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    中西 寛氏>『アメリカ大統領選挙の展望』

武藤記念講座(講演会事業)

第1073回武藤記念講座要旨

    2020年9月19日(土)
    於大阪「國民會館 武藤記念ホール」
    京都大学大学院法学研究科 教授
    中西 寛氏
 『アメリカ大統領選挙の展望』


セミナー





第一章 大統領選の構図
第1節 候補者
  アメリカ大統領選で、共和党は現職のトランプ大統領とペンス副大統領が継続して出馬することになっており、民主党は予備選で3月にバイデンが大統領候補に、8月にはカマラ・ハリスが副大統領候補に指名されました。さてトランプは実業家で政治経験はありませんでしたが、2016年から4年間大統領をやってきて、今年1月のコロナが流行るまでは再選間違いないだろうという印象でした。これまで現職大統領の再選確率は高く、第二次大戦以降、現職が10回出て、その内7回は再選されています。更に1月、上院でトランプの弾劾が否決されましたので、再選は固いと見られてきました。ところがコロナの影響と人種差別への対応を巡ってトランプ政権に揺らぎが出てきました。副大統領候補のペンスはインディアナ州の知事をしていたベテラン政治家ですが、あまり目立った人ではありません。宗教保守(エバンジェリカル)のコネクションが強く、対中政策では10年間の実務経験があり、トランプを支えることに徹しています。一方民主党のバイデンは1942年生まれで今年78歳になり、彼が大統領になれば史上最高齢の大統領となります。オバマ政権の8年間、副大統領でした。政治経歴は長く様々な苦難の人生を経験しました。ペンシルベニア州の出身で法科大学院を出て、弁護士から政治家になった経歴です。1972年、初めて上院議員になった直後、奥さんと娘さんを自動車事故で亡くし、男手一人で二人の息子を育てました。その後再婚し女の子が一人います。2009年、副大統領に就任するまで40年弱デラウェア州の上院議員でした。長男は父親と同じ法律家の道を歩み、デラウェア州の司法長官でしたが、2015年脳腫瘍で亡くなりました。次男のハンター・バイデンは実業家の道を歩み、ヘッジファンド等の投資をおこなっていて、中国やウクライナの企業への投資やビジネス取引で、父親が副大統領であることを利用して、私腹を肥やしたという疑念で問題となりました。犯罪的なことがあったとは判明していませんが、彼自身は「副大統領の息子として適切でなかった」と認めています。バイデンの二人目の奥さんはジル・バイデンです。彼女は大学教授で大変立派な教育者です。夫が大統領になっても仕事を続ける意向で、新しいタイプのファーストレディになるでしょう。副大統領候補はカマラ・ハリスです。1964年生まれの新しい世代の政治家です。お父さんはジャマイカ出身の留学生で、最近までスタンフォード大学の経済学の先生でした。お母さんはインド・タミール系の留学生で、母方のおじいさんは有名な外交官、名家の出身です。お母さんは医者で、カマラが小さいころに離婚し、数年前に亡くなりました。カマラ自身はカリフォルニアの法科大学院を出て、法律家として検事畑を歩んできました。サンフランシスコ地方検事の頃から政治に興味を持っていました。なおハリスは夫の姓です。2010年、カリフォルニアの司法長官になり、一回再選された後、2016年、民主党の上院議員になり、去年秋の民主党大統領予備選に出馬しました。しかしすぐに撤退を表明しています。ところが黒人問題が大きな争点となり、副大統領は黒人女性がよいということで、バイデンが指名しました。ハリスは予備選では、バイデンに厳しいことを言っていましたが、今は手を組んで共に戦う状況になっています。ハリスがあまり前に出過ぎますと、バイデンの存在感がなくなってしまいますので、そのあたりの振り付けが一つの課題となっています。
第2節 大統領選挙制度
  アメリカの大統領選挙制度は18世紀の憲法に定められた仕組みで、その後ある程度は修正されたものの非常に古臭い方法で行われます。連邦国家ですから、州ごとに大統領を選び、それを持ち寄って最終的に連邦大統領を決める仕組みです。今回の選挙で制度の様々な問題が問われる可能性があります。さて投開票日は憲法の規定で11月最初の月曜日の次の火曜日と決められています。今年は11月3日です。しかし今回の開票は3日で終わらず、完全に票数が確定するのは相当遅れるだろうと言われています。それは郵便投票という仕組みがあるからです。今回コロナで、全米50州の中には、郵便投票を重要視する州が多くあります。