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武藤記念講座(講演会事業)

第1023回武藤記念講座要旨

    2016年11月3日(木・祝)
    於大阪「武藤記念ホール」
    京都大学公共政策大学院長
    中西寛氏

 「揺れる世界秩序と日本外交の課題」 

セミナー





第一章 揺れる自由民主体制
第1節 画期となるアメリカ大統領選挙
  (1)11月8日はアメリカの大統領選挙です。アメリカ政治史でも国際的に見ても、今年の選挙は「画期」という意味を持つ選挙で見通しが難しい。大統領候補に共和党がトランプ、民主党にはクリントンが選ばれ、選挙の最終番に来ている。この2人の対決は予想外の展開で、時代を象徴しているといえる。対照的な2人ですが、共通していることは世代が近いということです。トランプが1946年生まれ、クリントンが47年生まれで「ベビーブーマー」といわれる戦後生まれの世代です。日本では「団塊の世代」です。2人は人生も似ている。高学歴で中産階級の上、まずまず裕福な家庭の出身で重なる軌跡を持っている。しかし今回の選挙では非常に対照的な立場をとることになる。1980年代、レーガン大統領以降の政治は共和党が保守系、民主党が進歩派(リベラル)でしたが、それでも共通の基盤で政権を担ってきました。しかし今回のクリントンは民主党候補ですが、過去30年間のアメリカ政治の象徴のような人です。それに対しトランプは実業家で、メディアで政治を批判して来た門外漢で、アウトサイダーが共和党の大統領候補になったということです。
  (2)大統領選挙の最大の特徴は、「トランプ現象」で、中間層の白人労働者の不満であるということができます。白人労働者は民主党支持者が多いのですが、従来の政治家に満足できなくなったということが大きな背景であります。所得が低下し、親の代と比べ生活が非常に苦しいという人が増えている。一方で働かずに金を儲け、そういう大金持ちが巨大な献金で政治を動かしていることに対する不満。人権意識やグローバル化で会社でも政治の世界でも窮屈な社会になったことに対する苛立ちが積み重なっているということです。
  (3)共和党主流派は、この10年で急速にまとまりを失い分裂してきている。主流派は概ね3つのグループから成っていますが、1つ目は金融を主体とした人達。大金を儲けている実業家が資金や経済政策を支えて来ました。しかし2008年のリーマンショックで影響力を失った。2つ目は軍部です。レーガンの時、強いアメリカを再生させることで強い支持母体となってきたのですが、9.11テロの後、対テロ戦争で見通しを誤り政治的影響力が低下しました。3つ目は宗教保守の人達です。1970年代から活発化した新興のキリスト教系団体も高齢化し、また人種問題を巡り分裂してきております。共和党では、16人の大統領候補が潰し合っているうちにトランプが勝ってしまったという側面もあります。つまり「トランプ現象」は、過去30年アメリカを指導して来た共和党主流派の分裂を反映しているということです。
  (4)民主党にも同じ現象が起きています。クリントンに対し民主党支持者の中に強い批判がある。彼女が「究極のインサイダー」であるからです。民主党も共和党主流派と同じような政策をとってきた結果、庶民や労働者の意見を反映していない。サンダースという社会主義者を自称する高齢で異端の政治家が若者から大きな支持を集めました。今のアメリカはかつての豊かさを失い、自分達の生活環境は悪くなる一方で、クリントンがウォール・ストリートから多額の献金をもらっていることに対する不満が高まっているからです。
  (5)選挙の見通は、クリントンのメール問題再捜査で、勝敗が分からなくなっております。支持率ではトランプがかなり詰めてきていますが、選挙人の数ではクリントンの優勢は変わらず、逃げ切るだろうといわれております。しかしクリントンが勝っても、支持率が記録的に低い大統領になると思われます。下院では間違いなく共和党が多数を占める予想です。上院は定員100名に対し民主党は今46人です。上院も共和党が多数を持つと反クリントンでまとまり、政権発足当初から対決する可能性が高くなります。また今の情勢からトランプが勝つことはないとは言えなくなっております。トランプが大統領になった場合、何が起こるかはっきり分かりません。確実に言えることは、不確実性が増す。外交面でも、内政面でも、日米安保問題でも、大きく変えない可能性もありますが、大きく変える可能性もあるということです。
第2節 イギリスのEU離脱国民投票
  (1)今年大きな衝撃だったのは、6月のイギリスのEU離脱投票です。直前まで残留派が勝つだろうと思っていましたが、離脱派が勝ち大きな衝撃でありました。キャメロン首相が退陣し、保守党のテリーザ・メイが比較的早く首相に就任しました。投票率は72.2%という非常に高い投票率でした。僅かな差で決まったことは確かですが、国民投票とは1票でも多い方の結果で決まるということで、メイ首相も再投票はしないと言っております。
  (2)国民投票では、スコットランド、ウェ―ルズ、北アイルランドが基本的に残留派です。イングランドはロンドンを中心とした地域が残留派で、それ以外が離脱派とはっきり分かれました。年齢は高いほど離脱派、所得は高いほど残留派です。教育は高いほど残留派になる。今回の国民投票は、いくつかの指標ではっきりと分かれたということが特徴です。これは今のアメリカでも共通しており「異なる価値観を持つ人達の政治的志向が、対極的になってきている」と言うことです。従来イギリスの政治や経済を率いてきた人達の予想を超えて、それに反対する人々の数が増えているということは確かであります。
  (3)イギリスのEU離脱の手続きは、リスボン条約に定められており、今はイギリスとEU側が交渉を始める前の条件闘争をしている状況です。来年3月イギリスが離脱を申請し、2019年にその決着がつくというのが基本的な見通しです。来年からの2年間が大きな変動の時期になります。実際には脱退の協定だけでなく、イギリスとEU間の新たな貿易協定を始め、WTO加盟国との貿易協定、域外国との貿易協定、また外交・防衛についてはどうするかも決めなければなりません。イギリスが2年間で交渉を実行できるかというくらい大変な交渉だと考えております。

