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武藤会長「金言」

2013年12月25日 金言(第18号)
『マスコミは本来の義務をはたせ』

■第一章「「マスコミの特定秘密保護法案対応の的外れ」
第1節「反対のための反対だった朝日と毎日」
朝日、毎日新聞等一部のマスコミがその成立を躍起となって阻止しようとした「特定秘密保護法案」も無事成立の運びとなった。 この法律の全貌については、前号で詳しく論じたが、要するに先進国として、国家秘密を保持するためには是非必要な法律で、今 までこの種の法律が無かったため、どれだけ我が国が不利益を被ったのか計り知れないものがあった。朝日、毎日をはじめマスコ ミは連日この法案を廃案にすべきであると声高に主張していた。その理由としては、先ず民主主義の終わりとか、戦前の「治安維 持法」の復活とか、国民の「知る権利」への抑圧であるとかを並べたてていたのであるが、どれも的外れの論である。例えば国民 の「知る権利」についてであるが、これには限界がある。憲法には「知る権利」とは明記されていないが、「表現の自由」から導 き出されたものであることは最高裁判所も認めている。勿論「公共の福祉」による制限はあるので、外交、防衛といった国の安全 に係る秘密は対象外である。

第2節「国家秘密と政府秘密の違いを明確にするべきである」 
百地章日大教授はアメリカでは1919年に「スパイ防止法」、1966年に「情報自由法(公開法)」が制定され、これにより 「国家秘密の保護」とそれ以外の「情報の公開」が車の両輪となった。ところが我が国では「情報公開法」があるだけで、「国家 秘密に関する法律」は存在しないから、今回の「特定秘密保護法」の制定は遅きに失した感がある。さらに「国家秘密」(国民全 体の利益となる秘密)、と「政府秘密」(政府にとって都合の悪い秘密)とは異なるから、これが特定秘密の範囲を考える際の基 準となるのではないかと指摘されている。

第3節「つまりは昭和35年安保改定反対と同一線上の反対だった」
又民主主義の危機とか、治安維持法の復活などというような、およそ根拠のない観念的な主張に、我々はだまされてはいけない。 そこで思い出されるのが、昭和35年(1960年)の日米安全保障条約改定反対の大騒動である。大手マスコミ、知識人と称す る人達はこぞって安保改定に反対し、当時の事を知る人は少なくなっているが、まるで革命前夜のような状況におちいっていた。 今から考えるとまさに集団ヒステリーであったとしか思えない。しかし、時の首相岸信介は敢然として信念を貫き、日米新安全保 障条約を締結したのであった。安保強化は戦争に繋がる亡国への道と叫んでいた連中は、その後の日本の大発展をどう思っている のであろうか?それに対する反省の弁を聞いた事がない。今回の「特定秘密保護法」もまさに安保改定反対と同じ線上にあると私 は思う。ただ反対のための反対を叫ぶマスコミには存在価値はない。石破自民党幹事長は「特定秘密保護法案」反対のデモをテロ と決めつけ、その後撤回したが、常軌を逸した大音声による暴力的なデモは、まさに許されるものではない。石破氏は謝る必要は 全くなかつた。但し、この度の臨時国会の主たる目的は経済成長のための法案審議ではなかったのか?今国会では、残念ながら 「特定秘密保護法案」の審議に偏り、安倍内閣の目指す経済政策の第三の矢に当たる経済成長に関する審議が十分に行われなかっ た事は、誠に残念であった。また野党が主張するように特定秘密保護法案の審議にはいろいろな戦術もあったのであろうが、もう 少し丁寧に時間をかけてもよかったのではなかろうか?

■第ニ章「民主主義の根幹、選挙制度改革に対するマスコミの怠慢」
第1節「マスコミの選挙制度改革への取組み不足は明らか」
さて、今マスコミに一番求められるのは「特定秘密保護法」に対する露骨な反対キャンペーンではなく、まさに、これこそ民主主 義の根幹に係る基本問題である衆議院、参議院両選挙制度をいかに正常化することに尽力することである。朝日、毎日などのマス コミは、議員定数の一票の格差訴訟に関する幾つかの最高裁判所の判決が出された後「特定秘密保護法」と比較するならば申し訳 程度の報道しかしていない。私は、この問題にこそもっとマスコミは深く研究し、国民の啓蒙をはかっていくべきであると思う。

第2節「衆議院の定数に関する訴訟の実態」
「最高裁で違憲状態の判決、高裁では無効判決も」
両議院の定数に関する訴訟の実態について申し述べると、11月20日に一票の格差が2.43倍であった2012年の衆議院選 挙についての二つの弁護士グループが「選挙区によって投票価値が相違するのは憲法違反である」として選挙無効を求めた計16 件の訴訟の上告審判決で、最高裁大法廷は「違憲状態」との統一判断を示したが、選挙無効の請求は退けた。それに先立つ各高裁 の判決では、16件の内14件は「憲法違反」と断じ、内2件は「選挙無効」であると踏み込んだのであるが、今回の最高裁判決 においては国会における「0増5減」という小幅な是正を「一定の前進」と評価して「違憲状態」として高裁の判断からは大きく 後退した。
「国会は最高裁の求めた一人別枠方式を廃止できず」
最高裁は2011年3月に最大格差が2.3倍であった2009年衆議院選挙を「違憲状態」と判断し、各都道府県にあらかじめ 1議席を割り振る地方に極めて手厚い「1人別枠方式」の廃止を求めた。これを受けて、当然国会としては選挙制度の改革、是正 を積極的に取り組むべきところ、各政党共々なかなか抜本的な改革に手が付けられず、2012年11月16日に一票の格差是正 のため、ようやく300ある小選挙区を「0増5減」とする選挙制度改革法を成立させた。ところが、小選挙区制度を見直す区割 りには、およそ3か月かかる為、同年12月16日に予定された衆議院選挙に間に合わず、人口の少ない山梨県他5県の小選挙区から 各1名を減らす一方人口の多い都道府県の小選挙区の人員を増やすものであった。勿論最高裁の求めた「一人別枠方式」は、その まま残ったのである。言い換えるならば「0増5減」方式は47都道府県に先ず1議席を割り振る事を温存した是正策であるが、 これは単なる弥縫策に過ぎない。
「1人別枠方式を改めないと最早抜本的改善は不可能である」
当然一票の格差を本格的に改めるには選挙区の大胆な是正が必要である。識者によると1人別枠方式をやめ、2010年の国勢調査 による人口を基に定数295名を単純に人口比例にした場合さらに「18増18減」にしなければならいとの事である。片木淳早稲田大 学教授によれば「1人別枠方式」を温存する限り1票の格差の抜本的な改善は不可能で、2倍すれすれの小手先の是正を繰り 返すだけでは、今後とも司法府(裁判所)から立法府(国会)への断罪は続けられると指摘している。また、現在定員180名の 比例方式による議員を含めて議員総数の削減が検討課題になっているのであるが、今臨時国会においても、その問題は取り上げら れなかった。その他小選挙区で落選したにもかかわらず、比例で復活可能の現行制度も検討の必要がある。

第3節「参議院の定数に関する訴訟の実態」
「衆議院に比べ更に大きな格差」
一票の格差が最大4.77倍であった本年7月の前回参議院選挙について、これを違憲とする訴えについて広島高裁岡山支部は 「投票価値の不平等は、はなはだしいものがある。国会には選挙制度の抜本的改革を果たす義務があった」として岡山選挙区の選 挙を違憲即時無効の判決を言い渡した。さらに、12月18日の大阪高裁判決では選挙無効は回避したものの、2009年の最高 裁判決でも違憲という判断が出ており、その際「国会は速やかに不平等を解消する義務を負う」としたにもかかわらずその判決か ら3年9か月も経過しているのに是正措置を講じなかったとして、従来から踏み込み国会は合理的な期間内に是正を行わなかった として「違憲」とした。しかし「4増4減」を実施し、10年参議院選挙(格差5倍)より格差が縮小した事を考慮して、公益を 著しく害しているとはいえないとして「無効」は回避した。同日行われた名古屋高裁判決は「違憲の問題が生じる程度の著しい不 平等状態に陥っていた」と指摘して、「違憲状態」とした。最高裁2012年10月の判決では(格差5倍の2010年選挙) 「違憲状態」であったが、その際「単に一部の選挙区定数の増減だけでなく、都道府県単位の選挙区を抜本的に改める必要がある」 と指摘している。
「最早参議院は都道府県単位の選挙区見直しを」
日経新聞によれば国立社会保障・人口問題研究所の本年3月発表の資料によれば、地域別の将来人口でみると、現在の選挙区定数 を維持した場合2040年には一票の格差は5.58倍まで拡大するといっている。現行制度では、全都道府県に最低2議席を割 り振るので、人口の少ない選挙区で議員を減らそうにも限界がある。日経の資料によれば、格差の是正には人口の多い選挙区で定 数を増やし、反対に少ない選挙区では減らすのが基本であるが、仮に人口最少の鳥取県で、2議席を配分し続けて格差を5倍以内 に抑えるには、「6増6減」実施となる。しかしこれでも4.96倍と5倍以内ギリギリである。 4.96倍未満にさらに格差 縮めるには、人口の多い選挙区で定員を増やすしか方法はない。しかし一方では議員総数を減らそうという流れに逆行するという ジレンマに陥ってしまう。最終的な解決には現在の都道府県単位の選挙区を全面的に見直さなければならないのではないか。

■第三章「民主主義のコメに相応しいマスコミたるべし」
最後に、ある新聞の社説に「新聞が民主主義のコメ」と書かれていたが本当に民主主義のコメになるためにはマスコミは「特定秘密 保護法」など反対を声高にかかげるより、両院の選挙制度の改正などにもっともっと真剣に取り組み国民全体を啓蒙していくべき と重ねて思う。然しマスコミの責任よりも、国会の責任の方がより大きいことは言うまでもない。

            ( 本稿は武藤治太会長の書下ろしです。)

2013年11月22日 金言(第17号)
『特定秘密保護法案に思う』

■はじめに
特定秘密保護法案が11月7日から衆議院の審議に入ったが、朝日、毎日の両新聞は、法案を廃案にせよと、連日一面や社説で強 硬な意見を述べたてている。なるほど、世論調査の結果も法案に反対が賛成を上回っているようであるが、この法案の内容につい て、アンケートの対象者がこの法案について、どれほど熟知しているかは、はなはだ疑問である。

■第一章「法案反対で世論を煽るマスコミと識者達」
第1節「法案の骨子」
そこで、まずこの法案の内容を見ると、その骨子は、第一に「特定秘密の範囲と有効期間」に関して行政機関の長が、防衛、外交 、特定有害行為(スパイ防止)、テロ防止の4分野について特別秘密を指定し、その指定の有効期間は5年以内として更新が可能 とするが、30年を越える更新は内閣の承認を必要とする。第二には「秘密を扱う関係者」は内閣の承認を必要とすること。第三 に「知る権利」に関して、報道、取材の自由には配慮し、取材行為は法令違反もしくは不当性がない限り正当業務とするが、秘密 漏洩者は10年以下の懲役とし、共謀、教唆は5年以下の懲役とするものである。