原則郵便投票の州もありますし、投票所、郵便投票どちらでもよいという州もありますし、理由がなければ投票場で投票して下さいという州もあります。郵便の日付も11月3日に届いていなければ無効という州や11月3日の消印があれば有効の州もあります。投票が確定するのに一番長い州ですと2週間ぐらい遅くなります。重要な接戦州で勝敗が決まるのが相当遅くなる可能性があります。すでに投票用紙を配るプロセスが始まっていますが、投票は10月に行うところがほとんどです。トランプは「郵便投票では不正が起きる」と批判していますが、本音は、郵便投票だと従来投票所に行かなかった低所得者層や少数民族の投票数が増えて、自分に不利になるということだと思われます。いずれにせよ各州で集計をし、12月、どちらの党の大統領候補者を選ぶかを、選挙人団が集まって決めることになります。基本的に人口の多い州に沢山の選挙人団が割り当てられます。その選挙人団の投票数は全部で538票なので270票以上を取った方が大統領に選ばれます。2016年はトランプ306票、クリントン232票で、70票差でした。大きな州が一つ、二つ入れ替わると勝敗が逆転したということです。そして従来は11月3日(日本時間で4日)に完全に開票は確定しなくても、出口調査で勝者がほぼ確定し、次の大統領が判ります。ところが今年は12月14日頃まで開票結果が出ない可能性があります。1月6日に連邦議会で各州の投票結果を確認し、20日、新大統領を最終的に確定し、翌21日から新政権が発足します。従来12月から1月の間で新政権発足の準備をするのですが、今年は新政権のスタートがスムーズにいかない可能性すらあります。憲法上、選挙人団の投票で過半数を得られない場合は、下院の投票で決める規定があります。これは1824年に一回だけ行われたことがありますが、下院の投票は議員が一人一票ではなく、州ごとに投票することになっています。基本的に共和党は小さな州が支持層で、民主党は大きな州が地盤ですので、この争いになりますとトランプ有利となります。縺れると共和党はこの投票を実現しようとするかもしれません。
第3節 選挙結果を左右する振り子州
  今年の選挙情勢は振り子州(スイング・ステート)をどちらが取るかで決まります。スイング・ステートは大体10ぐらいの州で、それ以外の40州は大体勝者が決まっています。カリフォルニア、ニューヨークという大きな州は民主党で、小さな中、西部の州の多くは共和党です。はっきりしていないのは、テキサス、フロリダ、オハイオ、ジョージア、ノースカロライナ、アリゾナの6つくらいの州です。過去20年でスイング・ステートとして一番注目されてきたのが、フロリダとオハイオです。2000年に共和党のブッシュ(息子)と民主党のゴアが戦って、フロリダの数百票という差でブッシュが大統領になりました。フロリダは選挙人数も多く、民主、共和の両方が入り混じっている一番注目される州です。オハイオもスイング・ステートとして有名です。また2016年に大きなインパクトがあったのがペンシルベニア州です。本来は民主党の州でしたが、前回はトランプが獲りました。バイデンが生まれた州で民主党が取り戻すと言われていますが判りません。今回もスイング・ステートです。前回トランプ勝利の大きな要因となったウィスコンシンも判りません。
  将来のアメリカ政治に最も大きな影響があると思われるのがテキサスです。エネルギーや石油の重要な州で、ブッシュ親子の出た共和党の長年の地盤です。ところが移民の増加で民主党の支持者が増えてきています。今回はトランプが勝つと思われますが、今後共和党にいくか、民主党にいくかはかなり大きなことです。ジョージア、アリゾナも共和党の岩盤ですが、同じようにアメリカ社会の変化を示しているところだと思います。選挙はスイング・ステートで決着がつくと思われますが、郵便投票の事情を考えると、フロリダ、テキサス、ペンシルベニアの大きな州で、一方が圧倒的に勝利するという状況にならない限り11月3日に決着する確率は3割もありません。早くて週末です。更に大きな問題は、僅差の場合、法廷闘争で「郵便投票で不正があった」と訴えることが起こり得ます。2000年には裁判で、フロリダの結果が決着するのに1か月くらいかかりました。また結果が出ても納得せず抗議運動による混乱も考えられます。トランプが負けた場合「これは不正な選挙だ」「外国が介入した」と理由をつけ、敗北を認めない可能性があります。民主党の場合も、バイデンが多くの得票数を集め、トランプがぎりぎりの選挙人団で勝った時は、法的正当性は欠けるかもしれませんが、大きな反対運動を起こすことも考えられます。次の大統領がスムーズに決まり、1月21日、新政権の発足とならない可能性があります。