第3節 EU諸国における反EU勢力の台頭
  (1)EU自体も分からなくなってきております。昨年のテロや難民問題をきっかけにして、反EUを標榜する政治勢力が力を増しています。2005年、EU憲法という条約が、フランスとオランダの国民投票で否決され、成立しませんでした。これはフランスやドイツなどの大国がEU全体のことを決め易くしようという条約でした。この否決が「転期」でした。EUが巨大な権限を持つということに対し世論の反対が明らかになりましたので、それ以降、EUは揺れてきたわけです。
  (2)反EU政治勢力として、フランスの国民戦線はルペンという女性が党首です。ここは老舗の反EU右派団体でルペンが大統領候補になるかもしれないくらいの勢いであります。ドイツでも「ドイツのための選択肢」(AfD)という新しい政治勢力が力を伸ばし、メルケル政権に打撃になっています。イタリアは「5つ星運動」といいますが、最初コメディアンが、政治を皮肉っているうちに政治運動となり、それなりの政治勢力になっております。スペインでも反EU勢力がいます。こういう大陸ヨーロッパの反EU政治勢力の特徴は、必ずしも右派というわけではなく、左派色も結構強い。経済中心で環境問題などに配慮していないことに対する不満がある。そして若者の失業が多いので、そういうことに対する不満の受け皿になっているということであります。
  (3)今年イタリアで国民投票があります。来年前半にはオランダの総選挙とフランスの大統領選挙があります。フランスではオーランドは人気がなく再選はまずないと思われます。その時ルペンが本選挙に残る可能性がでてきています。そしてヨーロッパにとって最大のカギを握るのは、来年秋のドイツ総選挙です。メルケル首相は来年12年目になります。世界中で1番長期の、自由主義世界のリーダーになるわけです。誰かに交代、禅譲できれば1番良いのですが、保守系の中に候補者がいないという状況で、もう1期続けるのかということになります。これに対し、彼女も難民政策や経済政策が問われることになります。メルケル政権が倒れると、弱い政権になるだろうという見通しです。反EU運動の影響を受けてEU自体が対応を迫られております。
第4節 共通する特徴
  (1)1980年代、ソ連との冷戦時代、アメリカはレーガン、イギリスがサッチャーで新しい政治連合を作り西側世界のリーダーとなってきました。それは「政治的には、宗教的な保守を含めた保守主義。反労働組合・反社会主義を重視。更に経済政策では、市場主義、規制緩和、小さな政府で新しいビジネスを重視する。」という経済成長の仕組みだったわけです。この仕組みは大体20年、冷戦が終わり2000年前後までは比較的うまくいきました。ヨーロッパや日本もその流れに乗ってきたわけです。しかし2000年代に入り、9.11テロ、イラク戦争、バブルの崩壊でアメリカやイギリスの保守系政治勢力が分裂解体してきた。保守連合が外交面でも、経済政策面でも行き詰まり、不満が鬱積し、これが現在の自由主義世界の政治に反映されているといえます。
  (2)政治を指導しているのは「グローバリゼーションはよかった」「保守自由主義は正しい」という理念をもった中高年の比較的裕福な層です。一方でその中に入っていなかった、またその周辺で希望を持っていた人達が、今希望を失い離反をしている。いろいろな意味で裏切られたと感じ、あるいは幻滅し分かれて来ている。また若者層は保守自由主義に魅力を感じていない。「自分の力で働けといわれても、そういうチャンスがない。大学の学費は高くなり過ぎ、借金だけ抱え返せない。大学に行かなくていい職があるかというとそれもない」ということで行き詰っている。それが西側の世界であり、西側世界全体が強いリーダーシップを失いつつあるということがいえます。

