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    内分泌・代謝内科教授 下村 伊一郎氏>『肥満の研究 30年』

武藤記念講座(講演会事業)

第1061回武藤記念講座要旨

    2019年7月20日(土)
    於大阪「國民會館 武藤記念ホール」
    大阪大学大学院医学系研究科   内分泌・代謝内科 教授
    下村 伊一郎氏
 『肥満の研究 30年』


セミナー





はじめに
  1989年(平成元年)に大阪大学医学部を卒業し30年になります。卒業以来「肥満の研究」をしております。最近、大阪大学が「世界の大学 肥満研究の論文引用トップ20」で世界No1にランキングされました。多くの先輩達の慧眼と我々皆の努力の甲斐もあり、だんだんと日本あるいは世界の人々に貢献ができる段階まで来ているように感じます。本日は先輩達から引き継ぎ、今に至っている私達のグループの「肥満の研究」を皆様にご紹介したいと思います。

第一章 自己紹介
第1節 生まれ育った紀伊田辺
  大阪の生んだ大作家で、文化人類学者とも言える司馬遼太郎さんが晩年『街道をいく』で「日本という国は何なのか。日本人とは何なのか」ということを追い求める中で「日本には明らかに他と違う地域が三つある。それは薩摩、土佐、紀州である。この人達は“勇敢”、別の言葉でいえば“無鉄砲”で、体制を気にせず自分が正しいと思ったらドンドン向かっていく。この地域はパプア・ニューギニアなどの南方の文化・風習が似ており、陽性の人達である」と言った主旨のことを述べています。確かに薩摩の西郷隆盛、土佐の坂本龍馬、紀州の南方熊楠など風貌は南方系が多いわけです。私はその紀州の田辺で生れ育ちました。家から海まで歩いて5分、熊野の山々から流れる会津川まで5分、熊野水軍伝説で有名な闘鶏神社まで2〜3分です。小、中、高校も歩きないしは自転車で10分以内の距離でした。田舎で、大らかに、愉しく、美味しいものを食べながら育ちました。中学生の時、医者を志望するようになりましたが、こんな田舎にいては難しいだろうと思っていました。しかし田辺高校の合唱部に原先生と言うたいへん立派な先生がおられ全国大会3位となり、頑張れば田舎にいても全国に通用するんだということを経験させていただくことができました。
第2節 医学部の時代
  地元の田辺高校を卒業し大阪大学の医学部に入りました。当時堂島川沿いに、小説『白い巨塔』の舞台となったと言われる阪大病院があり、川を隔てて医学部がありました。今は取り壊され科学博物館ができております。医学部の定員は90名で女子が7名、80名強が男子でほぼ有名進学校の同級生ばかりでした。私はテニスクラブに入りました。当初は大変弱いチームでしたが、厳しい先輩達が現れ、一生懸命練習した結果、私達が幹部学年の時に医学部の全国大会で優勝することができました。その時にも、しっかり計画を立ててその気になって頑張ればできるもんだと言う貴重な経験をしたと思っています。その後、阪大病院・阪大医学部は吹田に移りました。実はこの場所が1970年に「人類の進歩と調和」というテーマで大阪万博が開催されたところです。現在は、その地で世界の人々の医療に貢献したいという思いで仲間達と精進しています。
第3節 大阪大学内分泌・代謝内科の概要
  大阪大学の医学部そして附属病院は1,300床の入院患者数をかかえる近畿、関西で最も大きな医療施設の一つです。その一角に我々の内分泌・代謝内科学の教室があります。昔は第一内科、第二内科、第三内科、第四内科、臨床検査診断学と分かれていましたが、今は糖尿病や動脈硬化、内分泌疾患などの研究グループが全部一緒になり、内分泌・代謝内科となっております。教室員が約70名、同窓会会員約550名で、日本最大また世界でも一番大きな内分泌・代謝学教室です。数多くの先輩達の伝統を引き継ぎ、これまで世界のあらゆる内科の教科書に載る多くの実績を出してきております。内臓脂肪型肥満(メタボ)、アディポサイトカインという概念の提唱、アディポネクチンあるいは糖尿病に大事なインシュリンを作る転写因子、新しいタイプの劇症1型糖尿病の発見などは我々の教室から出ております。

