ホーム > 武藤記念講座(講演会事業)東京財団政策研究所研究主幹・慶應義塾大学経済学部客員教授
    小林 慶一郎氏 『コロナ危機の経済政策』

武藤記念講座(講演会事業)

第1074回武藤記念講座要旨

    2020年10月10日(土)
    於大阪「國民會館 武藤記念ホール」
    東京財団政策研究所研究主幹・慶應義塾大学経済学部客員教授
    小林 慶一郎氏
 『コロナ危機の経済政策』


セミナー





はじめに
  5月から政府のコロナ対策諮問委員会、7月から新型コロナ対策分科会に参画しておりますが、それ以前は、民間の経済学者としてコロナ対策の政策提言をしてまいりました。その提言が政府の目に留まって委員会に招かれたのだろうと理解しております。今日はその政策提言についても説明したいと考えております。私は金融や財政再建あるいはマクロ経済政策分野の専門家で、コロナ感染症については全く素人でした。ただ素人の目から見て、日本のコロナ対策に問題があるのではないかと考え、提言をしてまいりました。

第一章 行動制 限によるコロナ対策
第1節 SIRモデルのシミュレーション
  4月、5月のコロナ対策は、行動制限により感染を抑えていく戦略でした。国民に外出自粛をお願いし、飲食店や企業に休業をお願いしてきました。そして感染が収まると、経済を再開するということでした。その時、自粛と休業では、単なる時間稼ぎではないかと考え、今の政策に疑問を感じていました。感染症流行プロセスを説明するSIRモデルは「自粛や休業で感染が減っても、感染を根絶出来るわけではなく、感染が減るという一時的な効果に過ぎない。結局時間が経てば感染が増えてくる」という内容です。感染者推移のシミュレーションで、第0日〜30日目まで何もせず、その後も何もしなければ感染爆発が起こりますが、30日目から自粛や休業により、8割の接触削減(行動制限)を始めると感染が徐々に減っていき60日目にはほとんど0になります。7割の接触削減あるいは6割の接触削減などを行っても感染は減っていきます。ところが690日間の推移で、感染が非常に小さくなった時点で行動制限を止め、自由に経済活動をすることにしますと、いずれも感染が爆発していくわけです。要するに接触削減をしている間は感染が減りますが、解除すると感染爆発が再び起こるということです。
第2節 緊急事態宣言は単なる時間稼ぎ
  SIRモデルのシミュレーションから、春行った緊急事態宣言は単なる時間稼ぎだったということがわかります。それは医療崩壊を防ぐため医療のキャパシティを上げ、検査数を増やすための時間稼ぎであると考えるべきです。行動制限だけが感染症対策だとすれば、感染が広がれば行動制限をオンにし、感染が収まってきたら行動制限をオフにする。オンとオフのサイクルで、接触削減を1年〜2年に亘って繰り返すしかないということです。つまり経済活動のブレーキをかけたり、解除したり、またブレーキをかけるということですから、経済成長は相当落ちていくことになります。
第3節 経済活動の落ち込みによる影響
  OECDは日本の2020年の経済成長率を「行動制限を続ければマイナス7%程度に落ちる」と試算しています。マイナス7%というのは金額にして30兆円〜40兆円の経済損失が発生するということです。金銭的な損失も大きいわけですが、それに加え自殺者が増える可能性があります。日本で自殺者が1万人増えたことがありました。1997年秋のアジア通貨危機の時です。それ迄の自殺件数は年間2万人台でしたが、1998年以降14年間に亘って自殺者が3万人台となりました。三洋証券が倒産し、北海道拓殖銀行、長銀、日債銀が潰れるという金融危機で経済環境が激変し、その結果自殺者が1万人増えたわけです。今回のコロナ感染症危機は、それに勝るとも劣らないくらいの経済的な影響を与えると思います。このまま自粛と休業を何回も繰り返すことになれば、年間で1万人あるいは数千人の自殺者が増える可能性があります。現に8月は去年に比べ数百人自殺者が増えていると言われており、その傾向が秋から冬にかけてもっと強まるかも知れません。もう一つ問題があります。4月、5月の緊急事態宣言の時は、企業が休業し、国民が外出自粛を守ったから感染が収まったわけです。もう一度政府が休業や外出自粛の要請をした時、国民や企業は政府の要請を守るのだろうかということです。企業の経営は限界に来ています。中小企業白書によると、3月時点では企業の手元流動資産は3カ月〜半年間、収入がなくても何とかやっていける状態でした。ところがすでに半年経っており、政府からの補助金、持続化給付金や無利子融資があったとしても相当苦しくなっており、手元流動資産が枯渇している状態です。現実的には自粛や休業を続けていくことが難しいと思います。

