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武藤会長「金言」

2016年12月22日 金言(第53号)
『国会審議にいい加減な民進党』

■はじめに「3法案に対する不真面目な民進党の政治姿勢」

  11月一杯を会期としていた臨時国会も約二週間の延長の末、閉会となった。
この国会における大きな課題は、TPP法案、年金制度改革法案、IR(カジノ)法案であったが、私が思うに野党の中心である民進党の不真面目振りは目をおおうばかりであったのではないか。9月15日に新しい代表となった蓮舫氏率いる民進党は、与党の提案する重要法案に対して只々反対あるのみで、堂々と野党としての対応をしていないと思うのである。

■第一章「絶望的となったTPPの発効」

第1節「TPPの目的と具体的メリットとデメリット」
(1)その目的
  先ずTPP法案についてであるが、この法案の内容は尨大なものであるから、詳しくは述べられないが、簡単にふれるとTPPとは、環太平洋パートナーシップ(Trance Pacific Partnership) の略である。太平洋沿岸諸国であるオーストラリア、ブルネイ、カナダ、チリ、日本、マレーシア、メキシコ、ニュージーランド、ペルー、シンガポール、ベトナム、アメリカの12ヶ国による新しい経済連携協定である。もともと2006年に、シンガポール、ニュージーランド、ブルネイ、チリの4ヶ国によりスタートしたP4(パシフィック4)という規模の小さいEPA(経済連携協定)であったが、2009年にアメリカが参加することにより様相が一変し、オーストラリア、ペルー、ベトナムが加わり名称もTPPとなった。実に世界のGDPの4割を占める巨大な経済圏が出現したのである。アベノミクスを推進する安倍政権は、この協定に2013年3月に参加を表明したのであった。
  この協定は、簡単にいうと、各国が設定している関税をなくして貿易の自由化を促進し、経済の発展を期することを目的としている。ここで、問題となるのは関税を全廃することにより我が国は得意分野の輸出において、より日本製品が売れるようになるメリットがある反面、従来日本が大切に守ってきた農業などは守れなくなってしまうことである。これがTPPの本質である。端的に言って、国内産業の一部に犠牲を強いることより輸出産業を促進させることを選択したのであった。
(2)そのメリット
  さて参加のメリットとして一般的に云われているのは
@関税の撤廃により貿易の自由化が進捗し、日本の輸出額が拡大する。これにより、大手製造企業においては利益が増大する。
A政府の試算によると、グローバル化を発展させることにより年間のGDPは、2700億円増加する。
B仮にTPPに参加しないと雇用が81万人減少する。
(3)そのデメリット
  一方デメリットについて云えば
@「農産物価格の下落」海外からの安価な商品の流入により、デフレを引きおこす恐れがある。これが大きなデメリットであるが、関税がなくなることにより、安い農作物特に米が流入し、日本の農業に大きな影響を及ぼす。具体的に示されているので、それを示すとオーストラリア産牛肉は20%下落する。主食の米、小麦、砂糖などの調味料、トマトケチャップなどの加工食品や衣類、革靴などについても関税が無くなれば国内価格は下がる。さらに、食品の添加物、遺伝子組み換え食品、残留農薬の規制が緩和されることにより、食の安全が脅かされる。
A「国内の農業対策の必要」として、農業予算を3兆円増やす必要がある。(農林水産省試算。これは果たして本当か)農林水産省の試算では、TPP参加により雇用が340万人喪失する。(老齢化により放っておいても減るのではないか?)同じくTPPに参加すると食糧自給率が現在の40%から13%にまで減る。
B「求められる混合医療」不明な点が多いが、アメリカは日本に対し、従来認めていない混合医療(保険プラスお金がかかる最先端医療)を求めてきているが、認められれば治療費は高騰する。
第2節「次期大統領のTPP離脱宣言に対する民進党の視野の狭さ」
  このように農業部門などでは大きなデメリットがあるのである。安倍内閣はトータルでこの条約を結ぶことによりEPAのスタンダードを日米が握るとして条約締結を進めて2016年4月にTPPの署名式が、日本アメリカを含む12ヶ国で締結された。現在すでに本条約を批准した国もニュージーランドなど何ヶ国かあるが、我が国も今国会で本条約及び関連法を12月9日の参院本会議で成立させた。しかし、11月8日に行われたアメリカ大統領選挙に当選した次期大統領はかねてからこのTPP条約に反対を唱えていたが、11月21日に明年1月20日の大統領就任に当たり、先ず貿易政策を掲げ、就任初日にTPP協定からの離脱を宣言した。この為、このままではTPP協定の発効は完全に実行不能となったのである。そのため民進党は、肝心なアメリカが参加しないのではこの協定が成立する見込みは全くないとして、日本における協定の承認は、安倍首相の独りよがりに過ぎないとして、TPP法案関連法案に反対したのであった。事実、本法は署名2ヶ年以内に参加12ヶ国全てが議会の承認を終えれば発効するとしていて、もし仮に2ヶ年以内にそれが行われなければ加盟国全体の85%以上を占める少なくとも6ヶ国が国内手続きを終えれば成立するという仕組みになっている。日本のGDPは17.7%、アメリカは60.4%であるからそれだけでおよそ78%となるから、その他GDPの大きな何ヶ国かが、手続きを終えればTPPは2018年4月に発効することになる。しかるにアメリカが参加しないとなるとこのTPP法は完全に宙に浮いてしまう。
第3節「世界の自由貿易ルール確立へ我国が主導を」
  しかし、一方ではこのTPPが挫折すると、中国が主導する東アジア自由貿易協定(RCEP)に貿易のルール決定がゆだねられることになる。RCEPの詳細は省くが、要するにこの協定は日、中、韓、アセアン、オーストラリア、ニュージーランド、インドを含めた広大な地域を対象とする自由貿易協定である。しかし、知的財産権の取り扱いまでを決めた精緻なものではない。しかも各国の経済レベルも違いすぎ、弱小国に対する中国の影響が大きく行使されるから、おそらく我が国にとって大変不利なものとなろう。トランプ次期大統領は「アメリカ第一政策」を唱え、グローバル化がアメリカ市民を貧困に追いやったと主張し、NAFTA(北米自由貿易協定)をも御破算にすると云っている。(トランプ氏は、NAFTAはアメリカの災害とまで云っている)そうとなればTPPをアメリカが承認する可能性は零といってよい。しかし、アメリカ国内でも自由貿易促進派は、TPPが不成立となると、アメリカを除く各国のRCEPへの傾斜が強くなると、トランプ次期チームに強く訴えていくというニュースも伝わってきている。我が国としては当面、このTPP法の国内承認を行い、アメリカ以外の国々との結束を高め、いずれアメリカを迎え入れる余地を残しておくべきで、そのための今国会での承認であるが、それにもかかわらず世界の情勢に目が向かない民進党は共産党と承認反対に終始した。