第二章 選挙戦の焦点
第1節 低位安定のトランプ支持だが
  トランプ政権の岩盤支持層が大体40%前後です。これまでの大統領は、最初は低くても55%、高い人は60%台で始まり、その後上下しながら、今のトランプの支持率より少し高いところで1期目を終えていますが、トランプの支持率は4年間ほぼ一直線です。さて今回、選挙の一番大きな転機は、コロナ禍の5月末、ジョージ・フロイドが警官に首を絞められて亡くなり、その後に起きた黒人差別反対運動(BLM)です。これに対し6月1日トランプ大統領が「これは暴動である」と連邦軍を投入して鎮圧するようなことを言ったのが大きな転機だった思います。これに対し元軍人のエスパー国防長官や前国防長官のマティス氏は反対声明を出しました。アメリカは国内治安と対外軍をきっちり分けるのが基本的な伝統です。デモには警察が対応する。それで足りないときは州兵が用意されています。連邦軍の投入は最後の最後で、しかも州からの要請が基本です。19世紀初めに作られた「反乱法」で、法的には州の要請なしで、大統領は連邦軍を投入する権限がありますが、南北戦争という内戦の経験があるアメリカは政治的にそれを避けてきました。メディアが平和的活動だと報じている中で、連邦軍投入を示唆したことで軍から強い反対が出た訳です。元統合参謀本部議長で、ブッシュ政権の国務長官パウエル氏は,トランプは大統領としてふさわしくない。今回は民主党に投票すると宣言をしています。トランプが再選されて2期目になると、国内の治安問題が激しくなれば、本気で連邦軍を投入するかもしれないという警戒心が非常に強くなったと思います。人種が問題になれば、軍には黒人も多く、軍自体が割れて組織として機能しなくなるので、それだけは絶対避けたいというのが軍の意向です。トランプ政権の支持基盤として重視してきた軍との関係が、かなり壊れてしまいました。
第2節 トランプの信任投票か、トランプ対バイデンの選択か
  最近の調査では、バイデン支持が約50%で、トランプ支持は40数パーセントです。多少詰まってはいますが、トランプ不利は一般的です。トランプを再選させるか否かが焦点になりますと、軍の問題やコロナ対応でのトランプ批判から反対派の投票率が高まり、バイデンには非常に有利になります。コロナによって大衆集会を開き、熱狂的支持者の存在をアピールする戦術が取れないのもトランプには響いています。一方バイデンは、議会での交渉や法案作りには長けていますが、演説タイプの人ではありません。また短気で結構失言の多い人です。それに加え78歳で、反対派からは認知症になっていると言われています。9月29日から大統領候補者同士のディベートが行われますが、ここでトランプは逆転を狙っています。トランプはバイデンを「スリーピー・ジョー」(寝ているみたいな奴だ)と言って「大統領として信頼できない」とアピールするのは間違いありません。バイデンはそれを受け流して、静かなリーダーシップをアピールすると思います。しかし息子のスキャンダルのことなど言われると、感情的に言い返すかも知れません。バイデンの印象があまりにも悪いと、選挙の情勢が変わってくる可能性があると思います。
第3節 コロナ対策か、法と秩序か
  トランプの党派ごとの支持率の推移は、共和党が6月89%、9月86%で変わっていませんが、民主党は9%から5%、共和党寄りの人は77%から62%へと下がっています。また民主党寄りの人は13%から16%です。最も肝心なインディペンデンス(無党派)の人は、スイング・ステートで42%から32%へと10ポイントも下がっていますので、トランプはここを40%以上に引き上げたいところで、この層にターゲットを絞るのがトランプの戦術だと思います。重要視しているのが、外交面でコロナの責任を中国に責任転嫁することです。アメリカの感染者は現時点で世界第1位の600〜700万人近くになっており、トランプの対応が失敗だったというイメージが共和党内にも共有されていますので、中国バッシングで怒りを逸らしたい面があります。しかしそれだけでは不十分なので「法と秩序」(Law and order)を大きな争点にしました。デモに対し、多くの市民が「法と秩序」を守って欲しいと思っているとアピールする戦術です。ターゲットは無党派の都市、郊外の女性層です。コロナのためオンラインで活動している「ズーム・ママ」達に、法と秩序を守るとアピールしています。たしかに、今年の6、7月はBLM(黒人人種差別反対運動)に人種を越えた支持がありましたが、最近は減ってきています。BLM支持は6月が67%、9月は55%です。黒人は86%から87%と変わりませんが、白人は60%から45%と大きく減っています。ヒスパニック、スペイン系、アジア系でも10ポイントぐらい減っており、意識が変わり始めています。BLMは黒人中心の突出した運動なのか、それとも白人にも共通した「治安の仕組み」の問題なのか微妙になっています。先月ウィスコンシンでまた黒人が警官に射殺され、デモや暴動が起きました。トランプは現場で警官を励まし、破壊された建物を写真に撮り「これは暴動だ」と中間層、無党派層にアピールしています。もう一つ、黒人の投票率です。2008年、2012年、2016年、3回の選挙では、投票率は60%強でほぼ一貫していますが、黒人の投票率は、オバマの時が65%で、ヒラリー・クリントンの時は50%台と落ちていました。今回の選挙を、黒人差別問題を中心とした反トランプ選挙と位置付け、黒人の投票率を60数%まで回復すれば、結果に影響が出てくる可能性があります。しかし「民主党か、共和党か」「トランプか、バイデンか」の争いですと、黒人は関心を弱めて投票に行かない可能性が強まります。トランプ陣営は「トランプとバイデン、どちらが大統領としてふさわしいか」、「元気で活力のある大統領が欲しい、それとも眠そうな大統領でいいのか」と持って行きたい。そして警官と黒人の間で起きている問題は「差別問題ではなく、治安問題である」と持っていきたい。このことが最終段階に大きな争点になってきて、トランプが逆転する余地は十分にあると思います。今大統領選は非常に接戦の状況です。