第二章 積極的感染防止戦略の提案
第1節 感染リスクの低減
  6月18日、有識者114名と共に「積極的感染防止戦略に移行していくべきである」と提言を出しました。4月、5月の自粛と休業という受け身の戦略から、積極的に検査・調査・待機療養を推進し感染拡大の防止を図るということです。PCR検査や抗原検査を多くの人に行い、感染者を早期に発見する。陽性になった人の接触者を調査し、濃厚接触者や関係者の検査により幅広く感染者を焙り出す。感染者は入院もしくはホテルなどの宿泊療養施設で待機療養してもらう。要するに検査・接触者調査・待機療養の組合せで、社会全体の感染リスクを減らしていく考え方です。ノースウエスタン大学のアイケンバウム教授達の研究では「市中の感染リスクが高い状態では、経済活動が抑制され大きな経済損失を生む」ということがわかっています。社会全体の感染リスクを下げれば経済活動が活発になり、経済と社会が回っていきます。なお感染リスクとは、単に自分が今感染していないことを確認したいということではなく、感染した場合、直ぐに検査が受けられるのか、治療が迅速に受けられるのかという不安を解消することです。厚生労働省の7月のデータでは、症状が出てから検査診断確定まで平均5.2日間です。発症から1日目、2日目が最も感染力が高いわけですから感染の広がりを抑えることができません。もっと日数を短くするためには検査の件数が足りないわけです。国民全員に検査を受けさせるという無謀なことを言っているわけではありません。検査の優先順位をつけて、必要な人から順番に幅広くPCR検査や抗原検査を増やしていこうということです。
第2節 検査の優先順位
  提言では検査のカテゴリーを3つに区分しています。第一のカテゴリーは、症状がある人とその接触者です。第二のカテゴリーは、無症状でも感染した時のリスクが高い人達です。例えば、先ず入院している高齢者や介護施設・障害福祉施設の入所者です。また医療、介護、障害福祉施設のスタッフは定期検査が必要です。更に新規入院者は全員検査すべきです。つまり院内感染を徹底的に防ぐことが必要です。2つ目は、歓楽街など感染の震源地です。6月〜8月の第二波の感染経路を辿ると、東京、歌舞伎町近辺で働いていた人達とそのお客さんの間で、水面下で感染が進行し、それが地方都市に飛び火したということですので、その反省に立って検査することです。そして3つ目が入国者の水際対策です。政府は今入国規制の緩和を進めようとしています。オリンピック開催のためにも入国者を増やす必要があり検査が必要です。なお入国者は検査後も行動調査することが必要です。入国した場合、2週間の自宅待機を求めていますが、そのチェック方法がありません。本来GPSを付けてモニタリングを厳格にする必要があります。PCR検査でも3割以上の見逃しがありますのでモニタリングをしないと感染拡大に繋がってしまいます。そして第三のカテゴリーが、無症状でリスクの低い人達です。宅配業者など社会的機能を維持する人達、あるいは普通の企業でお客さんに安心してもらうために検査を受けたいという場合やスポーツの試合前の検査などです。これらは一義的には医療行為ではなく、安心してもらうための検査ですから費用は原則的に自費と考えています。しかしながら宅配業者のように社会的に必要不可欠な仕事で、人との接触が避けられない人達については、定期検査を国の保険や公的資金でする。あるいはビジネスやスポーツのための検査も、検査の品質を公的部門が保障しなければならないこともありますので、感染防止の効果や経済活性化の効果から考え、経済政策として政府が補助金を出すことも議論していきたいと思います。
第3節 検査件数の数値的 目安とコスト
  どのくらい検査を増やすのか、検査件数の数値的な目安を置く必要があります。インフルエンザは流行のピークが一日当たり10万人で、大流行の年には30万人が罹ります。つまりコロナが同時流行した場合、1日20万件〜30万件のPCR検査あるいは抗原検査を出来る体制が必要です。次に医療、介護施設スタッフの定期検査には、全国で医師30万人、看護師150万人、介護施設スタッフ100万人、合計280万人程度がおりますので、例えば2週間に一回検査するには1日当たり20万件の検査が必要です。更に新規入院者が1日当たり4万5千人ですから、全部合計しますと1日55万件の検査件数を確保しなければなりません。また政府は入国者を1日当たり1万人認める方向で調整していますので、その検査も必要です。6月の提言では「9月末までに1日10万件、11月末までに1日20万件のPCR検査あるいは抗原検査を出来るようにして欲しい」と言いましたが、現時点の検査件数は1日8万件程度です。8月28日、政府は「抗原検査を1日20万件できるようにする」と目標を掲げました。PCR検査は今1日6万件ですから、抗原検査が1日20万件できるようになれば、1日当たり26万件の検査が可能となり、インフルエンザの同時流行や医療施設の定期検査に対応がしやすくなります。またそれに加えて、接触者の調査や待機療養も充実させる必要があります。7月頃、東京や沖縄で待機療養のホテルに入床できないことが頻発しましたので、軽症、無症状者の待機療養のホテルの準備も重要です。ところが政府は今、指定感染症の指定を解除し、軽症者、無症状者は自宅療養に切り替える方針で議論を進めています。宿泊療養用施設、ホテル手配で、保健所の業務量が大幅に増えているからです。東京、大阪のような都市部は自宅療養せざるを得ないケースも出てきますが、地方では患者の数も少なく入院対応もできます。2週間の自宅療養の間に外出し感染が広がる可能性も出てきます。都市と地方の状況が違いますので、都道府県知事が状況に応じて柔軟に判断できる規制にすべきだと思います。また積極的感染防止戦略と行動制限による受身の戦略とのコスト比較では、積極的感染防止戦略の方が桁違いに安いと言えます。緊急事態宣言で経済活動を止めてしまいますと30兆円程度の経済コストが発生します。それに対して検査・調査・待機療養のシステムを作るだけであれば、仮に1日20万件の検査を前提に人件費やPCR検査機の導入など諸々計算した場合、総額で1兆円〜2兆円程度です。コストは10分の1以下になると思います。
第4節 接触確認アプリCOCOAの普及
  検査や待機療養の体制を整備する上での大きな課題は、保健所業務が多すぎて対応できないことで、今もその状態は変わっていません。特に東京、大阪の保健所体制は感染が増えればすぐにパンクします。そこで接触確認アプリCOCOAの普及が重要です。アプリを使って接触者を見つけるシステムを入れれば、調査、検査準備という保健所業務を格段に減らせます。現在、アプリは約1,800万ダウンロードで、スマホ全体が8,600万台ですから、普及率は20%程度でまだまだ低い状況です。普及率を70%〜80%まで増やしますと感染拡大を顕著に抑制できます。アプリのダウンロードが0%とダウンロードが70%の場合では感染者が半分ぐらい減少します。アプリのダウンロードで接触者通知が来て、その人達が検査を受けることになれば自動的に感染が抑えられるわけです。今はアプリのダウンロードはオプトイン方式で、自発的にボタンを押さないとダウンロードできませんが、自分で何もしなくても勝手にスマホにダウンロードされるオプトアウト方式に変われば、普及率は上がると思います。またPCR検査で陽性が判明した時、保健所が発行する処理番号を入力しないと接触通知が出ないシステムになっています。保健所の業務負担を軽減するためにも、検査を受けて陽性になれば自動的に自分のアプリから接触者に通知が行くように設計変更すべきと考えています。