第二章 強権化を進める権威主義体制
第1節 習近平政権の独裁傾向
  (1)現在の世界の第2の特徴は、権威主義体制が強権化する傾向を強めているということです。その代表が中国です。中国は共産党独裁体制を続けてきましたが、それでも1970年代のケ小平以来、集団指導体制で改革開放路線を進め、資本主義的な仕組みも導入し、かなり成功しました。しかし2008年のリーマンショックで潮目が変わってきました。経済成長で、富裕層が一定水準できましたが、一方で成長の恩恵に与れない人々が希望を失い始めた。リーマンショック後不況になり、大規模な財政支出と金融緩和で不動産を含めた生活費がずいぶん上がってしまった。それまではコツコツ頑張れば、徐々に生活がよくなり、中産階級として安定した生活が送れると思っていた大衆が、いくら働いても追いつかない思いになっている。他方で共産党幹部や金持ちはどんどん儲けているという構図が強くなり、不満が鬱積してきたわけです。習近平政権の最大の課題は、不満にどう応えるかということです。共産党の腐敗を打破するためには、集団指導制ではやっていけない。権限を習近平に集め対応するということで、8月に天津のトップだった黄興国が失脚、遼寧省では全人代の議員の半分ぐらいが不正で摘発されることが起き、権力闘争抜きには考えられない事態で、徐々に習近平が力を強めております。先日の六中全代では習近平を共産党の「核心」とするという表現がありました。核心という言い方は、個人崇拝に繋がるため共産党自身が避けてきましたが、やはり集団指導体制を変えようという意思だと思います。それに伴い言論統制や抑圧が高まる傾向で、習近平の独裁体制に近づきつつあります。
  (2)中国の対外関係にも影響を及ぼしています。2000年代は中国の外交は柔軟でした。日本との関係は悪かったですが、それ以外の国との関係は改善していました。しかしこの5年ぐらいは、アメリカを始め、ヨーロッパ、ロシア、インドなど主要国との関係はやや後退傾向にあります。また中国が手なずけてきたはずの周辺の国がいうことを聞かなくなっております。北朝鮮がその代表で、台湾もミャンマーも離れていっていることに対し苛立ちがあるようです。
  (3)そういう中、今年7月の南シナ海の判決がでました。中国はこの判決結果に衝撃を受けたことは確かです。「裁判そのものが歪んだ手続きで、日本人が絡んで反中的な判事を入れたのだ」と言っていました。ただし判決は領土がどこに属するかということは一切言っておりません。それは海洋法条約の権限外です。そこで帰属問題は、当事国であるフィリピンとの2国間で決めましょうということで圧力を加え、また同時にアセアン10カ国の間を分裂させ、纏まって中国を非難しないようにする。そして南シナ海では埋め立を継続し、既得権益なり既成事実を着実に積み重ねて行くという方策をとっております。そしてこれまでのところ、習近平政権のこの方針はかなり成功していると思います。
第2節 ロシアの外交的復活
  ロシアのプーチン政権は、既に2000年代以降10数年間続いております。2014年、ウクライナ政変後のクリミア併合で、ヨーロッパやアメリカとの対立が激化、国際的に孤立しました。しかしこの2年間ほど、経済的には苦しいのですが、外交的には立場を回復してきたと思います。ウクライナの和平に向け、ロシアとアメリカ、ドイツはミンスク合意を結ぶことになりました。また中東紛争が激化し、イスラム国が勢力を伸ばしておりますが、アメリカやヨーロッパが有効な手を打てないとき、ロシアの軍事介入に頼らざるを得ないという点でも貸しを作ることが出来ました。そしてイスラエル、イランとも接近し、力を取り戻してきている、という状況であります。2018年の春、次の大統領選挙がありますが、プーチンがもう一期やるのではないかと見られています。そういうことで、プーチンは政権の安定にかなり自信を持っております。クリミア併合も西側からは強く非難されましたが、ロシア国民の圧倒的な支持をえて国内の政治基盤を強めるという構造になっております。

