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武藤会長「金言」

2012年12月19日 金言(第7号)
『大江健三郎論』

■文化勲章受賞を拒否した大江健三郎氏とは
 本年度のノーベル医学・生理学賞に京都大学の山中伸弥教授が受賞され、先日華やかな 授賞式が執り行われたことは誠に喜ばしく、日本人として誇らしいことであった。テレ ビの映像を見ていると、山中教授の胸には先日受章された橘をかたどった文化勲章が美 しく輝いていた。これを見ていて思い出したことがある。1994年にノーベル文学賞 を受賞した大江健三郎氏のことである。ノーベル賞受賞者には文化勲章が与えられるこ とが習わしであるが、あろうことか大江はこれを受けなかった。 そしてその理由は「民主主義に勝る権威と価値観を認めない」と勲章そのものを否定して 受章を拒否したのである。一方フランス政府からのレジオンドヌール勲章は受章している。大江は1935年生れであるから、華々しく「太陽の季節」で芥川賞を受賞して、文壇に 登場した1932年生まれの石原慎太郎氏と同年代で、石原と同じく23歳で芥川賞を受 賞している。私も文学は大変好きで、注目された大江の作品を何冊か相当忍耐を重ね、 読んだことがあるが、大変難解で理解しづらかった。サルトルの実存主義から強く影響を 受けたといわれているが、門外漢の私にはよく判らない。しかし大江の文体は独特で難 解で悪文であるという評価もある。

■大江健三郎氏の偽善的・反国家的政治思想
 彼の政治思想の背景は、戦後民主主義者を自認し、国家主義特に日本の天皇制に対 して批判的な立場で、「護憲」に立脚して核兵器や憲法9条にしばしば言及している。勿 論自衛隊の存在には否定的であるが、他方中国の核実験の成功には手放しで礼賛して いる。その他自衛隊のイラク派遣については米国追従を激しく攻撃し、また尖閣諸島問題 については「領土問題は存在しない」という日本政府の立場を批判している。大江の政治的発言には批判も多く、例えば、かって毎日新聞に「防衛大学生は自分達 の世代の日本人の弱みで、恥辱である。自分としては防衛大学の志願者が皆無になるよ うに働きかけたい」と発言し防大生や防大出身の幹部自衛官の人格を否定するものであ ると厳しく批判された。また反核運動に熱心なのに、反核運動に批判的で軍備拡張の意  見に賛同している「文芸春秋」から芥川賞をもらい、かつ審査委員までつとめていたことに 対し体制・反体制双方に「いい顔」を示すとして批判をあびている。その他大江は「社会主 義に寄生している精神的幼児」と池田信夫氏は批判し、谷沢永一氏は、大江の発言は、 国内向けと国外向けをはっきりと使い分けていると発言、さらに彼はオーム真理教の教祖 タイプの人間であると断言している。教祖的との批判はほかにもある。また、石平氏は大江が訪中した際、共産主義について沈黙し、中国共産党幹部には終  始低姿勢であったとしてその日和見を批判している。さらに、北朝鮮関連でも幾つかの問  題発言があり、信用できない人物である。その他、一番記憶に新しいところでは、1970年の著書「沖縄ノート」の中で集団自決の強要に関し名誉棄損事件を引き起こした。最終 的に本件は昨年上告が棄却され、大江は勝訴したのであるが、文学者の大江の政治的発言はいささか踏み込み過ぎで、勇み足の感を免れない。