第2節「反対論者の反対理由」 
反対する一部のマスコミと有識者と称す人達の理由は、上記の「特定秘密の範囲」については、特定秘密への指定をチェックする 仕組みが不十分で、政府によって一方的、恣意的に行われるのではないかということと、都合の悪い情報は隠されるのではないか という点である。「有効期限」については秘密指定の有効期限が、内閣の承認があれば延長が無期限になされ、永久に公開されな いおそれがあるとし、「知る権利」については国民の「知る権利」が損なわれる懸念があるとするものである。

第3節「一部マスコミのヒステリックな反対」
朝日、毎日の両新聞は反対のキャンペーンを連日派手に行っており、特に毎日新聞は連日社説で取り上げている。その内容は、こ の法律が施行されるならば、我が国は戦前の日本に逆戻りし、日本は情報管理国家になるとか、民主国家の原理と矛盾するとか、 さらには社会不安を呼び、国民の毎日の生活が息苦しくなるのでは、とまで言っている。これは「毎日新聞」ではないが、同法案 は戦前の「治安維持法」の再来であると書いた記事を、どこかで読んだ。

■第ニ章「国会での論戦における安倍首相の答弁」
第1節「特定秘密の範囲について」
さて、法案の一番の問題点として批判されているのは、関係機関が指定する「特定秘密」の範囲が無原則に広がり、「知る権利」 が侵害されるのではないかという点である。また、法案が特定秘密として「別表」で列挙した防衛、外交等四分野23項目の内「 その他」が11項目あり、解釈により「本来指定されない情報も、秘密指定に拡大される余地があるのではないか」と懸念されて いる。これに対し安倍首相は「秘密指定や解除は、外部有識者の意見を反映させた基準に基づいて行われるなど、重層的な仕組み を設けているので心配はない」としている。

第2節「特定秘密の有効期間について」
次に、一度指定された秘密は、永久に秘密のままとなるのではないかという点については、安倍首相は「一定期間経過後一律に秘 密指定を解除、公開するのは困難であるが、指定期間は、30年を原則として無期限となることを防ぐ」と答弁した。又、上記特 定秘密の指定や解除を決める基準を創る際には有識者の意見が反映されるが、有識者は指定や解除そのものには関与することが出 来ず、これについて制度上の不備であるとの野党の指摘に対しては、首相は「個々具体的な特別秘密の指定を、行政機関以外の者 が行うのは専門的、技術的判断が必要であるから、適当ではない」と強調した。

第3節「特定秘密を知る権利について」
一方、「知る権利や報道の自由に、十分に配慮することを誰が判断するのか」との質問には首相は「行政、捜査機関、裁判所など がすべて判断する」「報道機関の取材は、全て「正当な行為」で処罰の対象にはならないと条文に明確にした」と答弁した。又「 行政を監視する国会の情報取扱いのルールは、国会で決めるべきである」と首相は云う。 さらに特定秘密を国会に提示する場所 としては、「秘密会」としていることに野党から三権分立に反するとの、疑問の声が上がっているが、首相は「一定に条件が満た されるならば、特定秘密は国会に提供する。そして「秘密会開催後の秘密保護の方法については国会の検討に委ねる」と答弁して いる。特に、「民主国家の原理と矛盾」などと反対の意見を叫ぶ理由は「知る権利」が侵されるという点であるが、これについて は「知る権利」について配慮する条項が加わった。

■第三章「個人の自由より、日本国の安全保障が優先されるべきだ。」
第1節「知る権利には厳然と限界あり」
なるほど「知る権利」は、憲法は第21条第1項の「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由はこれを保障する」に基 づいているものであり、民主主義の根幹をなす最も重要な権利であろう。しかしながら、我々はこの権利を誇大に考えすぎている のではないか、全てのことについて、なんでもかんでも洗いざらい個人に「知る権利」があるのであろうか?私は当然「知る権利 」にも限界があってしかるべきと考えている。「知る権利」を必要以上に言い立てるのはマスコミの過大な思い込みである。個人 の「知る権利」と国益、公益を比較するならば国益、公益が当然優先する、したがって、個人の「知る権利」は公共の福祉を含め た国益、公益により制限されるべきである。

第2節「日本ほど情報管理に脇の甘い国はない」
ここで私の立場を明確にするならば、今回の特定秘密保護法案には基本的に賛成である。何故なら我が国にはこのような秘密保持 に関する厳しい法律がなかったからである。 安倍首相は10月17日の参院本会議で「公務員による主要な情報漏洩事件は5件 把握している」と答弁しているが、私が聞いた政府機関の関係者によると「そんなものではない、5件は氷山の一角にすぎない」 といっている。日本ほど、情報管理に脇の甘い国はないというのが、諸外国の評判である。マスコミは、国益に関する重要な情報 が、なんの抵抗もなく、じゃじゃ漏れであると報じている。これは、今まで我が国に厳しい法律が存在していなかった事に起因す る事は間違いない。同盟国のアメリカも日本の情報管理の甘さにはあきれているのではないか。このような状況だから、アメリカ もまともに機密情報を漏らしてこなかったのでなかろうか。

第3節「安全保障と民主主義のジレンマの賢明な解決がなされるべきである」
今回の法案審議について、同志社大学学長の村田晃嗣氏は「安全保障政策では、情報を出来るだけ秘密にする方が有利である。一 方民主主義は情報を出来る限り明らかにする事を求める。その両者のジレンマが、先鋭的に表れたのが特定秘密保護法案である。 情報管理が甘いと、他国から思われることは好ましくないという観点から当法案の必要性はあると思うが、何を秘密にして何を公 開するかの基準はつくられるべきである。特定秘密を指定する際には第三者機関が審査することも考えてはどうか。安全保障と民 主主義のジレンマを乗り越えていくための努力は、国民が常にしていく必要がある。政府が過度に恣意的に規制するということで あれば、それに対して国民が反発の声をあげるという繰り返しの中で修正されていくのではないか」と述べているが全くその通り 穏当な意見である。

■おわりに 「不毛な観念的反対の論議に終止符を!」
「朝日」「毎日」の、記者諸氏は頭がよいのでいろいろと法案反対の理由を展開するが、結局のところは「知る権利」が侵される 、民主主義の危機、戦前への逆戻りなどという、観念的反対に終始しており、これでは、スパイ天国の我が国の状況は改善されな い。大体、先の戦争をあおった大新聞社に安全保障を妨げる一見もっともらしい反論を叫ぶ資格は全くない。今この原稿を書き上 げたところに産経新聞(11月18日)の夕刊が配達された、一面にアンケート特定秘密保護法案「必要」59%となっていた。

            ( 本稿は武藤治太会長の書下ろしです。)

2013年10月4日 金言(第16号)
『愚かな泉田新潟県知事』

■第一章 「原発汚染水問題は国の威信をかけて国の責任で取組むべきだ」
東京電力福島原子力発電所の汚染水問題については、安倍総理がオリンピック招致のプレゼンテーションで、その安全性をはっ きりと断言したにも拘わらず、完全な解決の目処が立っていない事は皆さんご承知の通りである。このため、東京電力は汚染水 処理のため大きな負担を被っている。しかしながら、国はこの放射能汚染水の処理を事実上国有化されているにせよ、一民間企業 である東京電力に任せきりというのは、全く無責任の誹りを免れない。この半世紀原子力発電を電力供給の柱として強力に推進 してきたのは、他ならぬ国なのであるから、もっと早く手を打つべきであった。此の度、ようやく国費470億円を投入して前 向きに対応する事になったが、遅きに失したとはいえ当然の事である。

■第二章「東京電力の赤字脱却努力に官が水を差してはならない」
第1節「柏崎・刈羽再稼動に理不尽な横ヤリを入れた泉田新潟県知事」
赤字からの脱却を目指して苦闘する東京電力は、この2014年3月期に新潟県柏崎、刈羽原子力発電所を再稼働させることによ って、ようやく3年振りに黒字を見込むが、肝心の原子力発電所の稼働が危ぶまれており、東京電力の苦悩は続く。7月9日東電 はこの原発の再稼働を目指し、原子力規制委員会に安全審査を申請するための設備工事申請書を、東電広瀬社長が新潟県知事に面 会して提出しようとしたところ、知事は受け取りを拒否した。泉田知事の態度は、けんもほろろで、とりつく島もないものであっ た。知事が原発の再稼働に反対している理由は「福島第一原発事故の検証が終わっていないから」というのだが、政府と国会の事 故調査委員会が最終報告を出して原因を究明し、しかも国連の調査も終わっており、今更何を検証しようというのか、これはまさ に「反対のための反対」と言わざるを得ない。

第2節「再稼動の可否は国の原子力規制委員会が決めることである」 
前にも述べたことであるが、先日の大飯原子力発電所の停止により、稼働可能な原子力発電所52基すべてが休止中で、この空白 を埋めるため原油、LNG(液化天然ガス)の輸入は増加し、実に本年は3兆8千億円の国富流出となり、これらはすべて電気料 金の値上がりに反映されるので、日本経済への影響は極めて大きいものがある。話はもとに戻るが7月9日東電広瀬社長は泉田知 事を訪問した際、原発再稼働について理解を求める広瀬社長に対して知事は「東電は安全とお金のどちらを優先するのか」とまる で恫喝するかのように社長を難詰した。そもそも泉田知事は、経済産業省の元官僚であるから、原子力行政は国の所管であり、県 に認可権がないことはよく承知している筈である。それにも拘わらず、特に新しい基準で設けられたフィルター付きベントの設計 を問題にしているが、素人の知事が設計の善悪を判断できる問題ではなく、これを審査することこそ原子力規制委員会の役割なの であって、そのためにこそ安全審査を電力会社が規制委員会に申請するのである。付け加えるならば、原子炉設置に関して地元の 合意が必要なのは立地の時だけで、それ以降の運用はすべて国の所管である。地元との安全協定は紳士協定であって法的拘束力は ない。柏崎市,刈羽町ともに原発再開に賛成している。

第3節「知事豹変、その背景に何が?」
ところが、9月26日に東電広瀬社長と泉田知事は再度会見、一転して東電が原子力規制委員会に提出する安全審査申請を条件付 きで容認したのである。この豹変はいったい何なのであろうか?一説には安倍首相の腹は原発再稼働推進で固まっているところに 加えて、「サンデー毎日」10月6日号に検察庁が「泉田知事をターゲット」にしたとの記事が掲載されことによるのであろうか 。すなわち同誌は地検特捜部関係者談として「地検上層部から泉田知事を徹底的に洗っている。立件できれば御の字だが、できな くとも何等かの圧力を知事に感じさせることによって、原発再稼働反対を軌道修正させる一助にしたいという考えではないか」と 。泉田知事が一転した背景にはこのような「何らかの圧力」があったのであろうか?泉田知事については、経済産業省から200 3年から4年にかけて岐阜県庁に出向していた際不明朗な事件があった。すなわち2006年に発覚した岐阜県庁裏金問題に関連 して岐阜県から105万円を返還するよう求められたが、その時はすでに新潟県知事に就任していた泉田氏は返還に応じず、返還 を留保して、現在に至っておりその姿勢については、多数の人々の顰蹙を買っているのである。私が泉田知事に対して物申したい のは、泉田個人が原発再稼働に反対する事は、それはそれで良いとして、事実上国有化されている東京電力ではあるが、その代表 者である広瀬社長に対する態度は余りにも尊大で礼を失しているのではないか。