第3節 フィリピンにドゥテルテ政権誕生
  今月6月には、フィリピンにドゥテルテ政権が誕生しました。中国やロシアに比べると圧倒的に影響力は小さいわけですが、今フィリピンは戦略的に非常に重要な位置にあります。このドゥテルテも暴言で話題を集めております。彼が大統領に選出された背景には、1980年代の民主化が必ずしも肯定的な評価を受けていないということがあると思います。マルコスの長期政権が倒された後、マニラ、ルソン島の政治家達が、大地主や財閥と手を組み政治をするということで、従来と変わらないという印象を残してきました。治安は良くならず、景気が良くても儲けるのは金持ちだけということに対し不満が強まっていたわけです。それに対しドゥテルテは、アウトサイダーの政治家で、ミンダナオという貧しい南の島で検察官になり、その後ダバオ市の市長を事実上30年近くやってきました。政治のベテランです。また彼の政治はミンダナオ島という背景が大きいと思います。ルソン島は長くスペインの支配を受け、その後アメリカに占領されますが、ミンダナオは、スペインの支配が及ばず、中国と東南アジアの貿易の通過地点として、中国やイスラムの影響が入り混じった自治社会でした。20世紀に入ると日本からの資本や移民がミンダナオの麻の開発を手がけるなど、フィリピンの中でも少し特殊な社会でした。フィリピンが独立後は、ミンダナオは貧しいままルソン島の支配を受けているという意識があった。ドゥテルテはこうしたミンダナオの政治や社会の背景を持っているので、ある意味で古典的なアジア主義者ということがいえます。アメリカは、1900年代からずっとフィリピンの抑圧者であり、ミンダナオを抑圧してきたという意識が非常に強いのではないかとおもいます。一方中国と日本は、西側の植民地勢力から助けてくれる存在だということです。ドゥテルテは必ずしも独裁者ではありませんが、内政面でかなり乱暴なことをやり人気が出ていることも確かです。こうした人が登場するのも、「民主体制といっても一部の特権階級の間で選挙をし、政治を回しているだけで、腐敗した政治にしかならない」という幻滅感が、こういう強いリーダーを求める傾向に現れていると思います。

