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武藤記念講座(講演会事業)

第1053回武藤記念講座要旨

    2018年12月1日(土)
    於大阪「武藤記念ホール」
    京都大学法学研究科 教授   
    中西 寛氏

 『激変する東アジアと平成後に向けた日本の課題』  

セミナー





はじめに
  今年は東アジアで非常に大きな事柄が起きた年でした。その起爆剤となったのはトランプ外交です。今年の前半は北朝鮮が台風の目となりました。後半は米中関係であります。本日はまず北朝鮮問題と米中関係について述べた後、これからの日本外交の課題について話をしたいと思います。

第一章 米朝関係の展開
第1節 北朝鮮の主導と韓国の仲介
(1)金正恩が主導した転換
  シンガポールの首脳会談に至るまでの経緯について、専門家の間で見方が大きく二つに分かれています。一つは国連制裁措置が厳しくて北朝鮮が譲歩し対話に応じてきたという見方と、もう一つは北朝鮮の主導で対話に向けた動きを作りだしたという見方です。私は当初から後者の見方をとっています。
  北朝鮮は、昨年1月トランプ政権が発足した直後からミサイル発射でアメリカに圧力をかける政策を繰り返し、昨年9月の6回目の核実験(水爆実験)で挑発行動は頂点に達しました。そして11月アメリカ本土に到達する能力があると思われる長距離ミサイル(火星15号)の実験を成功させました。安保理は11月下旬、中国、ロシアも賛成する形で石炭の輸出停止、石油の供給停止という非常に厳しい経済制裁を採択しました。こうした厳しい経済制裁で北朝鮮が譲歩せざるを得なくなったという見方について私は懐疑的です。確かに北朝鮮の庶民の生活は中国との経済関係が閉ざされればマイナスの影響が及ぶのは間違いないわけですが、金正恩を中心とするエリート層の経済や生活は世界中に張り巡らされた様々な闇のネットワークで成り立っており、半年ぐらいエリート層が経済的に厳しくなるとは思いません。北朝鮮が積極的に姿勢を変えたわけです。転換点は今年の1月1日です。金正恩の『新年の辞』で「平昌オリンピックの成功を祈ります。もし可能であれば北朝鮮からも参加する意欲があります」と言い出しました。こうして平昌オリンピックに北朝鮮が参加する流れが出来たわけです。金正恩は開会式に妹の金与正を派遣しました。比較的若い女性でソフトなイメージにより対話路線に転換するイメージを作り上げ、3月には韓国の使者が金正恩と直接話をして南北首脳会談、米朝首脳会談の流れを作りました。3月末金正恩は指導者となって初めて中国を訪問し習近平国家主席と首脳会談をしました。これは外交的には賢明で勇気のいる選択だったと思います。やはり金正恩は今年の始めから平昌オリンピックを利用して対話に乗り出し、韓国やアメリカとの対話あるいは中朝関係を動かすことを、主体的に行動したということが実態であると考えています。
(2)文在寅の仲介外交
  韓国では2017年5月朴槿恵前大統領が弾劾をされ左派の文在寅が大統領に選ばれました。文在寅政権は10年前の廬武鉉政権の路線を継承し南北間の対話を志向することが基本路線です。トランプ政権が北朝鮮に対して軍事的な行動をする場合、絶対に韓国の同意が必要となります。北朝鮮は文在寅政権が登場したことでアメリカからの軍事攻撃が難しくなったという前提で行動できるようになり、ミサイルを撃ったり、水爆実験をしたりしたわけです。しかも韓国に対しては冷たい態度を取り続け、今年急に太陽政策に転換したので文在寅政権は大喜びで抱きつき外交を行ったわけです。3度の南北首脳会談を行いましたが、4月の『板門店宣言』は、南北の間で民族の統一が先ず重要で、軍事的緊張を緩和させ終戦宣言で平和体制を構築する流れの中で非核化を実現するということで、これまでの廬武鉉政権やそれ以前の南北間で合意されてきたものを文章にまとめたもので目新しいものはありません。9月の『平壌共同宣言』は板門店宣言を補足する内容でしたが、重要なのは『軍事分野の履行合意書』です。「南北境界線での非武装地帯を広げ偵察飛行を止める。海の境界線での挑発的な行為を止める」と軍事的な緊張緩和を書いています。こんな大事なことをアメリカとの事前の相談もなく勝手に決めたことにアメリカが不満をもっていることは明らかです。一方でトランプ大統領の意向は韓国の安全保障にコミットすることと違ってきており、アメリカと韓国の関係が悪くなっております。金正恩を年内にソウルに招くことが合意されていましたが、韓国とアメリカで話がまとまらず事態は停滞しています。しかし文在寅政権は既に北朝鮮との対話に舵を切っており、方針転換して対北強硬路線にはならないと思います。
第2節 米朝首脳会談
(1)トランプ外交の本格化