第三章 大統領選後の展
第1節 大統領選後の内政対立
  大統領選が終わった後も、国内が安定することはないだろうと思います。トランプ政権の場合は、共和党の伝統的な政策エリートがかなり離れてしまい、8月の共和党大会では、トランプの身内の政権になっているのが実態です。またそれを支えているのはポピュリスト的な右派の人達や宗教保守の人達が多い。軍や金融界との距離ができ、中核の支持層が減ってきています。トランプは次がありませんので、再選された場合の政治運営の目標が見えません。次は自分の手柄になることしかやらず、後は適当に廻りの人間に任せてしまうかもしれません。そういう意味でトランプを巡る政治論争は収まることなく、反トランプ派はトランプを批判し続ける可能性が高いと思います。逆にバイデン政権になりますと、議会共和党が民主党と強く対決し、政権運営がスムーズにできるとは考えにくい。また民主党の中が大きく中道派と急進左派に分かれていますので、急進的な若い層と中道派の対立が深刻になり政権が揺れ動くことも考えられます。バイデンが上手く民主党をまとめ、議会共和党を押さえることは厳しいように思いますので、政権は何もできなくなる可能性があります。
第2節 外交安保
  外交・安保政策については、トランプでもバイデンでも、アメリカがリーダーシップをとることはなく、内向きで、自分の政権が重視していること以外に、大きな関心やエネルギーを注がない4年間になりそうです。トランプ政権の場合は、これまでの延長線上で、国際枠組みよりも単独あるいは2国間交渉を重視することは変わらないと思います。1期目ではWHOや気候変動のパリ協定からの離脱を表明し、WTO(世界貿易機関)を事実上機能停止に追い込み、イランとの核合意からも離脱を表明しましたが、それを一層進めていくでしょう。国際機関に問題があるのは確かですが、その代わりに新しいものを作るのかというと、アメリカ第一主義で、アメリカに都合が良いこと以外は関心がありません。バイデン政権の場合は、民主党の伝統的な外交安保の人間が大きな発言力を持つことは間違いなく、トランプよりは国際枠組みや外交重視になると思います。しかし国内世論や共和党の圧力を無視できるほど強い政権にはなりそうにありません。オバマ政権の時は、議会共和党が軍事的な関与に否定的であり、オバマの手を縛る方向に動きました。バイデンの場合も、軍事問題で足を引っ張る可能性が高いと思います。民主党の支持層も対外政策で大きな関与には否定的ですので、政権に国際派が戻る可能性はありますが、政権自体がそちらに向かうのはハードルが高いと思います。しかしいずれの政権の場合でも、アメリカの対外政策の基軸が対中政策に置かれることは間違いありません。バイデン政権が対中関与政策で中国と仲良くする方向に戻ることはありえません。議会は党派を超えて中国強硬論が強く、コロナで一層後押しされています。世論調査では、中国に好意的でない人が2005年頃から段々上がり始めて、党派を超えて悪くなっていっています。年齢が高い人だけでなく、若い人も、この数年で厳しくなった感じです。また人権と経済のどちらを重視すべきかについては、人権を重視すべきだという人が70%、経済重視が20%台で、中国融和とはならないと思います。ただしトランプ政権には複数の対中政策路線があり、揺れる可能性はあります。この数か月、ポンペオ国務長官を中心としたグループが非常に激しい中国非難演説を行いました。オブライエン補佐官、レイFBI長官、バー司法長官と分担して行った一連の対中非難演説は、全体を通じて問題は中国共産党にあるとして、中国共産党は非常に排外的、敵対的、全体主義的な存在で、その指令によってアメリカでスパイ活動や経済情報を抜き取る活動をしていると演説をしていました。