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武藤記念講座(講演会事業)

第1011回武藤記念講座要旨

    2015年12月13日(日)
    於大阪「武藤記念ホール」
    慶應義塾大学教授
    小林慶一郎氏

 「アベノミクスと日本の財政危機」 

セミナー





第一章「アベノミクスと日本経済の現状」
総説
  大胆な金融緩和政策の第一の矢、機動的財政政策の第二の矢、及び民間投資を喚起する成長政策の第三の矢の三つの政策からなるアベノミクスにより、足許の数字はよくなって景気回復はかなり顕著となっている。そして次に述べるように、第一と第二の矢によるデフレギャップの解消によるデフレ脱却の当初の目標は日を置かず達成可能と思われる。然し第三の矢による成長政策の成果は不十分であり、景気回復は力強さに欠ける。さらにアベノミクスからの出口の財政リスクの問題が残っている。
第1節「デフレギャップの解消について」
  マクロ経済は「供給能力」と「需要」に分けて考えればよい。即ち、ヒト・モノ・カネなどの経営資源が、最も有効に使われたときに生産できる、最大量が供給能力であり、「潜在GDP」といわれる日本経済の実力である。一方その供給能力に対してどれだけ需要があるかが「現実のGDP」である。そして需要がさまざまな非効率や需要の不足によって供給能力に満たない場合、その差額を、「デフレギャップ」と言う。過去の推移を見ると2008年のリーマンショックの時と2011年の東日本大震災の時にはデフレギャップは拡大、その後縮小はして来ているが、依然そのギャップは存在している。アベノミクスの第一の矢と第二の矢の役割は、そのデフレギャップを、日銀によるマネー供給の金融政策と、政府の公共投資による財政政策で埋めていこうとするものである。然し、第一と第二の矢の政策では供給能力は変えられず、その供給能力に対する目一杯の需要をつくりだすことしか出来ないのである。 以下はデフレギャップ解消についての具体的数値の動向である。
  1)「株価上昇の資産効果による消費増加」
  アベノミクスの一番の目覚ましい成果は、金融政策による安倍政権発足時からの株高とそれに連動した円安の同時進行である。本年夏には中国上海市場の株価暴落に端を発する世界的株式市場の低落により、日本の株価も下落したが、その後2万円近くまで回復している。これだけ見ると日本経済は大幅に回復しているように見える。然し株価はあがったが、一般物価については、次に述べるように、問題を残している。
  2)「消費税率アップにより賃金所得は実質的に減少、消費回復力は弱い」
  2014年4月の消費税率アップまではインフレ率は順調に2%近くまで上がっていたが、消費税の3%アップによりインフレ率は跳ね上がった。然し前年同月との比較であるので、1年経過して消費税増税の効果が除かれるとインフレのアップ率は低下し、本年8月にはマイナス0.1%となり、2年4カ月ぶりにデフレに逆戻りした。然しインフレ率は低迷しているが、消費税の増税と日用品の値上がりにより、生活実感としては物価高が進んでいる。一方で低迷していた賃金上昇率は、最近プラスにはなったが、物価上昇には追い付いていない。従って特に若い一般労働者はアベノミクスでまだ恩恵を受けていないと言える。
  3)「力強い活況を呈している労働市場」
  学生の就職率も大変よく、いろいろな業界で労働者の不足が報道されている。今年8月の完全失業率は18年ぶりに最低水準の3.4%、有効求人倍率も23年ぶりの1.23%であり、バブル期以来の数値となっている。これは下記に述べるGDP統計と矛盾するので、どちらが正しいか論争になっている。この改善は少子高齢化によって労働者の供給が減っているからであり、景気があまりよくなくても、労働需給がひっ迫している面もあるのではないか。
第2節「供給能力アップによる成長戦略」
  日本の長期の経済成長率を高めるには、供給能力自体の成長率を高めねばならない。供給能力の成長率が高くなれば、現実のGDPの成長率もそれに連動して高くなるからである。そして供給能力の成長率を高めるには、新しい成長産業の育成や、規制改革による経済構造の強化(TPPによる貿易の自由化、農業・医療・教育・雇用などの産業規制の緩和、及びコーポレートガバナンスの改革)などで、供給能力自体を高めていかなければならない。以下は供給能力アップに関する具体的数値の動向である。
  1)「経済成長力の推移」