■ひとりよがりの大江文学の価値は何か
 話を大江のノーベル賞受賞と文化勲章受章拒否に戻したい。難解にして独善的な大江の作品にノーベル賞受賞の価値が本当にあるのかどうかは判らないが、ノーベル文学賞の存在の是非について論議されている昨今、それなりの受賞価値があったのであろう。ただ私見ではあるが文学は一人よがりであってはならない。その点私は大江文学に共感できないのである。1994年大江が川端康成氏に続く二人目のノーベル文学賞受賞晩餐会における基調講演は、川端の演題「美しい日本の私」をもじった「あいまいな日本の私」であった。あいにく手元に両講演の内容がないのでどのようなことを話したかは不明であるが、自分を芥川  賞に推薦してくれた大先輩の演題を、もじるとは真に礼を失しているのではなかろうか。一方彼は前述のとおり、戦後の民主主義者である自分は天皇陛下から頂く文化勲章は受け取れないとして受章を拒否した。彼が民主主義国と思っている中国や北朝鮮にそれに該当する勲章があるのかどうかしらないが、もしそうなら嬉々として受け取るのであろう。余談であるが、文化勲章を辞退した方々は過去大江以外に陶芸家河井寛次郎、洋画家熊谷守一、女優杉村春子の三氏がいる。ご存じのとおり河井、熊谷両氏は名利に恬淡とした人で、自分はそのような章に値しない、どうかそっとしておいて欲しいというのが辞退の理由。杉村氏は、自分は長生きした、もっと受章にふさわしい方々がおられたのにそれを差し置いては心苦しいとの理由であった。いずれも民主主義がどうとか、天皇陛下から頂くのがどうとか政治、思想的なものではなかった。「民主主義的でない日本」、「あいま いな国日本」が嫌いなら自分の理想とするあいまいでない国へ大江氏は即刻亡命されてはどうであろうか。

            ( 本稿は武藤治太会長の書下ろしです。)     

2012年12月8日 金言(第6号)
『朝日新聞を糺す』

■朝日新聞の亡国的、自虐的報道体質
 いささか旧聞に属するが「週刊朝日」は10月26日号で橋下徹大阪市長の出自に関 する連載を、ノンフィクション作家の佐野真一氏を起用して開始したが、市長だけでは なくて多方面から抗議を受け、開始早々に連載の打ち切りに追い込まれ、週刊朝日編集 長及び朝日新聞広報部が全面的に謝罪したことは記憶に新しいところである。要するに、 これは日頃「君が代起立斉唱条例」や組合問題などにことごとく反対し、一方問題の多 い悪名高き「人権侵害救済法案」に基本的に賛成するなど、人権擁護の権現を自負して いる朝日のご都合主義が顔を出したということであろう。「朝日新聞」は国の針路を決 める、「朝日の記者」なら何を書いても許されるという誤ったエリート主義のなせるわ ざであろう。同じような記事は他の週刊誌にも書かれたことはあったが、今回の件はそ れらと比較して、大きく一線を越えているのではなかろうか。表紙の「ハシシタ云々」 からして、そのどぎつさには売らんかの姿勢が明白で、極めて不純なもの感じるのは筆 者だけではあるまい。朝日のこのような問題記事は、今日この頃始まったものではない。 後程そのあらましについて詳述したい。さて、朝日新聞は1879年(明治12年)に創 刊された文字通り我が国を代表する新聞である。しかし、その歴史をひもとくと第二次 世界大戦中の軍国主義への迎合は目に余るものであった。戦後は一転して「国民と共に 立たん」との考え方は良いとしても、実際は日本を左傾化するための先兵であった。ソ 連邦が健在の時はソ連共産党機関紙プラウダ東京支局、その後は中国の代弁者的な存在 から人民日報東京支局と揶揄されている。

■朝日新聞の犯した数々の大罪の具体例
 さらに朝日という特権意識にあぐらをかき、先程詳述するといつたさまざまな醜態を 次のように繰り返したのである。

「伊藤律氏との架空会見報道」
 最近の若い人はご存じないが、事件は1950年(昭和25年)GHQにより徳田球一 氏らと追放され地下に潜った日本共産党幹部の一人伊藤律氏と朝日新聞記者が、宝塚の 山中で会見したという捏造記事が紙面に掲載され.もちろんデマであることが即刻判明 し朝日は大恥をかいたのであった。私は中学生であったがよくこの事件を覚えている。