第三章 国際秩序に挑戦する暴力現象
第1節 猖獗(ショウケツ)するテロ
  昨年の1月、フランスのシャルリー・エブドという風刺漫画週刊誌の編集部が襲撃されたことが画期だったろうと思います。それ以降ヨーロッパで何度か大きなテロが起きていますし、アメリカでも銃の乱射事件とか、警官の射殺事件が起きています。トルコやバングラデシュでは日本人が巻き込まれた事件もありました。9.11はグローバルなテロネットワークが機能して起こしたものでしたが、それ以降はホームグロウンテロといわれ、過激主義に影響を受けた現地の移民がテロを起こすという現象が多くみられるようになってきました。その傾向は次第に強まっており、「現地社会にある亀裂、人種・民族間の対立、価値観の違いといったものを暴力的な手段で訴える。その口実としてイスラム過激主義を使う」というタイプのテロが強まっていると思います。テロは、一つの原因から起きているわけではなく、それぞれの社会に起きている分断、亀裂そういうものを反映しており、簡単に収めることはできませんが、世界規模の広がりというのは失いつつあります。
第2節 中東の多層的混沌化
  中東の混乱は長く続いていますが、現状は極めて複雑になっていることは間違いありません。国と国の対立、宗派と宗派の対立、経済格差の対立、外交的な対立が入り組んで中東になっていて、その代表がイスラム国あるいはシリアとイラクのエリアということになろうかと思います。TSについては、勢力は後退し、重要な拠点都市モスルをもうすぐイラク軍が制圧するといわれています。しかし仮にTSの支配範囲を小さくしても、その後どのような政治勢力が出来るかは誰もよくわからないとことが問題です。特にシリアのアサド政権はロシアと近いわけですが、それが力を取り戻すのか、それとも西側が期待しているような、自由主義的なイスラム勢力が力をもつのかが問題です。それからトルコとの国境でクルド人勢力が実際に実力を持っています。しかし彼らが力を伸ばすことは、TSだけではなく、イラク、シリア、トルコの政情に影響を持ちますので、そこで新たな紛争が起きる可能性があるということです。
第3節 北朝鮮の核ミサイル開発
  北朝鮮は、金正恩体制になってから、最初は西側開放路線をとるのかという時期もありましたが、2013年に後見役の李英浩と張成沢の2人を粛清し、権力を自分に集中させた後、暴走が始まりました。基本路線は父の代から引き続いたもので、核能力を増強し、アメリカに核保有国としての立場を認めさせ、支援を受けるということです。それを一方的に中国との関係も悪化させても進めるという点で、金正恩は性急だろうと思います。ただアメリカと中国もその対応を巡って対立があり、北朝鮮に圧力をかけることができないでいる。北朝鮮は高官の亡命など体制が揺らいできている兆候もあり、金正恩体制が比較的短期の内に大きな変動が起きる可能性もありますが、このまま10年程度続くことも考えられます。