■第三章「知事の責任を問う」
第1節「官は民の活力をそいではならない」
確かに、選挙で選ばれた知事という立場は、その地方の民意を代表しているのであるが、民間会社の東京電力の社長も株主、社員 の代表という立場であって、その地位は対等である。私は、東京電力とは全く規模は違うが、ある一部上場会社の社長を11年間 務めた。その経験から言わせていただくと、赤字転落、無配継続という会社の代表者の立場が、どんなに苦しく、辛いものか一介 の官僚である泉田知事には考えも及ばないことだと思う。三期連続赤字ともなれば、金融機関の態度は筆舌につくしがたいほど厳 しく、冷たいものとなる。広瀬社長の何とか原発の再稼働を果たし、赤字からの浮揚を図りたいという気持ちはかっての我が身に 重ね合わせ、痛いほどに理解できるのである。新潟県はいかに泉田知事が失政を重ねようが倒産することはない。東電は目先の借 入金の借り換えを控え、柏崎,刈羽の問題を早急に解決しなければならないのである。

第2節「権力乱用は厳に慎むべし」
私は、何も原発をやみくもに稼働させよと言っているのではない。ルールにのっとっての原子力規制委員会への申請については、 泉田知事は、屁理屈をこねないで7月の時点で受け入れるべきだったと思う。今回の会見でも、知事は辞を低くして説明する広瀬 社長に対して傲慢な態度をとり続け、最後に「東電は安全とお金のどちらを大切にする会社ですか」とわざわざ居丈高に言い放っ ている。これは権力の乱用以外のなにものでもない。「水に落ちた犬は打て」という中国の格言を泉田知事の言葉に感じたのであ る。

第3節「知事の資格がない言語同断の暴言」
泉田知事は東日本大震災によって生じた瓦礫(放射能が基準値以下の木屑)の受け入れについても柏崎市、三条市が受け入れたこ とに立腹して、健康被害を受ければ「傷害罪」それによって亡くなれば「傷害致死罪」あるいは「殺人罪」と言ったのは記憶に新 しい。このような血の通わない知事には即刻お引き取り願わなければならない。

            ( 本稿は武藤治太会長の書下ろしです。)

2013年9月13日 金言(第15号)
『消費税増税について』

■第一章 「大局を見失っている消費税増税反対論」
第1節「増税論議大詰めに」
昨年8月10日いささか長い名前であるが「社会保障の安定財源の確保等を図る税制の抜本的改革を行うための消費税等の一部 を改正する等の法律案」が可決され、2014年(平成26年)4月に第一段階として8%(5%から3%アップ)、2015 年(平成27年)10月に10%(8%から2%アップ)へ引き上げられる事になった事は皆さんご承知の通りである。消費税 については、云うまでもないことであるが、高い財源調達能力(1%で約2兆7千億円)を持っている事、税収が経済の変動に 左右されない事、サラリーマンなどの特定の人々への負担が集中しない事などから、社会保障の財源として極めてふさわしいと 考えられており、今回ようやく引き上げられる事になったのである。但し、消費税については、低所得者ほど税の負担が重くな る「逆進性」が問題となる。そして、この消費税関連法には経済の状況によっては「執行停止も含め措置を講ずる」との「景気 条項」が盛り込まれている。これは、本来はリーマンショックやオイルショッククラスの経済の激変があった場合を想定したも のである。安倍内閣は、就任以来長らく我が国が被っているデフレからの脱却を図るべくアベノミックスを展開している。これ は具体的には金融緩和、財政支出に加え経済成長の三本の矢からなる政策である。さて、消費税引き上げの第一段階が目前に迫 ったが,安倍首相は慎重に景気動向を見定めて、消費税の増税を予定通り実施するかどうかを10月上旬までに判断するとして いる。

第2節「97年橋本内閣の引上げ時の景気後退の真因を認識しておこう」
1997年の橋本内閣が行った2%の増税(負担額5兆円)が不況を深刻化させたという批判がある。一般に増税は経済成長率 を低下させると云われている。これは増税が各個人の可処分所得を低下させ、成長率の低下を来すという考えで、1997年の 場合もこの成長率低下が不況の原因であったと云われていたが、最近の専門家の説によると97年〜98年の景気後退は、97 年7月のアジア通貨危機や同年11月の我が国の金融危機こそが最大の理由で、その証拠に97年4月の増税実施後7〜9月期 には消費は回復しており、景気後退の元凶は、その後の金融危機にあったというのが現在では有力な考え方である。消費税を上 げると一般の税収が減少するおそれがあり、折角消費税をあげても元も子もなくなるという説があるが、日本経済新聞9月2日 付の小黒法政大学准教授の説明によれば、97年以降の税収減は、消費税増税の影響よりも99年の定率減税の縮減、廃止(負 担額3兆4000億円)その他法人税の減税の影響が大きかったという。

第3節「さらに前回と違うのは国家財政危機である」
また、現在の増税の議論は、税率の引き上げ方法に議論が終始しており、もし増税が遅れるならば、財政的に同じ効果を持つ税 率引き上げ幅は5%より大きくなってしまうという視点や、肝心な財政安定に必要な最終的な税率をどのようなものかにすると いう視点を全く欠いている。アメリカの研究者の見解によれば、仮に我が国が、今後年金給付などに相当厳しい歳出削減を実施 し、デフレから脱却して2%のインフレを達成し、今後5年おきに消費税増税を5%ずつ引き上げたとしても、財政安定のため に必要な消費税率は「32%」にまでなると示唆している。我が国の財政はこと程左様に極めて厳しいのである。このような状 況下で今に生きる我々世代は消費増税に取り組み将来世代に対する責任を果たさなければならない。

■第二章「社会保障費の負担はそもそも自己負担が原則である」
第1節「社会保障費以外の支出を削ればよいとの、他力本願・利己的な幻想」
慶應義塾大学の土居教授は、予定通りの消費増税に対する反対は「他力依存」的な発想以外の何物でもないと指摘している。土 居教授は、消費税そのものに反対する主張があるが、一方で彼等は社会保障費の削減には反対する。すなわち支出を削るのなら ば、社会保障費以外を削れば、増税なしに財源が生まれると考える。しかし、現実を直視すると、社会保障費以外の支出を削れ ば増税なしに財源が生まれてくると考えるのは全くの幻想である。理由は次の通りである。 1、 国と地方をすべて合わせた公共投資は15兆円 2、 公務員の人件費は30兆円 3、 防衛費5兆円 4、 これに対して社会保障費は107兆円 5、 財政赤字は42兆円 6、 もう公共投資や公務員人件費を2割減らすというような生やさしい状況ではないのである。 このような発想こそ、自ら増税の痛みを受ける事なく、他人に痛みを負担させようとする利己的なものである。

第2節「消費税以外の税での財源捻出の考えも他力本願的である」 
また、一方で消費税以外の税で財源を捻出すべきという主張もある。しかし、現在の所得税は勤労者世代が負担する仕組みで、年 金収入に対する税負担は軽い。また社会保障の給付と負担の世代間の格差は広がるばかりで、そのような中で高齢者が消費税より 所得税を増税せよというのは、自ら負担せず、若手世代へのしわ寄せの拡大を図る、理不尽な考え方と思う。 さらに、相続税を 上げよという主張もある。たしかに相続税は資産格差是正に一定の役割をはたすものであるが、税収は1兆5000億円にすぎな い。仮に倍増しても3兆円で消費税の1%の額にもならない。さらに。法人税の増税を主張する共産党などの考え方もあるが、我 が国の法人税は、先進国の中で高い水準で、これを上げるとなればグローバル化の中で激しい競争にさらされている企業の経営に 不利に働く。世界の趨勢は法人税減税を競っているのである。

第3節「一方で無駄な社会保障費増大に対しての抜本的支出削減も不可避である」
結局高齢化に伴う社会保障費の増大については、不合理な制度を抜本的に改め、加えて無駄な支出の削減を不断の努力により達成 していかなければならないが、一方で現世代が税の負担をして対処していかなければならないことは当然である。 今日の社会保 障費は、云うまでもなく今を生きる世代に直接恩恵が及んでいる。そうであるならばその財源を赤字国債によって将来世代に負担 をつけまわしする他力本願的体質から早晩脱却しなければならない。そのためにも、今回の消費税増税は予定通り実施すべきであ る。

■第三章「国債の格下げ、暴落、金利暴騰による財政破綻回避こそが大命題」
第1節「我国の国債が暴落しないのは、消費税増税の余地があるからである」
予定通り増税する事で懸念されるのは、景気が失速する事である。たしかに、ようやくデフレ脱却の道筋が見えてきた現状で増税 を急ぐのは、取り返しがつかないことになるのではないかというのが、増税に慎重な人たちの主張である。しかし増税を予定通り 進めるべきであると考える人たちの中には、仮に増税のスケジュールを変えるならば日本国債の暴落、金利の暴騰を招くと危惧す る人たちが多いのである。ただでさえ国内総生産(GDP)比200%を越える債務を負う我が国にとって日本国債が暴落せず、 低金利を維持出来ているのはひとえに 我が国においてなお消費税増税の余地があるという事が担保されているからである。この ような中で財政再建の先送りを示すなら我が国財政への信頼はゆらぐであろう。アメリカのS&Pやムーデイースのような格付け 会社は、仮に増税が先送りされるならば早晩日本国債の格下げに動く事態となり、国債価格は暴落し金利は高騰するであろう。消 費税の増税を予定通り実施し、デフレからの脱却という芽を潰すというリスクと増税の幅あるいは時期を変更して国債金利の暴騰 を呼び込むリスクとどちらが深刻かということについて、東大の伊藤元重教授は次のように指摘している。

第2節「デフレ対応は可能だが、国債が暴落した場合の対応は至難の技である」
デフレ脱却の芽を潰すリスクは、あらかじめその可能性を認識していれば対応出来るが、国債金利の暴騰がもし起これば、政府、 日銀ともに国債の暴落を止めるのは至難の技である。いうならば、これは取り返しのつかないリスクといえる。直近の経済指標を 見るならば4〜6月のGDPの伸び率は年率3.8%、設備投資も速報値のマイナス0.1%から1.8%と6四半期ぶりにプラ スとなった。政府は念には念を入れるつもりか8月26日から31日まで「集中点検会合」として60人にも及ぶ有識者から増税 に関する意見を聴取した。結果は7割以上の人が増税に賛成したのであるが、一方世論調査では消費税増税反対、消極的な人が半 数をこえている。しかしながら我が国の財政状況は先程来述べているように明年3%、再来年2%の増税ですむような生やさしい 状況ではない。

第3節「能天気、無責任な対応は最早許されない」
安倍首相は10月1日頃に増税についての断を下すとの事であるが、現状で速やかに増税の決定をすべきである。そして当面増税 によるインパクトを和らげるための施策を早急に公表するべきと考える。4〜6月の経済指標について速報値が出た時点でもっと 早く増税の決定をすべきではなかったのか。「集中点検会合」は全く意味がなかったとはいえないが、このような会合を持つと無 責任な意見がいろいろと出てくるものである。消費税を年間1%ずつ小刻みに上げていくといった実務面では到底受け入れられな い意見(東大の吉川洋教授は頭の体操としては面白いと揶揄していた)が出てきたことはご承知の通りである。しかし、先にも書 いたように世論調査では消費税アップ反対が半数を越えたそうだが、これは國民に対する政府の我が国財政の窮状に関する説明不 足である。いやむしろ政府の怠慢といってよい。もっともっと國民に対し、国家財政の実情が理解できるよう訴える努力をしてい くべきである。

