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武藤記念講座(講演会事業)

第1039回武藤記念講座要旨

    2017年12月2日(土)
    於大阪「武藤記念ホール」
    京都大学・関西大学名誉教授 関西大学東京センター長   
    竹内 洋氏

 『日本型ポピュリズムを考える』  

セミナー





はじめに
  ポピュリズムは世界中で生じており、民主主義が行きつくところ必ず生ずると考えなければいけない。ポピュリズムは、ラジカルな民主主義の一つです。ただし欧米のポピュリズムは、既得権者(特権層)を敵にして、それを叩くということが大きな特徴で、日本の改革ポピュリズムとは違いがあります。

第一章 ポピュリズムの本質
第1節ポピュリズムの原点
  ポピュリズムとは「人民主義」のことです。日本では「大衆迎合主義」と訳されています。しかし実際には迎合ではなく、煽っているわけですから「大衆煽動主義」と訳したほうが特徴を表しております。もともとポピュリズムのオリジン(原点)はアメリカで南北戦争の後生まれました。急激な経済成長により産業化が進みますが、農民は取り残されます。経済界や政界も自分達を収奪して膨れ上がっていくという不満が高まり、1892年、ピープルズ・パーティー(人民党)ができるのです。これが、特権層やエリートは収奪されている人民の敵であるというポピュリズム運動を始めました。したがってポピュリズムとは、まず特権層対人民の対立を煽るものとして、農業社会が工業社会になる境目で生じたものです。そしてもう一点は、民主主義の時代ではありましたが、大衆に成熟した感覚がないため、煽るような運動になるのだと言われました。つまり工業化社会が進めば、そういう不満はなくなっていくという結論でした。
第2節 格差がポピュリズムを生む
  高度成長時代に聞かれなかったポピュリズムという言葉が、ここ10年ぐらい世界的に言われるようになりました。つまり工業社会が進めばポピュリズムがなくなるということではなく、本当は「格差」の問題だったわけです。高度成長時代には、格差があってもあまり意識されない時代でした。しかし工業化社会が停滞期に入ると、格差が非常に意識されるわけです。「今より明日が、もっとキャッチアップできる」ということがなくなり、格差意識が出てくるわけです。鳴りを潜めていたポピュリズムが出て来るわけです。単に農業社会から工業社会への移行期に現れる社会現象ではなく、高度成長の時は感じられなかった格差が、停滞期になると「露(あらわ)」になったということです。
第3節 欧米のポピュリズムの特徴
  欧米のポピュリズムの特徴は、一番目に、議会が既得権者のもので庶民は蚊帳の外になっており、議会は自分たちを代表してない。そういう不安が不満を煽るということです。二番目に、既得権者への憎悪と攻撃に向けて動員されるということです。これはフランスのポピュリズムもそうですし、アメリカのトランプもそうです。三番目に、「格差や犯罪は移民が起こしている。移民を全部追い出せ」という単一原因論で、不満のはけ口にするということです。最後に、指導者が直接民衆に語りかけてカリスマ的指導者としてふるまう、ということです。

第二章 日本型ポピュリズムの特徴と問題点
第1節 日本型ポピュリズムは改革主義
  ポピュリズムとは、庶民を群衆にして煽動するということです。庶民は一人一人の顔が見えます。大衆というのは塊で不気味な気配があります。群衆になると何をするかわからない状態になるわけです。不安とか憎しみという邪悪な感情を上手く使って敵を作り、煽ることです。日本の戦後のポピュリズムの先駆けは小泉元総理の郵政改革であると言われています。「リセットする、改革する」ということが、何となく社会に対する不満を持っている人達の心をとらえるのが日本型の改革主義ポピュリズムの特徴です。
第2節 方便としての単純なポピュリズム
  ポピュリズムというのは、一種の大衆煽動主義です。大衆運動を伴う政治には避けられないものです。政治は人々を動員しなければなりませんので、ある程度ポピュリズム的な手法を方便として使うことは仕方がないことです。この単純なポピュリズムについては、ある程度、皆んな分かっているわけです。
第3節 自己目的化した刹那主義的ポピュリズム
  怖いのは「大衆に受ければ良い。選挙で勝てれば良い」と政治全体が自己目的化することです。また「政権さえ取ればよい。後は野となれ山となれ」という刹那主義のような空気が起こってくるのが更に怖い。つまり長いスパンで物事を考えず、数年間のことだけを考えてしまう。今の日本の政治家は何十年先の事を考えているのだろうかと思います。そして、そういう政治家を選んでいる我々の意向が彼等を動かしているとしたら、我々にも咎があります。