  アベノミクス開始後は1.2%前後のプラス成長だが、目標としている2.3%には届かず、特に14年の消費税増税により大きく落ち込んだ。その後回復傾向にあったが、本年第二四半期はマイナスとなり、消費の回復力は弱い。一方で2010年までの10年間の一人当たりの経済成長率は、アメリカ、イギリスと余り変わらず、ドイツ、フランス、他のユーロ圏よりも高いので、上記の1.2%の成長率を日本だけ倍の2.3%にするのは考え難いのではないか。かくしてこの問題は、第二章の財政再建の問題につながって来るのである。
  2)「潜在GDP、実質GDP、GDPギャップの推移」
  需要不足の度合いを示すデフレギャップは、2013年から縮小し14年の消費税増税前にはゼロになっていたが、消費税増税で大きく開き、その後は縮小傾向にあるが、その動きも勢いに欠ける。一方供給能力をあらわす潜在GDPの成長率は緩やかなままである。日本の経済成長率が長期的に高まる兆しはまだ見えない。
  3)「輸出は増加せず」
  アベノミクスの三年間で輸出はほとんど増えなかった。円安になれば輸出が増えて貿易黒字になるというのが大方の予想だったが、アベノミクスで円安が始まってから貿易収支はむしろ悪化した。しかし昨年後半になってようやく改善してきた。
第3節「アベノミクスに出口はあるか」
  1)「成長率が利子率を上回れるか」
  財政が安定するかどうかは、金利と成長率の関係に依存しており、財政が安定化するためには金利と成長率が大体同じであることが望ましい。即ち両者が大体同じならば、プライマリ―バランスをプラスにすれば財政をなんとか保つことが出来るからである。即ちある年のGDPに対する「公的債務比率」は次の式であらわされる。
  [(1+r)/(1+g)×前期の債務比率+プライマリーバランス/名目GDP]
  rは利子率、gは成長率、プライマリーバランスは利払を除く支出から税収を引いたものであるが、r=gならば、プライマリーバランスをよくした分だけ、公的債務比率は減ることになる。然しながら上述したように日本の成長率はそれ程高くなりそうにない。一方これから経済が回復し、引続き国債も大量に発行され続けるならば、利子率は上がっていくだろう。そうなれば国債は雪だるま式に増えて行き、ギリシャのような危機的な状況にならないとも限らない。
  2)「「成長が先、財政再建が後」は成り立たない」       
  安倍政権の財政戦略に対する考え方は間違っているのではないか。即ちアベノミクスはまず経済成長を実現し、経済成長を実現できるならば財政再建も実現できると考える。経済成長の原資で財政再建しようとするものである。然しそれは間違っているかもしれないと、2013年にハーバード大学のラインハートとロゴフの二人の教授によって論証されたのである。それによると、「ある国の公的債務がGDPの90%を超えると、その国の成長率を1%押し下げる」とのことである。データ処理を巡り米国で大論争となったが、データの間違いは既に修正済みである。ユーロ圏でも他の学者が実証しているので、まだ論争はなされているものの、この結論はほぼ間違いないとのコンセンサスを得ているのである。従って公的債務の累積が経済成長を押し下げるならば「成長が先、財政再建が後」は成り立たない。即ち先に成長したくても、公的債務の重石のために成長出来ないのである。よって成長戦略と同時に財政再建にも着手するべきである。
  3)「GDP比公的債務比率は先進国中最悪」            
   公的債務の名目GDP比は、米国、ドイツ、イタリアと比べると、日本は1990年までは他の三国と比べても、健全で遜色なかった。然しそれ以降三国ともそれ程水準は変わっていないのに、日本だけが群を抜いて悪くなり、その悪化傾向は今も続いているのである。尚2000年代の始めまではイタリアよりはよかったが、それ以降はイタリアにも抜かれたのである。その結果、今や公的債務比率は240%にもなっており、第二次世界大戦直後の昭和21年の債務比率を超えている異常な状態である。
  一方で日本の政府は、債務に見合う金融資産を沢山保有しているのでそれを差し引いたネットでは、決して多くはないとの意見もあるが、他の三国も同じように金融資産を有しており、我が国のネットの名目GDP比130%は他の三国に比べてほぼ倍くらいになっているのである。特に2007年頃まではイタリアの方が高かったが、イタリアは財政改革を断行したのに対し、なんら手を打たなかった日本は劣等生だったイタリアより悪くなり、名実とも先進国最下位となっている。
  以上は財政の収入に対して支出が多すぎて、収支のバランスが取れていない状態が改善されずに、長年続いて来た結果であることは言うまでもない。さらに問題であるのは政府や公的機関は、2020年とか2025年までしか財政の見通しを発表していないことである。それはなぜか、それより先を考えると、どう考えても財政破綻してしまうからであると考えざるをえない。従って次章で、その長期予測をおこなってみたい。