  6月12日にシンガポールで行われた米朝会談は、トランプ政権の体制変化が前提にあったと思います。トランプ政権は昨年1月発足しましたが、トランプ大統領は政治経験のないニューヨークの不動産業者です。昨年一年間はマティス国防長官、マクマスター安全保障担当補佐官、ティラーソン国務長官、ゲーリー・コーン国家経済会議議長という共和党系のトップクラスの大物政治家、元軍人、ビジネスマンが政権の幹部におり、大統領を補佐しながら方向性を決めると思われていました。しかし今年に入りそういう人達がかなり交代をさせられ、トランプの独自色が強い体制で本格的に外交をするようになってきました。CIA長官だったポンぺオが国務長官に代わる。強硬派の外交官ボルトンが安全保障担当補佐官になる。コーンからクドローという経済コメンテーターに代わる。そしてマティスの交代に今関心がもたれています。トランプ大統領の意向を反映した外交がやり易くなってきました。その中心が「貿易通商政策」であり「北朝鮮政策」です。
(2)首脳会談
  3月、北朝鮮との首脳会談をいきなり了解した背景にはポンぺオの根回しがあったと考えられています。北朝鮮の情報機関のトップは金正恩の腹心です。オバマ政権の頃からCIAとある種のチャンネルがあった形跡があり、CIA長官であったポンペオを通じて首脳会談につながったということです。ポンペオ自身3月末秘密に平壌を訪れており、それ以降も4度訪朝しています。そういう背景から6月12日シンガポールで米朝会談が行われ『共同声明』が出されました。その内容は4項目あります。一つは米朝が新時代になるという精神的なアピールです。2番目に平和体制の構築、3番目に朝鮮半島の非核化、4番目は朝鮮戦争での米軍兵遺体の返還です。しかしほとんど具体的な内容がなかったので西側では失望感が広がりました。また前文に「北朝鮮の安全についてアメリカが保証する」という文言があります。要するに今回の首脳会談は、アメリカが北朝鮮の安全を保障することと朝鮮半島の非核化に向けて北朝鮮が行動することが取引になっているということです。20数年前、クリントン政権による米朝合意で、北朝鮮の核開発を止めるかわりに西側が北朝鮮にエネルギーを支援すると経済支援取引したわけですが、あの時と似た構図です。更にその後トランプは記者会見で「米韓の軍事演習はとりあえず停止する」といきなり言い出しました。
(3)その後の停滞
  その後米朝関係は停滞状態です。ポンペオが10月に北朝鮮に行きますと、その後すぐに北朝鮮は、トランプ大統領を素晴らしいと持ち上げながら、ポンペオやその部下は全然トランプ大統領の気持ちを汲まずに厳しいことを言ってくると文句を言うやり方で対話のジェスチャーを示しているわけです。今成果が上がらず行き詰っている状況です。その間にアメリカと韓国の間は間違いなく摩擦が増えております。「文在寅は勝手に走って既成事実を作るが、全然北朝鮮の非核化には貢献していない」という不満がアメリカに出ております。また米中摩擦が東アジアの焦点に移ってきており、北朝鮮は二の次になっています。現時点で言えることは、昨年日本やアメリカが「北朝鮮に対する最大限の圧力」と言っていましたが、これはほぼ復活不可能です。金正恩が政権を追いつめられるような厳しい経済制裁は難しくなったと思います。
第3節 評価
  平和的に圧力をかけて北朝鮮の核を完全になくすことは事実上無理であるということが実態です。非核化についてCVID(完全不可逆で検証可能な非核化)と言っていましたが、これは北朝鮮が2006年最初に核実験をする時に言われていた言葉です。すでに核実験をして核能力をもっているわけですから北朝鮮の製造知識を根絶するという100%のCVIDはできないだろうということです。非核化実現の唯一の方法は戦争で北朝鮮の体制を倒すということですが、実態はトランプがドラマチックに北朝鮮に圧力をかけるふりをして、最後は北朝鮮の核を容認する方向に行かざるを得ないと思われます。客観的に見て西側の敗北です。しかしトランプの計算方法は違うかも知れません。在韓米軍の演習停止を一方的に言い出したように在韓米軍を置きたくないというのが本音だと思います。彼の世界観は「アメリカの力を都合よく使いたい同盟国がアメリカの指導者に追従し、それに乗せられて損なことをやってアメリカが衰えたのだ」と本気で信じていると思います。これは在日米軍や在ヨーロッパ米軍も同じです。北朝鮮の軍事的脅威の中心は韓国や日本で、場合によっては中国やロシアかも知れない。何故アメリカが危険を被らなければならないのかという発想です。トランプは北朝鮮がおとなしくなり、南北とその周辺国の話し合いで適当なところで手を打ち、在韓米軍の負担が減るなり、それらの国が負担を負うようになれば良いと思っているはずです。トランプ自身が失敗したとか、やられたとは考えていないと思います。

