ホーム > 武藤記念講座(講演会事業)拓殖大学教授 ペマ・ギャルポ氏>『令和の時代に、日本のアジア外交を考える〜自由で開かれたインド太平洋構想〜』

武藤記念講座(講演会事業)

第1059回武藤記念講座要旨

    2019年6月1日(土)
    於東京「国際文化会館 別館2階」
    拓殖大学国際文化研究所教授   
    ペマ・ギャルポ氏

 『令和の時代に、日本のアジア外交を考える〜自由で開かれたインド太平洋構想〜』  

セミナー





はじめに
  「令和」(れいわ)とは、チベット語で「希望」という意味があります。令和の時代が希望に満ちた良い時代になることを心から祈っています。しかし残念ながら現状は極めて厳しい状況にあります。ちょうどシンガポールで「アジア安全保障会議」が開催され、中国の魏鳳和国防相が8年ぶりに参加しました。アメリカのシャナハン国防長官代理とどのようなことが話し合われるのか、世界中の注目を集めております。
  一方、安倍首相が今回のトランプ大統領の訪日を立派に演出したことは、安倍外交の成果であり高く評価しております。ところが、日本国民は国の安全保障や国益という概念が極めて希薄であると思っています。日本の選挙では、外交や防衛は票にならないと言われていますが、国民は「今の幸せや安定がどこから来ているか」を認識しなければならないと思います。一部のマスコミは、私を「右翼外人」と言いますが、私は「日本は素晴らしい国だ」と思って帰化しました。そしてその素晴らしい日本が、他国の属国になるのは困ると言っているだけなのです。日本で元外国人が政府を批判しても自由なことは素晴らしいことです。私の故郷チベットでは1989年から中国政府が戒厳令を布いて、5名以上で集会を開くこともできません。安倍首相は2014年のアジア安全保障会議で「アジアの自由そして民主制度を守ろう、共通の価値観を共有する国々が協力し合おう」と力強く演説をされました。安倍首相は本当に一生懸命やっています。

