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武藤記念講座(講演会事業)

第1016回武藤記念講座要旨

    2016年5月7日(土)
    於大阪「武藤記念ホール」
    政治評論家
    安広欣記氏

 「安倍首相が学ぶべき歴代宰相公私の素顔」 

セミナー





はじめに
私の生まれは横浜であるが、実家は瀬戸内海では淡路島、小豆島に次いで3番目に大きい面積の山口県「屋代島(やしろじま)」の11代続いた家である。又法政大学から南海ホークスに入り、名三塁手、名監督として鳴らして、巨人の川上哲治と双璧であったあの鶴岡一人が、広島から山本家に養子に来てくれて山本一人になった島が屋代島である(その後夫人の死により鶴岡性に戻ったが)。大阪の國民會館での講演は二度目であるが(東京大会でも二度)、私はお隣の大阪城の主であった太閤秀吉贔屓であるので、本日はお仲間としてよろしくお付き合いを願いたい。

第一章「竹下・大平・田中の各元総理」
第1節「竹下登元総理の座右の銘、「賢者は歴史に学ぶ」」
  「愚者は経験に学び賢者は歴史に学ぶ」という金言があるが、ドイツ帝国を統一した鉄血宰相と呼ばれたビスマルクの言葉である。これは日本で初めて消費税を導入した竹下登元総理の座右の銘であった。ニクソン外交を取り仕切り、電撃的に中国との国交を回復させたキッシンジャーは、このビスマルクの独裁的政治手法がヒトラーに引継がれたとの説に対して「とんでもない。ビスマルクは非常に節度のある、自らの力の限界を知っている、勢力均衡主義者であった。あのヒトラーのように自制の効かない、節度のない、夢想家ではない。」と語っている。よってビスマルクはまさに信頼に値する政治家であったことは間違いない。ついては、安倍氏も、是非竹下総理に倣い、この言葉を座右の銘としていただきたい。安倍氏は総理大臣になる前に、官房副長官と官房長官、自民党では幹事長代理と幹事長と、内閣と党でナンバー2を担当しただけで、閣僚の経験がないので、いわば小泉純一郎氏の促成栽培と言えるからである。 安倍氏はまさに歴代総理の知恵に学ぶべきである。
第2節「大平正芳元総理の謙虚さ」
  1)次の第3節に述べる田中角栄氏が最も信頼していた政治家は、大平正芳氏であった。鈍牛と言われ「あーうー」と口が重かった。私は相対でお酒を飲む機会があったが、あれは演出だったのではないかと思われる程、アルコールが入ると、口はなめらかであった。又、ゴルフもご一緒したが、手拭を腰にぶらさげた田吾作スタイルでスマートではなかった。即ち彼には自らをあからさまに出さず、韜晦(とうかい)する謙虚さがあったのである。
  2)第二次池田内閣の外務大臣の時、韓国の中央情報部長の金鍾泌(キムジョンピル)氏(のちに総理)と日韓請求権問題を協議した際、韓国側は6億ドルの賠償を要求したが、日本は3億ドルを主張し大きな隔たりがあった。大平氏は歩み寄ると日本国内の世論が騒がしくなるので、賠償請求権ではなく、無償3億ドルの他に独立祝金として、有償2億ドルおよび民間信用供与1億ドルで決着しようとしたのであった。然し黒金官房長官がそれを事前にリークしてしまい、大平氏は黒金氏を罵詈雑言でどなりつけてしまったのであった。それ以来二人の不仲説が流されることとなった。然し大平氏はどなりつけたことを猛反省して、決して人をどなりつけてはいけないと私にも忠告してくれたのであった。