■終りに「オリンピック以上に、経済再建の政府国民一体の取り組みを」
最後になるが、今回の5%増税が予定通り進められると思うが、我が国の財政赤字はGDPの200%という数字は先進国では桁 外れのものである。また消費税10%などは極めて低い税率である。勿論増税だけが財政赤字を減らしていくものではないが、今 後政府は社会保障費を中心に歳出の大幅な削減に取り組んでいくだけではなく、更なる増税策をも進めていかなければ我が国の財 政は冗談ではなく破綻するであろう。2020年に東京でオリンピックが開催される運びとなったが、それは我が国に若干の恩恵 をもたらすであろうが、これを機会に我が国の経済再建のため政府國民一体となって努力していくべきと思う。

            ( 本稿は武藤治太会長の書下ろしです。)

2013年8月7日 金言(第14号)
『菅直人論
        ・・・逆説 日本を救った菅元首相の失策・・・』

■はじめに
 去る7月21日に行われた第22回参議院選挙において、自民党は65議席を獲得して大勝し、公明党の11議席と合わせて 過半数を制し、ようやく参議院議員のネジレを解消した。一方民主党は、改選44名のところ20名を割る17名と,党の存続 に赤信号がともる最悪の状況となった。民主党は細野幹事長が責任をとり辞任したが、海江田代表は居座りを続けている。その 上、尖閣列島の帰属を巡り売国奴的発言を繰り返していた鳩山由紀夫元首相と、今回の選挙における東京選挙区で党が公認を取 り消した無所属候補を直接支援した菅元首相の両氏の除名(除籍)を執行部は党常任幹事会に提案したところ、鳩山氏について は、すでに5月に離党しているため「過去に遡り処分はできない」として抗議にとどめた。一方菅氏については「菅氏の言動は、 参院選に多大な影響を与えたことを踏まえ、厳しく処分すべきであるとの多くの意見があった」と海江田氏は説明し、菅氏の除 名を求め、更に菅氏が昨年の衆議院選において比例代表で当選したいきさつから議員辞職を求める「公職辞任勧告」とする処分 案を提示したが、菅氏はこれを拒否した。この結果、厳しい処分を求める声とこれに対する擁護論が交錯して、菅氏への除籍処 分は断念され、「党員資格停止3か月」という大変甘い処分となったのである。

■第一章 民主党結成までの足取り
第1節「学生運動・市民運動・市川房江氏を踏み台の駆け出し時代」
菅直人氏については鳩山由紀夫氏に負けず劣らぬ全く無能な首相であったことは衆目の一致するところである。今となっては、 菅氏の首相になるまでの来歴についてよく知らない人もおられると思うので、それについて述べると、1946年山口県の宇部 市に生まれるが、東京工業大学在学中に学生運動にのめり込み、極左派とは一線を画するノンセクトラジカルグループに属して いた。アジ演説が巧みで、聴衆の受けは良かったが、検挙されるのを覚悟で、ゲバ棒を振りかざすデモ隊の最前列には決して加 わらなかった。このあたりに彼の日和見ぶりが窺われる。大学卒業後弁理士となり、後輩と弁理士事務所を立ち上げるが、一方 で当時異常に高騰していた「東京の土地問題」や「食品添加物などの有害化学物質」を排除する市民運動に関わりを持つように なる。転機が訪れたのは、無所属で長い間参議院で活躍したが選挙で落選し、引退を宣言していた市川房枝氏の復活をもくろみ、 選挙への再出馬を要請し、なかば無理矢理1974年の参院全国区に高齢の市川氏を担ぎ出し、菅氏は自ら選挙事務長におさま った事である。市川氏は第二位で当選を果たすが、1980年に死去する。菅氏は、これにより名前を売るが、市川氏は菅氏の 言行不一致に対し不信の念を持っていたようである。

第2節「3回の落選後1980年に国会議員へ、市民派の論客として名を馳せる」
この後、市民運動をバックに彼は国会への進出をはかり、1976年の第34回衆議院選、1977年の第11回参議院選、1 979年の第35回衆議院選の3回の選挙に東京から立候補するがいずれも落選の憂き目にあう。その間江田三郎氏に誘われ社 会市民連合に参加している。しかし1980年の第36回衆議院選挙において東京7区において第一位で初当選を果たす。その 頃から土地問題や税制を中心に政府を鋭く追及する市民派の論客として名を知られるようになる。以後1983年から93年の 間に行われた4回の衆議院選を勝ち抜き、社会民主連合の指導者として重きを置かれる存在となる。1993年の細川非自民連 立政権が誕生すると衆議院外務委員長の要職につく。1994年社会民主連合は解散し、彼はその後「新党さきがけ」に入党し、 村山自社さ連立政権では政策調査会長に就任する。

第3節「1996年橋本内閣の厚生大臣に就任、同年鳩山氏と旧民主党共同代表、98年新民主党代表に就任」
そして1996年村山内閣が総辞職すると、次いで誕生した第一次橋本内閣で厚生大臣として初めて入閣する。厚生大臣としては、 薬害エイズ事件やO157の集団感染問題に所管大臣として積極的に取り組み一応の成果をあげた。1996年「新党さきがけ」 の鳩山由紀夫氏が旧民主党を立ち上げると、菅氏もこれに参加して鳩山氏とともに共同代表となる。この間同年はじめて行われた 小選挙区制による第41回衆議院総選挙で当選している。1998年4月新進党から分離誕生した「民有連」と民主党は合流し新 しい民主党が生まれるが、菅氏はその代表となり、その後の第18回参議院選自民党が敗北して、橋本首相が総辞職すると小淵恵 三氏が首相となる。

■第二章 内閣総理大臣への軌跡
第1節「1999年鳩山氏に敗れるも、2002年民主党代表に返り咲き、翌年小沢自由党と合同、同年の衆議院選で民主党は大 躍進するも、2005年の小泉郵政選挙では完敗」
この後の国会で、菅氏は金融関連法の策定に積極的に取り組むが、1999年9月の党首選で鳩山氏に敗北する。2000年に党 幹事長となり、2002年12月鳩山氏が辞任すると岡田克也氏を破り代表に返り咲く。その後、2003年9月に小沢一郎氏が 党首をつとめる自由党との合同を果たし、同年11月の第43回衆議院選では公示前勢力を大幅に上回る177議席を獲得し、比 例代表では自民党を上回り、政権交代の素地を作った。しかし、この後政治家の年金未納問題が相次いで発生し、菅氏は自民党議 員の年金未納問題を追及していたところ彼自身も未納者であることが発覚し,世論に屈して2004年5月党代表を辞任する。2 005年9月の第44回衆議院選(いわゆる小泉首相の郵政選挙)では、民主党は文字どおり完敗の憂き目をみたが、東京都にお ける民主党候補者として菅はただ一人の当選者となった。彼は敗北の責任を負って辞任した岡田克也代表の後任に、満を持して立 候補するが、若さを武器とした前原誠司氏にわずか2票差で敗北する。

第2節「2009年小沢・鳩山氏とのトロイカ体制で政権交代を実現、然し鳩山首相の国家戦略担当副総理として力不足を露呈」 
翌年前原氏が「偽メール事件」につまずき辞任するとまたまた代表選に出馬し、今度は小沢一郎氏と激しく争い敗退する。その後 は代表代行に就任し、代表の小沢一郎、幹事長の鳩山由紀夫の3人によるトロイカ体制を組み2009年の政権交代の原動力とな った。 2009年8月の政権交代が実現した第45回衆議院選で菅は10回目の当選をはたし、9月16日に発足した鳩山内閣 の副総理として入閣し、合わせて経済財政政策、科学技術政策を担当する国家戦略担当大臣に就任する。しかし戦略担当としての 力不足は否めず、鳩山首相の不信を買う。 さらに財務大臣の藤井裕久氏の辞任に伴い財務大臣を兼務する。しかし、経済財務政 策に疎い彼は生半可な知識を振りかざし「円安誘導発言」や「増税しても、使い道さえ間違えなければ景気はよくなる」などの無 責任発言を繰り返した。また国会においては自民党の林芳正氏から「乗数効果」とは何かと聞かれ答えられず立ち往生するなど財 政政策の素人であることを自ら暴露したのである。

第3節「2010年6月念願の内閣総理大臣に。然し尖閣問題と原発対応の拙劣さで、首相としても力量のなさを露呈」
2010年6月鳩山氏の退陣の後を受け、民主党選挙に名乗りを上げ、小沢氏の傀儡を破り、代表に就任すると同時に首相指名を 受け念願の地位にようやく上り詰める。彼が、最初に掲げたのが「最少不幸社会」の実現であるが、市民運動家らしい、見方によ ればはなはだ消極的な且つ意味不明なものであった。菅は党の代表となるや反小沢の旗幟を鮮明にし、人事では枝野幸男氏を幹事 長、仙谷由人氏が官房長官なる左翼人事を進め、また小沢の廃止した政策調査会を復活させた。さらに小沢、鳩山時代のマニュフ ェストも一部修正して、ここに政権交代を果たしたトロイカ体制は消滅し、党内に大きなしこりを残した。 ところで、今回の本 題であるが新しい体制のもとで菅氏は幾つかの致命的な誤りを犯す。すなわち2010年7月に行われた第22回参議院選挙で獲 得議席が現有54議席から44議席へと大幅に減り、その結果参議院において民主党は過半数を割り、ネジレ状態となったのであ る。この結果、菅氏の選挙敗退の責任を問う声が党内に急速に高まり9月11日に行われた代表選挙は小沢氏との激しい争いとな るが、菅氏はかろうじて勝利し、第二次菅内閣が誕生する。 同じ年の9月尖閣諸島において中国漁船が海上保安庁巡視船に故意 に体当たりするという衝突事件が発生する。これに対する菅内閣の態度は、はなはだ中国に阿る売国的な対応で多くの國民の顰蹙 を買ったことは皆さんご承知の通りである。この対応のまずさから菅内閣の支持率は大きく低下する。 2012年3月11日東 日本大震災が起こると福島第一原子力発電所で大事故が発生する。この際菅氏は、混乱を極める現場の状況に一切配慮せず、同原 発を震災発生の翌日「自分は原発の専門家である」と称して自ら視察するという文字通りの政治的パフォーマンスを行ったため事 故対応の初動に遅れを生じさせた。また東京電力本社に3月15日の早朝自ら乗り込み幹部を叱りつけるなど、およそトップとし て相応しくない行動をとり続けた。これは阪神淡路大震災の際の村山元首相の態度とは大違いであった。すなわち村山氏は専門外 の事は全て部下にまかせ、責任は全面的に自らが取ると宣言していた。