第三章 医療提供体制について
第1節 医療提供体制の課題
  医療崩壊しますと緊急事態宣言を出して経済や社会を止めざるを得ませんので、先ず医療提供体制の天井を上げていくことが重要です。4〜5月のデータでは、医療資源全体は不足していません。ところが実際は、コロナに対応していた病院は人手もベッドも足りず大変な状況でした。原因はミスマッチが起きていたからです。次に4〜5月、病床数の多いコロナ対応病院の入院収益が1億円〜2億円程度減少したことです。コロナ用ICU補助金が1日30万円ありますが、予算執行の遅れから支払われておらず、病院経営を圧迫しています。重症者用の病床を提供してくれた病院には、常識を超えた補助金を支払う。医療資源のミスマッチを解消するためコロナの非対応病院からコロナ対応病院へ医師や看護師を派遣する。あるいはコロナ対応病院でコロナに無関係の診療科の医師を、コロナ非対応病院へ移ってもらうという病院間での医師、看護師を融通する仕組みを作るべきと言っています。また厚労省の通達で、10月以降は、町のクリニックや診療所でPCR検査が受けられる、あるいは検査センターを紹介してもらえるようになります。さて幾つか分析データを紹介しますと、先ず一般病棟稼働率ですが、コロナ受入病院の2月の稼働率が81%に対し5月は61%程度に低下しています。コロナ患者の受入で、動線確保のため隣の病床を空けなければならない事情はありますが、病床が不足していた状態ではありません。ICU稼働率は、コロナ受入病院は2月の段階で63%程度でしたが、5月のコロナのピークの頃は50%程度に下がっております。必ずしもICUが足りなかったわけではありません。一方重症のコロナ患者で、最初から最後まで一般病棟に入院していた患者が24%います。重症患者は酸素吸入などの措置が必要で本当はICUや感染症専門病棟に行くべきですが、一般病棟で治療を受けていました。逆に軽症者でICUユニットにいた割合が55%と多過ぎます。コロナ患者と病院の間で受入のミスマッチがあったことが解ります。このミスマッチを直すためには、コロナ専門病院を作る、あるいはICUをコロナ専門病院に集中するなど、受入れの捌き方を変えることが必要であると思います。
第2節 医療提供体制の改革案
  9月25日、日本記者クラブで、医療提供体制についての提言を発表しました。先ず提言1では、医療機関の集約化を進め、コロナ対応病院と非対応病院に役割分担する。またその間で連携して医者と看護師を融通する。そしてこれを大胆に進めるための規制改革です。提言2は、診療所などをフルに生かす。町の開業医に検査あるいは検査センターへの紹介などの相談を受けてもらい、大病院や保健所の負担を減らす。そして検査を迅速化するということです。提言3は、コロナ対応病院は2ヶ月で1億円〜2億円の減収で、経営が大変になっていますので、メリハリのある財政支援により、コロナ対応の医療提供体制を強化していくことです。また感染リスクの正確な理解を国民に普及し感染防護を重点化するため、提言4では、クリニック等を使いPCR検査あるいは抗原検査体制を増強し、迅速に検査を実施する体制づくりを実現する。提言5で、病院や介護施設などの院内感染を防ぐため、高リスクの人を重点的に防護する検査体制を作るということです。更にこれまでの経験や検証を踏まえ、提言6として、感染リスクを踏まえた合理的な行動抑制のプランを作るべきということです。また感染者あるいは医療関係者やその家族に対する偏見や社会的非難を解消するため、正しい情報を国民に普及していく。また接触確認アプリCOCOAの不具合解消と普及促進を進めることを、感染症対策として提言しています。