第四章 日本外交の課題
第1節 安倍政権の強みと弱み
  (1)日本の政治は、2000年代後半から2012年の第2期安倍政権までは、毎年首相が代わる混乱状態でしたが、今の安倍政権は4年を終えますが、自民党は更なる続投で動いており安定しています。今年7月の参議院選挙でも圧勝で、安倍政権は国政選挙で4連勝ということです。衆参両院で3分の2以上乃至それに近い勢力を持っており、自由民主主義国の中でも、最も安定した政権ということができます。安倍首相は、G7の中でも、メルケルの11年目、オバマの8年目に続く3番目に長いということになります。オバマは今年限りですから、来年はメルケルの次ということになります。
  (2)1980年代中曽根首相の時、レーガンやサッチャー同様「市場先行型の小さな政府、規制緩和」という保守自由主義路線をとりましたが、自民党の体質そのものは変わらなかった。自民党は、田中角栄首相の時が頂点で、経済成長で儲けた便益を、農業や労働者も含め色々な人に「バラマキ」体制の安定を図った。その典型は郵政改革です。90年代から2000年代にかけて、グローバリゼーションあるいはデフレ脱却ということで、小泉首相が郵政民営化を進めましたが結局タイミングがうまく行かなかった。自民党の中も分裂してしまった。そういうことで、2010年代に入りリーマンショックからの脱却ということが世界の潮流となりました。安倍政権はその流れに乗り「アベノミクス」を始めることができたということです。だから一方では市場志向の改革ということで規制緩和、親ビジネスをいうのですが、実際には大きな政府路線で財政も拡大し、金融の拡張も一遍にやるので、今の安倍政権には攻撃される弱点がない。経済社会政策で、今の安倍政権以上に大盤振る舞いすることは難しいということです。民進党の前の政権が情けなかったという印象も強く、構造的に強さを持っているわけです。
  (3)来年総選挙が最大の焦点になっていますが、そのタイミングとその結果が分かれ目になろうと思います。今アベノミクスが、曲がり角に来ていることは多くの人は感じていることです。特に金融緩和がうまくいっていないことは、間違いない一致した見解になってきたと思います。今後「財政でやるのか、規制緩和でやるか」ということは「大きな政府か、小さな政府か」ということを改めて選択しないといけないということが迫られています。しかし、決めきれていないというのが最大の課題です。アベノミクスは基本的には「こういうやり方でやっていけば、日本の成長力が取り戻せ、エンジンがかかり、高度成長が続く」ということを前提に考えているわけです。現実とのギャップが明らかになれば、1番影響を被るのが財政の問題で、この状態がいつまで続けられるかというリスクが表面化するでしょう。
  (4)安倍政権は国政では強いのですが、地方政治では、必ずしも強くない。沖縄で自民党勢力が力を取り戻せないということがその一例です。今回の東京の小池知事の登場は、自民党政治、安倍路線というものと東京の世論の違いから、安倍政権に対する真剣な挑戦が生まれて来ている。こうした地方政治の潮流が、全国的なインパクトを持つかどうか。潜在的にはそういう流れが出てきている状況だと思います。
第2節 戦後秩序の変革とソフトランディング
  (1)要するに安倍政権は、戦後秩序の良いとこ取りをして、今のところ上手くやり安定していることだと思います。従って、安倍首相の基本的な使命は、色々ほころびが出てきた戦後秩序を守りながら修正することです。少なくとも安倍さんは戦後秩序を暴力的に解体していくことではなく、既存の秩序を遣り繰りしながらもたせていく、安定させていくという立場を担う人であると思います。今安定した政治勢力がなくなってきているので、アメリカ、ドイツ、イギリスといった国と協力しながら、助け合って変えていく立場であると思います。