「南京大虐殺事件」
 朝日は、1971年(昭和46年)から南京大虐殺という宣伝キャンペーンを展開した。 すなわち本多勝一記者による「中国への旅」連載により、南京大虐殺という虚構が広が ったのである。実際南京大虐殺なるものは、そもそも存在していなかったことは明白で、 確かに戦争であるから局地戦はあり、それによる犠牲者は当然あったと思うが、当時南 京城内にいた人達は10数万人でどうして30万人の虐殺が出来るのであろうか。この 朝日の記事がもとになり中国系アメリカ人のアイリスチャンによる「レイプオブ南京」 が生まれたことは間違いない。この著書は事実を幾重にも折り曲げたとんでもない駄作 であるが、一方において事実を知らないまま支持する声もあり、アメリカはじめ諸外国 に、日本人の蛮行があったという間違ったイメージを植え付けたことについてははなは だ遺憾とするところである。しかし結果としてアイリスチャンは36歳で自殺する。間 違った事実を流布したことについて、その反響の大きさに良心に呵責を感じた結果なの かどうかはわからないが、私はそうだと思っている。

「従軍慰安婦問題」
 朝日新聞は1982年(昭和57年)9月2日の記事で吉田清治なる人物の懺悔を 大々的に報道した。この内容は昭和18年夏朝鮮済州島の女性200人をわずか2週間 で手当たり次第に拉致して、慰安婦に仕立てたというもので、この後吉田は何度も朝日 に登場する。結論から云うと、現在では吉田の証言は全くの出鱈目であることが定着し ている。いわば朝日新聞の捏造であるが、このことが日韓の関係を抜き差しならぬもの として、今日にいたっているのである。

「珊瑚落書き事件」
 もう一つ、朝日新聞はそこまでやるかと思ったのが1989年(平成元年)4月20日 に沖縄西表島の希少珊瑚に朝日新聞記者が自ら傷つけ、その大きなカラー写真と共に 「サンゴを汚したのは誰だ」という記事を捏造した虚報事件で。いわば伊藤律氏事件と 同じ手口である。

■根底にあるのは朝日新聞こそが真実であるとの思い上がり
 以上朝日新聞の過去の過ちについて述べさせていただいたが、今回の週刊朝日の件も 要するに上記の朝日の体質をひきずるもので、何度も云うが「朝日新聞」は国の針路を 決める、「朝日の記者」なら何を書いても許されるという思い上がりから出たものであ る。最後にもう一つ、朝日ジャーナルなる週刊誌が何年か前まであり、今は廃刊となっ ているが、1971年3月19日号の表紙に「あかいあかいあさひあさひ」、さらに 「朝日は赤くなければ朝日ではないのだ」と添え書きまで付け、朝日新聞のイデオロギ ーをあからさまに載せた結果、2か月間の休刊に追い込まれたことがあった。

            ( 本稿は武藤治太会長の書下ろしです。)

2012年11月17日 金言(第5号)
『活断層の陰に怯える愚かさ』

■「エネルギー政策と活断層」
 ようやく衆議院も昨日解散となり、おそらく三年余にわたって我が国に多大な 停滞をもたらした民主党政権も終わりを迎えるものと思われる。次の政権におい ては、当然エネルギー政策も変わると信じているが、私が今一番不思議に感じ ているのは活断層についての調査である。結論からいえばこれほど国益を損なう茶番劇はない。

■「為にする活断層議論」
 活断層については、本当に学問として確立したものは、ないのではないか?活 断層が12万5000年前に動いたとか、そうではないとかといわれても現実とは 遊離しているのではないか?それが証拠に、過日行われた大飯原発の断層再 調査においては、活断層かどうか結論が出ずに終わっている。大体福島原発事 故は、あくまで津波による電源喪失が主原因で活断層が動いて生じたものでは ない。各地の原発が立ち上げた時点で、当時としては法的にも学問的にも十分 な活断層の調査が行われたはずである。今になって蒸し返すのは、原発の再稼 働を何としても阻止したいという力が、働いているとしか考えられない。原子力規 制委員会は早急に新基準を立ち上げ、基準に合致する原発は一日でも早く稼働 させるべきである。

■「政府の責任で国益に沿う判断を」
 今冬の北海道電力管内は、深刻な電力不足が予想されているにも拘らず、 泊原発の再稼働は俎上に挙がっていない。むしろ活断層の有る無しに話が及んで いる。厳しい冬を迎える北海道での電力不足は人道問題である。もう一つ、原子 力規制委員会の田中委員長は大飯原発の直下にある断層が活断層であれば、 直ちに原発は停止すると公言しているが、国会の承認を未だ得ていない田中氏 がそこまで現時点で踏み込むのは僭越である。原油、ガスの大量輸入が災いし て国際収支が大幅に悪化していることを考えるならば、なにが国益に沿うのか 明々白々である。原子力規制委員会と民主党政府は原発の再稼働について、ど ちらが再稼働の判断をするのか責任の押し付 けあいをしているが、馬鹿馬鹿しい 話としか言いようがない。再稼働の最終判断は当然政府が負うべきものと考える。