第二章 米中対立
第1節 貿易戦争
  トランプ外交が今年になり本格化した一番の柱は「貿易政策」です。トランプは経済・貿易に一番関心があり外交や安全保障は二の次です。全て経済に転換してアメリカに得になるかを計算していることは明らかです。安全保障や外交の閣僚は次々と代わっていますが、経済関係の主要な閣僚は代わっていません。今年に入り彼らを軸に交渉外交をやってきました。従来アメリカは国際リーダーとして、アメリカが作ってきた国際経済秩序である世界貿易機関(WTO)やG7など多国間の枠組みを守るのがアメリカの国益であると定義してきたわけですが、トランプさんはそれ自体を否定して、WTOやG7などのマルチの枠組みや組織は潰れても良いという姿勢を示していて、これまでEU、カナダ、メキシコ、韓国などと2国間交渉をしてきて、結局トランプのいうことを100%拒否することが出来ず、ある程度の妥協をするというパターンが繰り返されています。そして今、アメリカの貿易赤字国として残っているのが中国と日本です。
第2節 米中制裁のエスカレーション
  アメリカの貿易赤字は中国が圧倒的に大きいわけです。アメリカは3月から貿易外交で中国に対してかなり強い圧力をかけてきました。大統領令で高関税を決めたり、あるいは安全保障を理由に鉄鋼、アルミの輸入制限措置で圧力をかけてきました。最初は習近平政権も貿易戦争辞さずと言って、豚肉やワインに対抗関税をかけアメリカもある程度譲るだろうと交渉に入りました。しかし一つの転機になったのは4月です。アメリカ商務省が中国の主要なハイテク企業ZTEに、イラン・北朝鮮との貿易を理由に非常に厳しい制裁をかけました。ZTEはアメリカからスマホの基本部材を買えなくなり事業が停止し倒産寸前まで追い詰められました。結局ZTEは全面降伏し制裁金を払い幹部を交代し助けてもらいました。これで中国がアメリカと真面目に貿易戦争を戦う能力がないことが明らかになりました。5月アメリカは中国との協議で中国が大幅に輸入を増やし赤字を減らすことで合意しました。ところが翌月アメリカはこの協議をひっくり返し更なる制裁方針を明らかにしたわけです。最初500億ドルの制裁を秋から実行すると言い出しました。それに対し中国政府も同じだけの関税をかけると言ったわけです。それに対してトランプは更に2,000億ドルの制裁を実行するとエスカレートしたわけです。中国の輸入分はそれほどありませんから対抗できません。アメリカ経済は好調な状態を維持していますが、中国はかなり打撃を受けています。すでに米中の勝負はついていて中国が譲歩してアメリカと手を打つ他はないということです。
第3節 ペンス演説
  10月4日のペンス演説は単に経済という話ではなく中国の体制そのものを攻撃した演説です。まさに「冷戦」になりかねないことを言ったわけです。この演説はこれまでアメリカの中で出てきた中国に対する不満を一挙にまとめて整理した大きな方針です。要するに、これまでのアメリカの対中関与政策は失敗だったという結論を出すためのものです。「アメリカは20世紀初めから門戸開放という政策で中国人民を助けることをやってきた。1970年代末から始まった中国の改革開放を支援し中国を自由貿易の枠に入れて中国に多大な投資をし、中国が経済的に繁栄すると同時に民主化、自由化へ進んでいく歩みを助けてきた。しかし習近平政権になり、これまで徐々に進んできた自由化、民主化が完全に逆転しどんどん独裁的、強権的な方向になってきている。経済的には保護主義的な政策を次々と打ち出し、自分達は輸出をするが自国への輸入は認めない。また中国に投資をしたければ知的所有権を寄こせという仕組みを設ける。あるいは企業の中に共産党の細胞を置いて影響力を認めろと言う。そして経済的繁栄を軍事力に変え、尖閣に対する圧力や南シナ海の軍事的支配を強めアメリカと対抗する意向を示している。また国内でも抑圧を強め、監視システムや口座情報管理で国民監視を強めているのは明白である。また宗教弾圧や一帯一路政策による債務外交で港を取り権益を奪うという19世紀の帝国主義国のようなことをやっている。中南米のベネズエラのような腐敗政権を支援し国際秩序を乱し台湾の外交関係を奪う。更にアメリカ国内でトランプ政権の批判広告を出してアメリカ内政に干渉する。留学生がアメリカで勉強して自由を謳歌したとネットで叩きその家族がハラスメントを受けるという間接的な圧力をかける」と副大統領が長々と演説で述べたわけです。そして「関与政策は失敗であり、中国の政治を自由化、民主化する為にアメリカの経済や自由貿易に入れていくというやり方ではもう見込みがない」と結論を出したわけです。習近平が「中国製造2025」というスローガンで世界最強の技術国家になっていくことは大きな脅威であり、これを防ぎ、対抗していく。中国の体制そのものが問題の根源であるという趣旨の演説です。これはアメリカの貿易の赤字を減らすとか、中国に輸出を増やすとかで片が付くことではなく、中国の政治体制そのものがかなり変わる、少なくとも習近平より以前のもう少し自由化が見えていたような時代まで下がることが最低限必要で、共産党体制自体が問題だというのにほぼ等しい内容です。
第4節 中国の拡張政策
(1)習近平政権への移行期
  中国は2010年前後から体制が硬化していったという経緯があります。胡錦涛から習近平に権力が移行する時、習近平は胡錦涛派を攻撃するため、それまでのケ小平の基本路線「韜光養晦(とうこうようかい)」(国際協調を基調としながら経済発展する)は弱腰であるということで、「有所作為」(やるべきことはやるのだ。言うべきことは言うのだ)という方針を言い出しました。その頃から「国防法」や「国防動員法」という法律を作り、中国の国民一人一人が国家のために犠牲を払い、奉仕をすることを義務付け、これを根拠に様々な国内弾圧、国内監視を行って来ました。
(2)習近平政権
  習近平政権は2012年から2013年にかけて、毛沢東の時代と思うような誇大妄想的なレトリック「中国の夢」を急に言い出します。ともかく共産党の中で習近平を持ち上げるため「中華民族の偉大な復興」「海洋強国」という大袈裟なレトリックを使っていきました。2013年頃からはアジアインフラ銀行という投資会社を作り、一帯一路政策など西側が作っていた国際秩序とは別に自前の国際秩序を具体化するようになって、西側が警戒心を強めていったということがあります。特に「中国製造2025」では、2025年に世界の最強の技術国家になるということです。「軍政改革」で対外戦争を可能にする仕組みに変ってきており、アメリカからみて軍事的脅威の度合いが上がっていることは否定出来ないわけです。中国が大国路線、独自路線を強めてきているのは確かで、やり過ぎたと思っているのが正直なところであろうと思います。今後習近平のメンツを守りながらアメリカに勘弁してもらって手を打ちたいというのが中国の基本的な方針だと思います。しかし中国の体質そのものは変わらないというのが今のアメリカの民主、共和の党派を越えての共通認識になりつつあります。「関与政策」で甘い顔をすべきでなかったというのがアメリカのエリートの雰囲気になってきていることは確かで、仮にトランプと習近平の間で手打ちが行われても、米中が協調関係になるとは思えません。