第二章「衝撃的な財政危機の実態」
総説
  財政の問題で一番の問題点は、問題の大きさが客観的に議論出来ていなかったことである。アベノミクスがうまくいけば財政は何とかなるだろうとか、消費税を少し上げれば何とかなるとかの感覚的な議論はなされているが、数字で問題の大きさの正確な認識を持たねばならない。
第1節「破局回避のための三つの改革プラン」
  1)「毎年70兆円の収支改善が必要との政府審議会案」
〜2060年にGDP比公的債務比率100%を目標〜
  ここに2014年4月28日の財政制度等審議会資料がある。政府の公表資料ではなく、審議会の参考資料であるが、公表されたデータに基づいて審議会事務局の財務省の若い研究者が作成したものである。この資料が公表されたとき、翌日の各紙で報道されてかなり衝撃を呼んだが、テレビでは報道されなかったし、何故かその後新聞で取り上げられることはなかったのである。それは、その資料が相当ひどい現実を突きつけたからと思われるが、縦軸にGDP比公的債務比率、横軸に年度のこのグラフを読み解いてみよう。
  そのグラフによると、これから先、自然体で財政の改革を何もしない場合の、公的債務の増え方を示すモデル試算のベースラインに対して、財政改革をした場合の改革線が示されている。それによると何もしない場合には、2020年のオリンピックの年までは、現状から余り変わらない増え方が続くので、気にしないで大丈夫なのかもしれない。然しそのあとが怖いのである。即ち、そのあとは金利が金利を呼ぶプロセスに入っていき、高齢化が進み社会保障費も嵩んでくるので、雪だるま式に債務が増えて2030年には300%、2040年代には500%へ、ありえないレベルに到着する。
  この状態を回避して、安定化するにはどうしたらよいのか、その為の改革線は2060年までに、公的債務をGDP比100%にしようとするものである。そしてそのためのシミュレーションは財政収支をGDP比14%改善しなくてはならないことが提示されているのである。それは何を意味するか、GDP500兆円の14%は70兆円であるので、現在の一般会計予算100兆円を70兆円削って30兆円にすることを意味するのである。これは確かに政治的には実現性のない空論であるかもしれない。然し何もせずに放っておくならば、公的債務比率は、上述の通り右肩上がりに膨らむのである。然し、これから紹介するふたつの研究でも同じような結論が報告されている。   
  2)「税収増70兆円、消費税率35%案」〜2100年にGDP比公的債務比率60%を目標〜
  私の友人であるカリフォルニアのUCLA(カリフォルニア大学ロスアンゼルス校)のハンセンとイムロホログル教授は、日本財政が余りにも異常であるのに驚いて、新古典派経済成長モデルにより、日本経済の近似モデルを構築した。彼らは日本の公開データを使うとともに、日本の現在の年金と医療制度を変えない政府支出を前提として、2100年までに国債残高をGDP比で60%まで下げるのに必要な消費税率と所得税率を算出した。それによると消費税率引上げは35%、金額にすれば1%に付き2兆円強であるので70兆円だった。これは1)の政府審議会案と同じ結論が出されたことになる。 
  3)「消費税率ピーク32%、最終17%案」〜但し社会保障費負担減らし、150年計画〜