第一章 中華人民共和国の領土拡張の歴史
第1節 孫文が作った中華思想
  1945年まで日本は中国大陸で戦争をしていました。その相手国は、現在の中華人民共和国の37%です。63%は、1949年に中華人民共和国が誕生して以降、周辺諸国への侵略を繰り返して拡大してきた地域です。侵略した地域は自治区と言われていますが、本当の意味での「自治」はありません。中国は、国土は広大で5000年の歴史があるといわれていますが、それは幻想です。日本で『唐』や『隋』を、輝かしい文明を作った民族と紹介されていますが、当時はチベットに侵略されていた国です。中国は王朝が24回も替わっています。大陸の歴史は5000年以上ありますが、中華人民共和国の歴史ではありません。チベットにも輝かしい歴史があり、文化があり、宗教がありました。決して中国ではありません。また中国人の「中華思想」は、満州人の『清王朝』を倒すため孫文が作ったスローガンです。彼は『清王朝』からの独立運動を始めた時「やがて自分達が大陸全体をまとめ、新たな連邦国『中華民国』を作るのだ」という発想でした。その思想を継承した蒋介石が1947年に内モンゴルを自治区化し、毛沢東が1955年にウイグルを、1965年にはチベットを自治区化し、周辺地域を侵略していきました。
第2節 平和を願うだけでは平和になれない
  中華人民共和国が1949年に誕生すると、翌年チベットに軍隊を出しました。その時チベットには27万人のお坊さんがいました。軍人は2万人で、240万平方メートルの広い土地を守ることはできません。すぐにチベットは敗れます。「お坊さんが朝から晩まで平和を祈っても国は守れない」ということは、チベットを見れば良くわかることです。チベット人には、国を守る精神がなかったのです。仏教は「今一生懸命やれば、来世で自分は幸せになる」という考え方です。他国を侵略する意思もなければ、他から侵略される防衛本能もありません。結果的に中国の餌食になってしまいました。1951年、チベットと中国は「17条協定」を結びます。1954年には、インドのネール首相と中国の周恩来首相が「アジアが新しく生まれ変わり、アジアの新時代において、インドと中国は協力すべきだ」とチベットに関する「平和五原則」を確認します。そこにはお互いの主権に対し内政干渉しないと書かれています。バンドン会議の精神にも「平和五原則」は組み入れられています。また「17条協定」は、中国はダライ・ラマ制度を頂点とするチベットの行政に一切手を加えない。チベット人民から針一本とらない。チベットの外交と防衛に関しては中国が担当する、ということが書かれていました。結局守られませんでした。1959年、私が5歳の時、家族とインドに逃れ、難民キャンプで保護を受けることになります。アジア難民第一号となりました。少なくとも私の体験では「平和を願うだけでは、平和になれない」と思います。平和を維持するためには、それなりの備え、意識が必要です。中華人民共和国はチベットを侵略し、次にウイグル、南モンゴルと侵略し、1962年にはインドのアルナーチャルに突然侵入しました。この時は中国の侵略は失敗しますが、次は1967年にソビエトと戦争をします。これも領土拡張が問題でした。1979年、同じ共産主義のベトナムとも領土拡張の問題で戦争します。つまり中国は潜在的に領土拡張のDNAがあるということです。
第3節 近代化路線の成功で再び拡張主義へ
  1966年からの約10年間、中国は文化大革命で国が内乱状態となります。国の機能がマヒし破綻寸前でしたが、1977年に、ケ小平が農業、工業、国防、科学技術の四分野の近代化路線を掲げ復活します。彼は市場経済導入など開放政策に取り組み、アメリカ、日本、台湾、韓国などからの投資あるいは協力もあり、再び発展することになります。そのような中で段々と自信をもつようになります。中国の軍の近代化、経済の近代化が進み、力が付くようになると、再びアメリカに対し「太平洋は広いから、ハワイの向こうがアメリカで、こちら側を中国が担当すれば良いじゃないか」というようなことを堂々と言うようになります。残念ながら中国の政治の近代化や改革は行われませんでした。そして1989年6月4日に天安門事件が起こります。この時中国は他民族だけではなく、中国人の若者も無残に戦車の下敷きにして殺しました。これは西洋の国々も相当ショッキングでした。チベットは1979年より対話を始めていましたが、この事件で対話は中断しました。西洋諸国は経済制裁を行い、アメリカや英国は自分達が思っていた中国とは違うと認識するわけです。翌年からアメリカは中国を牽制する意味で、インドに接近し始めます。それまでアメリカはパキスタンの軍事政権を支援していましたが、インドを再認識する政策にかわります。英国は急いで香港を民主化しようとし、中国も香港で一国二制度を採ることにしました。かつてのチベットの条約がまさに同じ一国二制度でした。しかし結果は、約束は守られなかったということです。