第二章 肥満の研究
第1節 大阪大学が世界で初めて内臓脂肪型肥満を提唱・解明
  内臓脂肪型肥満は、肥満の人だけではなく小太りの人にも存在し、そのような方々をメタボリックシンドロームと呼んでおり、これらの病態の提唱と解明、そして治療法開発を我々の教室で行っております。これらの考え方は恩師の松澤佑次先生(阪大名誉教授、住友病院名誉院長)が始められた研究です。実は松澤先生は故郷田辺の先輩で、幼稚園から高校まで、そして大学まで同じというとても有難いご縁に恵まれ今に至っております。先生は日本人が欧米人のように肥満が多いわけでもないのに心筋梗塞や脳梗塞が増えてきていることに疑問を持たれ研究を始められました。1980年代初頭、阪大病院に初めてCTが導入されました。とても高価で精密に癌を調べる時などに使われる特別な機械でしたが、先生は診療が始まる前や昼休みあるいは診療が終わった時間に、そのCTを使って肥満の患者さんや軽い糖尿病の患者さんの全身、頭の先から爪先まで断面を撮って、脂肪がどこについているのかが重要かを調べたわけです。そして同じ肥満であっても腹筋の内側か外側にあるかによって皮下脂肪型と内臓脂肪型という二つのタイプの肥満があることに気付かれました。私は大学院生として毎日外来や病棟から上がってくるCTをブルーコピーで焼き直し、皮下脂肪の部分と内臓脂肪の部分を切り分け、紙の重さを微量天秤で測り、内臓脂肪の多い状態ではどんな病気になるのか、皮下脂肪が多い状態ではどんな病気になるのかを、教室の先輩達と調べました。その結果、皮下脂肪型に比べ内臓脂肪型が軒並み色々な病気になるということが解りました。糖尿病、コレステロール、中性脂肪、高脂血症、高血圧、心臓の機能異常、冠動脈疾患、狭心症、心筋梗塞、睡眠時無呼吸症候群といった病気は、大した肥満でなくても内蔵脂肪が溜まってきた場合、欧米のもっと程度の強い肥満の人たちがなるのと同じような病気になるということです。一連の研究で世界で初めて内臓脂肪の重要さを提唱し、内臓脂肪の重要性や考え方は今や世界中に広がっております。
第2節 脂肪細胞の研究
  大学院の後半から「脂肪は何をしているのか?内臓脂肪ってなぜ重要なのか?」という研究を始めました。それがアディポサイトカイン概念の提唱とアディポネクチンの発見につながりました。当時大阪大学には日本の分子生物学の泰斗、松原健一先生がおられ、ゲノム遺伝子コードを世界的に決める「ヒトゲノムプロジェクト」の日本代表でした。先生に弟子入りして、ヒト脂肪組織で発現している遺伝子を網羅的に読んで脂肪組織の意義を解明する作業を始めました。それまで、脂肪組織は体の中で余ったエネルギーを溜め込んでおくものと考えられていました。確かにエネルギーを溜め込む遺伝子が他の臓器に比べて多かったわけですが、しかし、たいへん驚いたことに分泌蛋白と呼ばれるホルモンや増殖因子・サイトカインという自分の細胞から出て、血液を介して他の細胞、他の臓器に色々な指令を送る分泌因子が沢山作られていることが解ってきました。実は脂肪組織が体の中で一番沢山分泌因子を作っていたわけです。インスリンを作る膵臓、甲状腺ホルモンを作る甲状腺、副腎ホルモンを作る副腎が分泌臓器と言われるものですが、その特徴はものすごく小さな臓器ということです。ところが脂肪組織は体の2〜3割ぐらいあります。太った人は体の半分が脂肪組織です。そんな大きな組織で分泌因子を作っていたことが研究で初めて解ってきました。要は脂肪細胞は単なるエネルギーの余った貯蔵庫ではなく、実は色々なものを作り、全身に指令を出して、うまく働くように制御している。これが肥満になると、沢山作られ過ぎたりあるいは作られなくなったりして、色々な病気を引き起こす原因になっているということが解ってきました。私達は、そのような脂肪組織に由来する分泌因子群をアディポサイトカインとして概念付け、世界に提唱しました。これらのアディポサイトカインが肥満や内臓脂肪蓄積で、脂肪組織から出過ぎたり、出るのが足らなくなったりすることが、いろいろな病気に繋がることが沢山解ってきています。
第3節 数多くの病気に関わっているアディポネクチン