  3)一方安倍首相は結構短気なところがあり、最近特に官邸で補佐官らをどなりつけているそうであるが、大平さんの私への忠告を安倍さんへ、そのまま差し上げたい。(尚大平氏が一番尊敬していたのが吉田茂氏であり、吉田のブレーンでもあった「国際文化会館」を設立したジャーナリスト松本重治氏であった。)
第3節「田中角栄元総理の実行力と情愛」
  1)「情愛」今、田中角栄ブームである。安倍氏も田中氏同様にせっかちであるが、田中氏と安倍氏とは「情」が違うのではないか。私は1970年(昭和45年)の暮に椿山荘で記者クラブと自民党執行部の忘年会で社の代表として唄を歌ったが、田中氏と次のようなやりとりがあった。私が歌い終えると、田中氏が近づいてきて「君の歌は上手すぎる。俺も浪花節がうまいと言われてあちこち人前で歌うのだが、うまいというのは口先だけで、陰ではそのようなことは言っていない。お前も人前では唄わない方がよいぞ」と人情の機微を掴む褒め方をしてくれたのである。又沢山の馬の馬主だったので、私の競馬好きを知ってか、幹事長室にいつでも来いと言ってくれたのである。又後年長岡に田中角栄記念館が出来て、真紀子氏の依頼でその記念誌に私はそのことを書いたのであった。そして最後に「それでも盆暮れに送ってくれたのは、新潟のしょっぱい醤油づけの漬物だけだった。」と書いたのであった。私は「角番」をやったことはないが、角さんも締めるところは締めて相手を見てやるのは当然であると考えている。
  2)「コンピューター付きブルドーザーの実行力」立花隆氏が文藝春秋に「田中角栄研究〜その金脈と人脈」を発表し、野党やマスメディアにたたかれ、首相退陣を余儀なくされた汚点はここでは置くとして、安倍総理に見習ってもらいたいのは、田中氏の「コンピューター付ブルドーザーと言われた緻密な行動力」と上述の深く細かい情愛である。そもそも政府では大蔵、外務、通産大臣のうちのふたつ、党では幹事長、政調会長、総務会長のうちのふたつを経験しないと総理になれないと言われていたが、安倍氏はそれらを経験していないので、田中角栄氏の真似は出来ないのではないか。北陸・北海道新幹線が開通したが、新幹線を始めとして地域格差を無くすべく日本列島改造論により「地方創生」に手をつけたのは田中角栄氏であった。
  3)「本格的な政策を」安倍総理のアベノミクスの三本の矢はよいが、「一億総活躍社会」の実現を目的とする、「強い経済」、「夢をつむぐ子育て支援」、「安心につながる社会保障」の新三本の矢について言えば、一本目の経済を強くするは、矢でなく的であり、GDPを500兆円から600兆円にするのは、景気のよい話であるが、実現可能性はあるのか。第二の矢の特殊出生率を1.8にするのは人口を増やすために兎も角として、第三の矢は介護離職をゼロにするとのことであるが、全国民が1億総活躍しようとしているのに、余りに次元が低すぎるのではないか。安倍氏は次から次へと施策を繰り出していけば、それで済むと考えているのかもしれないが、田中角栄氏のように、もっとどっしり政策に取り組んでもらいたい。

