うし、私個人の利益を図ったものではない。然し私が公開を決定した理由は、沖縄県民の恥とバッシングされた日本人の警備員、海兵隊、及び米国の名誉を守ろうと思ったことに加えて、決定的だったのは、安倍首相以下の閣僚が、国会の予算委員会で野党の追及に十分に答えられなかったからである。もうひとつの理由は、1年後のみならず、10年後、25年後に、次の世代の人が勉強するときに捏造記事であっては、正しい歴史の勉強ができないと考えたからである。日本政府からの圧力はなかった。日本政府は大人の態度であった。又私の上司にも日本に迷惑がかからないようにとの配慮があったのかもしれない。いずれにしても日本政府をはじめ各関係者が米軍に対して私を罷めさせないようにと、干渉しない範囲での要請があったことに、大変感動している。


  意見  中国福州との友好を示す為、高額の中国風の五つの爪の「龍柱」を那覇港に建てる計画があり、中国に注文を出し製作されるそうであるが、翁長氏が中国にこれだけ入れ込んでいるのは、なぜか、沖縄は龍ではなくシーサーにするべきではないか。




「 以上は、ロバート・D・エルドリッヂ氏の講演を國民會館が要約・編集したものであり、文章の全責任は当會館が負うものである。」



お問い合わせ

イベント情報や館内のご利用についてなど、お気軽にお問い合わせください。

※メールソフトが開きます

お問い合わせ