  然し消費税率アップ30%以上、金額にして毎年70兆円もの増税は一般国民のみならず、永田町でもとても受け入れられない数字であるので、私の友人のアトランタ連銀の研究者、元東大教授のブラウン氏にもっと現実的なシミュレーションを頼んだところ、彼は消費税率を5年毎段階的に32%まで引き上げ、その後最終的には17%まで引き下げる包括的財政再建プランを提案してくれた。然しそのためには、厳しい条件が必要であるとする。@2%のインフレ率を実現して税の増収を図り、A政府の経常経費を1%削減することに加えて、B社会保障費について、財政を大きく圧迫する高齢者の医療費窓口負担を20%に引上げ、さらに公的年金の給付水準である年金給付の代替率保証(現役年収の半額)を外すとするものである。然し、高齢化が進むので消費税は32%まで引き上げねばならず、その引上げにほぼ50年かけるが、その後人口の若返りがすすみ人口のバランスがよくなるので2150年頃まで100年近くをかけて17%まで下げるとするものである。つまりこれはそれ程、長い時間軸をかけないと解決できない厳しい財政状況に置かれていることを表しているのである。他にどんな妙案があるかであるが、米国人が勧めるのは移民の受け入れである。移民により税金を払う人口が増え、税収が増えるからであるが、移民は日本の社会では諸々の理由から受け入れるのが難しい問題であることも確かである。従って一言で言えば、この財政問題には現実的解がないということになる。
第2節「財政の論点の整理」
  財政の穴を埋めるための財政収支の改善は、第1節から、消費税率換算で約30%、金額にして70兆円必要であるが、これができないと、あとで述べるが、大変なことになるので、これを増税、社会保障費等の削減、又はインフレの三通りの方法で埋めねばならないことになる。この中で増税が一番簡単でコストがかからない方法であるが、政治的に合意できないと思われる。しかも状況は日に日に悪くなっており、30%と言うのは3年前の計算であり今現在計算をやり直すと、50〜60%が必要となっている。一言で言うならば、解決策は財政支出を出来る限り削って財政運営のコスト意識をはっきりさせるとともに、消費税率を上げていくことを、早い段階で計画的に行なうことしかない。その政治的な意思決定をして穴埋めをしなければ、いずれ国債価格とインフレ率の調整が必要となる。
  (注釈)国債価格の暴落とインフレ加速のメカニズムについて
  「このまま財政収支の改革を怠り、国債を大量に増発し続けると、近い将来に臨界点に達し、国債の信用度が落ちて(すでに日本国債の格付けは韓国、中国よりも低くなっている)国債価格が暴落する結果、金利が急騰する。そこで日銀は市中に売りに出された国債を購入して暴落を防ぐが、その結果マネーの供給量が急増しインフレ率がコントロール不能となりハイパーインフレとなってしまう」小林慶一郎・橋爪大三郎共著「ジャパンクライシス、ハイパーインフレがこの国を亡ぼす」より
第3節「超インフレという最悪のシナリオ」
  財政の調整を増税又は歳出削減で出来なければ、残る手段はインフレである。然しインフレの手段に頼る場合、インフレがどこまで進むか分からないリスクがあり、インフレ率のコントロールが不能になる可能性がある。インフレは資産課税と言えるが、インフレは政府債務が持続可能な水準になるまで進むだろう。EUにおけるGDPに対する公的債務の持続可能な残高は60%であるで、その基準を日本にも適用すれば、500兆円の60%の300兆円となる。従って現在の1000兆円の債務をインフレにより価値を減じて実質300兆円にするには、物価を1000兆円を300兆円で割った3.33倍としなければならず、インフレ率は333%となる。然しインフレが起これば、金利が上がることを忘れてはならない。その結果民間企業の資金調達金利や住宅ローン金利だけでなく、政府債務の調達金利も上がって来るので、公的債務も金利分が増えて膨張することになり、折角減った債務が又増え始めることになり、インフレと借金の増加の悪循環が始まることになるだろう。この悪循環はブラジルやアルゼンチンで1980年以降起きている。そうなると物価は10倍とか20倍のスケールで上がってしまうこともありうるのである。その結果途上国型の財政破綻が起きて国民生活が大混乱することになる。