■第三章「自らの失策で、日本を救った功績」
第1節「首相として2010年の参議院選挙を戦うも、消費税増税を訴え惨敗」
さて、菅氏が日本を救ったということについて説明すると、2010年7月の政権交代後初の与党としての大型国政選挙であった 第22回参議院選において民主党は惨敗を喫したのである。理由は、民主党が選挙にあたって最も力をいれた政策が「消費税増税」 だったからである。これは経済音痴の菅氏が財務官僚の言う事を鵜のみにし、折から2009年に発生したギリシャの経済危機に 重ね合わせた結果、我が国も、このまま推移するならば早晩デフォルトは免れない、そのためには、財政赤字の圧縮を図るべきで あると短絡的に考え、この選挙において消費税増税に力を入れたのであった。しかし考えてみるがよい、日本とギリシャでは国力 の差は圧倒的に違う、充分にして周到な準備もないまま国民の嫌がる増税を、政権を固めるための、この大事な国政選挙で声高に 叫ぶ必要は全くなかった。この菅氏の誤った選挙戦術により、参議院における民主党優位は崩れ去り、再びねじれとなったのであ る。

第2節「菅氏の失策が、国家解体諸法案成立を阻止し、逆説的に国を救った」
仮に参議院において民主党過半数が継続しているならば、権力欲が異常に強く、かつ、自己顕示欲の強い菅氏はそのまま衆議院議 員の任期いっぱいあの手この手で居座りをはかり、その間、我が国にとって最も憂えるべき「外国人地方選挙参政権」「選択的夫 婦別姓制度」あるいは悪名高い「人権擁護法案」などを矢継ぎ早に成立させ、我が国を国家として体をなさない程に弱体化させた であろう。まさに功を焦った菅氏の失策が国を救ったのである。この件については、マスコミに書かれた事はないのではなかろう か。

第3節「まあ一度やらしてみるかの、お遊び的政治意識が、国を滅ぼす」
政権交代とは何と心地よい言葉であろうか。しかし政治はお遊戯ではない。政治の素人集団に「まあ一度やらしてみるか」と云う 安易な考えのもとに小沢、鳩山、菅などの政治家として全く不適切な人物を指導者として仰ぐ民主党に嬉々として投票したのは国 民の大多数だったのである。一般大衆の意識はその程度のものであると云ってしまえば終わりであるが、国民の政治意識を呼び覚 まさせる事が如何に大切かを痛感する。ここにこそ政治教育の存在価値があるので、國民會館に与えられた使命の重さを改めて噛 みしめている。

            ( 本稿は武藤治太会長の書下ろしです。)

2013年7月3日  金言(第13号)
『野中氏と古賀氏、二人の老人のたわごとを問う』
                            ・・・・・昔の名前で出ています・・・・・

■第1章 その前に鳩山由紀夫氏に再度問う
「日本が尖閣を盗んだ」との発言は、何事か?
 先頃から、相次いで中国を訪問した元国会議員達が尖閣諸島の帰属に関し、売国的な 発言を繰り返していることは誠に嘆かわしい。鳩山由紀夫氏については、先に金言でも 書かせて頂いたように、政治家としての資質を全く持ち合わせていないのであるから、 今回は触れないでおこうと思っていたところ、6月25日香港のテレビとのインタビュ ーで「中国側から日本が島を盗んだと思われても仕方がない」と発言し、さらに27日 北京における国際フォーラムで尖閣諸島は「日本が盗んだと中国側が考えるのは当然だ と思う」と述べたが、これはまさに国益を損なう売国奴の行為で中国の忠臣、日本にと って国賊と言って差し支えない。そもそも過去何回も指摘しているが日本人としての誇 りも、国家国民に対する良識も責任感の一かけらをも彼は保持していない。反対に中国 から見ればこれほど取り込みやすい標的はないであろう。我々が恐れるのは、今後ます ますこの御仁は、中国のために売国的な発言を国内外に発信し続けるのではないかとい う事である。どこまで鳩山はルーピー(お馬鹿さん)なのであろうか。

■第2章 野中広務氏に問う
「田中首相が尖閣の棚上げを日中双方で確認していた」との発言は、何事か?
   次に私が糾弾したいのは元官房長官野中広務氏である。野中氏は6月3日訪中し、 同日中国共産党常務委員劉雲山氏(序列5位)と会見し、1972年9月の日中国交正 常化の直後、交渉の当事者であった田中角栄首相から尖閣諸島問題の棚上げを日中双方 で確認したと聞いたと明らかにし、その後の記者会見でも同様な発言を行った。日本政 府すなわち菅官房長官はすぐさま次のように反論している。「野中氏は田中角栄元首相 から聞いたと云っているが、40年前の伝聞で聞いた事を確たる証拠を示さず、招待さ れた中国でわざわざ発言する事には非常に違和感を覚える」と批判し、さらに「棚上げ や現状維持に合意した事実はない。領土問題は存在しない」とはっきりと否定している 。岸田外務大臣も「我が国の外交の記録を見る限り、そのような事実はない」と云い切 っている。尖閣諸島の国有化以来、中国は強硬姿勢を貫き、日中韓首脳会談を一方的に 拒絶し、日中首脳会談などのハイレベル交流の再開条件として「尖閣における領土問題 の存在を認める」ことを提示している。

「その後棚上げ合意を受け入れる」と後退したが、それも何事か?
   しかし最近ではやや後退し「棚上げ合意を受け入れる」ことを条件に変えたようであ る。だが、これは我が国においては絶対に受け入れられない。安倍総理も「尖閣問題を 棚上げすることに我々が同意した事は一度もない。過去においてそのような合意をして いたと主張する事はまさに嘘をついている」と米外交専門誌のインタビューで強く否定 している。野中氏が何故急にこのような事を言い出したかは、中国当局と野中氏とで、 でっち上げた出来レースに違いない。

「国益を害する後世への言い残し」とは、何事か?
   私は、マスコミが何故この点を取り上げないのか不思議に思っている事がある。それ は野中氏が1974年(昭和47年)に政治家としてどのような地位にあったの員とな ったかである。当時野中氏は、自民党所属の京都府会議員に過ぎなかった。国会議のは 11年後の1985年である。1974年当時飛ぶ鳥を落とす勢いであった田中元首相 が一介の地方議員に、日中国交回復交渉のすぐ後、国家の機微に触れる問題を明らかに するとは到底思えない。仮に一歩下がって、本当にその件を聞いていたのなら野中氏は もっともっと以前に日本国内のしかるべき場所で、この事実を明らかにすべきであった 。わざわざこの時期に中国迄出かけて行き、尖閣問題で棚上げを日中間で確認していた などと、ご注進に及ぶなどもっての他の国益を害する行為ではなかろうか。野中氏は、 後世に言い残しておきたかったと云っているが、国益を害する言い残しなど真っ平御免 である。野中氏は、この年になってまで尚脚光を浴びていたいのであろうか?まさに耄 碌、老害としか言いようがないのである。

■第3章 古賀誠氏に問う
「野中氏は尖閣の解決方法として話したのだ」との擁護論は、何事か?
   もう一人糾弾すべきは古賀誠元自民党幹事長である。古賀氏は、今回野中広務氏らと 訪中し、要人と会談したのであるが、上記野中氏の「日中国交正常化時に尖閣問題につ いて棚上げがあった」との発言に「解決方法として話されたのではないか」と擁護した 。わざわざこの難しい時期に親分の野中氏に同行して中国に媚を売る必要があるのか。

「遺族会の代表が中国に阿ねて首相の靖国参拝に反対する」とは、何事か?
 古賀氏の経歴をたどると、自民党左派として旧宏池会を牛耳るだけではなく、道路族 としてきな臭い噂も聞かれるほか、悪名高い人権擁護法や夫婦別姓制度の推進派で宏池 会にしては珍しい武闘派と云われていた。又2002年からは日本遺族会会長を務めて おり、戦没者遺族の救援活動を行っている。しかし日本遺族会会長を務めており、戦没 者遺族の救援活動を行っている。しかしながら、近隣諸国との間で歴史認識問題や靖国 神社問題が深刻化する中で、総理大臣などの公式参拝を求める戦没者遺族の多数が加入 する遺族会の代表という立場と、総理大臣の参拝に強く反対する中国とのパイプ役を野 中氏から引き継いだ状況が両立する筈がない。案の定、その後「総理大臣の靖国参拝に は近隣諸国への配慮が必要」と発言し、遺族会会員から批判が殺到、靖国神社総代を辞 めざるを得なくなった。宏池会の歴代の代表すなわち池田勇人、前尾繁三郎、大平正芳 、鈴木善幸、宮沢喜一、河野洋平、加藤紘一等に比べ古賀誠氏は全く異質の人物といっ て差し支えない。はっきり云わせてもらえば総理大臣にはほど遠い人物である。何故こ のような人物が大臣、幹事長を歴任し、派閥の長になったかは、はなはだ不思議である 。

「共産党に同調して平和憲法は世界遺産」との政治信条のなさは、何事か?
 前回の選挙で古賀氏が引退し、やれやれと思っていたところ、あにはからんや、最近 何を思ったのかとんでもない行動に出ているのである。6月2日日本共産党機関紙「赤 旗」日曜版で古賀氏はインタビューに登場し、わざわざ憲法96条改正に反対し、発議 要件緩和は許されないと発言した。それに加えて我が国が戦後68年間経済的繁栄を享 受し続けられたのは平和憲法お蔭でのある。戦争放棄をうたった9条1項を持つ平和憲 法は「世界遺産」であるとまで言い切っている。さらに「自民党と共産党こそが二大政 党」などと保守政治家として信じられない事まで云っている。個人としていろいろな考 え方がるある事は否定しないが、安倍氏が再登板するまで、最近は可なり錆びついてい   たとは言え、憲法改正を党是とする自民党の元幹事長の古賀氏が、かりそめにも憲法改 正の端緒となるべき96条の改正には反対する一方、戦力不保持を定めた9条2項は変 更し、自衛隊の存在を認めるべきなどと云っているのは矛盾も甚だしい。何回も繰り返 すが、どうしてこのような人物が大臣になったり、自民党幹事長や派閥の会長になった りしたのであろうか?古賀氏には確たる思想に基づく政治哲学がないのではないか。で あるから自民党と共産党が二大政党とか平和憲法は「世界遺産」などとのたまうのであ る。自己に利益さえあれば、自民党でも共産党でも差し支えないと思っている人物であ る。現在安倍首相・総裁は、党是たる憲法改正にむけ苦闘を続けているのであるが、ど うしてこのような重要な時期に「赤旗」などで妙なことをしゃべって足を引っ張るので あろうか?