  私達が内臓脂肪や皮下脂肪が大事かもしれないと研究を始め、色々新しい事がわかってきました。未知の分泌蛋白を探し始めたところ、脂肪組織で一番多く作られているものを見つけたのですが一体何をしているのかその当時は全くわかりませんでした。それがアディポネクチンです。その後の研究で、アディポネクチンはベタベタ引っ付き易い構造をもった分泌蛋白であることが解ってきました。脂肪組織(アディポーズ)だけで作られ、アディポ(脂肪)由来のネクチン(ベタベタ引っ付く)という意味で、アディポネクチンという名前にしました。このアディポネクチンは他のホルモンと比べ、まったく異なる性質がいくつかあります。一つは脂肪で一番沢山作られているということ。もう一つは他の臓器から全く作られないということです。また自分自身が引っ付くだけではなく、3つが引っ付く、6つが引っ付く、あるいは12個、18個が引っ付くという多量体として血液の中を流れています。普通のホルモンは基本的に1つで流れていきます。また何より違うのは、普通のホルモン(インスリン、甲状腺ホルモン、IL-6、等)に比べて、何千倍、何百万倍というレベルで大量に血液の中を流れています。大事なのは内蔵脂肪が溜まって肥満になればなるほど、血液中のアディポネクチンが直線的に下がってくることが解ってきました。しかし当時ほとんど注目されませんでした。1996年にアディポネクチンを発見し報告して以降3年間、それに関する報告は全くありませんでした。1999年に血中濃度を測る測定系を企業と作り、色々な先生達と共同研究をすることができるようになりました。またその測定系が市販されることになり、世界中の先生達がその測定系を使って自分の患者さん達の血中アディポネクチン濃度を測りだしました。それ以降アディポネクチンの研究が増え、2006年以降は世界中から毎年千件位の論文報告が出ています。昨日調べてみたところ約2万件の報告が出ています。世界中から毎日10件くらいのアディポネクチンの研究論文が出ているわけです。こんなに多くの人が調べるのは、肥満で脂肪の蓄積の時アディポネクチンが血中濃度が低くなり多くの病気に繋がるからです。今解っている病気を並べても糖尿病、高血圧、脂質異常症、動脈硬化、肝硬変、心不全、肝炎、骨粗鬆症、腎臓病、ある種の癌になることが解ってきています。これらのメタボ、糖尿病、高血圧、動脈硬化、心筋梗塞、脳梗塞、全身の慢性臓器障害などは歳をとってくるとその人の体質や生活習慣で臓器が順番に悪くなってくるという慢性臓器障害でいわゆる成人病と言われる疾患群です。それらほぼすべてに低アディポネクチン血症が直接的に関わっているということがわかってきているのです。
第4節 アディポネクチンの働き
  成人病とは歳を重ねるにつれて、その人それぞれの体質とさまざまな生活習慣から順番に病気になっていく老化加速病と言えます。そのことに低アディポネクチン血症がが関わっているとするならば、アディポネクチンの血中濃度を上げれば老化を抑制し長生きできるかもしれないという考え方になります。そういった観点から普通の濃度の約3倍の高濃度のアディポネクチンを作らせる遺伝子改変ネズミの研究では、生存寿命が約2割増えました。一般に高脂肪・高カロリーのメタボ食を食べさせたネズミはヒトと同じく寿命は短くなるのですが、アディポネクチンを高産生するネズミの寿命はそこまで短くなりませんでした。そう言った観点で、アディポネクチンは長寿ホルモンとしてメディアなどでも取り上げられてきました。そして、そのような機能を果たす機序としては、 “バンドエイド”のようなものだということが解って来ました。バンドエイドは擦り傷をした時、そこに貼ることで、擦り傷が悪くなるのを防ぎ治るのを早めます。同じように、アディポネクチは障害が起きた場所に集まり、引っ付いて組織の修復を促すという働きを持っています。また細胞や組織全体に引っ付き、まさにコーティングすることでそれらの細胞を守っていくという作用もあります。こういった作用は血中のアディポネクチン濃度が十分あればきちんと機能するのですが、肥満あるいは内蔵脂肪が溜まり、血中濃度が4マイクロパーミル以下になってくると怪我をした場所にしっかりと集まれない、また細胞へのコーティングも不十分となり、いろいろな病気につながってくるわけです。そのようなことがいろいろな臓器で起こるので、肥満や内臓脂肪がたまりアディポネクチンが下がると、その人の体質あるいは生活習慣によって色々な病気が起こってくるわけです。つまりアディポネクチンは全身のいろいろな臓器を守るバンドエイド蛋白と言えます。
第5節 アディポネクチンとエキソソーム
  去年の3月、NHKスペシャル「人体健康長寿究極の挑戦」で山中伸弥教授が、臓器同士が情報交換するメッセージ物質であるエキソソーム(膜小胞)が、これから非常に大事であるという話をされました。エキソソームとは、血液の中を流れている小袋のことです。この袋の中には色んな物が入っており、大事な物も入っていますしゴミも入っています。実はアディポネクチンは細胞の表面をコーティングすることに加え、引っ付いて袋を作り、細胞の中の色々なゴミを放り出す作用があることがわかりました。肥満や内蔵脂肪の蓄積でアディポネクチンが低い時にはこの作用も弱くなり、細胞の新陳代謝がなされず細胞の中にどんどん不要物が溜まって次第に細胞が傷み、老化していくと考えられます。すなわちアディポネクチンの血中濃度を上げていくということは、細胞の新陳代謝を保ち細胞の老化を防ぐと考えられます。