第三章 今後の展望
第1節 複雑化した米国内政
  今後の展望を考える上で我々が意識すべきはアメリカの内政の複雑化した状況です。何故ペンスさんがあの演説をしたかということです。彼はトランプ政権の中で目立たないようにしてきた人です。その人が10月の演説やAPECで中国に対し厳しい批判をすることになったのには二つの説があります。一つはトランプ大統領がペンスに中国を追い詰める役割をさせているとういう説です。もう一つは共和党がトランプと距離を置いて体制を立て直したいということです。トランプはもともと共和党の人ではありません。共和党内にトランプに頼らずに政策の基盤を作るということで対中政策を柱にペンスを前面に出しているという見方です。今回の11月の中間選挙では、トランプ、共和党、民主党、三者痛み分けでした。このままいけば2020年の大統領選挙にトランプがもう一度出るのは間違いありません。しかしトランプはあまりにも不安定です。特にトランプとロシアの深い関係についての疑念は共和党でも持たれています。事態の推移によっては、トランプを切ることを考え始めている気もします。ペンスが中国外交にだけ前面に出てきているのは関連があるかも知れません。アメリカの憲法には修正25条4項で、副大統領と閣僚の半分が「大統領が執務不能」と議会に申し出れば大統領を辞めさせることが出来るわけです。もし大統領が拒否しても上院と下院でそれぞれ3分の2以上が賛成すれば大統領を本当に罷免することができるのです。別に大統領弾劾制度(下院の過半数で発議をして、決定は上院の3分の2で大統領を罷免できる制度)がありますが、仮にトランプに大きなスキャンダル問題が起こった場合、下院で民主党が発議する形で弾劾の流れになると共和党は主導権を民主党に奪われてしまいます。ペンス副大統領が中心となって共和党と民主党が手を組む形で、25条4節で大統領を罷免にするという道がゼロではありません。今のアメリカの政治は、そういうことも考えるほど闇が深く、アメリカの対外政策にも影響を及ぼしてくると思います
第2節 構造化する米中対立
  米中対立についてはかなり構造化しており関与政策は終わると見ざるをえません。これは「米中冷戦」と言っていますが、中国は世界第2位の経済大国で世界貿易の中軸の一つになっているため「米ソ冷戦」の時以上に世界にとって痛みを伴うことは間違いありません。経済的にはかなりのマイナス要因になると思います。今イギリスではブレグジット(EU離脱)で大変な状況です。イギリスとヨーロッパ大陸が経済的に完全に統合しているものを切り離すのに物凄く苦しんでいるわけです。これまで税関なしでパスしてきたものが、いちいち通関しなければならずもの凄い時間がかかるわけで、イギリス国内では一時的に凄い困窮状態になることは明白です。米中の間で切り離し手術をするということは、基本的に同じようなことが世界経済で起こることです。また北朝鮮問題については手がつけられない可能性が高いと思います。トランプ政権が強硬姿勢に転じる動機はなく、このまま放置してだらだら続いていく可能性が強いだろうと思います。
第3節 政治の季節
  2008年のリーマン危機から10年経ったわけですが世界情勢が大きく変わったというのが今の感慨です。世界経済は色んな形で減速傾向が見えてきております。10年前はリーマンショックの直後、G20の首脳会議が世界大不況にならないように協力する方向で上手くいったわけですが、今回は経済の減速なり、場合によってはリーマン級のショックが起きた時、世界が結束することは難しくなっています。政治的には1930年代に各国が保護主義に走ったようになる可能性が高いという状況になっています。