■第二章「年金抑制法案」

第1節「現役世代の年金水準を低下させないために」
  次に年金支給額を抑える新ルールを盛り込んだ国民年金法改正案であるが、この法律を民進党は「年金カット法案」などと呼んで法案阻止を図っているが、もっての外と考える。大体、民進党に物申せば、昨年成立した「平和安全法制整備法」を戦争法と名付けて、売国的反対を繰り返して、世を迷わせたのは当時の民進党や共産党であった。自民党はこの法案を「現役世代がもらう年金水準を低下させないための法案」と主張しているが全く納得のいく説明だ。これに対し、民進党は、本法は「年金をカットするもので、国民の年金を減額するものである」とまるで噛み合わない。
第2節「改革の具体的内容について」
  今回提案された年金制度改革関連法は、次の内容が盛り込まれている。 先ず柱となるのは、年金支給額の新たな改訂ルールの導入である。これまでは物価上昇時に賃金が下がっても年金支給額は据え置かれていたが、新しいルールによると、平成33年度から賃金が下がった場合には、年金支給額が引き下げられることにしている。
  さらに、年金支給額の伸びを物価や賃金の上昇より低く抑える、いわゆる「マクロ経済スライド」を強化する。すなわち、従来は賃金や物価が低迷する景気の後退期、すなわちデフレ経済の下では、この「マクロ経済スライド」は1度しか実施されなかったが、年金制度の持続性を高めるため、景気の回復した場合に実施しなかった年の分も合わせて支給額を抑制するとした。いささか専門的になるが、04年に「100年安心」をうたって「マクロ経済スライド」を導入した時には取得できる年金の額が現役世代のどれくらいになるかを示す所得代替率を、04年度の59%から50%にまで下げる見通しを立てていた。しかしデフレが続き、物価が上昇しなかったため所得代替率は一時60%を超えたのであった。先送りして、まとめて後で年金額を引き下げられるようにすることで、年金額上昇の一定の歯止めにはなるが、実際にたまったツケをどこまで一度に請求できるのか大変難しいのではないか。
  更に、見直しのもう一つの重要な柱が支給額を変える際の目安の変更である。すなわち、毎年の年金支給額は、物価と現役世代の賃金の変動によって決まることになっている。従来は物価が下落した場合、年金額を据え置いたり、物価に合わせたりして見直してきた。今回の改正では21年度からは賃金が物価より下がった場合、賃金に合わせて年金額を改定する。このため物価が上がっても賃金が下がれば、年金額が下がることになる。言いかえると、賃金が安定して上昇しない限り、名目上の年金は減ることになる。この事は、現在年金を受け取っている高齢者にとっては大きな問題である。民進党などが云っているのは、この支給額が生活に大きな影響を及ぼすという点である。
第3節「改革の目的は年金制度の持続性にあり」
  しかし、若者世代の立場に立ち、制度の持続性を考えるならば、与党が現在の年金の水準を徐々に下げることによって、将来の年金水準を維持していくべきであるとの主張は全く正しい。仮に支給額の抑制が進まなければ積立金が尽き、年金額そのものが大きく減少する場合がありうる。という事は制度自体が崩壊することも念頭においておかなければならない。識者によれば今回の改革は不十分で現状は「マクロ経済スライド」を毎年実施しないといけない状況に追い込まれているとしている。それにもかかわらず民進党など野党は先にも述べたように「年金カット法案」と名付け、国民の不安を煽るような批判が目立ち、では年金制度の安全な持続をどのようにするかという対案は一切ない。只々反対のための反対といってよいであろう。またマスコミも正直いって、十分にこの内容を報道していないのではないか。民進党の蓮舫代表は就任に当たり対案を出していくと約束したが、TPP法案もしかり、この年金のあり方についてもこうあるべきであるという対案は全くない。また議事の進め方についても議員の数では敵わないため委員会委員長の不信任案とか、大臣の不信任案、あるいは内閣の不信任案などでいたずらに無駄な時間を使い、挙句の果ては本会議では審議を放棄して退場するなど議会制民主主義の放棄としか思えない態度では到底国民の支持は得られないのではないかと強く思うのである。