ポンペオは、中国に対しては「Distrust and verify」(信用せずに検証するのだ)と主張しています。そして中国に対抗するため同盟友好関係を重視しなければいけないと言っています。一方「一定の中国の経済的脅威を抑え込みながら、アメリカの経済利益のために妥協する」というのがメニューシン財務長官、ロス商務長官といった経済技術派の人達です。またナバロは中国脅威論、経済脅威論の親玉みたいな人で「中国は全てを支配しようとしている」と中国そのものの体質を問題にしており、ポンペオのように共産党だけをターゲットにしているわけではありません。なおトランプは経済技術派に近く、中国にプレッシャーをかけ、有利な条件を引き出して、アメリカにプラスになるように持って行くのが彼の中国観です。軍部は、ポンペオや経済技術派の人達からは距離を置いて中国戦略を考えているようです。基本的には海軍が主導して中国脅威論を引っ張ってきたわけです。地政学的な発想で、台湾、南シナ海、インド洋で中国の進出を押さえるという観点を重視していると思います。バイデン政権の場合は、伝統的な同盟を重視し、地政学的なことは国防省を中心に外交を行うと思います。キャンベルやフロノイというオバマ政権で活躍をした国際的に知名度のある官僚がトップレベルの処遇で返り咲くと見做されています。彼等は中道的国際派で同盟や国際協調を重視して、NATOや日米で中国へプレッシャーをかけていく可能性が高いと思います。一方で民主党支持層には左派、急進派も強く、彼らの政策のトップの項目は環境問題と気候変動問題です。それに治安、人種差別、教育問題が主要項目に上がっていて、外交面は左派の意向を反映し、国務長官も左派系の人になるかもしれず、日本では評判のよくないスーザン・ライスが国務長官になる可能性もあります。その場合は気候変動や感染病対策が国務省の主要な仕事になり、伝統的な外交は国防省主導の可能性が出てくると思います。しかし国防と外交、あるいは中道派と左派の間で上手く調整がとれるか微妙で、その間中国との関係は揺れ動く可能性があると思います。
第3節 日米関係
  日米関係はどちらが大統領になっても、アメリカがリーダーで、日本は後ろから付いていくということにはならないと思います。トランプ政権の場合、米中デカップリングが進むでしょう。今もTikTok(ティックトック)やWeChat(ウィチャット)の新しいソフトをダウンロードできないよう求めており、中国と取引する企業はアメリカ市場にアクセスさせない可能性があります。WeChatは、日本のLINE(ライン)よりもはるかに普及度も役割も大きく、中国でWeChatをやらないと多分生きていけないくらいの基本ツールです。アメリカも中国と商売をする上で物凄く困りますし、日本にも必ず影響が出てくると思います。日米のバイの関係は、菅さんがトランプの意向を察して、それに大きく逆らわないようにする限り、大きな波乱はないと思います。ただアメリカ第一主義がより強くなりますので、中国封じ込めについては日本にこれまで以上を求めるでしょう。中国側の状況を見ていると、尖閣やインドとの国境紛争は習近平の内向きの政策だと思います。コロナで打撃を受けたので、「偉大な中国、中華民族の復興」というスローガンの建前上、領土問題で強硬にアピールしていますが、今アメリカから圧力をかけられている段階で、尖閣を巡って日本と本気で事を構えるつもりはないと思います。インドも同じです。やはり南シナ海と台湾が、習近平政権の3期目になるカギです。憲法は変えましたが、実際に3期目になるかどうかは決まっていません。台湾統一に大きな前進があれば習近平は大手を振って3期目ができるわけです。また南シナ海もかなり重視しています。トランプ政権はここに焦点を当て、台湾との高いレベルでの政治交流や南シナ海で数年ぶりの軍事演習をやっています。ここで緊張が高まり、日本に助けてくれという可能性もあると思います。