第四章 日本外交の課題
第1節 安倍外交の戦術的成果
  安倍さんは9月に3選が成功し、来年の今頃は歴代最長の首相になり、2021年までやれば圧倒的に最長の首相ということになりますが、これまでの安倍政権の外交は評価できると思います。特に安保法制を2015年にやり、それを軸に日米関係はオバマ、トランプという二人の非常に性格の違う大統領と上手にやっています。地球規模の外交ということで、世界の中で日本の存在感を取り戻したといえます。トランプ政権になってからも、アメリカ抜きで潰れかけたTPPを成立させ、日本とEUの間のFTPも成立させました。貿易問題でも今のところ大きな火の粉をかぶらずにすんでいるのは世界的にみても上手くやっているという評価だろうと思います。昨年あたりから国際的にも注目されている「インド太平洋戦略」はもともと安倍さんが言い出したことです。これは「一帯一路」に対抗するという面でも、あるいはアメリカを地域に関与させるという面でも効果的なスローガンであり、政策であると思います。
第2節 戦略的行き詰り
  安倍さんは戦術的には上手くやっていると思いますが、日本の戦略的な決定や大きな壁を乗り越えることは、これから約3年でできるかというとかなり難しいと思います。アメリカとの関係では、アメリカの方が色々なカードを持っており、今も貿易問題で大量に兵器を購入することになっています。やはりトランプさんの意向次第で、安倍さんは上手くやってはいますが、トランプさんの考えが大きく変わるということはありえません。中国との間では、中国は今米中関係が厳しいので日本にすり寄って、関係は良くなっていますが妥協できる範囲は限られています。尖閣問題で中国が譲歩する可能性はまずありませんし、経済問題でも米中どちらをとるかという選択を迫られる可能性が高まっています。北朝鮮については、北朝鮮が「拉致問題」で日本に譲歩することで得られるものはないというのが実情です。10年前であれば日本からのお金ということもあったと思いますが、今は経済的に一番重要なのは中国ですから、日本に対して大きな譲歩をする理由はあまりありません。拉致問題を完全に解決することは非常に難しい情勢です。ロシアとは、北方四島の問題は「56年共同宣言」でやると言っていますが、プーチンは、ロシアの領土権を認めた上で平和条約を結ぶということが建前で目新しいことは言っていません。平和条約を結ばないとは一度も言ったことがないわけです。プーチンは「二島を引き渡すとは書いているけれど、引き渡すというのは意味が色々ある」と言っており譲歩するつもりは一切ないというのが現実です。韓国との関係は、慰安婦問題や徴用工問題をみても文在寅政権が日本との関係を重視しているという雰囲気は全然ありません。慰安婦問題について、文在寅は2015年に朴槿恵の時最終解決といったものを一方的に反故にしているわけですから、元に戻すことはありえないと思います。歴史認識の問題について、そもそも65年の基本条約が妥協の産物であるということはよく知られていて、日本側の主張は、韓国併合は日韓併合条約を結んだ時点では合法で、45年の敗戦後に無効になったということです。韓国は一貫してずっと無効だという主張です。65年の条約で「もはや完全に無効」という言い方で何時無効になったのかは明確にしないという妥協を行ったわけです。今韓国司法が言っている徴用工判決の重大なことは、65年の段階に先祖返りして、妥協で曖昧にしたものを韓国側の主張に沿った要求を合憲としたことです。これは日本の朝鮮支配35年間の全ての行為が不法で、その間の全ての行為が請求できるとなりかねません。今韓国政府はすごく苦慮している雰囲気はありますが、文在寅政権のこの問題に対する優先順位は高くありません。北朝鮮、アメリカ、中国の方が重要なのです。したがって安倍政権は「戦後外交の総決算」と言っておりますが、今後3年間で非常に重要なところは突破できる見込みはないだろうと思います。しかしその中で「インド太平洋戦略」はビジョンとして実現可能なものであります。また防衛体制を強化することも外交・安保全般を考えれば正しい方向だろうと思います。