第三章 成果と未来
第1節メタボの啓発活動
  内蔵脂肪型肥満の研究は、我々の大学で始まり、「メタボ」(内蔵脂肪症候群)は社会的な言葉になっています。内蔵脂肪が溜まったと考えられる日本人の基準を男性で腹囲85p、女性で90pとし、それを上回りかつ血圧、血糖、脂質異常が少しずつでもある状態はアディポネクチン濃度も低く色々な病気になりやすいというのがメタボの考え方であり、またそのことが反映された診断基準です。単に体重だけではなく、お腹が出てきているのが危ないんだと、国民の意識を変える考え方でした。2008年から特定保健制度として法律が成立し、ある年齢以上になると必ずこの特定メタボ検診を受けていただき、検診で引っかかった人は必要な指導を国の予算でやるということになりました。保健士さんがお腹周りを測り生活習慣の指導を行うことが日本全体で始まったわけです。外国では国全体でこのような保健医療活動が行われるというのはまずありません。日本全体の肥満の割合は、1995年には男性の肥満の率がドンドン上がって3割位が肥満になっていました。それが2006年から肥満の割合が減り始めています。2005年にメタボの診断基準が出て、2006年に「あんたメタボと違うか。ちょっとお腹出ているよ。気を付けた方が良いよ」と「メタボ」という言葉が流行語大賞で国民全体の話題となり、男の人も女の人も肥満率が下がり始めました。先進国の中で国全体の肥満率が下がり始めたのは日本だけです。糖尿病も同じで、5年毎に実施される厚労省の国民健康医療調査で、糖尿病人口が1997年、2007年と右肩上がりとなり、2012年には2,400万〜2,500万人位になるだろうと予想されていました。ところが2006年位から日本の肥満人口が減り、2012年の糖尿病人口は2,050万人と初めて減少しました。先進国の中で日本だけです。300万〜400万人位が糖尿病にならずにすんだ計算になります。健常者と糖尿病の人の平均寿命を比較しますと、これまで1970年代、80年代、90年代、2000年代と、どの年代でも男の人で8〜10歳、女の人で11〜13歳、糖尿病の人の寿命が短くなっています。10歳位も寿命が短くなる病気の人を400万人防げたということはとても大きな事です。臨床医学で有名な雑誌「ランセット」では日本地図が表紙になり「現在の日本の保健医療の成功、つまり先進国で肥満や糖尿病が減っているという事の成功は、国家的挑戦の賜物である。」と書かれ、「ジャパンミラクル」と呼ばれました。また医療的には、アディポネクチン濃度の測定系が市販され、世界中の臨床の現場でこの測定系が使われはじめ、アディポネクチンを上げるにはどうしたら良いのかと医療の現場だけでなく、公衆衛生や保健衛生の現場で色々な人が調べております。
第2節 生活習慣の改善
  メタボを予防するには先ず体重コントロールです。食事で体重を減らし、運動して内臓脂肪が減ってきますと、アディポネクチンが上がってきます。生活習慣を良くすることは非常に大事な事です。それに加えアディポネクチンを更に上げることが色々研究されています。一つは大豆たんぱく質です。豆腐、魚油(EPA魚の油)、麦ご飯のような低グリセミック食(非精製米)がアディポネクチンを上げるということが解っています。つまり栄養学的には1970年代に日本人が食べていた食事が一番良いとされています。また適量のお酒です。例えばビールなら中瓶1本位、酒なら1〜2合、ワインならグラス2杯程度飲むと、飲まないよりアディポネクチンが高くなるということも解っています。後は薬です。糖尿病の薬、高血圧の薬、コレステロールの薬いろいろある訳ですが、その中でアディポネクチンを上げる作用を持っている薬があります。糖尿病の患者さん、特に肥満メタボ型の方は、単に血糖値を下げるだけではなく、同時にアディポネクチンを上げる作用をもっている薬の価値は高くなると考えられます。逆にアディポネクチンを下げるのがタバコです。タバコは人間が口に嗜む中で最も酸化ストレスを上げるものです。酸化ストレスは脂肪細胞に働いてアディポネクチンを強く抑制します。タバコを吸って血中アディポネクチンの時間経過をとりますと、直線的に血中のアディポネクチン濃度が下がっていきます。タバコには色々な害がありますが、長寿ホルモンであるアディポネクチンを非常に強く下げるということも知っておいて下さい。
第3節 未来に向けて
  今後、アディポネクチンそのものを治療に生かしたいと考えています。先に述べましたように、山中教授が勧められているエキソソームの量を増やすためにはアディポネクチンが非常に大事だということが解ってきましたので、アディポネクチンの血中濃度を上げてからだ全体の新陳代謝を促進するという研究を行ってまいります。更に再生医療の研究も進めています。阪大の心臓外科医で有名な澤先生は、痛んだ心臓の表面に自分の筋肉から採ってきた筋肉シートを貼りつける事で心筋を守り甦えさせる治療法を治験されています。脂肪細胞は心筋細胞と同じ様に大事な因子を沢山出します。それに加えてアディポネクチンも出します。ネズミの実験で、心筋梗塞を起こしたねずみに脂肪細胞でシートを敷くと、痛んだ心筋が早く治るよう修復を助けます。普通のネズミは死んでしまう比率が高いのですが、アディポネクチンをつくる脂肪細胞シートを貼りつけたネズミは回復し生き続けるわけです。自分の脂肪組織から脂肪細胞シートをつくれば、アディポネクチンを作れる脂肪細胞をつくれます。筋肉を親指の先位取るのは大変ですが、脂肪を取るのはそれほどたいしたことではありません。心臓を充分カバー出来る脂肪細胞シートが作れるところまできています。今後、冠動脈バイパス手術する人に、前もって脂肪細胞シートを作り、手術の時一緒にシートを貼りつけることで、心臓が治っていくのを助けていくというようなことを行って行ければと考えています。