第二章 ますます傲慢となる中国
第1節 根拠もなく「尖閣諸島の領有」を主張
  習近平の世代は、若い頃地方に下放され、基礎的な教育がなされておりません。それまでの李鵬、ケ小平時代は、海外で勉強し国際感覚がありました。今習近平世代の人達は段々傲慢になって「自分達の潜在的な夢である『元朝』あるいは『清朝』時代の領域を取り戻すことが、中国の革命の完成である」と考えるわけです。ケ小平は「能ある鷹は爪を隠す、決してそういうことは軽々しく外に出してはいけない」と言っていました。胡錦濤の時代の後半頃から少しずつ領域を拡大するようになります。日本に対しては「尖閣諸島は自分達の船乗りが、昔あそこを見つけて名前をつけた」と根拠もないことを言い、領土あるいは主権を主張してきました。1912年7月12日、中国の現職の少将で、しかも国防大学戦略研究所所長が「琉球は中国のものであった」と言い出しました。このことに対し日本からはあまり反発がないため、それがずっと続いております。2016年5月「第2回琉球・沖縄最先端問題国際学術会議」が北京で開催されました。議題は、沖縄の自己決定権、米軍基地問題、沖縄の独立などです。何故中国で沖縄の会議をするのか、その主催者は北京大学内の中国戦略管理研究会です。中国政府が関係していると見るべきで、日本国民は怒るべきです。本当は国民が中国大使館の前でデモをすべきであると思います。しかし日本ではそういう動きがありません。
第2節 南シナ海、南沙諸島への進出
  中国は最初、第一列島、第二列島、その次に東シナ海だけではなく南シナ海、南沙諸島にまで堂々と出てきました。そして人工島を作ります。人工島を作るということは、戦略的・政治的な面と、もう一つ大事なことは『国際海洋法』で島から200カイリの領海の権利を得ることです。アメリカ軍がフィリピンから基地を引き揚げた途端に中国は出てきました。韓国からも3万人が引き揚げる、沖縄からグァムに8千人が引き揚げるという動きがありましたが、中国はすぐ入り込みます。オバマ政権は中国に警告しましたが、具体的な措置は何も取りませんでした。警告で引き下がる中国ではありません。中国が理解できるのは言葉ではなく態度、力です。そうしているうちに習近平が共産党総書記、国家主席になり、早速「中華の大夢」を目標にしてきました。これは、かつての『元朝』あるいは『清朝』時代の間接的、直接的影響を及ぼした領土を、全てをもう一度中国の影響下に置くということです。それを実現するのが「一帯一路」構想です。
第3節 「中華の大夢」を実現するための「一帯一路」構想
  最初は「真珠のネックレス」といって、インドを包囲するためインドの周りの小さい国々(モルジブ、スリランカ、バングラデシュ)などに、軍が立ち寄ることが出来る港を確保することから始まりました。海のシルクロードです。もう一つ陸のシルクロードがあり、この二つを通して中国が、それぞれの国のインフラ整備に協力し、道路を作り、港を作ることで具体的に動いていきました。この「一帯一路」構想はあくまでも「中華の大夢」を実現するための一つの手段です。更にこの手段を支えるのがAIIBあるいはブレックス銀行です。相当の金が必要ですから、インフラ開発銀行が必要となるわけです。ところが世界銀行はアメリカが、IMFはヨーロッパが牛耳っています。中国はアジア開発銀行で総裁ポストに就くことができませんでした。そこでブレックス銀行を作ったわけです。ブレックス銀行はブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカの5か国が出資をすることになりますが、インドが「均等に20%ずつ出して、総裁は輪番制にしよう」と言い出したため、結局中国としてあまり使えない道具になってしまいました。そこで今度は自分を中心とするアジアインフラ開発銀行(AIIB)を作ったわけです。これには安倍首相もモディ首相も不参加の意思を明確に表明しました。マティス国防長官は「中国による経済的植民地化、すなわち小さい国々を借金漬けにする経済的侵略だ」と明確に言いました。しかし残念ながら小さい国々は援助をもらわなければ開発が遅れてしまいます。世界銀行やアジア開発銀行は、発展途上国を援助する時、人権問題、透明性などの条件を付けます。日本やアメリカからすると普遍的価値ですが、彼らからすると内政干渉です。ところが中国は、利子も安く、条件も付けず、すぐに援助します。そして次から次へと中国のお世話になっていきました。担保は中国が世界戦略としての拠点となりうる場所です。スリランカでも、パキスタンでも、国の港を押えるわけです。ヨーロッパでも同じ様なことを要求していきます。また地域の選挙にも中国が干渉する様になり、そして中国寄りの政権が誕生し始めております。

