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武藤記念講座(講演会事業)

第1052回武藤記念講座要旨

    2018年11月17日(土)
    於大阪「武藤記念ホール」
    作曲家   
    吉田 進氏

 『≪椿姫≫に乾杯!』  

セミナー




<目次>
  • はじめに
  • 1.≪椿姫≫の概要
  • (1)あらすじ
  • (2)原作
  • (3)マリア・カラスの≪椿姫≫
  • 2.第一幕
  • (1)前奏曲(「死のテーマ」+「恋するヴィオレッタのテーマ」)
  • (2)乾杯の歌
  • (3)ある日あなたは清らかに輝いて現われ(「神秘的な恋のテーマ」)
  • (4)ああ、そはかの人か(「神秘的な恋のテーマ」)+花から花へ
  • 3.第二幕
  • (1)天使のように清らかな娘が
  • (2)お嬢さんに伝えて下さい
  • (3)愛して頂戴、アルフレッド(「恋するヴィオレッタのテーマ」)
  • (4)プロヴァンスの海と陸
  • (5)この女は僕への愛のために
  • 4.第三幕
  • (1)前奏曲(「死のテーマ」)
  • (2)さようなら過ぎ去った日よ?(「神秘的な恋のテーマ」)
  • (3)こんなに若いのに死ななければならない
  • (4)もし清らかな乙女が
  • (5)不思議だわ!(「神秘的な恋のテーマ」)
  • おわりに
  • 質疑応答

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         第一幕から第三幕の内容については割愛させていただきます。


はじめに
  3年前に「カルメンという名の女」と題して、フランスの作曲家ビゼーのオペラ≪カルメン≫が、なぜ世界で一番上演されているオペラなのか、その仕掛けをお話させていただきました。
  今回はヴェルディ作曲のイタリア・オペラ≪椿姫≫を取り上げたいと思います。これは実は僕が一番好きなオペラなのです。なぜかというと、歌劇というものが「歌を用いた演劇・ドラマ」だとすれば、この≪椿姫≫は、疑いなく西洋オペラ史上の最高傑作と思われるからです。