第3節 平成=明治150年を越えて
  2025年大阪でまた万博が行われることが決まりました。平成の終わりを告げるに相応しい決定だったと思います。平成の30年間を振り返りますと、最初の10年間は「変動、混乱の時代」でした。バブルの崩壊で色々混乱し、新しい時代環境に代わらないといけないという対応や選択を迫られた時代でした。次の10年間は「改革の時代」でした。小泉改革に始まり民主党政権に至った10年です。最後の10年間は「懐旧の時代」と思います。最後の10年はほとんど安倍政権でしたが、何故安倍政権が安定した長期政権になったのかと言えば、日本人の中に変動、改革を経て、安定を取り戻したい、昔は良かったという意識が強くなり安倍政権を根底で支えていたのではないかと思います。そして安倍政権にとっては都合の良いことに、2013年の段階で東京オリンピック開催が決まり、1964年を思い出すシンボルを持ったわけです。大阪万博は1970年を思い出します。まさに「昭和」という時代は、日本が輝き元気があった。成長した。というイメージが残っていて、安倍さんは上手くシンボル化して「日本が頑張れば、そういう力はあるのです」と言ってきた10年だったと思います。また今年は明治150年、大河ドラマ「西郷どん」が放映されましたが、丁度50年前の1968年は明治100年というイベントをやっております。つまり安倍さんは昭和35年から45年までの1960年時代のリフレインを演出したということではないかと見ています。安倍さんは確かに外交でも経済でも一定の成果があったと思いますが、ここに来て外交でも内政経済いろんな面で現実と向き合う必要性が出て来ており、それが明治150年の日本の歴史の見直しや反省なり考えることを要求していると思っています。明治時代の成功は、西洋文明を1セットで理解し導入するということで急速な近代化に成功しました。しかし反面、近代化を成功させる基礎にあった江戸時代以来の文化的伝統や東アジアの中での中国(清)や朝鮮(李朝)との国際関係を切ってしまった。世界はその後100年余りの間で、近代西洋に対する批判なり、反植民地主義なり、あるいは西洋以外の文明がどういう位置づけを持つのかということが問われてきたわけです。安倍外交はアメリカやヨーロッパとの関係では上手くやってきたわけですが、近隣のアジア国との関係では歴史的な問題もあり、目覚ましい変化がなかったわけです。日本外交の「インド太平洋戦略」は21世紀版の海洋国家構想で正しい方向と思いますが、それだけでは日本外交が真の意味で自立することは難しいところがあります。非常に困難ですが、大陸との関係をどう設定するかという構想やビジョンを持たなければ日本の外交や安全保障の枠組みが、明治以来の大枠から変わることは難しいと思います。それは相手が韓国であり、北朝鮮であり、中国であり、ロシアであり、日本にとってやっかいな相手です。そこについて本当の意味で突破しない限り、日本が平成時代、明治150年を越えて新しいステージに行くのは難しいというのが私の考えであります。明治時代に付けたし的に出来上がったものについても相対化していく発想が必要です。当時、間に合わせで作ったものを今も守り続けることは、彼らはお墓の中で疑問に思っているのではないかと思います。しかし安倍さんはそういうことには非常に消極的で6年間過ごしてきました。安倍政権は一定の成果は上げていますが、それは短期的な成果であって、日本の抱えている、日本にとっては苦しい戦略問題は後回しにしてきたというのが全般的な評価ではないかと思います。そういう中で国際秩序は今東アジアで大きく変わり始めています。何とかできる範囲で、成果を期待したいと思います。