  バイデン政権の場合も、南シナ海についてはそれほど変わらないでしょう。民主党の対中政策は完全なデカップリングは避けるかもしれませんが、環境政策ではより強い姿勢で中国に向かうでしょう。日本に対しても化石燃料を使うということに強い圧力がかると思います。また原子力の不拡散にも厳しく、日本の核燃料の再処理に批判的な圧力がかかってくる可能性があります。いずれにせよ今後4年間、日本にとっては国際枠組みを維持、強化することが重要になります。インド太平洋という枠組みや、TPPにイギリス、フランスを組み込んでいく。勿論オーストラリア、インドなどとの関係も強化して、東南アジアその他中東、アフリカの地域諸国との関係を強化していくことで、アメリカのためにお膳立てをして、上手くアメリカにこの地域のコミットを続けさせるということだと思います。もう一つの課題は東アジアの軍備管理です。イージス・アショアが中止になり、北朝鮮や中国の軍事的脅威に対し、ミサイル防衛をどうするのかが問題になります。敵基地攻撃という話が出ていますが、日本単独の力で今の北朝鮮のミサイルや中国のミサイルに対抗することは物理的に限界があります。本気で日本の安全保障を考えるのであれば、日本の防衛力も強化と共に軍備管理も強めないといけません。かつて冷戦時代のヨーロッパで、東西間で特定のミサイルや兵力を相互に減らす軍備管理交渉が行われました。今はこの地域で北朝鮮を含めた軍備管理を考える時かも知れません。アメリカはこの中距離ミサイルの配備を考え始めており、日本への配備要求もありえます。しかし日本国内のどこにミサイル基地を置くかで問題になるでしょう。それに中国は日本に届く中距離ミサイルを2000発ぐらい持っていますし、北朝鮮と戦争になれば、敵基地攻撃能力があっても、日本に被害が出るのは防げません。防衛力強化と軍備管理を同時に進めることを考えるべき時期にきていると思います。
第4節 真の転機は2024年の大統領選になる
  今回の大統領選でベビーブーマー世代の政治指導者は終わりを告げて、次の2024年は、主な政治家の年齢層は数十年レベルで下がると考えられます。今回バイデンが大統領になれば2024年には副大統領のカマラ・ハリスが出馬するかも知れません。共和党ではポンペオ国務長官が有力です。彼は1963年生まれです。また国連大使だったニッキー・ヘイリーは1972年生まれの40代です。民主党の予備選で残ったブティジェッジは1982年生まれの38歳で、4年後大統領になるとケネディの記録を抜いて史上最年少の大統領になります。この4人に限られたわけではなく、他の人も十分可能性があります。トランプがドイツ系移民の孫、バイデンはアイルランド系で、二人とも伝統的なアメリカの白人層から出たベビーブーマー世代という点では共通です。しかし先に挙げた4人はいずれも違います。カマラ・ハリスはインドとジャマイカ、ポンペオはイタリア系、ニッキー・ヘイリーはインド系移民の娘です。ブティジェッジは古い家系ですが、マルタ系の移民で、ハーバードを出て、若くして小さな市の市長をやり、アフガニスタンに従軍しました。しかもゲイであることを自ら公表し、これまでの政治家にはないタイプで注目を集めている人です。つまり次の2024年の大統領候補になる人は、年齢が若いだけではなく、人種やバックグランドがかなり違った人になってきて、共和党すら伝統的な白人というようなことは言えません。保守とリベラル左派が争い、アメリカ政治や世界の政治が新しい時代になっていくのは2024年が転機です。これからの4年間は、これまでの世界の最後の段階で、コロナの影響もあり混乱が続くというのが全般的な認識です。数年経てば新しい方向性が出てくる。今年の大統領選挙は混乱の中に新しい芽が見え始めているという位置付けで見ています。