            ( 本稿は武藤治太会長の書下ろしです。)

2013年6月4日 金言(第12号)
『原子力規制委員会の暴走 』

■1.「原子力発電を止められ苦悩する電力会社と企業の夏」
       暑かった昨年の夏も辛うじて電力不足を乗り切ったようであるが、このところ続く
     円安により火力発電に要するエネルギー価格は大幅に上昇し、貿易赤字の元凶となってい
     る。このような状況が続くと、更なる電気料金の値上げは避けられないであろう。5月の
     初めに発表された、電力各社の営業成績を見ると北陸、沖縄電力の2社を除く8社の経常
     赤字は実に1兆3千億円に達しており、前期との比較で20%の増加でエネルギー価格の
     上昇が経営を大きく圧迫しているのである。原子力発電所の運転に目処がつかない現在火
     力発電に全面的に依存せざるを得ない。したがってLNG(液化天然ガス)などの燃料輸
     入が増加している。昨年度の火力発電の割合は実に88.2%となっており、その半分を
     LNG火力発電が占めている。LNGの輸入金額は7兆円にもなっている。このような状
     況が続く限り国富の流出はとめどもなく続き、電力料金の高騰は避けられない。国内の有
     力企業(最近は中小企業を含め)は海外投資を進め、空洞化が一段と進み、雇用の安定が
     失われる。電力料金の値上げにより、一番痛手を被るのは中小企業であるが、その経営者
     の一部が原発反対の先頭に立っているのは笑い話としか思えない。

■2.「同委員会の専門家としての唯我独善性がその元凶」
        安倍首相は、原子力規制委員会が運転に差し支えないと認めた原発については順
     次稼働させていくと明言しているが、問題はこの規制委員会にある。この委員会は、福島
     の事故の後独立性の高い3条委員会として民主党政権のもとで平成24年9月に発足した
     。そして本年7月までに新しい安全基準を作成してその基準に則り原発の再稼働を検討し
     ていく段取りのようであるが、新基準作成に時間がかかり過ぎているのではないか。しか
     も再稼働の検討には3年かかるなどとの報道が見受けられるが、出来うる限り原発運転を
     遅らせようとする恣意的なものを私は感じるのである。昨年来、現在に至るまで規制委員
     会が熱中しているのは原発の施設に対するコストを無視した必要を越えた改善命令、例え
     ばテロ攻撃を想定した「過酷事故対策」「地震津波対策」が先ず一つ、一番力を入れてい
     るのが「活断層」探しである。私に言わせれば前にも触れたが規制委員会は何としても原
     発の再稼働を阻止せんとして活動しているとしか思えない。

■3.「同委員会は国益に沿った国家エネルギー政策に基づく正しい判断を」     

          「脱原発ありきでは」
            今回の敦賀原発の活断層認定騒ぎは、脱原発政策を規制委員会は、その本来の権限
          を越えて推し進めているのではないか?確かに福島の惨状を思う時原発を将来にわたって
          廃止するという方向は間違いなく正しいと考える。しかし、この40数年資源に乏しい我
          が国が原発に傾斜していったのはそれなりに理由があるのである。勿論コストもあるが中
          東に偏った原油依存からの脱却、あるいはCO2削減もあったと思う。その考え方に立つ
          ならば一挙に脱原発を進めることは難しいのは自明のことで、段階的に再生可能エネルギー
              を含む新しいエネルギー政策への転換が図られなければならない。
      「活断層ありきでは」
           今回の日本原子力発電敦賀原子力発電所2号機直下の断層を活断層とする報告を
              了承した規制委員会の態度には大きな問題がある。一般にメデイアの報道によると「活断
             層の上には原発を設置してはならない」と書いてあるが、明文化された規則ではない。今
             回の敦賀の件でも規制委員会の田中委員長の態度はどこか自信なげで確固とした信念が見ら
             れない。それは活断層の活動を40万年前まで遡り調査すると明言しながら、すぐに撤回し
             た際と同様である。もし、敦賀発電所の原子炉が廃炉になれば地域社会に及ぼす影響は極め
             て大きい。原発の地元はもとより、現に大阪を中心とする関西地区では、福井県の原発停止
             により物品の納入ができないなど中小企業を含め多大な損害が発生している。規制委員会に
         はそういったことにまで考える必要はないのかもしれないが、今回の決定が本当に科学的な、
         根拠に基づいてなされたのか素人の私が考えても疑念が生じるところである。そこで思い出
         すのは、本年3月東京武蔵村山市の日産自動車工場跡地で活断層「立川断層帯」の現地調査
         を行っていた東大地震研究所が、地中に埋まっていたコンクリート構造物を地震の際出来た
         石と誤認していたと発表し、赤恥をかいた件である。この件については覚えておられる方も
             多いと思うが、あろうことかこのチームが原発の活断層調査に一役かっていることを皆様ご
         存じであろうか。どうしてこのような連中に科学的な判断が下せるのであろうか?とにかく
         規制委員会の判断には一貫性がない。活断層についても12万年までに動いたものを判断す
         ると言っておきながら突然40万年まで遡ると訂正、批判がおこるとまた12万年前に逆戻
         りという具合である。過去40年間昨年の東日本大震災を含めて幾つもの大震災に見舞われ
         た我が国で地震そのものにより破壊された原子炉はない。福島の原子炉の損壊は地震後に襲
             ってきた大津波による電源喪失が原因であった。
       「私の提言……委員の交代を」
               東京工業大の澤田哲生博士は次のように言っている「活断層の有無と原発の安全評価
             の結果の妥当性は別物である。活断層問題は安全評価の入口論に過ぎない。その入口で活断
             層があると門前払いするのは安全評価の目的と精神を否定するものである。規制委員会に課
             された命題は、根拠不明の活断層によって原発を止めることでも廃炉にする事でもない。原
             子力を利用して国民全体の福祉を向上して国益に資することが原子力政策の目的である。
             しかし、現実には同委員会が行っているのは、恣意的な暴走と本来の目的をはたさない怠慢
             である。」 私は、この考え方に全面的に賛成する。正直に言って現在の委員会のメンバー
             の力量には問題がある。何となれば3条委員会という権限を与えられている以上事なかれ主
             義であってよい筈はない。委員各位には権限に見合う義務を負うべきで国益の重視という観
             点が委員会にはすっぽり抜け落ちている。ここにいたって、私は、当然政治が機能不全の委
             員会の改善に取り組むべきと思っている。現在の委員は、昨年民主党政権により委員長以下
             4名が任命されたのであるが国会審議によ正式に任命されたのは本年2月のことである。現
             委員の活動内容と行政手腕については疑問を持たざるをえない。人事の再検討を早急におこ
             なうべきである。

            ( 本稿は武藤治太会長の書下ろしです。)

2013年4月23日 金言(第11号)
『河野洋平論』

■第1章 政治ごっこに終わった前半生
 第1節 「若きデビュー、政界のプリンスに」
       前号では、お話にならない幼児首相鳩山由紀夫氏について書かせて頂いたが、今回はそ
     れに劣らぬ河野洋平氏を取り上げた。河野は鳩山一郎元首相のもとで農林大臣を務め、日
     ソ交渉でも活躍した河野一郎氏の子息で、1937年(昭和12年)の生まれであるが、父親の
     急死にともない若くしてその地盤を受け継ぎ、1967年(昭和42年)30歳の若さで衆議院
     議員に初当選し、若手時代には「プリンス」と呼ばれ、彼自身の勉強会「政治工学研究所」
     を主宰するなど超派閥的に活躍し、自民党内左派の中堅、若手を束ねる立場にあった。

 第2節 「新自由クラブ旋風、しかしその挫折」
      そして1974年(昭和49年)に田中角栄氏が金脈問題で躓き辞職した際、自民党総裁を目
     指して若手議員の擁立運動に乗ったのであるが、当時の党内実力者の間で後継者が決定し
     ていたため、その野望は挫折したのであった。その結果、1976年(昭和51年)彼は前期の
     「政工研」のメンバーであった西岡武夫氏以下5名と自民党を突然離党して、新自由クラブを
     結成し、その党首に就任した。そして結党直後の総選挙において一挙に17名の当選者を出
      し、新自由クラブブームを巻き起こした。ところが、1979年(昭和54年)に盟友の西岡が自民
     党に復党したため大打撃を受け、総選挙においても惨敗し、代表を辞任する破目となる。

 第3節 「自民党への定見なき返り咲き」
       しかし、1983年(昭和58年)新自由クラブは、総選挙で過半数を割った自民党からの呼び
     かけに応じ、連立政権に参加して、翌年河野は再び党代表に返り咲く。そして1985年(昭
     和60年)には第二次中曽根内閣で入閣して科学技術庁長官に就任した。1986年(昭和61
    年)新自由クラブは党勢ジリ貧のまま解党を余儀なくされ、河野は自民党に復党したのであ
     った。何のための十年間であったのであろうか、河野の信念のなさにはがっかりするが、これ
     も鳩山と同様の「政治ごっこ」と考えれば納得できるのである。

■第2章 自民党復党後、五つの大罪への軌跡辿った後半生
 第1節 「自民党を与党にカムバックさせたが...」
        その後1991年(平成3年)に発足した宮沢喜一内閣の成立に貢献し、内閣官房長官に就
     任する。ところが、1993年(平成5年)小沢一郎氏が議員40名を引き連れ脱党して新生党
     を、武村正義氏が同志10名と共に新党さきがけを結成し、同年の総選挙において過半数を
     割ったため宮沢内閣は総辞職した。この局面で河野は総裁選挙に立候補し、渡辺美智雄氏
     を破って自民党総裁に就任する。一方自民党は野党との連立に失敗したため、日本新党、
     新党さきがけ、新生党の三党連立による細川護煕内閣が誕生し、自民党は野党に転落する。
     然し細川政権は長続きせず、その後任の羽田内閣も短期間で崩壊する。そこで、河野は自民
     党の与党復帰をめざし、自民党、社会党、新党さきがけによる三党連立政権の成立を図り、河
     野は自分の首相就任を断念して、首班には社会党の村山富市を担ぐ奇策に出て1994年(平
     成6年)村山内閣を誕生させる。河野は副総理外務大臣に就任した。この奇策の実態がどの
     ようなものだったのかは明らかではないが、とにもかくにも自民党を与党にカムバックさせたの
     は河野の功績であろう。

 第2節 「首相にはなれなかった与党党首」
      1995年(平成7年)参議院議員選挙で与党が敗退すると村山は河野に政権の禅譲を申し
     出る。しかし、党内の旧竹下派の猛反対にあい、やむなく河野はこの申し出をことわる。一方
     で彼は自民党総裁の再選を目指すが加藤紘一氏らが対抗馬に橋本龍太郎氏を推薦したため
     出馬辞退に追い込まれたのであった。総裁となった橋本は、1996年(平成8年)首相となる。
     こうして河野は、史上初めて内閣総理大臣に就任しなかった自民党総裁となった。その後、
     河野は1999年(平成11年)に成立した小淵内閣の外務大臣となり、小淵の急死後の森内
     閣でも続投した。そして2003年(平成15年)に行われた衆議院選挙後、政権奪還をはたし
     ながら首相に就任出来なかった状況を、見かねた党長老の推薦で衆議院議長に就任した。
       自民党総裁経験者で衆議院議長になったのは河野一人だけである。そして2008年(平成
     20年)次の選挙への立候補中止を声明し、翌年(平成21年)の議会解散と共に議員生活を
     終えた。

 第3節 「つまりは定見なく陽のあたる場所を追い求めた結末」
        以上が河野の政治人生のあらましであるが、総括すると、只ひたすら陽のあたる場所を追い
     続けた彼の姿勢については、抵抗を覚えるものである。彼の政治姿勢は一貫して中国との関
    係をことさら重視する中国重視外交、すなわち親中,媚中派で、言い換えるならば対中国土下
     座外交と云って差し支えない。よく知られたエピソードであるが、1975年(昭和50年)バンコ
     クで行われた東南アジア諸国連合外相会議に出席した際、搭乗機が機体不良で台湾に緊急
     着陸した。彼は中国の外相に 「私は台湾の空港で一歩も外に出ませんでした」と述べ関係者
     の失笑を買ったのである。