おわりに
  アメリカ留学時代、ノーベル賞をとられたゴールドスタイン・ブラウン両博士に学びました。彼らは口を揃えて、 ”Nothing has ever never come down to us. We just did neumerous trails and errors“(人は自分達のことを天才とか言っているけれど、未だかつて何も自分たちの所へお告げのように降りて来たものなんて何もない。自分達はただひたすら、沢山の試行錯誤をやり続けてきただけだ)と言われていました。その話を聞きながら、私は和歌山の田辺という田舎に育ったわけですけれど、いろいろな先生に導かれ、人に認められるあるいは人の役に立つところまで来ることってどんなことだろう、どれくらいやればそうなれるのだろう、と言ったことを学ばさせていただく機会に恵まれたと感じています。またどんな大変な時にも目をつぶってまぶたに蘇る美しい故郷・ふるさとがあって幸せだったと思います。故郷の川の流れを見ているととても自分自身が癒されます。坂村真民さんという故郷愛媛で活動し続けた詩人が『出会い』という詩のなかで「全ては出会いである。川も出合いの喜びに音を立てて流れている」という一節があります。川ははるか遠くの山の上から流れてくる。流れて来る川の水にとって、その時その物すべてが新しい出会いです。はじめて出逢う川瀬、石、葉っぱ、魚、すべてがはじめての出会いです。その川の水たちの、新鮮な出会いの現場をぼーっと眺めているととても癒された気持ちになります。最後に私が感じる人生の楽しみって何だろうかと思いますと「頑張っていれば、とてもありがたいご縁を頂きながら、立派な恩師たちにお会い出来たり、良い仲間たちと仕事が出来たり、とても優しい人に囲まれて仕事が出来たり、そういう素敵な人たちに会えるというのが人生頑張っていく事のなによりの楽しみではないかな」と感じています。こうして皆さんにお話させていただく機会も私にはとっても有難い事だと思っています。本日は誠にありがとうございました。