第三章「財政改革の為の新しい政治哲学の確立 」
第1節「新しい政治への挑戦」
  以上数字だけならば夢も希望もないが、実は政治システムへの前向きのチャレンジとしてとらえると夢と希望も湧いてくるのではないか。即ち社会保障と財政の問題は日本以外の先進国あるいはこれから先進国になる国々の共通の課題である。あるいは人類共通の21世紀の課題であるかもしれない。米国の歴史学者ファーガソンは「社会保障は世代間のパートナーシップ」と言っているが、これは18世紀のイギリスの保守主義の父と言われる思想家エドマンドバーグが、「国家は世代間のパートナーシップ」と言っていることに遡ることができる。現代において国家の最重要な仕事は社会保障と財政であるので、国家を社会保障と財政に置き換えることが出来るのである。我々は民主主義のもとで生きており、社会保障制度は民主的に決まっているが、まだ生まれて来ていない将来世代の人達は社会保障の受益とコストの決定の政治プロセスに参加できないのである。我々は彼らの意見を聞かずに将来世代に押し付けているといえるのである。何故ならば近代の民主主義においては「代表なきところに課税なし」が基本的な考え方であるからである。将来の世代に社会保障と財政を引継いでいくためには、今の政治でよい筈がないが、政治の仕組みをどう変えていくべきかが、問われているのである。
  そのためには将来世代を代表する政治的プレイヤーが必要である。それは財務省であろうか、今の財務省がそれを果たしているとは思えない。そのためには「財政版の中央銀行」が必要である。具体的には政治から独立した財政予測機関の創設である。その機関は、国会が税・予算を決める時に、財政の長期予測に基づいて、その妥当性を判定する役割を担うのである。すでにいくつかの先進国でその動きがあるが、我が国でも将来世代を代表する議会予算局構想がある。それは政治家、官僚から独立した「長期的政治」を行おうとするものである。
第2節 「世代間のパートナーシップは可能か」
  財政再建は世代を超えた投資である。現在世代は増税と歳出カットのコストを支払い、将来世代は財政破綻の回避というリターンを得るものである。現在世代はコストを払うだけで利益を得られないので財政再建がなかなか進まないということになる。そして新しい政治はこの考えをさらに敷衍して、地球温暖化対策については現在世代はコストをかけて温室効果ガスの排出削減を行うが、将来世代は環境破壊の回避というリターンを得る。又原発の使用済み核燃料の最終処分場建設については、現在世代は場所決定の政治的コストを支払い、将来世代は放射能汚染の回避というリターンを得る。いずれも現在世代がコストの支払い損となる、世代を超えた関係である。
第3節「新しい政治哲学」
  世代を超えた超長期の政策プロジェクトは、現在社会では実現不可能である。それは世代間のコミットメントが現状では不可能であるからである。即ち現代社会は、利己的かつ合理的個人の社会であるので、将来世代のために自分が犠牲になることは出来ないからである。昔は自分を犠牲にする宗教や伝統文化の非合理性が世代間コミットメントを実現していた。然し世代を超える政策課題を作らないためには、自分の利便性よりも国家のことを考え、世代を超えて次の世代にどうやって国家を継続させるかの社会設計のための政治哲学を作り直さねばならない。それには民主主義よりも市民の徳から出発して、徳により国家を継承させる、古代ギリシャ・ローマの政治哲学が必要となる。
終章「質疑応答」
「質問1」