第二章「大叔父佐藤栄作元総理の武士魂と報恩の情」
第1節「武士魂」
  佐藤先生(私は岸信介氏と佐藤栄作氏だけを先生と呼ばせてもらっている)が戦後最長の7年8カ月間も総理を務めたのは、河野一郎氏や大野伴睦氏らのライバルが亡くなったこともあるかもしれないが、それだけの識見を持った人であったからである。佐藤先生の一番の功績は、「沖縄が本土に復帰しない限り戦後は終わらない」との強い意志で、無血で日本の領土を取り戻したことである。先生は鉄道省に入り切符切りから始めたからと言う訳ではないが、非常に実務的で、口は重く、パフォーマンスは下手だった。然しなぜ沖縄返還にあれだけ情熱を燃やしたのか、秘書によるとあれは「武士魂」であると言う。平成21年(2009年)12月民主党幹事長小沢一郎氏が140数人の国会議員の訪中団を率いて中国に乗り込み、胡錦濤国家主席と握手と記念撮影を行い、ひんしゅくを買ったが、安倍さんも最近はどこへ外遊するにも経団連を連れて行き商売の話をさせるが、佐藤先生は、決して経済関係者を連れていくことはなかった。国と国が話をするときは、銭勘定は入れるべきではないというのが、佐藤先生の信念であった。時代は変わっており、どちらがよいかについては賛否があろうが、佐藤先生の「武士魂」の現れである。
第2節 「我田引水の戒め」
  又私は佐藤先生に読売新聞入社時の保証人になってもらっていたので、首相官邸詰めの時、単独取材はご法度だったにしても、官邸の執務室で総理に会わせてもらう機会があった。そこで明治維新100年記念公園を沢山の都道府県の候補の中から山口県に「総理の一言で決めて下さい」とお願いしたところ、あの政界團十郎と言われたぎょろりとした目玉でにらみつけられて、「我田に水を引くことはならない」と一喝されたのであった。
第3節「報恩の情」
  中華民国は、国際連合の設立当初からの加盟国であったが、国共内戦により台湾に逃れた。代わって中国大陸の大部分を制圧した中国共産党が 中華人民共和国の建国を宣言した。当然、中華人民共和国は国際連合における中国の代表権を主張したが、中華民国はなかなか引き渡さなかった。国連決議には通常の議決権が過半数(50%超え)に対し、3分の2以上の賛成を必要とする「重要事項」方式がある。
  日本が6年間の占領状態から開放された翌年の1952年(昭和27年)に、蒋介石は平和条約を締結してくれた上に、補償請求権を放棄してくれたので、佐藤総理は台湾を追放するには、総会の3分の2以上の賛成を必要とする重要事項に指定する「逆重要事項指定方式」を米国と共同で提案した。然し最早世界の趨勢は中華人民共和国承認に傾いており、結局1971年(昭和46年)10月、総会で「中華人民共和国」を中国の唯一の正統な政府とし、「蒋介石の中華民国」は追放されることが採択された。
  然し佐藤総理は、「徳をもって恨みに報いてくれた」蒋介石に「恩を知り恩に報いた」のであった。そして自分はもう引退するので、次の内閣が中国を認めたとしても台湾は怒らないだろうと言い、眼識と眼力があり、豊富な政治経験で世界の大勢をよく見ていた佐藤先生は、密使を中国に派遣して日中国交回復の下ごしらえにも怠りがなかったのである。その結果田中角栄氏が総理に就任するや、電光石火で中国に乗り込んで毛沢東・周恩来とやりあって日中国交回復がなされたのである。そのような布石を打っていたのに、佐藤先生は宣伝とパフォーマンスが下手なので、皆さんには知れ渡っていないのである。然し今の安倍氏はパフォーマンスばかりが目立つので、佐藤先生のこのような姿を学んで欲しいものである。

