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武藤記念講座(講演会事業)

第1066回武藤記念講座要旨

    2019年11月23日(土)
    於大阪「國民會館 武藤記念ホール」
    作曲家
    吉田 進氏
 『振り向かないでオルフェオ』


セミナー





はじめに
  今日はギリシャ神話で良く知られた「オルフェオ」を主人公にしたオペラのお話をしたいと思います。

一、ギリシャ神話「オルフェオの地獄行」
  見罷った愛妻エウリディーチェを地獄まで探しに行ったオルフェオは「地上に着くまでは、決して彼女を見てはならない」という条件のもとに、連れ帰ることを許されます。しかし、途中でこの約束を破り振り返ってしまうため、永遠に彼女を失うことになります。

二、オルフェオの履歴書
  オルフェオの父親はトラキアの王様で、母親がミューズ(詩の女神 カリオペ)です。
  彼が生まれた時、アポロン(太陽神)が竪琴を贈り、9人のミューズに養育されます。そして彼は「黄金の羊の毛皮」を奪い取る冒険に参加しております。アルゴー船に、イアソン率いるギリシャの英雄たちと共に乗り込みます。一方、妻エウリディーチェは、ニンフ(森の精)です。エウリディーチェを永遠に失ったオルフェオは、ほかの女性たちに殺され、アポロンが天に上げて琴座とします。

三、今日の話のポイント
  • (一)「オルフェオはなぜ振り返ったのか」を考えます。
  • (二)日本ではあまり知られていない2つのオペラを鑑賞します。


  • 四、オペラの誕生
      ルネッサンス後期のイタリアで、ギリシャ悲劇を音楽劇として再創造しようとして生まれたのが「オペラ」です。第一号のオペラは、ぺリ作曲の《エウリディーチェ》(1600年)です。モンテヴェルディ作曲の《オルフェオ》(1607年)はぺリの7年後ですが、今日も実際に舞台で上演されている、事実上の最古のオペラです。

    五、モンテヴェルディ(1567〜1643)の《オルフェオ》
      このオペラには、物語が始まる前に「プロローグ」というものがありますが、ここでまず鳴らされる「リトルネロ」(反復)という音楽を聴いてみてください。
        *CD【プロローグのリトルネロ】:J.E.ガーディナー指揮、イングリッシュ・バロック・ソロイスツ
    さて先ず疑問が起こるのは「なぜエウリディーチェは地獄に居るのか」ということです。
      古代ギリシャの概念で「地獄」というのは死者が住む地下の国で、そこから「極楽浄土」か「タルタロス(奈落)」へ行くわけです。そして、地獄へ行くには河を、渡守カロンテが漕ぐ舟で渡らなければなりません。
        *DVD【第3幕 カロンテとオルフェオの問答】:N・アルノンクール指揮、J=P・ポネル演出、
            〈1978年チューリッヒ歌劇場〉
      地獄の王プルトーネは「地上に戻るまで、オルフェオは決してエウリディーチェを見てはならない」と条件付で認めるわけです。オルフェオは「彼女は本当に後に付いて来ているのか?」「地獄の王たちは嫉妬しているのではないか?」「愛に条件を付けるのか?」「エウリディーチェを取り戻しに来たのではないのか?」と疑い、遂に振り返ってしまいます。エウリディーチェは「あまりにも大きい愛のため、貴方はこうして私を失ってしまうのですか」と永遠の別れの言葉を歌います。地獄の霊たちは「オルフェオは地獄に打ち勝ったが、みずからの情に負けてしまった」と合唱し第4幕を閉じます。
            *DVD【第4幕 オルフェオがエウリディーチェを失う】:演奏・同上
      第5幕でアポロンとオルフェオは歌いながら天上に昇って行きます。そして幕切れで合唱が歌います。「この地上で地獄の苦しみを味わった者は、こうして天上で恵みを得る」。大団円です。
            *DVD【第5幕 アポロンとオルフェオが天に昇る】:演奏・同上