第三章 自由で開かれたインド太平洋構想
第1節 初めてインドの重要性を唱えた安倍首相
  2006年、安倍首相の第一次内閣で、『美しい国へ』という本の中で「民主主義あるいは自由ということを主張する価値観を共有する国々がお互いに協力しあうべきだ」と明確にインドの重要性を唱えました。それまで日本はインドをソ連の延長線で見ていましたし、インドは日本をアメリカの延長線でしか見ることが出来ませんでした。しかし本当は、1951年、日本が主権を取り戻したサンフランシスコ講和条約で「日本を依然として加害者国家として扱っているのはおかしい」との理由でインドは署名しませんでした。そして翌年、対等平等の立場で条約を結んだわけです。1960年、アジアで日本の皇室を迎える国がまだなかった時、当時の皇太子殿下(上皇陛下)がインドを親善訪問されます、1967年、日本のODAの最初の相手国がインドとなるなど、両国の関係はとても良かったわけです。ところがアメリカは、パキスタンの軍事政権を助け、インデラ・ガンジー首相に関しては社会主義者だというレッテルを貼り、日本とインドが仲良くなることを絶対に許さなかったわけです。2007年、モディ首相が訪日し、安倍首相と会談して以降、個人的な信頼関係ができ、ナチュラルパートナーから、戦略パートナー、そして特別戦略パートナーという形でどんどん日印関係は強固になっていきました。
第2節 「一帯一路」に対抗する「インド太平洋構想」
  「一帯一路」では、パキスタンとインドの間の国境がまだ定まっていないにも拘わらず、パキスタンが一方的にその地域を中国に提供し、経済的回路を作る。このことは、インドの防衛に関する重大な問題です。一方日本も、沖縄の独立運動のようなことを言っている中国の「一帯一路」に対して無関係ではいられなくなりました。2016年、安倍首相は、ケニアで開かれたアフリカ開発会議で「アジアとアフリカの自由と民主主義の価値観で結ぶ役を日本がやる」と明確にヴィジョンを示したと思います。アメリカの衰退は経済だけでなく、精神も衰退しております。正義感をもって頑張ろうという人がいなくなっております。日本は段々と自立しなければならなくなっております。「同じ価値観を共有する国々と手を組んでやる」と言ったのは安倍首相が初めてです。「自由で開かれたインド太平洋構想」とは、自由と民主主義の価値観を共有する国々が中心になり、太平洋とインド洋を結び、アジアからアフリカに繋ぐということです。キッシンジャー博士は「中国の暴走を牽制できるのは、アジアで日本とインドが協力するしかない」と述べています。地政学的に言えばその通りです。もちろん軍事力で競争するのではなく、対話を通じて中国を牽制する必要があります。そのためにインドと協力する必要があると言い出したわけです。安倍首相の構想は、「一帯一路」に対抗して、自由と民主主義を守るために、日本がリーダーシップをとる「自由で開かれたインド太平洋戦略」だったわけです。
第3節 アメリカは本気で中国の覇権を阻止
  安倍首相は、トランプ大統領が就任するとすぐにこの構想を一生懸命に説明しました。アメリカは2017年頃から本気でこの問題に取り組んでおります。軍隊の名前まで「インド太平洋軍」に変更し、ポンぺオ国務長官は「インド太平洋構想」を、アジアの国々で説明し、そして2018年10月4日には、ハリソン研究所でペンス副大統領が「中国に対する自分達の認識が間違っていた、今後の中国を牽制する」と中国の脅威を明確にしました。日本とアメリカは、「自由で開かれたインド太平洋構想」を具体化するために8兆円の投資計画を発表しました。同時にアメリカ議会は長期的な戦略であることを鮮明にするため『アジア再保証推進法』という法律を作りました。これを受けて、習近平は翌年1月2日「台湾に対しては武力解放もありえる」と言ったわけです。アメリカを焦らせたのは、先ず第一は2017年の「第19回中国共産党大会」で習近平が無期限の皇帝、総書記兼国家主席になったということです。第二は「中華大夢の実現」については、中国共産党が創立百年目を迎える2025年までに、中国国内を豊にし、強くする。すなわち「強国強軍」になる。そして中華人民共和国が成立して百年目の2050年までに「世界の大国」になると言ったからです。要するに、少なくともアジア太平洋について、中国がアメリカの覇権を奪うということです。オバマ政権の終わり頃バイデン副大統領は、中国が一方的に航空識別圏を決めた時の抗議の時、7回も「真に大国」という言葉を使いました。あれで中国は「アジア太平洋において一定の領域を支配することをアメリカは容認した」と勘違いしたわけです。しかし今、中国は日本などに対し低姿勢で出てきています。今回の国際会議でも、習近平は「一帯一路」は決して植民地などにではない。我々は繁栄と発展の為に貢献する」と言いました。マレーシアに対して「前首相が払ったお金の三分の一で、同じものをやらせてもらいます」と言っています。しかしアメリカは貿易摩擦だけではなく、情報関係や孔子学院関係者のスパイ容疑での逮捕など、国家全体がかつてのソ連に対して行ったような雰囲気です。議会もトランプ大統領の中国対策について一言も文句を言っていません。人権問題などでは民主党のほうがはるかに強い言葉で支持しています。経済界も今多少痛い目にあっても、国益を考え、長期的に考え、今のうちに中国を潰さないと、情報分野などを完全に制覇され手に負えなくなると言っています。言論界でもトランプの中国政策に対して批判する人はいません。アメリカは本気です。ところが残念なことに日本外交には継続性がありません。今回の「自由で開かれたインド太平洋構想」は、安倍首相が音頭を取り、日本とインドだけではなく、オーストラリアも誘い込み、やがてはベトナム、インドネシアなどへも広がるものです。世界全体の動きの中で、日本がリーダーシップを取れるチャンスだったと思います。しかし国民の関心はもう薄れていています。完全に運転席にはアメリカが座ってしまいました。本来であれば日本が「戦後レジームの脱却」という意味でも、リーダーとしてやるべきであったと思います。何とか助手席から外れないように頑張ってもらいたいという思いです