  (2)1番柱になるのが、アメリカの次期政権との関係の構築であります。クリントン政権の場合には予測可能性はかなりあります。オバマ政権の基本政策、特に対外政策では継承することが予想されます。アジア太平洋においては、中国に対して牽制的に動きながらアジアの同盟国との関係を強化して行こうという路線をとって行く。フィリピンについては、日本が仲介の役割を果たす。さらに今のアメリカの力では、アジアに集中することはできないことであり、そこを補っていくことが日本の課題になると思います。TPPについては、日本が早めに批准をして、その他の国に今の形で批准しろと圧力をかけるのが一つの手だと思います。今の情勢からオバマ政権でのTPP批准は非常にやりにくいだろうと思います。クリントン政権になっても政治的に無理だと思います。2年ほど棚上げして、2018年の中間選挙の後になれば、可能性はあると思います。日本がTPPの早期批准をするということは、今後の新政権との東アジア、アジア太平洋のあり方を示す1つのメッセージになろうかと思います。日米同盟も、クリントン政権であれば基本的には従来の継続となりますが、アメリカはより多くの役割を求めて来る可能性はあります。特に南シナ海に日本がどのようにかかわるかということは課題になると思います。新政権発足後に相談することだろうと思います。トランプ政権の場合は、先ほど述べたように、不確実性の高まりにどう対処するかに追われることになりそうです。
第3節 G7+ロシア
  ヨーロッツパでは、イギリス、ドイツが重要な連携相手になるだろうと思います。それと同時にロシアとの間合いが今最大の課題であります。12月にプーチンが下関に来る予定になっております。日本の中で期待が高いようですが、ロシアの側から見た場合、領土問題で日本に譲歩することはまず考えられないように思います。その他の領土問題や外交にも影響を及ぼしますので、歯舞、色丹の2島だったら返すという話は、まず無理ではないかと思います。今のプーチン政権にとって、得になる話はなにもない。経済協力で領土をということは、ロシアから見ると全くとんちんかんな話ではないかと思います。仮にもし領土の問題で、多少なりとも領土の主権を日本に帰すことになれば、ロシア国内でかなり不満が出るだろうと思います。中国か、日本かという選択を日本人は気にするかもしれませんが、ロシアは、中国との関係がアジアで1番大事なのは絶対変わらない、中国を敵にまわすようなことは絶対にしないので、今の段階で中国と関係を悪くして日本に近づくという選択肢はありえないと思います。したがって日本側としてそれを十分認識して行動し、愚かな判断はしないことだと思います。
第4節 東アジアの安定
  (1)東アジアでは、中国の力による変革、南シナ海、東シナ海、尖閣でそういったことを許さないことが基本です。東シナ海の問題は、クリントンであれば大きく変わることはないでしょう。トランプになると、安保条約そのものはともかく、尖閣の問題でアメリカが本当に介入するかどうかが怪しくなります。そこがぐらついてくる可能性があります。難しいのは南シナ海の問題で「力による変革はダメだ。法の支配だ」と言うことは簡単ですが、東南アジアはそのように動いていないですし、実力で埋め立を止めるということもできません。何が出来るかということが課題になると思います。取りあえず日本にできることは、東南アジア諸国での中国の影響力をある程度抑制するため、政治的な対立ではなく、経済社会的に対応するということです。これら地域の漸進的な民主化、特に一般大衆の政治に対する不満にある程度こたえるような改革を漸進的に促していくということ、質のいいインフラあるいは環境投資を支援するということではないかと思います。
  (2)日本にとって安全保障上1番大きな問題は北朝鮮であります。朝鮮半島がある程度安定して、南シナ海とか太平洋とかいえるのですが、北朝鮮の情勢が不安定化する兆候があります。そして急に浮上して来ているのですが、韓国の朴槿恵政権が今かなり国内的に大きく揺れているということで、今後再び指導力を回復すると言う可能性はかなり低いと思います。アメリカ大統領選の交代期を上手く乗り切り、日米間の関係を再構築するということは、日本の国益であると思います。それをやりながら北朝鮮でおきかねない不測の事態にどう対処するかということを日本の政権は常に考えておかないといけないところであろうと思います。