第三章「祖父岸信介元総理の憲法改正への執念」
第1節「祖父への敬愛」
  安倍氏の母校は成蹊高校・成蹊大学である。然し彼は慶応義塾で学びたかったので、父親の外務大臣、自民党幹事長を務めた安倍晋太郎氏が、しかるべき人を介して頼んでもらったが、かなわなかったそうである。一方祖父の岸信介先生は、東京大学で民法学の大御所となる我妻栄氏と首席を争った俊才であった。然し、安倍氏は祖父を敬愛し、祖父に学ぼうと、2006年(平成18年)の第一次安倍内閣での総理就任時「自分の天職は、祖父がその時代にやるべき課題としてやり残したことをやり遂げることである」と言明したのであった。岸総理がやり残したものとは「戦後レジームからの脱却であり、憲法改正」であるが、安倍総理はそれを最初からやろうとしたのである。
第2節 「祖父の憲法改正の衣鉢を継ぐ」
  1)「国民投票法の制定」 そのため、国民の承認に必要な「国民投票法」を定めて手続上の憲法改正への道筋をつけるとともに、さらに防衛庁の防衛省への格上げ、教師は聖職でなく労働者であるとする日教組に利用された日本国憲法と一体をなしていた教育基本法の改正など、祖父の衣鉢を継いだ仕事を矢継ぎ早に行ったのであった。然し閣僚の不祥事と消えた年金問題が重なったうえに、2007年(平成19年)の夏の参院選挙に大敗し、続投を表明したが、胃腸病が悪化し、所信表明演説直後であったのに在任1年にして突然の内閣総辞職のやむなきに至ったのであった。そのあと自民党の福田、麻生両氏、そして圧倒的人気で始まった民主党政権の三人の総理が続いたが、野田総理が尖閣諸島を国有化したことを除いて、失われた3年となり、2012年(平成24年)年末に第二次安倍内閣の発足となった。
  2)「政治主導の行政運営」岸先生は日本では一度総理を退くと、総理になれないのはおかしいと嘆いておられたが(伊藤博文、戦後は吉田茂の例はあるが)、母親の洋子さんに、祖父の方が大分優れていると言われた孫の安倍氏は見事に再登板し、祖父の願いをかなえたのであった。返り咲いた安倍総理は、内閣人事局を設置し公務員改革を行い首相官邸の強化より、自ら政治主導の行政運営の先頭に立っている。そのためには国民のふところを豊かにする方が先であると考え、強い米国を作ろうとしたレーガノミクスに倣って、アベノミクスの経済政策を打ち出した。その三本の矢とは、彼の郷里長州藩の毛利元就公の故事にあやかったものである。それは大胆な金融政策の第一の矢、機動的財政政策の第二の矢、民間投資を喚起する成長政策の第三の矢の三つである。
  3)「参議院選挙に賭ける」憲法96条に拠れば、憲法改正の手続きは、国会の発議と国民の承認が必要である。国会の発議は両院それぞれの総議員の3分の2以上の賛成によってされる。国会が議決すると、法案は上述の国民投票法による国民投票にかけられ、承認は、9条、環境権、緊急事態条項など関連条項毎に、有効投票の過半数を得なければならない。安倍氏の頭の中には参議院選挙でその3分の2を確保することしかなく、今回の選挙はそれが実現出来る最後のチャンスと思っているのではないか。即ち自民党、公明党、大阪維新の党、及びその他の改憲勢力を糾合して3分の2を確保出来るかである。いずれにしてもGHQに押しつけられた、25人の米国人の素人がつくった憲法に、時代が変わっても金科玉条のようにしがみついているのは、憲法を飯の種にしている学者の戯言としか思えないので、憲法改正は是非行うべきである。さらにもうひとつ日本の戦後の平和が保たれているのは、平和憲法のお陰であるというのはもっての他である。私の恩師の慶応大学の塾長を四期務めた石川忠雄先生は中国の憲法がご専門であるが、日本が平和憲法を有しているので、中国は攻めて来ないとの見解は、全く論外と言われるだろう。
第3節「祖父から引き継いだ国家戦略」
  1)「平和主義外交」およそ岸先生ほど、実像と一般の人々に流布されている像の違う人はいないだろう。先生は昭和16年に大東亜戦争を始めた東條内閣に商工大臣として入閣したので、悪者の烙印を押されているが、決してそうではない。敗色濃厚となり本土決戦で1憶総玉砕が叫ばれる中で、岸先生は人命尊重の視点からサイパン島での玉砕、そして本土空襲を避けるための講和を主張し、東條首相に商工大臣を更迭されたのであった。然し彼も戦後すぐA級戦犯被疑者として逮捕され、東京の巣鴨拘置所に収監されたが、「大東亜戦争は、自衛のための戦いであり侵略を目的とするものではない、日本としては誠に止むを得なかったものであった」と主張し、1948年(昭和23年)不起訴のまま無罪放免された。私も先生の晩年に何度もお話を直接お聞きしたが、先生は決して好戦主義者ではなかったのである。それは安倍首相の「積極的平和主義外交」に通じるものである。
  2)「社会政策」1953年(昭和28年)政界復帰、1957年(昭和32年)に総理大臣となった岸先生は、側近の椎名悦三郎氏はまだ早すぎるとアドバイスしたが、すべての国民をなんらかの医療保険に加入させる相互扶助の精神に基づく国民皆保険制度を導入したのであった。さらに最低賃金制も導入して、社会福祉政策に大きな功績を遺したのであった。現在安倍氏が「同一労働同一賃金」を唱えているのも、経団連に賃上げを要請しているのも祖父の「政府主導の福祉政策」に通じるものである。
  3)「防衛戦略」吉田内閣がつくった5条からなる当初の日米安保条約は、自主防衛力がない日本に対する、米国の「駐留権」にもとづいた片務的な性格を持つ条約であり、米国が日本を守る義務は明記されていなかった。それに対して岸首相が改定した1960年(昭和35年)の10条からなる新安保条約は、日本の施政権の及ぶ領域に対しての、日米いずれか一方に対する武力攻撃は自国に対する攻撃と認めて、双方が共通の危険に対処するように行動することを宣言したのであった。即ち日本を攻めれば米国が日本を守るという条項が入ったので、中国に簡単には日本に攻め込めないと思わせたのである。岸首相のつくった「改訂安保条約」があるからこそ、日本の平和は保たれていることが認識されねばならない。これが安倍氏の防衛政策のベースになっているのは当然である。