■第三章「IR法案」

第1節「所謂カジノ法案の目的は経済活性化」
  臨時国会の最後の目玉となったカジノを含む統合型リゾート施設(IR)整備推進法であるが、この法律の成立が俎上に乗ってから久しいものがある。そしてこれの特徴は超党派の議員立法という点である。この内容に触れておくと、俗にカジノ法と云われているが、正式には先にふれた名称で、目的としてはこの統合型リゾート地としての発展を期することである。もう少し付け加えるとカジノという観光施設によって、その周辺地域の経済の活性化を促すことである。現状では不明な点が多いが、先進国でカジノを持たない国は我が国だけではないかと思われる。そして2020年には東京でオリンピックが開催されるため、それに向かってこの法律の成立が急がれるのではないかと考える。一説にはカジノ大国はアメリカが当然世界1位であるが、日本の経済力をもってすれば相当大きな地位を占めることが予想され、観光立国、外国人の招致にも大いに期待でき、経済的にもプラスになることは明らかである。
第2節「ギャンブル依存症対策について」
  しかし反対派の意見として一番大きいのが、日本人はギャンブルに依存しやすい傾向があるとして、ギャンブル依存によって個人の生活に大きく影響を与えるのではないかという点である。又治安の悪化をいう人もいるが確たる証拠は何もない。確かに厚生労働省の統計によると日本人のギャンブル依存症の難のある人は536万人で人口比率は4.6%と世界では1%以下のため極端に多いとのことである。このためカジノには日本人は出入り禁止で海外からの客のみが利用可とする案もあるようである。
第3節「内閣不信任案まで出した民進党の非常識な対応」
  私個人としては、IR法賛成である。今回この法案については、特に依存症対策について反対派からの注文がやかましい。そこでそれらへの対策やこの法律を実施するための具体策を政府は一年以内にまとめ「IR実施法案」を提出することに決定した。それにしても、この法案一本を通すため民進党を中心とする野党は会期末に内閣不信任案まで出して無駄な抵抗を重ね、会期をまた3日延長することになり誠に非建設的な態度で、もう少し真面目にやってもらいたいと思っているのは私だけではあるまい。
  先般のNHK番組でも自民党のある議員が、野党が与党の対応を「数のおごり」と批判していることについて「少数政党が出てこなかったりすれば審議は進まず、採決できない。これはむしろ少数の横暴である」と反論していた。
  更にIR法案が、衆院内閣委員会で約6時間の審議で採決されたことを、野党が非難していることについて「審議拒否をしておきながら、時間が足りないなどとは自己矛盾も甚だしい」としている。

                                                                                                                           以上
  皆様の忌憚のない御感想、御意見をお待ちしております。

                                               ( 本稿は武藤治太会長の書下ろしです。)

2016年11月29日 金言(第52号)
『ポピュリズムの行方 英国のEU離脱』

■はじめに「ポピュリズムによるEU崩壊の始まりか」

  今、世界にはポピュリズム(大衆迎合主義)という怪物が横行しつつある。その最たるものは11月8日に行われたアメリカ大統領選挙における予想を大きく裏切ってのトランプ氏の当選であろう。また、少し前になるが、6月23日の英国の国民投票による欧州連合(EU)離脱である。英国の離脱が決まってから早5ヶ月を経過するがその理由については以下に詳しく述べるとして、根底にあるのは、今回のトランプ氏の予想に反する大統領当選と共通するものがある。トランプ氏については次の機会に述べるとして、先ず順番から、英国のEU離脱から考察してみよう。今回何故欧州連合(EU)から英国が離脱しようとしたのか?遠い欧州の事なので我々は漠然としたイメージしかEUに対して持っていないのではなかろうか。事実私も欧州旅行でEUになってから通貨は英国を除きどこでもユーロという統一通貨が通用するし、域内ならパスポートを提示することなく自由に動ける。これは便利になったぐらいにしか思っていなかった。