  大変に実のある有意義なお話で、目の覚める思いだった。現在の日本に似たこの問題は、過去にどこかの国で直面し、それを乗り越えた実例はあるか。日本のこのケースでは新しい産業を育てるしかないのではないか?

「回 答」  

  昔のイギリスで240%を超えた例があるが、私の印象では他に余り見当たらない。イギリスの例は戦費調達によるものであった。然し戦争をしていない平時であるのに、社会保障費や景気対策の公共事業で政府債務が過大になった例は、日本以外に先進国ではないのではないか。1980年代のブラジル、アルゼンチンの累積債務問題は、結局ハイパーインフレを経験して解決されたが、自国通貨の信頼が失われる結果になり、米ドルとリンクされた固定相場制の新通貨で信用を回復して、乗り切らざるをえなかった失敗例である。然しドルとリンクする新しい円の考えは日本の規模には大き過ぎ、うまくいかないと思われる。二つ目の質問については言われる通りで、成長率をあげるためには、新しい産業が必要で、企業に頑張ってもらうしかない。即ち社会の構造変化によって生じる新たなニーズに対応する産業、例えば高齢化に伴う医療と介護ロボットなどの新技術を開発して、労働者を集めやすくして、医療介護の分野を資本集約的な産業にしていくことが考えられる。高齢化を日本の弱点にせず、新たな成長のステップにするべきである                     

「質問2」

  空恐ろしい話と、将来の世代間パートナーシップの哲学的な話、いずれも大変興味深く聞かせてもらった。三つ質問させてほしい。一、本日の空恐ろしいシナリオは、永田町や霞が関にどれくらい共有されているか、怖くてそのような話は聞きたくないのだろうか、二、長期予測の70兆円もの莫大な金額を算出のための金利率はどれくらいに想定されているか?三、日本の政府保有の500兆円の資産を一遍には無理と思うが、債務返済に回すべきではないか? 逆進性によりデフレ要因となる消費税であるので、民間保有の金融資産1400兆円に資産税・相続税などを課税するべきではないか、革命的なことが起こるかもしれないが。

「回 答」  

  一番目と二番目は関係している。まず一番目の空恐ろしいシナリオは、余り共有されていないと思われる。その理由は金利の想定が人によって違うからである。第一章第3節(1)の公式において、(1+r)の金利率と(1+g)の成長率をどう想定するかによって、楽観的にも悲観的にもなってしまうのである。プライマリーバランスがゼロかそれに近いとすると、gがrよりも大きいならば債務は減っていくが、逆ならば指数関数的に増えていく。多くの人は金利率と成長率は同じ、又は金利率は成長率より一寸低いのではないかとそれ程心配はいらないと考えているのかもしれないが、本日の三つのシミュレーションは経済学者としての保守的な立場に立ち、金利率は成長率よりも1〜2%高いという、前提に立っている。

  第三の政府の債務返済のための政府の資産売りと民間への資産課税については、賛成の部分と賛成しかねる部分がある。政府の金融資産を差し引いても公的債務はGDPの140%の700兆円もある。実物資産まで入れればもっと減るかもしれないが、道路や空港を売る訳にはいかないのではないか。むしろ問題は債務が増え続けていることにあり、その原因は収支がバランスしていないところにある。従ってポイントは収支をバランスさせることにある。