■第3章 彼の犯した五つの大罪とは
  次に彼の犯した大罪について述べたいと思う。大罪の最たるものは「河野談話」(慰安婦に
関する談話)であるが、この我が国を覆う自虐史観の元になっている本件については最後に
詳述するとして、他にも幾つもの問題発言、行為があった。

 第1節  そもそも国益を守るべき外相時代の大罪
   1) 「北朝鮮へのコメ支援」
          外務大臣であった2000年(平成12年)彼は北朝鮮へ50万トンものコメ支援を決定し
        た。拉致に関して全く誠意を示さない北朝鮮に対し金額にして1200億円の巨額支援を
        進めたのである。然し北朝鮮はそれに対して何らの謝意を表していない。山崎拓氏は
        「北朝鮮からの食糧要請は最大限すべきである。拉致などの個別案件で支援が出来な
        いというのは、よほどの議論が必要である」とうそぶいている。河野の考え方はこれと全
        く同じと思われる。国連からの要請は19万5千トンで、これをはるかに上回る援助は、
        はなはだ戦略性に欠けるもので、供与したコメの相当部分が軍の備蓄に回ったと云われ
        ている。

     2)「遺棄化学兵器に関する取り決め」
         1997年(平成9年)外務大臣在任中に日本が批准していた「化学兵器の開発、生産、
       並びに廃棄に関する条約」の発効に伴い中国国内に遺棄された旧日本軍の毒ガス弾の
       処理について、中国政府と取り決めを交わしたのであるが、対象の毒ガス弾は全量日本
       製ではなくて相当数の中国、ロシア製のものが混じっていたにも拘わらず、全量の処理
       を引き受けてしまった疑いがある。さらに一説には、この条約上、対象物の処理を我が国
       が行う必要は全くないとも云われており、アメリカは、パナマに残した遺棄化学兵器の処
       理を全く実施していない。中国の言いなりになって、はなはだ国益を損じた行為と断定せ
       ざるを得ない。

      3)「李登輝訪日反対」
         2001年(平成13年)台湾の李登輝前総統の訪日問題で中国におもねり自らの外務
       大臣辞任までほのめかし、入国ビザ発行に強硬に反対した。結局李登輝氏にはビザが
       交付されたのであるが、河野が辞任したとは聞いていない。

 第2節  国権の最高機関である衆議院の議長時代の大罪
      「戦没者追悼式における問題発言」
         2006年(平成18年)8月15日全国戦没者追悼式の衆議院議長追悼の辞において、
      天皇、皇后両陛下のご面前を省みず「戦争を主導した当時の指導者たちの責任をあいま
      いにしてはならない」と戦争責任論に言及した。さらに2007年(平成19年)8月15日の同
      追悼式において「日本軍の一部による非人道的な行為によって人権を侵害され、心身に
      深い傷を負い、今もなお苦しんでいる方々に心から謝罪とお見舞いの気持ちを申し上げた
       い」とはなはだ場違いな、常識を疑う発言を繰り返した。戦没者追悼式が、どのようなもの
       であるか、彼には根本的に理解出来ていないのである。

 第3節  宮沢内閣官房長官時代の「河野談話」
     「慰安婦に関する談話」
        この河野談話こそ現在我々に突き刺さっている鋭い大きな棘といって差し支えない。こ
      の談話がもとになり、いまだに「従軍慰安婦強制連行」が、これを証明する客観的な資料
        1993年(平成5年)日本政府は「従軍慰安婦問題」に関する調査を実施したのである
      が、調査結果では慰安婦の強制連行を示す証拠は何一つ見つからなかった。しかし、当
      時の宮沢内閣で官房長官の任にあった河野は同年8月「慰安婦関係調査結果発表に関
      する内閣官房長官談話」いわゆる「河野談話」において「総じて本人たちの意思に反して
      行われた」とか「官憲等が直接加担して強制があった」と「強制連行」の事実があった事を
     認めている。しかし、当時官房副長官であった石原信雄氏は「強制連行」を認めたくだりは
      政府の調査結果からではなく、談話発表の直前に韓国で行われた、元慰安婦からの聞き
      取り調査から導き出された一方的なもので、日本政府の調査では、どこをひっくり返して
      も、軍などの日本側当局が慰安婦を強制連行した資料は、確認されなかったと証言して
      いる。元慰安婦の証言には全く裏付けがなく、一方的な被害証言による「慰安婦の強制
      連行」が歴史的事実として独り歩きしているのである。このように「河野談話」の責任は極
      めて重いものがある。
       強制があったことを認めたのは、韓国政府との取引すなわち「慰安婦の名誉回復のため
      とにかく強制があったことは認めるが、日本政府は金銭的な保証は行わない」があったか
      どうかははっきりしないが、おそらく日韓両国関係を配慮してやむなく強制性をいわば善意
      で認めたのではないかと桜井よしこ氏は述べている。ところが河野は平成9年3月31日の
      朝日新聞のインタビユーにおいて、談話の根拠が裏付けのない慰安婦の証言だけと認め
      ているにも拘わらず「自虐史観」にたって語る運動家の謝罪の理屈を心底から信じきって
      いるようで、全くこの人物は信用できない。

■「最後に」
 最近媚中派と云われる鳩山由紀夫、加藤紘一、河野洋平などがせっせと中国を訪問して媚
を売っているが、このような百害あって一利なしの行為は断じて許すことが出来ない。このよう
な行為は中国当局の思うつぼで、はなはだ売国的な行為である。河野は数日前中国を訪問し、
汪洋副首相と会談しているが、どうして現在のような難しい時期に訪中などするのであろうか。

            ( 本稿は武藤治太会長の書下ろしです。)

2013年3月29日 金言(第10号)
『鳩山由紀夫論』

■第一節 真に憂うべきは国益を損なう国家リーダー
 政治家のあるべき姿とは、国家、国民の利益即ち国益を追求することを第一義に考えることが、当然の義務である。しかしながら、現在国会議員は700名の多数が在籍しているが、その中でどれだけの議員が、国益について真剣に考えているかには疑問符がつくところである。ましてや総理大臣や大政党の総裁経験者が国益を損なう行動に走っている我が国の現状は、真に憂うるべきものである。私は今回その元凶として、元首相鳩山由紀夫氏をまず取り上げ、次回は河野洋平氏について言及したいと思う。

■第二節 ルーピー(間抜け)とまで呼ばれた日本国総理、国賊鳩山由紀夫氏
 さて鳩山氏であるが、まず、最初に云っておきたいのは、このような人物を総理大臣にまで昇りつめさせた我々国民に責任があるのではないか?確かに彼は、祖父鳩山一郎が保守合同以前の民主党総裁で総理大臣をつとめ、日ソ共同宣言の当事者であった。又父も大蔵事務次官をへて参議院議員から外務大臣をつとめたという毛並のよさと祖父以来の人脈、知名度に加え母方の祖父がブリジストンの創始者であり、その財力による裏付けもあって、政治家としては比較的遅い39歳での政界入りであったが短期間に頭角を現し、1990年代の政界再編成期に、一躍中心的な存在となっていく。しかしこの頃から、彼の行動には問題があり「政治ごっこの鳩山」と云われたことを覚えている方も多いはずである。鳩山氏について「憲政史上に残るほど最も愚劣な宰相」と評したのは産経新聞であるが、ではどのような点が愚劣なのか、先ず我が国のよってたつ基盤である日米関係を抜き差しならぬものとしたことである。沖縄普天間基地の移設については歴代の自民党首相と地元を含めた関係者の努力により辺野古への移転が決まっていた。それにもかかわらず、彼は自らの知識、経験不足、勉強不足を省みることなく普天間基地の国外移転、最低でも県外などと沖縄県民に期待感を持たせた結果、どうすることも 出来なくなり、結局辺野古に逆戻りせざるを得なくなったのはご存じの通りで、これほどの失政は罪万死に値するものである。また、首相就任早々東アジア共同体構想などを打ち出すなどして、アメリカを激怒させた事もあった。これらの事柄から鳩山氏は親 中とみてアメリカ政府の信頼を全く失ってしまった。 その他、温暖化ガスの25%削減を国連の場で公約するなど無責任かつ場当たり的な発言を繰り返し、国民の政治に対する不信を増幅させた張本人が鳩山由紀夫氏である。アメリカのマスコミでは、外交問題を中心に迷走を続けた鳩山氏を「ルーピー(間 抜けな)日本国総理大臣」と 評していたがこれほどぴったりする言葉はあるまい。首相辞任後も首相官邸前での反原発デモに参加するなど、およそ首相経験者ら しからぬ軽挙妄動が目立ったが、その言葉の軽さは普通では考えられない。「首相経験者が引退後影響力を行使することは政治の混乱を招くので、影響力を残すべきではない」 と明言していたため、首相辞任後引退を表明するが、その舌の根も乾かぬ間に引退を撤回したのなどはその際たるものである。 最近の鳩山の問題発言は枚挙に暇がないが、本年1月の訪中した際、沖縄尖閣諸島を巡り、日本政府の「尖閣諸島は我が国固有の領土で領有問題は存在しない」とい う立場に反して「日中間の係争を認めるべきだ」と発言、さらに数日後わざわざ南京まで出かけて行き、真実性について極めてあやしい南京の30万人虐殺事件を肯定する ような態度を示したなどは、まさに国賊の名に恥じないものであろう。鳩山氏の問題 のある言動、行動はいくら書いても書ききれないものがあるのでこの程度にしておこう。

■第三節 二代も続けて史上最低の首相を選んだ責任は国民にあり
 さて、このお馬鹿さんの後に首相となった菅直人氏はルーピーに輪をかけたとんでも ない首相であつた。原発事故を含む大震災の処理を誤り、外交政策、経済政策におい て我が国を弱体化させた彼の責任は、鳩山氏と同じくらい重いものがある。 民主党 政権の3年3か月は、人口減少と国家財政危機にあえぐ我が国にとって大変な道草で あった。しかし、この全く党綱領さえない、鵺のような政党に、片方においてあまりにも自民党政権のだらしなさがあったとしても「一度やらしてみるか」と嬉々として票を入れ たのも我々国民なのである。当館の創立者武藤山治は、昭和3年に初めて普通選挙 が実施された折、余りにも低い選挙民の政治意識を根本的に改革しなければ、今後の我が国の政治は良くならないとして昭和7年この政治教育の殿堂國民會館を創立した、爾来80年あまりが経過したが先年の民主党政権の誕生を見ると国民の政治意 識は昭和の初めと何ら変わっていないのではなかろうか。余談になるが、1933年にドイツにおいてヒットラー率いる国家社会主義ドイツ労働者党すなわちナチス政権が誕生した。第一次大戦に敗れたドイツでは世界一民主的なワイマール憲法が生まれ、そ の下で国家再建に取り組んだのであるが、不況とインフレは終息せず、小党分立のもとで国家再建は遅々として進まなかった。そこに現れたのがナチスだった。国民は独裁色はあったが整然としたナチスの政策に魅力を感じ、「一度やらしてみるか」と投票所 に足を運んだ結果、合法的な政権として生まれたのがナチスなのである。その後ナチス政権のもとにドイツがどうなったかは皆さんよくご存知のとおりである。