終章「質疑応答」
「質問1:学者の憲法解釈」

  学者は自分の筋と理論さえ通れば、国民をさて置いて、憲法改正に反対する。学者には政治は任せられないと思うが如何?

「回 答」  

  1)衆議院議員船田元氏は自民党の憲法調査会長であった。通常は自分達の主張の代弁をしてくれる参考人を呼ぶが、同氏が呼んだ参考人は、与党の進める集団的自衛権に反対の意見を述べた。日本の今の憲法学者は数で言うと、憲法を飯の種にしている人が多いので、護憲の人が多数を占めている。即ち憲法の戦争放棄と戦力不保持の条文から、自衛隊は違憲であるとしている。世論調査でも、50%以上の人が自衛隊は違憲であると答えていた。

  2)「最近では、明らかに日本に自衛権があるので、自衛隊は憲法に違反していないとなってきている。然し自衛隊の存在が認められたのはそう古いことではない。学者は学説を通すのが商売であるので、学説は曲げられないのである。即ち世情がどうあろうとも、世の中の人達がどう考えていようとも、又現状がどのように変わって来ようとも、学説は学説として憲法は自衛隊を認めていない、自衛権すら認めていないとする学者はまだ多いのである。

  3)さらに平和憲法があるから、外国は攻めて来ないということはありえないのである。どこの国が、相手がどのような憲法をもっているから、攻めるか攻めないかを決めることがありえようか。尖閣が我々のものだと主張している中国が、平和憲法を持っているから武士道の精神で日本には攻めて行かないとは絶対言わないだろう。又武力を持たない国に攻めていくのは武士道の精神で、男らしくないとはならないのである。学説は学説として学者の先生の商売を邪魔してはいけない位の気持ちで、学者と付き合っていくべきである。

「質問2:安倍氏の健康問題」

  ロシアのプーチン大統領と会おうとしている安倍氏であるが、健康は大丈夫か心配している。

「回 答」  

  新しく開発された薬で、健康状態は維持されているとのことである。但し色々な憶測があり、最近薬の量が増えており、いつ再発するか分からないとの観測もあるが、本当のところは分からない。安倍側近からは大丈夫との声があり、本人が不調を訴えることは最近ないし、健康問題については、大丈夫なのではないか。

「質問3:日本外交はこれでよいのか?」

  過日の外相会議で中国・王毅外相は岸田外相の挨拶を完全に無視し、日本に対して言いたい放題であった。即ち現在の日中関係の悪化の責任は、すべて日本サイドにあると言われたのに、岸田外相は一言も反論せず、言われるがままであった。こんなことで日本はよいのか。日本人として情けなく思うものである。

「回 答」  

  岸田外相は日本に多く見られる非常に控え目な、よく言えば謙虚な、自己主張を抑えることにより、両者の間に諍いが起きない、平和がもたらされると考えるタイプの政治家である。別の話になるが、日本と韓国は慰安婦問題で非常に険悪な状況になり、慰安婦像を撤去すれば10億円で新しい基金を設けることで解決されたのに、韓国は慰安婦像を一向に取り除く気配がなかった。その間に両国の友好を語り合う日韓議員連盟の会長代行から演説原稿を頼まれたが、韓国を批判することを書いたところ、日韓関係が悪化するとの理由で書き直して欲しいと要請されたことがあった。以上から「真実を真実として伝えないこと」が日本外交に定着しているのではないか。岸田外相は自分の意見を率直に言うことが相手を傷つけるのではないかと慮りがちであり、又即断即決型の政治家ではない。スマートで、広島に国務長官を招聘し、オバマ大統領来日の道筋をつけるなどで最近人気は出ているが、永田町では余り評価が高くないようである。

「質問4:「所謂「戦争法案」について」

  安保法案とともに「戦争法案」というおどろおどろしい言葉が躍っているが、およそ戦争したいと思っている政治家は現在いないと思う。「戦争法案」という言葉を公に出すのは、公序良俗に反すると思うが、如何?

「回 答」  

  1)大変貴重な質問である。岸先生は抑止力を高めるために、新安保を作って米国が日本を防衛する義務を書き込んだ。あのときは国会周辺を十重二十重に10万人とも20万人とも言われる反対勢力が取り囲んだのであった。然し、岸先生は警視総監の何回もの「安全な場所へ非難して下さい」との言葉に耳を傾けず、「総理大臣の本丸は首相官邸である、本丸で死ぬことになれば本望である」と、朝まで官邸にとどまったのであった。

  2)評論家田原総一郎氏は「5条の吉田安保も10条の岸新安保も一度も読んだことがない。東条内閣の大臣を務めた岸氏がつくったのであるから、戦争に巻き込む意図があるに違いないと思った。」と述べ、対談した東大の安保反対のリーダーのひとりだった元東大教授西部邁氏も「私も読んでいない。岸が戦争を企んでいるのは間違いないと思った。」と述べている。今回の新安保法制は10本の法律の改正案からなる膨大な条文になるので、デモを主催する学生団体「SEALDs(シールズ)」は読んでいないだろう。