おわりに
  最後にインド人、日本人、中国人の約束ごとや条約についての考え方の違いを申し上げたいと思います。中国にとっての約束や条約は、一時的な時間稼ぎです。いくらでも自分の解釈で変えることが出来るものです。インド人の場合は、法治国家の認識があるため、条約を文章化するまでは単語一つ一つ吟味し、とても厳しいわけです。しかし一回結んだら、それは守るわけです。日本人は条約とか、口約束だけでなく、談話にまで責任を持つのです。「村山談話」や「河野談話」で自分たちの手足を縛るようなことをやっています。外交はお互いの文化をきちんと認識して、国民も周辺の国々の性格を認識すべきです。中国は1950年から今まで領土拡張をやっています。その犠牲になった私達は一生懸命訴えていますが、皆さんは他人事のようにしか思っていません。日本は本当に素晴らしい国で、安全で、便利で、自由の在る国です。勿論自然が美しいということはいうまでもありません。あるいは日本語はとてもきれいです。それが音を立てて崩壊することはとても悲しい事です。憲法改正以前に国民、国家間で「これから何を守らなければならないか」という基本的なことを考える必要があります。私の危機感は強過ぎるのかもしれませんが、後になって「だから言ったでしょう」とは言いたくありません。本当にそうならないようにと願っております。

質疑応答
「質問1」

  米中貿易戦争で、中国の経済状況は徐々に悪くなっていくと思います。その時中国政府は軍事行動も含め打開策を取る可能性があると思いますが、どのようにお考えですか。

「回答1」

  アメリカの中国に対する経済政策は相当効果が出ていると思います。中国人は今一生懸命金を海外に移そうとしています。国民が政府を信用しない国家は長続きしません。かつて1991年に天安門事件の時、中国は民主化できたかもしれません。しかしあの時日本が中国の延命治療をしてしまった。今も中国は日本に頼ろうとあの手この手で低姿勢に出てきています。「一帯一路」に関して安倍首相は「4つの条件が満たされれば一緒に開発協力する」と仰いました。「中国が4つの条件を整えるはずはないから、結果的に日本は「一帯一路」に参加しない」と言われる人もいます。しかし条件付きでも日本が参加するようになれば、1991年と同じ間違いをやることになります。アジアの自由と民主主義を求める全ての人達への裏切り行為で、中国共産党独裁の共犯者と見られるだろうと思います。アメリカのトランプさんは大統領に立候補した時から、中国は敵だと言っていました。ただ彼にはビジネスマンとして、自分達の国益になると思ったら態度を変えることに躊躇しないでしょう。日本の出方が「中国のアジア覇権」を左右すると思います。