第三章 ポピュリズム時代の希望と不安
第1節 世論調査で政策を決めるポピュリズム政党の危険
  極論すると、政治家も経済人も官僚も自分の在職期間さえ上手くいけばよいと考える危険性がある。日本の改革主義的なポピュリズムの危険は、「今の瞬間だけよく、自分だけが浮き上がればよい」という刹那主義にある。此の頃の「風頼みの政党」は、世論調査を見てから政策を決める。世論調査で人気がありそうなことを政策にする。ところが世論調査は実は随分いい加減な問題を含んでいる。そのような世論調査を神様のように思い、それを指標にして政策を作る政党に「希望はあるのか?」ということです。
第2節 庶民の健全な判断力がポピュリズムの歯止め
  意外と日本の健全な大衆の判断力に希望が持てます。それは日本には「堅気の人」がいる。きちんと真面目に自分の仕事をしていて、正直で、時間を守り、清潔である。要するに庶民の理想形みたいな人がいる。その人達が「世の中そんな上手い話しはないだろう」「調子に乗るものではない」と言う。改革型ポピュリズムの歯止めになるのは、このような日本型保守の非常に健全な感覚であり、草の根保守の発想に期待できると思います。
第3節 草の根保守の崩壊
  NHKの国民性調査で、以前は伝統的に「努力すれば、いつかは必ず報いられる」と思う日本人が物凄く多かったのですが、最近、ここ10年も経たない間に「いくら努力しても全く報われない」と思う人が10%も増加している不安材料があります。堅気メンタリティが衰退してきているということです。もう一つ危険なことは、議会政治に対する信頼感がなくなって来ているということです。「自国の政党に期待できない」という日本人が52%もいるということです。2人に1人というのは危険材料です。改革ポピュリズムに対する防波堤の要素もある程度ありますが、ポピュリズムを助長する不安材料もあるということです。

おわりに
  最近メディアでは「保守とリベラル」の対立軸を言っていますが、60歳以上の人は自民党を保守、リベラルに共産党や社会党を入れます。しかし若い世代は、保守が共産党で、リベラルは維新です。かつて戦後の55年体制では「保守と革新」が対立軸で、革新は社会党と共産党で、日本を社会主義にすることでした。また新しい憲法を守ることが革新で、自民党は戦前の日本に戻す復古主義で保守であると言われました。ところが90年代に社会主義が崩壊し、革新はリベラルへと変わったわけですが違和感があります。もともと日本における自由主義者は、軍部や右翼と戦い、且つ左翼マルクス主義と戦ったわけです。つまり左派と右派のちょうど真中ということでした。然し今はリベラルが左派の粉飾みたいなものになっており、使い方が変です。一方自民党が保守というのも疑問です。自民党の最近のスローガンは「革命」という言葉を多用していますが、保守とは変革を漸進的に進めて行くことで、大改革や革命は保守ではありません。
是非、皆さんもお考えなっていただきたいと思います。

質疑応答
「質問1」

  進歩的という呼称が使われ始めた原因と時期についてお教え下さい。

「回答1」

  進歩主義とか進歩的文化人という言葉は、1955年以前のことです。 「保守対進歩」という対立軸でした。労働組合が保守勢力と言われ、進歩勢力とは左派のことでした。進歩勢力は「歴史は進歩するもので、資本主義の次は社会主義、共産主義へと進歩していくはずだ」と得意になって言ったわけです。それに対し保守的とは「昔に戻す。昔を維持する。前に進まない」と言われました。55年体制頃からは進歩に代わりに革新となりましたが、今は両方ともリアリティが無くなり、社会主義になればより進歩すると考えている人はいないと思います。つまり進歩主義は廃語です。また革新も、世の中全体を変えると言うことで時代に合わない。そこでリベラルという言葉を今使っているのです。


「質問2」

  マスコミの捏造性についてお考えはございますか。

「回答2」

  「フェイクであるかないか」と言うのは難しい。例えばコップの水が半分入っていた時「半分もある」と言うことも出来るし、「半分しかない」と言うことも出来るわけです。日本人は「メディアは真実を中立的に伝える」と思い過ぎて、あまりにも権威付けしている。「新聞は、民間企業が勝手に自分達の意見を書いているだけ」と思えば良いのです。日本の新聞があまりにも肥大化し過ぎた。もっと発行部数が少なくなれば、ある程度皆さんも許すと思います。進歩主義


「質問3」

  欧米の自由主義諸国の議会と比べ、日本の共産党が非常に力を得て残っているのは何故でしょうか。

「回答3」

  日本の共産党は、今全然共産党らしくない。戦後初期の共産党は過激派でした。今や共産党は建前なのか、本音なのか疑問です。「本当は革命とかを隠していてソフトな顔をしているのか?それとも本当にソフトになって存在するのか?」と言うことですが、実情はかなり共産党的ではなくなっており、本当に革命などやる気とは思えない。だから選挙民も投票すると思うのです。


「質問4」

  小池都知事の復活はあるでしょうか。

「回答4」

  あれだけの失敗をすると厳しいのではないでしょうか。


「質問5」

  日本の民主主義は、日本を永久に無力化する為米国に押し付けられたものです。国防は米国の傘の下で、有事には米国に守ってもらえるという「平和ボケのポピュリズム」をどう思われますか。

「回答5」

  100%押し付けられた状態で、ずっと続くということは有り得ないのではないでしょうか。外国の思想などが入ってきた時、ある程度熟して受け入れている。自分達である程度使い回しており、ある程度、我々の中に民主主義みたいなこともあったのではないでしょうか。


「質問6」

  朝日新聞の見出しは、あまりにも反政府的ですが、どう思われますか。

「回答6」

  朝日新聞の記者も全てがそうではないのでしょうが、もう少しソフトになったら良いと思います。ただし、東京では他紙と比べるとソフトであると言われております。


以上は、関西大学東京センター長 竹内 洋氏の講演を、國民會館が要約、編集したものであり、文章の全責任は当會館が負うものです。



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