質疑応答
「質問1」

  日本外交の課題についてですが、私は軍事力が外交のバックボーンになると思います。軍事力増強についてどのようにお考えでしょうか。

「回答1」

  防衛費は今1%と言っていますが、引退した隊員の年金も入れると1.2%〜1.3%ぐらいあります。国際的にはNATOの2%というのが目標値になっており、日本は増やす方向にあると思います。ただし防衛費をGNPの5%、6%にして軍事強国にすれば拉致問題が全て解決するかというと懐疑的です。軍事的圧力も含めていろんなツールを使い、北朝鮮にメリットがあるということを、対話を通じて交渉していくことが重要だと思います。


「質問2」

  安倍政権が重大課題を後回しにして来た原因とそれを打開するにはどんな方策があるのか教えていただきたい。

「回答2」

  安倍さんはこれまで6年やってきたので、今後もその延長線上でしか物事はできないだろうと思います。安倍政権は第1期の失敗に懲りて、手堅くやってきたという面があります。実現可能な課題を前へ出して成功を示していく。閣僚についても菅官房長官や麻生大臣など重要な閣僚は変えずに継続するというやり方で失敗を避けてきた。そういう中で、大きな戦略的な決断をするというリスクを取る勇気がなかった。そして国民もそれを認めなかったという事だと思います。まさに民主党政権が酷かったため、それをレトリックの全面に出して、安心を与えますと言ってきた。国民はまさにそれを望み、支持してきたということです。安倍さん個人の問題ではないと思います。しかし結果的には先送りの政治、特に2015年、安保法制の実現までは明確な目標があったと思いますが、それ以降は、その時々に出て来た課題を「1億総活躍」「女性活躍」「地方創生」と毎回シンボリックに出して回してきたというのが実態です。


以上は、京都大学法学研究科 教授 中西 寛氏の講演を、國民會館が要約、編集したものです。文章の全責任は國民會館が負うものです。



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