第四章 産業構造の変化と経済政策
第1節 コロナによる産業構造の変化
  コロナウィルスはおそらく根絶できないでしょうし、ワクチンや治療薬の普及も不確実であるという不安があります。感染症の専門家は「不活化ワクチンは重症化の防止はできるが、感染の予防はできない」と言っています。つまりインフルエンザと同じで、コロナも毎年流行すると想定しなければなりません。これからの社会は人との距離をこれまで以上に取るようになるでしょうし、手指消毒は常識として社会に定着する可能性があります。外食や観光はこれまで気楽にできる活動でしたが、これからは相当準備しないといけない。また様々な活動がオンライン中心となり、学校の授業もオンラインが定着していく可能性が高いと思います。病院もオンライン診療という時代になるかもしれません。商談はオンライン会議が基本になり、名刺交換をしないことが普通になる可能性があります。そこで政策面で重要なことは、社会の常識が変わると産業構造も変わるということです。接触型産業が成り立たなくなりますので、ビジネスモデルを変える必要があります。産業全体の規模も縮小しますので、一定程度はその産業から退出し、別の業界で再チャレンジすることが必要になってきます。例えば飲食業、レストランは店内で食事をする形態からテラス席に代わる。オンラインで注文を受けてデリバリーをする。観光業は客が少なくなるかもしれない。大人数の旅行はできなくなり、2〜3人の少人数の旅行になる。温泉旅館は部屋に露天風呂がなければ営業が成り立たなくなる。あるいはホテルの部屋が余るので、テレワークで働く人のためのスペースとして貸し出す。航空や鉄道は便数を減らすなどリストラクチャリング(事業再構築)をやらざるを得なくなる。テレワークが様々な業種で働き方の基本形となり、これまでの東京一極集中が、地方の都市で暮らしながら東京の会社とテレワークで仕事をするような働き方が普通になっていく可能性があります。
第2節 事業構造と産業構造の改革
  3月〜4月頃の予想では、コロナ感染症は1年ぐらいでなんとかなると考えていました。政府の認識も、取りあえず企業の資金繰りを無利子融資で支援する、あるいは持続化給付金で一時的に企業を支援する、という考え方でした。しかしそれは甘すぎました。コロナがこれから数年は続く、あるいは半永久的に定着するかもしれない。そうすると資金繰り支援を続けていても出口がありません。銀行の貸し出しは8月末で40兆円ぐらい増えています。これは異常な伸び方です。企業から見れば過剰債務、銀行から見れば不良債権になっているわけです。この先コロナが収まらなければ、借金返済が非常に重要な問題になります。イギリスのエコノミスト誌(9月26日号)が、ヨーロッパやアメリカでも同じことが起きていると紹介していました。世界中でゾンビ企業が増える懸念が出ております。借金を減らさなければ、ビジネスモデルを変えるための積極的な投資ができなくなります。特にレストランや宿泊業は中小、零細企業が多いので、取引金融機関の関与の下で債務再編と事業再生を進めるプランを早く作る必要があります。中堅企業はM&Aでより強い企業に合理化していく、またはREVIC(地域経済活性化支援機構)のような政策金融支援のもとで債務を削減し、ビジネスモデルを改革していく必要があります。またこの冬から来春にかけて大企業の経営危機が問題になってくると思います。大企業も産業再生機構のような方式で借金を減額し、事業再生の処理が必要になってくると思います。このことについては「バランスシート問題研究会」で政策提言を行っています。中小企業や零細企業中心に過剰債務の状態になり、そのまま放置すると借金返済が優先されて事業が劣化してしまう。これが90年代の「失われた10年」の教訓です。したがって債務を減らし、キャッシュフローを増大させるためのビジネスモデルの改革、事業構造の改革で、借金の調整と事業構造改革を一体的に進めていくことが必要です。無利子無担保融資で元本返済が3年間猶予されていますので、その間に事業構造改革を実施すべきであると提言しています。そして事業再生のために強力な債務調整のメカニズムをつくるため、中小企業再生支援協議会の強化や私的整理ガイドラインの作成、金融債権者の多数決による金融債権整理という新しい法的制度をつくること、あるいは企業のビジネスモデルの再生が難しい場合には、早期にその産業から退出して別の産業で再出発をするということが必要です。会社の借金に対しては経営者の個人保証をある程度免除する取り組みを金融機関や信用保証業界にしてもらう必要があります。また職を失った人に対しては再挑戦のための支援、職業訓練や新しい就職先をマッチングするという雇用対策をする必要があります。あるいは地域経済と一体となった金融機関の再生も必要です。そのために金融機関に対する予防的な資本注入という手段も考えながら金融機関の再編を行っていく必要があると提言しております。
第3節 社会保障制度の変化
  コロナの感染症危機で大きく問題になったのは、春先の緊急事態宣言で非正規雇用者が急に雇い止めになり、フリーランスの方が急に注文がなくなり、収入がゼロになるということが頻発した時、その人達に迅速に生活支援の給付金を配れなかったことです。これを解消する一つの手段として、イギリスでは税務当局がリアルタイムで個人所得を補足するやり方を採用しています。これはマイナンバーと個人の銀行口座を全て紐づけし、個人の収入を月単位で税務当局が把握するやり方です。もし日本でそういう仕組みがあれば、いち早く生活支援金を給付することができました。しかし日本はプライバシー問題で抵抗があり、政府や税務当局が個人所得を把握することが困難です。財政学者や経済学者はコロナ危機をきっかけに、所得や資産の情報はプライバシーとは関係なく、公共的な情報として政府当局に知らせるべきと問題提起しています。もう一つの手段がベーシックインカムというやり方です。政府が全国民無差別に毎月一人7万円ずつ支給し、後で所得税の累進性を利用して課税し、国民の格差をなくすやり方です。政府に所得情報を知らせなくても、全員に配るだけですから実現可能です。実はオーストラリアの学生ローンの仕組みと似たやり方です。奨学金をもらいたい学生は政府から毎月奨学金を受け取り、卒業後、高い給料の卒業生からは金利をつけて返してもらう。就職できなかった学生や所得が低い卒業生は返済しなくてもよいというやり方です。事前審査なしで、事後的に課税をする方法で調整すれば、ある程度公平性を担保しながら給付金を配れるということです。この考え方はこれまでの社会保障制度を大きく変え、雇用保険や生活保護も全部ベーシックインカムに統合してしまうという考え方です。コロナ感染症危機で社会保障制度を大きく変える議論が起こる可能性があります。