            ( 本稿は武藤治太会長の書下ろしです。)

2012年10月24日 金言(第4号)
『人材不足により末期的症状の民主党』

■「唯一つの野田首相のよい評価」
 平成23年9月2日に発足した野田佳彦内閣も早1か年を経過した。その間、 一次、二次、三次の3回にわたる改造を行い現在に至っている。野田首相の考え方は基本的には保守であるが、野田グループは、いかんせん 党内における少数派であるため党内の各所に目配りをする必要があり、十分に 自己の考えを実現することが出来ないでいる。わずかに消費税の増税に目鼻をつけた点は、決められない政治と云われる中にあって評価されるところであるが、 それ以外には、これといった得点をあげきれていないのが実状である。

■「人事の拙劣さ」
 野田首相の基本的考え方には首肯できる点はあるが、野田氏の党、内閣の運営においての最大の欠点は人事が極めて拙劣な事である。先ず、内閣発足の際、小沢一郎への慮りから輿石東なる我が国の教育を歪め た一人である識見に欠けた怪人物を幹事長に起用したのが、そもそもの間違い であった。しかも直近の改造で輿石氏を留任させ、国政の停滞をまねいているの は周知の通りである。 三次にわたる内閣の個々についての不手際は、枚挙にいとまがないが、あえて 指摘する ならば各方面への配慮をきかせすぎた結果が、資質に欠けた山岡賢次、 田中直紀、直近では田中真紀子各氏の任命に他ならない。 先ず、内閣を固めるには実力のある腹心か、党運営にたけた実力者を幹事長 に据えるべきで、これから衆議院議員選挙を戦っていく中で、参議院議員の輿石 氏をわざわざ幹事長に留任させるなど常識では考えられない。

■「民主党の人材不足が根底に」
 野田内閣を俯瞰して思うことは、民主党における人材の不足が先ず思い浮かぶ。 政治主導などと出来るはずのない方針を、華々しく打ち出した鳩山由紀夫元首相 の考え方は論外で、すでに破綻したが、官僚と如何にうまくやっていくかが、一番 の課題にもかかわらず適材適所からかけ離れた人物を、国務大臣に總花的に任 命するという愚を野田氏はなぜ犯すのか、首をかしげざるをえない。 現内閣で、わずかにヒット人事と思えるのは森本敏防衛大臣ぐらいで、最近ス キャンダル続出で、マスコミを賑わせている法務大臣の田中慶秋氏などは漫画としかいいようがない。 最後に、もう一つ解せないのは枝野幸男氏がいまだに経済産業大臣にとどま っていることである。彼は鉢呂吉雄氏の不祥事の後、就任したのであるが、菅前 首相のもとでの官房長官としての責任はどうなったのか?日頃の発言もよくぶれ るし、権力指向の態度が、ありありとうかがえて不愉快の極みである。早々の退任を求めるものである。

            ( 本稿は武藤治太会長の書下ろしです。)