1.≪椿姫≫の概要
(1)あらすじ
  舞台は19世紀のパリ。主役のヴィオレッタはいわゆる高級娼婦。複数の貴族やお金持ちを相手に贅沢な生活を送っています。ただ、彼女は結核を患っています。ヴィオレッタの豪華な邸宅の夜会に、以前からヴィオレッタに恋しているアルフレッドという若者が現れ、ヴィオレッタは、彼の真剣な愛に打たれて、二人はパリの郊外で愛に満ちた生活を始めるようになります。ただ、アルフレッドはちょっとお坊ちゃんで、生活費はすべてヴィオレッタが自分の財産を手離すことで賄われているのに気が付きません。そこへアルフレッドの父親ジェルモンがやって来て、ヴィオレッタに息子との縁を切ってくれと頼むので、彼女は心ならずも以前の高級娼婦の生活に戻ります。ヴィオレッタに裏切られたと思い込んだアルフレッドは、ある夜会で彼女と出会い、大勢の客の眼の前で、札束をヴィオレッタの顔に投げつけます。その後父親から事情を聴かされたアルフレッドは、死の床のヴィオレッタの許へ駆けつけて許しを乞います。しかし、すでに遅し。ヴィオレッタは恋人の腕に抱かれて死んでいくのでした。これがごく簡単なあらすじです。
(2)原作
  この「椿姫」には、実在のモデルがいました。1847年に23歳の若さで死んだ高級娼婦で、パリのモンマルトル墓地にお墓があります。彼女は当時のいわばスター的存在で、しょっちゅう新聞にも名前が出るような、まさにパリの大輪の花でした。皆さん、アレクサンドル・デュマというと『三銃士』や『モンテ・クリスト伯』の作者として名前を覚えていらっしゃるかも知れませんが、その息子で名前も同じアレクサンドル・デュマという男が、ひと時この高級娼婦の恋人でした。「娼婦の恋人」という表現は、少し奇妙に感じられますが、要するに「金銭を抜きには成立しない恋愛」と考えておいて下さい。アレクサンドル・デュマ・ジュニアが、彼女が死んだときに、自分自身やほかの彼女の恋人というか、客をモデルにして書いた小説が『椿姫』で、翌1848年に出版されてベストセラーになりました。さらに4年後の1852年にデュマ・ジュニア自身がこの小説を芝居に仕立ててパリの劇場で上演したところ、これもまた大ヒットしたのです。この時、ちょうどパリに滞在していて、この舞台を観たのがヴェルディで、イタリアの作曲家は直ちにこれをオペラにすることにし、オペラ用の台本をイタリア人の台本作者に依頼し、早くも翌1853年にはイタリアのヴェニスのオペラハウス「フェニーチェ座」で初演しています。ただ、このオペラの題名は日本では、≪椿姫≫、つまりアレクサンドル・デュマ・ジュニアの原作通りになっていますが、ヴェルディの歌劇のタイトルは実は「椿姫」ではなく、「道を踏み外した女」となっています。なぜでしょう。もし僕が≪曽根崎心中≫をオペラ化するとしたら、タイトルはやはりそのままにします。わざわざ≪徳兵衛とお初の恋物語≫なんて変えません。皆が知っている題名の方が、沢山の人に興味を持ってもらえるからです。ところがヴェルディは≪椿姫≫をわざわざ≪道を踏み外した女≫に変えた。このことはこのオペラを理解する大切な鍵になります。
(3)マリア・カラスの≪椿姫≫
  さて、それではいよいよオペラを鑑賞して行きますが、お聴きいただく、あるいは映像でご覧いただく演奏は、僕のいつもの講演の如く、様々な演奏家でお楽しみ頂きます。それは同じ音楽作品に、色々なアプローチが可能であることを皆さんに知って頂きたいからです。ただひとつ、予めお断りしておきたいのは、今回は何箇所か1955年にミラノのスカラ座で行われた公演の実況録音のCDを使うことです。1955年の録音ですから、モノラルでステレオではありませんし、音だけで映像もないのですが、これは「世紀の≪椿姫≫」といわれています。主演・椿姫(ヴィオレッタ)がマリア・カラス、恋人アルフレッドがジュゼッペ・ディ・ステファーノ、父親ジェルモンにエットーレ・バスティアニーニという当時の最高の顔合わせで、指揮はカロル・マリア・ジュリーニ。演出は映画監督のルキノ・ヴィスコンティ、≪若者のすべて≫や≪ヴェニスに死す≫あるいは≪地獄に堕ちた勇者ども≫などで有名です。この録音でのカラスの歌は、文字通り凄まじいもので、僕は今後もこれを上回る≪椿姫≫は現れないだろうと思います。カラスの≪椿姫≫のCDは何種類も出ていますが、この録音、正確に言えば1955年5月28日のスカラ座公演のものを、録音は古いのですが聴いて頂きます。

以下、第一幕から第三幕の内容については割愛させていただきます。

おわりに
  世の中では一般に≪椿姫≫というと、可哀想な高級娼婦の悲恋物語と捉えられていますが、こうして見て来ると、ヴェルディが描いているのは、もっともっと深い内容で、一人の人間が、人間の名に値する存在となる為に歩まねばならぬ道程なのです。題名を≪椿姫≫でなく、≪道を踏み外した女≫としたのは、こういう理由だったに違いありません。

質疑応答
「質問1」

  最後、アルフレッドがヴィオレッタの所に行くが何故遅れたのでしょうか?

「回答1」

  アルフレッドは、父親と一緒に旅行していて、そこで父親から本当のことを聞かされる。それでヴィオレッタのもとへ駆けつけるわけです。原作の小説「椿姫」では、臨終の場?に全く間に合わないわけですが、デュマの戯曲・芝居では、最後、死ぬ前に会えたということになっております。


「質問2」

  ヴィオレッタの最後の言葉「生けることの喜び」とは、キリスト教の「永遠の命」とい?うことが根底にあるのですか?いわゆるキリストの「復活」です。

「回答2」

  「復活」につながっているかどうかは判りませんが、デュマが書いた小説『椿姫』には実在のモデルがおり、当然そのモデルを相当反映していると思います。しかしヴェルディのオペラにどの程度反映しているかは判りません。ただ実際の椿姫は、大変信仰深い人だったそうです。後に自分を「マリー・デュプレシス」と名乗るのですが、聖母マリアからとったということです。それから彼女は、お金を湯水のように使うと同時に、寄付もしていました。そういう意味で、彼女自身が信仰心を非常に強く持っていた人だと言うことは間違いありません。最後の第3幕で、お医者さんが「具合はどうですか」というと「昨日は神父様が来てくださった。宗教というのは、私を非常に力づけてくれる」というのがあります。それが最終的にキリスト教の「復活」まで行くのかということは判りません。しかしそういう宗教的な解釈が非常に強い演出もあります。


「質問3」

  オペラを見ている観客は物凄くマナーが良い。マナーが良くなければ聴き取れないということが、日本でオペラが盛んな要素だと思っているのですが如何でしょうか??