質疑応答
「質問1」

  アディポネクチンは人によって違うのでしょうか。

「回答1」

  肥満や内臓脂肪蓄積の人では、アディポネクチンの濃度が低くなり、いろいろな病気に繋がります。減量治療で、内臓脂肪が減ると、アディポネクチンの濃度も上がってきます。


「質問2」

  今75歳です。高血圧で薬を飲んでいます。体重が35キロオーバーと言われ、週3回運動をしても体重は減りませんが、どうしたら良いでしょうか。

「回答2」

  しっかり運動をされ、食事も食べ過ぎずに過ごされているのであれば、体重がこれ以上増えていくのを避けていれば良いと思います。食べる量を減らしすぎて体重を落としすぎると筋肉量も落ちて、逆に問題となります。運動で体重を減らすのは大変です。基本的に体重の管理は食べるものの量と質です。間食を普段食べている量の半分か4分の1にして、夜の食事を食べ過ぎないようにすることがとても大事になります。


「質問3」

  あまり痩せすぎても駄目ですか。

「回答3」

  今BMI22というのが理想体重です。アディポネクチンの観点から言えば、理想体重よりちょっと低い方がアディポネクチンの血中濃度が一番高くなります。今の体重を維持されるのが一番良いと思います。痩せようと思わず、今より増えないようにすることが大事です。もう一つインスタント食品や電子レンジで温めるものはリンをたくさん含んでいます。リンはカルシウムと相反し、リンが上がるとカルシムが下がりますので、ずっと食べていますと骨などに悪影響を及ぼします。生活習慣としてインスタント食品はよくありません。