  3)集団的自衛権は国連で認められているし、次期大統領候補の可能性が出てきたトランプ氏は米軍の駐留費は日本が負担するべきと主張している。尖閣が中国に攻められれば安保条約が守ってくれることになるが、武力行使三要件(即ち、一、密接な関係にある他国への武力攻撃が発生し、日本の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある(存立危機事態)一、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がない、一、必要最小限度の実力行使にとどまる)の制限があり、戦争を抑止することを目的とするものである。戦争法案とは、憲法を守ることが自分の商売になる人達、護憲でなければ暮らしが立たない学者が言うことであり、野党の人達、共産党、旧社会党、民進党の一部の人達が戦争法案と叫ぶことに一切顧慮する必要はないのである。

「質問5:安倍総理の総理としての成長可能性と彼のブレーンについて」

  安倍さんはまだまだ大きく伸びる素質を有する人か、それともこのままなのか 又安倍さんを支えるよき人材はいるのか

「回 答」  

  1)アベノミクスの第一の矢の金融緩和により円安・株高となったが、原油安の要因も大きいが2%の物価目標は達成されていない。即ち今日よりは明日、明日よりは明後日よくなるとの希望が湧いてきたとは言えない。大幅なインフレは困るが、景気が停滞しているが物価上昇が同時進行するスタグフレーションであっても、自分達の生活が少しずつよくなることが大切である。新三本の矢は誰が考えたのか、なぜこのように矮小化した目標を作り上げたのか、国民全体が奮い立つものがないのではないか。

  2)意思決定は総理と官房長官が大きく取りまとめていることは間違いないが、官房副長官と内閣補佐官により、事実上の安倍政策が決定されており、特定の個人で安倍さんに知恵をいれている人はいないのではないか。強いて言えば民間で社長経験があり、現実の経済情勢と事情に詳しい副総理・財務大臣の麻生太郎氏か。但し麻生氏と菅官房長官との関係は必ずしもよくないのではないか。

  3)安倍さんがさらに大きく成長出来るかであるが、「主権を持つ日本国民がつくったと、世界に胸を張っていえるような」憲法を是非作り上げて欲しい。今回熊本の地震が起きてしまったので、同日解散は難しくなったが、私はまだ同日解散はありうると思っている。なぜならば同日選挙をしないと参議院で3分の2を取るのは難しく、又消費税を上げたあとでは、参議院のみならず、衆議院での勝利は難しいと思われる。今後の安倍個人の成長については、本日のテーマである、岸・佐藤・田中・大平・竹下元総理のいいとこ取りをして、自ら勉強をしてもらうしかないのではないか。後継問題がいつも問題になるが、宏池会で隠然たる力を持つ古賀氏が応援の矛先を林芳正氏から岸田文雄氏に変えてきているが、岸田氏の評価は前述通りであり、あとこれと言った候補はみつからない。かつての佐藤総理のあとの「三角大福中」のような人材に恵まれない非常に厳しい状況にあるのではないか。

「質問6:田中角栄氏の金脈について」

  私の祖父も田中角栄と同じ車夫馬丁あがりであり、土方人足ながら周りの子分に金を貸してやったりしたが、角栄は自分の子分達に200万〜300万円をポンポン渡していたそうである。しかも住んでいるところが目白御殿である。何故車夫馬丁がそこまでなれるのか、スポンサーの日本電建からもらったのか、私はそれを知ってこの世を去っていきたい。

「回 答」  

  立花隆氏の文藝春秋「田中角栄研究〜その金脈と人脈」を読んでもらいたいが、角さんは土方からというわけではなく、色々順序を踏んでいる。確かにしてはいけないことであるが、新幹線が全国にどうあるべきか、どう路線を引くべきかなど、原点から関わっていたので、新幹線を通せば当然値上がりをする周辺の土地を買い占めてお金をつくったのである。一番問題にされているのは地元の河川敷であった。福田さんや大平さんは財界のそれぞれの大立者につながって、裏金の政治献金を集めることが出来たのであった。然し角栄の場合は公金に手をつけず自分で手当しなければならなかったのである。




「 以上は、安広欣記氏の講演を國民會館が要約・編集したものであり、文章の全責任は当會館が負うものである。」



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