            ( 本稿は武藤治太会長の書下ろしです。)

2013年2月13日 金言(第9号)
『国会同意人事問題に思う』

■「同意人事とは何か」
 国会同意人事がまたぞろ問題となってきた。周知のとおり我が国の法律では、行政機関の委員長、会長、委員など役職者の一部について内閣総理大臣または各省の大臣が、任命しようとする場合、衆参両院の同意を得なければならないことになっている。  すなわち、この同意規定については、衆議院の優越性がないため、仮に衆議院が同意しても参議院が不同意ならば人事は不同意となり成立しない。同意人事は36機関にも及ぶが、主要なものは今脚光を浴びている「原子力規制委員会委員長、委員」「公正取引委員会委 員長、委員」「衆議院議員選挙画定審議会委員」「NHK経営委員会委員」などであるが、取り分け重要なものは「日本銀行総裁、副総裁及び政策委員会審議委員会委員」であろう。   小沢一郎氏率いる民主党は、野党であった時、政争の具に同意人事否決を繰り返した。すなわち平成20年(2008年)日本銀行総裁、副総裁人事を立て続けに不同意として、現在の白川方明総裁は、ようやく妥協の中から生まれた人事であった。

■「事前報道ルールは人事の不適切と関係なし」
 さて同意人事には「事前報道ルール」というものがある。これは平成19年(2007年)当時の西岡武夫参議院議院運営委員長が主導して「事前報道された同意人事は受け付けない」と申し合わせ作られたルールである。西岡氏はメディアの報道により同意人事が既成事実化し、野党の反対が封じられ、形骸化するのではないかを心配してこのルールの確立を図ったようであるが、全く的を射ないものであった。何故なら、メディアの報道と人事の適切、不適切は関係ないからである。人事が適切 かどうかは国会の審議の中で判断されるべきもので、事前報道の有無で、人事が左右されるのは筋違いであるし、報道の自由にも抵触しよう。 衆参両議院のねじれに加え、この奇妙なルールが重なり、政府の手続きは進まず、国会が停滞する大きな原因となった。特に民主党政権では国会同意人事が滞り、今通常国会では100名以上の処理を迫られるという異常な状況下にある。この状況を打破するため、民主党は、与党であった昨年自らルールの見直しを提起し、この通常国会召集に際し、ルールの撤 廃で一致していた。議会が始まってからも柔軟な態度を示していた。

■「党利党略の横車を押す民主党の愚」
 ところが、今月8日政府は、衆参両院の運営委員会の理事会に、杉本和行元財務事務次官の公正取引委員会委員長起用を含む14機関41名の国会同意人事案を提出したが、杉本氏の人事案が一部の新聞に報じられたところから、民主党は突然従来のルール「事前報道され た人事案は認められない」を盾に提示を拒否し、理事会を途中で退席してしまった。これは、民主党の輿石東参議院議員会長が、夏の参議院選挙をにらみ、同意人事案件を再び国会運営の駆け引きに使いだしたということで、党利党略をむき出しにしたこの戦略は、むしろ有権者 の反感を買う以外の何物でもない。大体杉本氏の起用を決めていたのは与党であった民主党なのである。衆議院選挙惨敗の後「今までとは違う、建設的な野党を目指す」姿勢を示していたのではなかったのか。輿石氏の「抵抗野党」路線では次期参議院選挙に決して良い影響 を及ぼさないと思う。むしろこのままでは分裂。消滅の道を歩むのではないかと危惧する。 党内でも輿石氏に批判が出ているようであるが、このまま行くと、今後日銀総裁人事も控えており5年前と同じ憂うるべき状況が再現してしまう。 輿石氏は日教組のドンとして参議院に君臨し、今や民主党の国会議員は参議院が主体であるため勝手きわまりない行動に出てい る。個人的なことは余り云いたくないが、彼の風貌、ぶっきらぼうな話し方から知性は全く感じられない。経歴も長い教員生活の中で日教組の幹部として頭角を現したが、名誉欲が強い一方権力には弱く、同じ山梨県の故金丸信氏には全く頭が上がらず、近年は小沢一郎氏の腰 巾着であった。 野田前首相が、面従腹背の彼を幹事長に起用したのは野田氏の最大の誤りであった。昨年の衆議院選挙大敗は、幹事長であった彼にも多大な責任があり、本人は、幹事長を辞めたのでそれで免責になったと思っているふしがあるが、とんでもない事で、参議院議員会長 も辞任すべきである。彼の思惑は夏の参議院選挙に勝利し、目指すは参議院議長の椅子を射止める事にあるのではないか。そうなったら参議院の権威の失墜は目を覆うばかりとなるであろう。このような輿石氏に、民主党の執行部 海江田万里代表、細野豪志幹事長は立 ち往生しているのは、真に情けない限りである。

            ( 本稿は武藤治太会長の書下ろしです。)

2013年1月8日 金言(第8号)
『活断層 その2』

■はじめに 政権交代によるエネルギー政策の見直しを歓迎
 安倍新政権が発足して民主党政権が決定したエネルギー政策も全面的に改める事になり、大変喜ばしく思っている。即ち新政権は新設許可済みで一部着工している青森県大間と島根第2の2原発の推進を認めた。更に原子力規制委員会が7月までに決定する新基準を充たした原発は順次稼働させる意向である。又原発の新設についても安倍首相は、本心では前向きと思われる。

■変動地形学を主軸とする活断層判定への疑問
 しかしながら、一方では活断層について原子力規制委員会のシビアな判定が続いている。具体的には日本原子力発電敦賀原子力発電所に続き東北電力東通原発でも活断層であるという「クロ判定」が下された。電力会社が問題なしと主張し続けていたにも拘わらず、規制委員会が現地調査をするたびに活断層が見つかるというのは異常事態である。まさに活断層ドミノといつて差し支えない。何故このような事態になったのか、この理論的な裏付けになっているのが、新たに持ち込まれた「変動地形学」による判定だそうだ。 活断層は地層のずれであるが、断層は地下に隠れており、断層面が地表にまで姿を現していることはまれである。従来の「地質学」の手法では、目星を付けて地中深く溝を掘ったり、掘削したりして苦心の末、活断層を見付けている。これに対して「変動地形学」の手法では、地下の断層の活動によって造られた地面の起伏やゆがみに着目し、航空写真や地表の調査から地下の活断層を見付け出す。「いずれも大地の成り立ちを探る学問であるが、地質学が地下を見るのに対し、変動地形学は地表を見るため新しい時代の情報を得やすい」と専門家は語る。そもそもこの学問は阪神大震災後、活断層と地震の関係が注目されるようになりこれを駆使して活断層の調査が進んだのであるが、旧原子力安全・保安院、電力会社はこれによる調査には全く無関心で2006年に原発の耐震指針を改定した際も審議会のメンバーには変動地形学の専門家は皆無であった。ところが昨年9月の規制委員会発足とともに状況は一変して変動地形学の専門家が積極的に登用され、今回の敦賀、東通の調査には調査団の大半は変動地形学の専門家が占めた結果このような活断層ドミノが起きたのである。航空写真や地形から地下の活断層を推定するこの手法は、「土壌の試料を分析して活断層を断定する方法に比較して自然科学的な厳密さには欠ける」と云われており、変動地形学は活断層そのものを見付け出すというより「可能性」をあぶり出すものではなかろうか。実際規制委員会が敦賀と東通の断層に対し「クロ」判定を極めて短い調査で出した事について専門家も驚いており、事務局の原子力規制庁も面喰っている。 産経新聞の12月30日社説で今回の「クロ」判定は明らかに「原発の再稼働を難しくしたり、廃炉に追い込もうとする意図があるのではないか」「東通原発では、活断層の可能性を完全に否定しきれないという論理で電力会社の主張を退けた」「もっと以前に原発の地質調査に関わったメンバーにも参加してもらい議論すべきではなかったか」「規制委員会の調査団だけではなく、民間の調査団も入れてそれぞれの見解をもとに活断層かどうか議論しては」「規制委員会は独立性が保証されているだけに暴走しかねない」と述べている。

■活断層という魔女狩りの蔓延の危うさ
 私は、この一連の動きは、かってこのメルマガで記したように活断層の有無により、何としても原発の再稼働を阻止しようとする力が働いているとしか考えられない。活断層の騒ぎは私に言わせれば現代の魔女狩りである。 あらためて考えてみると、福島の原発事故は活断層によるものではなく、あくまで津波による電源喪失である。原発が運転開始してから約50年たつが活断層が動いて破壊されたものは一つもない。地震学者は東北大震災を予想出来なかったし、変動地形学者は阪神大震災について何ら考えもしていなかった。私は被災者であるが、神戸には地震は無いと思っていたくらいである。事ほどさように地震予測は未知の学問である事を肝に銘じておくことである。 極端にいう人は、活断層は地震の原因ではなく、地震の結果であるとさえ言っている。規制委員会の方々は現在稼働中の大飯にも怪しい断層があると言っている。結論は本年に持越しとなっているが、産経の当該社説の次ページに、大飯停止なら関西電力の電気料金値上げは15.7%から24.6%に拡大すると報じている。

■原発再稼働を含む実現性ある全体エネルギー構想が常道
 私も福島の惨状を思う時、当然将来危険な原発ゼロは望ましいと考えるが、それに代る再生可能エネルギーは、実に全体のわずか10%でその内水力発電が8%であるから太陽光発電や風力発電はたった2%なのである。しかもこれらを増やしていくためには膨大なコストを要する。加えて廃炉、廃炉と簡単にいうが、これにも莫大な費用を要することを考えたことがあるのか、また廃炉に関しては技術的にも難問を抱えているのがわからないのか。  このような状況の中で、原発の再稼働が進まないとただでさえ疲弊しつつある我が国の国益をますます損じることは明白である。昨年は、原発停止に伴う原油、天然ガスの輸入増加により実に3兆円の国富が海外に流失した。最近の円安傾向から本年はさらにその額は拡大する。我が国の貿易赤字は増大し、当然電気料金はさらに高騰して、その結果企業の海外移転は加速度的に進む、即ち空洞化の拡大は必至で失業率は高まり、デフレは止まらず國民生活の困窮は高まるであろう。  最後に一つ触れておきたいことがある。最近よく新聞等マスコミで報じられるメタンハイドレードのことである。確かにメタンハイドレ−ドは資源小国の我が国にとって将来大変有望な材料であるが今すぐ戦力になるものではない。実用化にまでは相当の期間が必要である。最近の日経新聞には夢物語とさえ書かれていた。ところが一部のマスコミに自称専門家が登場して、明日にでも実用化出来るかのよう報道するため大変誤解している向きもあるので、慎重な報道を期待するものである。もう一つ付け加えると、原発を全面的に廃棄することを決定したドイツは火力発電のコストがかさみ、電気料金の高騰に悩まされ、メルケル政権を揺るがす大問題となっている。そしてそれと同じ問題が我が国を脅かそうとしているのである。

            ( 本稿は武藤治太会長の書下ろしです。)

武藤会長「金言」

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