「回答3」

  興味深い意見です。日本でオペラが盛んだというのを、僕はこう考えています。実はオペラは、我々にとって言葉や習慣が全然違うわけですから本当はとっつきにくくても不思議ではないのです。ただ、お能、文楽、歌舞伎という日本の伝統的な演劇は、全部音楽が付いているわけです。文楽は大夫がいるわけだし、三味線もいる。お能も謡が入る。勿論笛も太鼓も入る。歌舞伎も黒簾(くろみす)音楽とか、義太夫狂言もある。すなわち日本の伝統的な演劇の特徴は音楽劇です。とっつきにくいところはあるのだけれども、芝居の中に音楽があるということが、日本人がオペラを好きになった根底にあるのではないかと思います。


「質問4」

  日本で最初にオペラが演じられたのはいつ頃ですか。また日本の評論家は「椿姫」を、どのように批評しているのですか。

「回答4」

  詳しいことは判りませんが、日本で最初にオペラが演じられたのは、浅草オペラとかいうものだろうと思います。最初はオペラそのもの全部をやるのではなく、それを変えてやる。特に浅草オペラなんかは大衆演劇で、娯楽として入って来たはずです。その後日本でも音楽学校が出来て、西洋の代表的なオペラが初演されることになります。その草分けが藤原オペラなどです。また「椿姫」の批評ですが、日本人はあまり深くは考えていないと思います。つまり椿姫は、日本でなくても、高級娼婦の可哀想な恋物語とみんな思っているわけです。そこで止まっています。その裏を見ると随分、宗教に裏打ちされた人間としての生き方というものが出ています。しかしそれに気が付いている人はヨーロッパでも少ないし、日本ではキリスト教というベースがありませんから、おそらく問題になっていないという気がいたします。


「質問5」

  マリア・カラスは、現役生活はどれくらいで、いくつで亡くなったのでしょうか。

「回答5」

  詳細は判りませんが、彼女の現役の期間は非常に短いと思います。僕がパリに行った1972年にはまだ生きていましたが、1980年には亡くなっていたのではないでしょうか。わりと若くして亡くなりました。彼女の本当の活躍期間が短かったというのは、彼女の歌を聞けばわかります。本当に命懸けで歌っているという人はキャリアが短いです。だけど素晴らしいものが残っています。


「質問6」

  肺結核を患った時「お医者から大声を出すな」と言われましたが、ヴィオレッタがあんな大声を出せば、死んでしまうのではないかと思います。オペラは、原理原則より雰囲気の方が大事なのかなと思うのですが?またデュマはフランス国家に貢献したことで偉い人が祀ってあるお墓に祀られていると聞いたのですが教えてください。

「回答6」

  詳しいことは判りませんが、パリにフランスの偉人たちを祀る霊廟「パンテオン」があり、デュマが祀られている可能性はあります。
  また最初の質問は本質的なことです。『椿姫』に限らず「死ぬ人はこんな声で歌うのか」ということは、つまり演劇というものは「嘘」。「嘘八百の真実」と言うことです。これはお能や歌舞伎でも「そんなこと実際にはありえないのだけれど、そういうふうに嘘をやることによって、実は真実が見えて来る」という、そこが芸術の面白さです。そういう意味では西洋も日本も演劇における「嘘」というのは全く変わらないと思います。詳細は判りませんが、彼女の現役の期間は非常に短いと思います。僕がパリに行った1972年にはまだ生きていましたが、1980年には亡くなっていたのではないでしょうか。わりと若くして亡くなりました。彼女の本当の活躍期間が短かったというのは、彼女の歌を聞けばわかります。本当に命懸けで歌っているという人はキャリアが短いです。だけど素晴らしいものが残っています。


以上は、作曲家?吉田進氏の講演を、國民會館が要約、編集したものです。文章の全責任は國民會館が負うものです。



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