    六、グルック(1714〜1787)の《オルフェオとエウリディーチェ》
      次にご紹介するオペラは、1762年にヴィーンで初演された《オルフェオとエウリディーチェ》です。モンテヴェルディの《オルフェオ》から155年後の作品で、時代も変わり古典派の初期にあたります。主役のオルフェオ役は、初演時には「アルト・カストラート(去勢されたアルト歌手)」が歌いました。今日では、女性歌手か、カウンター・テナー(男性が裏声で歌う)が歌います。
      愛の神が登場し「地上へ戻ってくるまでは、エウリディーチェを見てはならない。また彼女に、このことを喋ってはならない」と条件を付けます。
      モンテヴェルディの地獄の王プルトーネは登場しません。また渡 守カロンテも登場せず復讐の女神や亡霊たちがオルフェオに「通せんぼ」をす るわけです。亡霊の「NO?!」が繰返される有名な場面です。         *DVD【第2幕・亡霊の  場】:Ph・ジャルスキー〔オルフェオ〕(2018年シャンゼリゼ劇場)  
      さて復讐の女神たちに許されてオルフェオとエウリディーチェは  「極楽浄土」に辿り着きます。
            *DVD【第2幕(パリ版)幸  福な精霊の踊り】:R・ピション指揮、アンサンブル・ピグマリオ (2019年オペラ・コミック座)
      この時、精霊たちの合唱で「夫のもとへお帰りなさい。あなたの運 命を嘆くことはない」とエウリディーチェに語りかけます。そして第3幕へ入 ります。エウリディーチェは「せめて私を見て下さい!言って下さい、私は以 前のようにまだ美しいですか?」「なぜ私の快い眠りを覚ましたのですか?」 「あなたと生きるより、死の方が私にはずっとましです!」「静かな快さに慣れ た私の心は、死からこれほどの苦しみへ移るのです!」「私をこのようにお見 捨てになるのですか?」と疑います。そして遂にオルフェオは振り返ってしま うのです。
            *DVD【第3幕 2人の葛藤シーン】:ジャルスキー+P.プティボン(エウリディーチェ)
            *DVD【第3幕 「われエウリディーチェを失いぬ」】:ジャルスキー
      この後、オルフェオはエウリディーチェの後を追って自殺しようとします。すると「愛の神」が再登場します。エウリディーチェは生き返り、2人は抱き合って愛の神を讃えて幕となるわけです。

    結びに
      オルフェオがなぜ振り返ったのか、モンテヴェルディとグルックでは、解釈が全く異なります。神話や昔話は、僕たちを考えさせてくれます。この2つのオペラから、何を学ぶか。
      今日は、日本ではあまり知られていないオペラを紹介しましたが、知っているものを楽しむばかりでなく、「知られざる宝」を探して欲しいと思います。

    質疑応答
    「質問1」

      「夫が亡くなった妻を迎えに地獄まで行って、振り返る」という話は日本神話にもございますが、これは偶然なんでしょうか。

    「回答1」

      世界の昔話では随分似た話があるといわれております。「何故全世界に同じようなものがあるのか。そこに関係性があるのか。それは人間としての共通した感情から生まれたのか」などの研究をしておられる河合隼雄先生の本などがございますので、それをご覧いただけたら良いと思います。


    「質問2」

      1600年に第1号のオペラが作られたと言われましたが、楽譜はどの程度残っているのでしょうか。

    「回答2」

      1600年のペリの作品は録音もあり、演奏できる楽譜もあります。ただし小さな編成のようです。モンテヴェルディが有名なのは、オルフェオの訴えかけが強いからだと思います。他の作曲家もこのギリシャ悲劇の再生を作曲していますが、楽譜が残っているのはペリの作品とモンテヴェルディのオルフェオだけです。


    「質問3」

      グルックが初演の時、オルフェオ役をカストラートにした意図を、先生はどのようにお考えでしょうか。

    「回答3」

      カストラートは非常に高い声が出ますし、また実際は男性ですから、非常に強い声も出ます。派手に歌えたわけです。客受けするという意味があったと思います。
      もう一つは、カウンター・テナーは女性のような声で、何か不思議な感じがします。カストラートは男性で、女性のような声が出るということで、アンバランスなわけです。オルフェオは人間ではなく、半分神様で半分人間です。性別がないというのに非常に適しているとグルックは考えのだろうと思います。


    「質問4」

      ピタゴラスが、今の音階の元を作った。今から1,000年ぐらい前にドレミファソラシドの原型があると聞いたことがありますが本当でしょうか。

    「回答4」

      ピタゴラスが音階を作ったというのは本当の話です。彼は数学のピタゴラスの定理で有名ですが、西洋音楽は極めて数学に近いということです。楽譜の五線紙は縦軸が音の高さ、横軸は時間になっております。五線譜はほとんどグラフに近いわけです。遥か昔にピタゴラスは音楽というより宇宙の調和(ハーモニー)を考え、そこから音楽が来て、音階を作っていくわけです。西洋音楽が数学と近い歴史的な証拠でもあるわけです。なお今日のドレミファソラシドが完成したのは、バッハの時代です。


    「質問5」

      モーツアルトの音楽を聴くと、副交感神経が活性化して膠原病に効果があると言われていますが、本当でしょうか。

    「回答5」

      音楽を聴くと、幸せになったり、悲しくなったりするわけです。音楽にはリズムや音の高さなどで、直に肉体に訴えかけてくるものがありますから、人間の精神や肉体に及ぼす影響が大変強大だと思います。それが膠原病に良いかどうかは判りませんが、身体に良い影響を与える、あるいは病気が良くなるということは大いにありうることです。精神療法に音楽が使われるということがありますが、音楽を聴いて体を動かしたいと思うのは、音楽が体に訴えかけてくるからです。先程聴いていただいたグルックの「精霊の踊り」などは人間を本当に心の底から穏やかにさせます。音楽というのは本当に精神とか肉体に影響を及ぼすものであるということは間違いないですね。


    以上は、作曲家 吉田 進先生の講演を、國民會館が要約、編集したものです。文章の全責任は國民會館が負うものです。



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