2012年10月10日 金言(第3号)
『オスプレー反対の陰に誰か?』

■「オスプレイの抑止力」
 岩国基地で待機していた、垂直離着陸輸送機オスプレイ(MV22)12機がようやく 本日沖縄普天間飛行場に配備されることになった。当飛行機については開発初期に 事故が多発し、本年になってからも、モロッコ他で数回のトラブルがあり、これを理由 として配備絶対反対の声が一部で高まっているのは記憶に新しいところである。  しかしながら、私はこの受け入れ反対は、マスコミによって作られた「オスプレイ恐怖 症候群」で支離滅裂な「原発ゼロ方針」と軌を一にするものと思う。 現在、沖縄普天間に配備されているCH46ヘリコプターは当初1964年に実戦配備 されたもので、その性能は、航続距離約400km、増槽を使用して1100km、巡航 速度は時速241km、輸送兵員数は25名、積載貨物2トンである。これに対してオス プレイは空中給油が可能なので、航続距離約3600km、巡航速度時速555km、輸 送兵員数は25名であるが、積載貨物は9トンと重装備を兵員と同時に輸送することが出 来る。騒音も、一部軍事評論家のエンジン容量が大きくなっているため大幅増加という説 が、独り歩きしているがこの種類の飛行体の騒音は、ローターのブレードの大きさによっ て決まるのが正しく、米國の識者の云う騒音6分の1は、如何とは思うが、相当CH46 を下回るのは確かであろう。 尖閣諸島を巡る中国との確執が続く今日、米軍のオスプレイの配置は当然の処置で あって、我が国にとってこれほど心強いことはない。何となれば沖縄から尖閣までの距離 は400kmで有事の際オスプレイでなければ対応出来ない。

■「生活保護費総額と変わらない防衛費の増額を」
 オスプレイ配備反対運動にほくそえんでいるのは他ならぬ中国であって、自国の国益を 捨てて他国を利する行為が、どのような結果を生むか、もうそろそろ目覚めねばならない。 主権国家として、自国の防衛を他国に依存している異常な状況にあるのが我が国の姿で ある。そうかと云って今すぐに全てを自主防衛に切り替えることは不可能である。アメリカ の防衛費総額はGDPのおよそ5%の43兆円であるが、我が国はわずか0.8%の4兆 数千億円に過ぎず英国、フランス、ドイツなど先進国は軒並み約2%である。我が国とし ては 当面国防費の枠を1%以上に増やし防衛に努力する態度を自ら示すべきである。 大体生活保護費の総額は3兆7千億円といわれており、防衛費全体とそう大きく変わら ない事に疑問を感じるのは私だけではあるまい。

■「中国の脅威に対し、沖縄を日米共同で死守するべし」
 防衛予算を増額し同盟国であるアメリカと更なる緊密な関係を築き、沖縄はもとより尖 閣諸島、その他の南西諸島の防衛に注力しない限り中国の圧力を跳ね返すことは難しい。 沖縄に基地が集中し、沖縄の住民には多大な負担をかけているのは事実であるが、 その負担軽減の大きな行動として進められたのが普天間基地の辺野古への移転では なかったのか?鳩山某の軽率な行動は、悔やんでも余りあるものがある。 最後に、もう一つ付け加えるならば、あらためていうまでもないが、沖縄の基地は日米 共同で死守しなければならない。卑近な例としてフィリピンのクラークフィールド空軍基 地、スーピック海軍基地からの米軍撤退がある。火山噴火という自然現象はあったが、 アメリカは比国の基地継続反対に抗しえず、1992年に撤退したのであるが,その数年後 発生したのが、今に続く南シナ海の南沙諸島、西沙諸島における中国の不当な介入である。 隙をみせれば すかさず付け込んでくるのが中国の常套手段である。

            ( 本稿は武藤治太会長の書下ろしです。)

2012年9月12日 金言(第2号)
『支離滅裂な原発ゼロの幻想』

■原発ゼロの愚かさ
 民主党政府は「2030年代前半の原発ゼロ」の方針を決定したが、我が国の国 益を考えた場合、問題のあるところである。確かに福島の惨状を見たとき将来原 発をなくすることには反対するものではないが、ごく近い将来の2030年代に 原発を全面的に廃止するなど、国益に反する最たるものと考える。すなわち、原 発に代る再生可能エネルギーについての目処はあいまいで、現時点で、再生可能 エネルギーは、わずか10%にすぎず、その大部分は水力発電で、太陽光発電、 風力発電、地熱発電などへの本格的な取り組みはこれからである。そして、その ためには膨大なコストと時間を必要とする。