  消費税以外の相続税や資産課税で公的債務を返済することもよいアイデアであるが、消費税のよいところの最大の理由は、年金を払っている人も含めてすべての世代が払うところである。所得税や金融取引税は現役世代は払うが、高齢者や年少者は払わないのである。従って世代間の平等性を保つ上では消費税となるのである。ただ同じ世代の中で貧しい人と裕福な人の間では同税の有する逆進性により、不平等が生じるだろう。尚資産課税を実行する場合一回限りとするべきである。なぜならば資産課税をかけ続けると資本蓄積が阻害され、経済成長を低下させてしまうからである。

「質問3」

  いつの間にか、我々が知らないうちに1000兆円を超える借金をつくってしまった理由のひとつは、民主政治の人気取りの政治にあるのではないか、よって政治制度を根本的に考え直さねばならない。そのため借金を返すまでは、一時的には民主政治が阻害されても仕方がないのではないか。上杉鷹山や二宮金次郎の勤倹貯蓄と節約の精神に帰るべきである。我々はそのように身に浸みて習って来たし、我々の親の世代もそうだった。今の世の中で、そこそこの蓄えと年金で食べさせてもらっているが、我々は蟻とキリギリスの話にある、キリギリスになってないか。蟻になって勤倹貯蓄の精神に戻らないと、国の借金を返すことは出来ないのではないか。

「回 答」  

  日本は選挙の回数が多すぎ(欧米諸国のほぼ倍)、政治家が選挙区の利益誘導ばかりを考え、しかも短期的な利益しか考えない。よって長期的見方をするには選挙制度のあり方から考え直さねばならない。又近代の民主主義の概念で大切なのは「自由」の概念であるが、現在の日本の社会においては、自由の概念が選択の自由、すなわち自分の好きなことができる自由と考られている。然し政治哲学の世界で自由とはそれだけではないのである。それは政府に頼らず「自己統治」に参加する自由である。今までは公的債務を政府が勝手につくった債務であり、自分達の借金と考えなかったが、自分のことは自分で統治するということになれば、自国の財政状態について関心を持ち、政府に対してきちっとした財政の長期的見通しを要求することになるのである。それは古代ギリシャのポリス社会の中で生まれた自由の概念である。

「質問4」

  日銀は毎年80兆円の国債を買い入れているが、日銀が持っている国債は債務に計上しなくてもよいとの説についてどう考えるか?

「回 答」  

  日銀と政府を統合して考えるべきである。経済全体のシステムの中では日銀も政府の中の一部門である。日銀は長期国債を買うが、その代りに金利の付かない日銀券というマネーをマーケットに供給している。その時政府の債務の量は、減りもせず増えもしないのである。何が変わるのか、金利のつく国債が減って金利の付かない日銀券が増えるのである。日銀券も政府の債務であるが、このオペレーションにより、金利の問題はあるが、政府の長期債務の量に影響はなく、公的債務残高の長期の持続可能性について概略は変わらない。

「質問5」

  日本国債はほとんど日本国民が持っており、ギリシャ国債のように外国人は持っていない。従っていくら発行しても日本の財政破綻にはつながらないという議論についてどう考えるか?

「回 答」  

  日本国債を国民が持っていることの意味は、日本国民が政府にお金を貸しているということであり、我々国民に政府からお金が返ってこないことが財政破綻である。然し我々の預金や保険料で銀行や保険会社が購入した国債が返ってこない結果、我々の預金が大きく目減りし保険も破綻し、企業も倒産する。その国民生活に対する影響は破局的に大きいのである。従って増税や歳出カットの痛みがあっても、財政は再建しなければならない。一方日本国債を持ってない外国の投資家は日本が破綻しようと関係ないのである。




「 以上は、小林慶一郎氏の講演を國民會館が要約・編集したものであり、文章の全責任は当會館が負うものである。」



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