おわりに
  コロナ感染症危機で世界各国の政府の借金はGDPの50%、100%という割合で増えており、グローバルな問題となっています。そこで全世界が協調して借金を返す政策、すなわち世界財政機関を作り、協調して共通課税を実施する考え方を提言しています。例えばトービン税です。為替や金融資産の取引に課税をする税金で、これまで実現可能性がないと考えられてきました。何故ならば、日本が課税しても、他の国が課税しなかった場合、投資家は日本から引き上げて、海外のマーケットで取引するようになり、日本の税収はゼロで、投資は逃げるだけだと考えられていました。しかし全世界の政府が共通課税をすれば投資家の逃げ道はなくなります。必ず世界のどこかで税収が得られますので、その税収を世界各国の政府が分配し、コロナ債務を返していくことが考えられます。環境税も同じです。日本だけがCO2排出に課税しても、企業が海外に逃げてしまい実効性がないと言われましたが、世界全体が同じ税率で課税すれば逃げ道がなくなり必ず税収が得られます。それを世界の各国政府の間で分配するわけです。第二次世界大戦後のブレトンウッズ体制は、戦争でできた借金を返していくための制度でした。今我々はコロナ感染症との戦争を戦っているわけです。感染症との戦争でできた債務を、世界財政機関を作って共通課税で借金の返し方を調整していくことを日本から発信していくべきと考えています。