「質問2」

  日本の情報発信力の問題と、政治的な関心度の低さについてご意見を伺いしたい

「回答2」

  日本の発進力は足りないと思いますが、ただ情報発信しても、例えば トランプ統領が来日しても、安倍首相はゴマをするだけで、何の成果も得ないような自 虐的なこをマスコミなどが発信します。トランプさんが拉致被害者家族に「あなた達の ことはいつも心の中にあります。安倍首相もこの問題を非常に重視しています」と言っ ていることは書かず、ゴルフや食事など中味のないことしか書きません。これは非常に 残念なこです。アメリカは、日本の哲学や文化を「国際化」という言葉で骨抜きにした からだといます。日本は1970年代で、経済面においても技術面においても国際化を 見事に達しました。しかしいつの間にか国際化があたかも国家目標であるように勘違い をして、少英語ができたり、多少外国の友達がいたり、外国に行った人が「本場ではこ うだ」と分自身が国際人になったような気持ちになり、自分自身の「アイデンティ ティ」がくなってしまったのだと思います。国際人になって逆に発信するわけです。そ ういう意では、日本はもう一度、教育改革をやらなければならないと思います。教育の 目標をはきりさせて、まず家族のコミュニケーションから始まり、国民としてのアイデ ンティテ、国民の中でのコミュニケーション、自分達の伝統や文化を語れるようになる ことが大切であろうと思います。
  今日は政治的な話が出来ませんでしたが、戦後のアジアの国々はいくつかグループが出来ています。一番は早かったのは、当時共産主義の南下に抵抗するためのASEANです。その次がSAARC(南アジア地域協力連合)です。インドと周囲の7カ国、そしてアフガニスタンを入れて8ヶ国です。それから中国、ロシア中心の上海協力機構です。日本はこれら全部蚊帳の外です。また国連でも相当なお金を出していますが、実際は宙に浮いており、金は出すけど口は出せないわけです。ようやく日本がリーダーシップをとってやれるのが、「自由で開かれたインド太平洋構想」です。日本にもっと頑張ってほしい。日本が今後発信していくことが大事です。今回の安倍首相の発信は世界に浸透し、関心を持たれております。相当期待している国々が多いと思います。今中国に対して、一国だけでは抵抗できないわけです。だけど日本やインドと手を組んで、自分達の選択幅がでてくれば、小さい国々でもそれぞれの存在感が出てくると思います。だから今回、日本のイニシアティブで出来たこの構想を、なんとか日本外交として継続的に長期的に取り組み、発信してもらいたいと思っています。


「質問3」

  中国は非常に苛酷な民族浄化を行っておりますが、世界はあまり深刻に捉えていない感じがする。今後どうすれば止めることができるのでしょうか。

「回答3」

  中国国内では、現在ウィグル問題が世界的に関心を持たれていますが、残念ながら西側諸国は、長い間イスラム教徒の問題ということで放置してきました。今回カザフ系の女性が、中国で捕まり洗脳教育を受け、強制労働所から脱出して外で喋りニュースになりました。また中国の共産党員も約100万人が習近平体制の下で失脚し、政治犯としてウィグル地方へ移され、かつてのソ連の強制労働収容所に似たようなものになっていると言われています。今ウィグルやチベットでは、トイレにもカメラがついて、各家庭では思想にまで点数がつけられています。しかし中国は、国連の人権委員会や国連の小さい国々に細かく手を打っており、国連全体で取り上げることが難しくなっています。そして実は強制労働収容所で作った物をアメリカやヨーロッパの国々そして日本が販売しているということです。そういうことについてアメリカは最近報告書を書きました。またアメリカの大使がチベットへ行って調査して、議会で論議しております。しかし日本では残念ながら議会でそういう問題を取り上げたとを、今迄聞いたことがありません。日本の場合、国外のことについてあまりにも遠慮しすぎています。普遍的な価値であれば堂々と意見を言うべきだと思います。最近国際チベット議連の会議があり、ネパールからも二人出ましたが、帰ったらこの二人は中国からネパール政府に圧力がかかり、今は懲罰の対象になっています。外国では一生懸命この二人を助けるため、この問題を世界に広めようようとする動きもがあります。


以上は、拓殖大学国際文化研究所教授 ペマ・ギャルポ氏の講演を、國民會館が要約、編集したものです。文章の全責任は國民會館が負うものです。



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