■賢明な段階的縮小こそ
 従って、電気料金の値上げは必定で、国民経済に及ぼす影響は極めて大きなもの となろう。現時点でも昨年来原発の全面的な停止に伴うガス、原油手当のため、 実に年間3兆円の国富が海外に流失しているのである。このままの状況が続けば 安い電力を求めて企業の海外への移転、国内産業の空洞化は、とどまるところを 知らないであろう。もう一つ、イランなど中東情勢は緊迫してきている、もし現 在の原発運転ゼロ(かろうじて2基は動いているが)のままで、ホルムズ海峡封 鎖などの危機が発生したならば原燃料価格は暴騰し、我が国の経済は破綻するで あろう。従って当面安全が確認された原発は早期に稼働し、時間をかけながら再 生可能エネルギーに取り組み、早くて2050年代の原発縮小を目指すべきと考 える。何故原発廃止でなく縮小かというと今述べたように一朝事が起こった場合 の保険と、原発に関わる安全を含めての技術を保持している我が国は、海外への 輸出を考えていくべきであるからである。そのためには最低の原発保有を考えて いかなければならない。

■国益第一が判断基準
 我が国で原発が稼働してから約50年その間地球温暖化対策もからみ、2010 年で約30%の割合を40%にまで高めていこうとしていたのではなかったのか。 半世紀にわたり進めていた方針を大きく転換するには時間がかかるのは当然であ る。その間使用済み核燃料の処理を、おざなりにしていたのは政府の責任ではあ るが、日本国の国益を第一に考えて、性急な観念論を排した政策の実施が望まれ る。今回原発の割合を巡り政府は「国民的議論」を展開するとして「意見聴取会」 や「討論会型世論調査」などを実施したが、本当に民意が反映したか実に疑わし い、結論への誘導さえ疑われる。最後に、首相在任中あれほど原発推進に傾いて いた菅前首相の原発割合ゼロを30年代にという方針に、いや25年代になどと いう豹変は政治家としてあまりにも見苦しい。

2012年8月22日 金言 (第1号)
『竹島・尖閣への弱腰姿勢を憂う』

■先般来、領土問題がやかましい。
 北方領土に続き、韓国大統領の竹島訪問。尖閣諸島の魚釣島への中国人の上陸と 続き、昨日は我が国地方議員の有志が上陸した。日本人の上陸は別にして、これ らの問題が、たて続けに起こるのは基本的には日米同盟の劣化によるところが一 番の要因である。対等な日米関係とか、日中等距離外交などと唱え、さらには沖 縄の普天間基地移設を、すっかりこじらせてしまった元首相鳩山由紀夫の罪は万 死に値する。

■竹島については、
 李明博大統領の内政行き詰まりの日本への転化であるが、真にお粗末としか言い ようがない。その程度の手段しか持ち合わせていなかった大統領は哀れにしか思 えないのである。更に引き続き、天皇陛下への謝罪を求める発言などは、全く言 語道断で常軌を逸したものである。だいたい韓国を日本と同様な民主主義の国と 思うのは誤りである。なんとなれば歴代の大統領は、退任後正常な形で全うした のは少数で、大半は逮捕されたり、自殺したりと問題を残している。韓国という 国は所詮その程度の国なのである。本当に竹島の権利について自信を持っている のなら、国際司法裁判所への日本の提訴を堂々と受けて立てばよい。しかしなが ら、領土問題については、過去を含めて日本政府が相手国に対して毅然とした態 度を示さなかった事が一番の問題である。竹島問題については過去二回国際司法 裁判所への提訴を行おうとしたが、その後何の手段をも講じてこなかった。

■尖閣諸島については、
 先の菅内閣が仕出かした中国漁船体当たり事件に関する腰砕けが、今なお大きく 影響を及ぼしている。民主党政府は、石原慎太郎都知事の東京都による個人地主 からの土地購入方針に、慌てふためき国による購入を打ち出したが地主は拒否し ている。今のままでは、国の所有となっても、現状とは全く変わらないと地主は 考えているからである。日本政府としては、自国の領土である尖閣諸島に恒久的 な施設を速やかに建設し、警察、自衛隊の配置を進めるとともに、島周辺の海上 保安庁を中心とした海上防備の強化と、場合によっては自衛隊をも使用出来る法 整備を強力に進め、絶対的な実効支配を確立しなければならない。現状のような 弱腰な姿勢を続けていく限り、早晩尖閣諸島の領有は困難になるであろう。もし そのような事になるならば、その他南西諸島更には沖縄の存在まで脅かされるは 必定である。
            ( 本稿は武藤治太会長の書下ろしです。)

武藤会長「金言」

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