「質問4」

  今80歳で目標が90歳です。今日の先生のお話はプラスになることばかりでした。有難うございました。

「回答4」

  日本の男性の平均寿命は80歳ぐらいですが、それは全体の平均ですので、今80歳まで来れた人はもっと長生きできる計算になります。100歳まで生きる確率が高い人達です。そのつもりで生活をされればまだまだ長生きできます。


「質問5」

  電子タバコはタールがないとか、成分に違いが出ていますが、どこの部分が一番影響するのでしょうか。

「回答5」

  煙草の成分までは研究が進んでいません。しかし煙草はとても酸化ストレスが多いので、何時間かで血中のアディポネクチン濃度を下げてしまいます。


「質問6」

  大学を卒業されて30年経ち、師匠と弟子の関係で変わったところ、変わらないところを教えていただきたい。

「回答6」

  当時の大学は医局制度がしっかりしていて、自分達の将来をきちんと見てくれているという安心感の中で「肥満の研究」に打ち込むことができました。今の若い 人達は常に自分自身でインターネットに向かい、自分にとってなにが損か得かを見きわめています。「肥満の研究30年」という悠長なことをやる余裕など、ないかもしれないというのが実情です。私は彼等、彼女達に、私がそうであったような安心感の下で創造的な楽しい仕事をしてもらいたいと思っています。


「質問7」

  先生は随分すんなりされていますが、努力しているのですか。

「回答7」

  こういう仕事をやっていますと、どんなことをしたら病気になるかという知識はあります。しかし健康的な事ばかりやっているかと言うとそうではありません。 普段、仕事をしている時は基本的に粗食です。何故かというと、お腹一杯になると眠くなり、仕事ができなくなるからです。ただご馳走を食べる時、食べたいと思うものを食べる時はかなり結構お腹いっぱいまで食べます。普段の粗食は美味しいものを食べる時のため、というふうに考えています。我慢しながら食事療法をしているという感覚は全くありません。


「質問8」

  WHOは5年に1回ぐらいの頻度で、血圧の上限140,135,130と下げていますが、どのようにお考えでしょうか。

「回答8」

  いろいろな臨床医学上の研究の結果として、以前ほど血圧は下げなくてもいいという動きは確かにあります。また医療費の高騰が世界的に問題になっているので、高血圧のお薬にかかる医療費を理にかなった範囲で削減しようとしている面もあると思います。私が診察している範囲では、お年を召した方には、血圧が低いと頭への血流も減ることが言われているので135くらいまでなら気にされなくて良いと言っております。


「質問9」

  理想体重の計算の仕方で、身長だけで単純に計算ができるものでしょうか。

「回答9」

  理想体重はあくまで平均で出しています。全年齢層で見ていろいろな病気にかかるのが少ない体重の設定です。その方の、年齢や体質、これまでの体重歴、既往歴、によって、その方のその時の理想体重は変わると考えるのが自然です。メタボの診断基準では理想体重になってくださいとは言っていません。要は、太ってきている人、お腹の出てきている人は、1年間で大体お腹まわり3cmあるいは体重3キロ減らしていただければいろんなことが全体に良くなりますよ、というのがメタボの考え方です。メタボで糖尿病の人に申し上げるのは「1ヶ月後、外来に来られる時の目標体重どうされますかとお聞きします。75キロの人でしたら、76キロと言われない限り、現状維持ないしは、次は74キロを目指します。そうですか。ではぜひ頑張って下さい、きっといろいろなデータが よくなり始めますよ。ということです。逆に、72キロにしますと言われますと、そんなに減らさなくて良いですよ。ゆっくりで結構ですと言っています。そんな問答をしながら1年で3キロ減らせれば大成功です。メタボ、生活習慣病というのは今のように考えて頂ければ結構です。


以上は、大阪大学医学部教授 下村伊一郎氏の講演を、國民會館が要約、編集したものです。文章の全責任は國民會館が負うものです。



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