                                                   質疑応答
「質問1」

  コロナ危機で財政再建はどうなったのでしょうか。

「回答1」

  私はコロナ危機が継続している間は、一時的に財政再建を停止してもよいという立場です。多くの財政再建論者も同じように考えていると思います。コロナ危機はウィルスとの戦争で、今は非常時です。財政再建を停止して、医療機関や飲食店、宿泊業など困っている業界や個人に対し、給付金を迅速に潤沢に出していくべきだと思います。コロナ危機が収束した後で、世界的な財政政策協調で借金を返す方法を考える必要があると思います。なおコロナ対策前からの借金は日本独自で増税なり、歳出削減を考える必要があります。


「質問2」

  大量生産、大量消費から堅実な良品志向へ変化するのではないでしょうか。税制も消費税から所得税の強化に変えた方が良いのではないでしょうか。

「回答2」

  感染症は長く社会の中に留まり、産業構造の変化が起こると思います。旅行や飲み会などの消費の在り方が相当変わっていくだろうと思います。小規模な消費、多品質な消費という社会に流れが変わる中で、確かに消費税だけでは間に合わないかもしれません。コロナが終息したあと、消費税と所得税の合わせ技で増税せざるを得ないと考えています。


「質問3」

  コロナ禍の新しいマクロ経済政策はどうあるべきでしょうか。

「回答3」

  バランスシートの調整、借金をどうするかが、今後の大きな問題となります。単にお金を出し続けるだけでは問題の解決に繋がりません。事業再生、事業構造改革を促すことが、マクロ経済政策として必要な対策だと考えております。


「質問4」

  コロナ対策の増税と景気対策との整合性はどう考えますか。また航空、船、鉄道の旅客の激減による対策で、政府は企業の合併を含む再編成を実行しますか。

「回答4」

  コロナ危機が収まった後、増税は必要だろうと思います。ただ今コロナ危機が続いている最中に増税はできないと思います。コロナ対策で給付金やGO TOキャンペーンを実施している間、増税はできません。また交通関係の大企業の合併や再編成があり得るというのが民間のエコノミストの予想です。需要が激減していますから、今のままの企業の数や規模で存続できるとは到底思えない状況です。特に航空旅客、鉄道、船のような産業は大規模な再編が必要になってきます。政府が産業再生機構方式で産業界を再編していくことが必要になってくるかもしれないと考えております。


以上は、東京財団政策研究所研究主幹 小林慶一郎氏の講演を、國民會館が要約、編集したものです。文章の全責任は國民會館が負うものです。



お問い合わせ

イベント情報や館内のご利用についてなど、お気軽にお問い合わせください。

※メールソフトが開きます

お問い合わせ