                                                   質疑応答
「質問1」

  大統領選後の経済はどうなるでしょうか。

「回答1」

  民主党では左派の影響が経済政策に及ぶかどうかですが、すぐに不況になることはないと思います。ただ今アメリカ経済はバブル気味で、金融上の政策手段がありませんので、財政で議会と政権の間で対立が深くなれば、経済へのインパクトがあると思います。


「質問2」

  バイデンが当選した場合の対中政策はどうなりますか。

「回答2」

  中国に対する強硬姿勢は大きく変わらないと思います。その中で何を重視するか、軍事か、技術か、環境か、人権か様々な選択肢があり得るということです。


「質問3」

  アメリカは世界の警察官ではなくなってきたのでしょうか?

「回答3」

  そうだと思います。力の問題よりも意思の問題です。能力的には世界の警察官をやる気になれば、まだアメリカは軍事的に強力です。しかしアメリカ人自身の意思統一がなくなってきましたので、余程酷いことをする国や、アメリカの利害に反する場合でなければ、大きな軍事力の行使をすることはないと世界的に見られており、警察官としての影響力は下がってきています。日本は、特に中国との関係を見た時、単独で軍事的に対抗できません。アメリカの支援を得ることがどう考えても不可欠なのでアメリカを日本が上手く引っ張っていくことが必要です。


「質問4」

  州兵と連邦軍の違いついて

「回答4」

  州兵は、日本の機動隊に似たもので、州知事が州の治安に使うための兵力です。それを暴徒を防ぐために投入することは全く問題ないわけです。ところが連邦軍は対外的な戦争をするための軍隊です。法律上は最後には連邦軍を国内に投入しても良いことになっていますが、最後の手段です。南北戦争という内戦を経験している国です。連邦軍そのものが人種で微妙なバランスでできていますので、特に人種問題で連邦軍を投入することは、指揮官からすると一番やってほしくないわけです。軍隊内部で対立し始めたら組織が機能しなくなります。今の状況で州兵と連邦軍では政治的、軍事的な意味が全く違うということです。


以上は、京都大学大学院法学研究科教授 中西 寛氏の講演を、國民會館が要約、編集したものです。文章の全責任は國民會館が負うものです。



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