質疑応答
「質問1」

  これから日本は、どのような考え方、姿勢で世界に向き合うべきか。そのためどういう力を養うべきか。またアメリカの民主主義は危ない気がするのですが。如何でしょう。

「応答1」

  日本の養うべき力ですが、もちろん軍事的な力、経済的な力が一定水準を維持しなければならないのは確かです。ただ軍事力については、日本は憲法や非核3原則以外に政治的、物理的な制約もあり、アメリカや中国に対抗することは実現できないし、目指すべきではないと思います。経済力も国内の高齢化を考えると、これを大きく伸ばすことは客観的に難しいと思います。したがって、日本ができるのは、文化や技術という力であろうと思います。高度経済成長した1970年から80年代の投資が、今色々な形で実を結び、世界的な影響力を持ってきています。それを根付かせ、継続的に成果が出るようにしていくことだと思います。   

  次にアメリカの民主主義が危機に陥っているとは思いません。ただトランプ現象は、アメリカ政治の転機であろうと思います。民主主義という制度も、どういう人達がリードするかが必要であると思います。1980年代に仕組みが出来たのですが、今崩れているということだと思います。したがって混乱期はしばらく続きますが、やがてアメリカは、民主制の枠組みの中で新しい政治構造が出て来るのではないかと思います。トランプのやっていることはマイナスばかりではなく、従来の枠組みを壊し、新しいものをつくりだす方向にいく可能性があると思います。


「質問2」

  消費増税8%の影響が今も残っていると思うのですが、日本経済とし今後消費税はどうしたらよいと思いますか。

「応答2」

  経済政策は専門でありませんが、日本経済に大きな問題が生ずるとすれば、債務問題であろうと思います。消費税を10%にしたところで追いつかないし、減税した方が経済を伸ばし全体の債務が減るということも成り立つと思います。要は確率が高く、リスクが少ない計算になると思います。基本は債務の拡大は放置してはおけない。やがては大きなショックに繋がってくる問題だと思います。


「質問3」

  今世界的に利己主義的になってきていますが、国連は何をやっているのですか。

「応答3」

  国連は、その希望なり理想は高いのですが、現実にはなかなか働けないということだろうと思います。結局事務総長ができることはあまりない。常任理事国を中心とした大国がまとまるかどうかです。今のようにアメリカとロシアが激しく対立し、中国が距離感を持っている国連では出来ることが少ないということです。出来ることは紛争の種になるようなことに早めに対応し、拡大を抑制する。今日本の自衛隊が行っている南スーダンのPKO活動のようなことは、現在の国際政治を直接揺るがすようなことではないが、放っておくと波及していく重要な問題です。そういう問題については国連が働きやすい。大国間の関係や今日話した国々が、国益中心で動くという時、国連に出来ることは、仲介し話をつなぐとか、説得をするとかですが、大国の考えを変えるのは難しいのが現実で、国連の限界だろうと思います。


「質問4」

  将来戦争およびテロが日本にて行われるか。又は自衛隊が外国で戦争する可能性はあるのでしょうか。

「応答4」

  冷戦の時代は、大国間で戦争が行われるということは、核戦争になる恐怖があり、それが戦争を抑制していたということは確かです。冷戦が終り、戦争と核兵器が使われる可能性は少なくなりました。実際イランやアフガニスタンで、アメリカは核兵器を使いませんでした。そのことが逆に戦争の可能性を高めているということも考えられます。そういう意味で戦後の70年間よりは、今後の70年間の方が、戦争やテロが起こる可能性は増えているといえます。


「質問5」

  国連は、大事なことは、先の大戦の戦勝国である常任理事国5か国だけで決める。しかし5か国の意見が揃わないと前へ進まない。国連は何の機能もしていないと思います。日本はカネだけ拠出していますが、国連脱退したらどうなるのですか。

「応答5」

  日本の国連拠出金は、防衛予算5兆円に対し数千億円レベルです。国連が常任理事国の意見が一致しないと大事なことは決められないという組織であることは間違いありません。しかし完全に一致しなくてもある程度調整がつく問題も多くあります。中東の問題でもある程度は一致し役立っていますのでコスト・ベネフィットはそんなに悪くはない組織だと思います。日本が脱退すればどうかということは、1933年に松岡代表がやりましたが、普遍的な国際機関から、自ら席を立って出るというのは、世界の外交の常識からは外れています。戦後で国際連合の脱退は、台湾以外はほぼないと思います。イラクのフセインの時でも、入っていた方が、周りから非難を浴びていても、外交上得になるということです。色々な国と交渉が出来るのは、別の所で会うよりは随分政治的コストが低く、国連はないよりはある方がよい存在だと思います。日本は常任理事国ではないですが、外交上は重要な機関であると思います。それなりのお金を払いながら活動する。上手く国連を使うと考えたほうが良い組織だと思います。



以上は、「中西寛氏の講演」を國民會館が要約・編集したものであり、文章の全責任は当會館が負うものです。



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