■第一章「国境のないEUを目指した歴史」

第1節「二度の世界大戦の教訓」
  さて、EUには、欧州連合基本条約が結ばれていて、これがEUの法的根拠となっている。この条約によればEU市民は同域内を自由に行き来し、定住することが保証されている。欧州連合条約は1992年2月に調印されたのであるが、簡単にその成り立ちを説明すると、第二次世界大戦でヨーロッパは苛烈な戦場となった。同じ大陸の中で、ドイツを中心とする枢軸国と英、仏、そしてアメリカ及びそれに加えて共産主義国のソ連の連合国陣営に別れ激しい戦いが全ヨーロッパで繰り広げられ、1937年から1945年の間の戦争で国土は荒廃し、多くの犠牲が生まれたのであった。戦いが終了した後も経済的な損失から各国ともなかなか立ち直れないなど大きな爪痕をヨーロッパの各地に残したのであった。
  余談になるが、第1次世界大戦は1918年に終わったのであったが、それよりわずか20年後に第2次大戦が勃発して更なる惨禍をヨーロッパの各地に残したのである。
  2回の大戦争で生じた惨禍が起こらないようにするにはどうしたらよいか。それはヨーロッパ全体を一つの国のようにすれば当然戦う相手が消滅するのであるから戦争は再び起こらないと考えたのが、そもそものEUの発端であった。
第2節「戦後すぐに石炭鉄鋼共同体によりスタート」
  これに至る曲折であるが簡単に述べると先ず、第2次世界大戦後、最初に生まれた組織が1951年に結成された「ヨーロッパ石炭鉄鋼共同体(ECSC)であった。この組織は、フランスとドイツが主導した。ヨーロッパの歴史に詳しい方はご存知の事であるがこの両国は、近世に至る迄何度も戦火を交えていたが、その原因となったのは、この二国の国境にある石炭と鉄という資源を巡る争いに起因していた。当然産業革命以降鉄鋼業と石炭業は国家発展のための死命を制するものであったが、不幸にも両国の国境にこの二つの資源があったため、互いに利権を巡って譲らなければ、何時迄経っても争いがおこるのは必至と考え、フランスの当時のシューマン外相を中心として鉄と石炭について国家という枠組みを越えて、第三者的な立場に立った鉄と石炭を管理する国際機関を創設すべきであるという提案がなされ、ヨーロッパ石炭鉄鋼共同体(ECSC)が生まれたのであった。この段階で、フランス、ドイツ、イタリア、ベルギー、ルクセンブルク、オランダの6ヶ国が加盟国となった。それに加えて1958年「ヨーロッパ経済共同体(EEC)」と「ヨーロッパ原子力共同体(EURATOM)」が上記6ヶ国をメンバーとして設立された。
第3節「その後共同市場、共同体を経て連合(EU)として成立」
  そして、この「ヨーロッパ経済共同体(EEC)」を一つの国家とすることを理想に、先ず「共同市場」の創設にとりかかる。その内容としては先ず各国の国民が、パスポートやビザを持つことなく自由に行き来するようにした。また商品の流通において、国の枠組みを取り払い行き来できるようにして、経済活動を活発化することを目指した。さらに、外国資本の進出を積極的に認め、企業規模の拡大を可能にし、国を越えての競争が活発化することを目指した。しかし、国によって経済状態は当然異なっているので、各国のとる経済政策も相違するわけで、ECSCでは各国の経済政策が、少しずつ接近していくよう「関税同盟」をつくって対処した。
  これはどういうことかというと、それまで各国は自国の産業を守るため、海外からの輸入商品には関税をかけ、消費者の多くが価格の安い海外商品に流れていかないよう歯止めをかけていた。すなわち、輸入商品に関税をかけないことで、相互に国家が商品を安価で買えるようにしたのが関税同盟であった。このような取り組みが進み、上記のECSC、EEC、EURATOMが1967年に合体して出来た組織が「ヨーロッパ共同体(EC)」である。この組織には、前身の組織メンバー6ヶ国に加えて後に、アイルランド、イギリス、デンマーク、ギリシャ、スペイン、ポルトガルが加わり1991年12月に「ヨーロッパ連合(EU)」が誕生したのであった。前身のECにおける経済共同体を発展的に拡大し、そして1993年通貨の統合を果たす。また共同体をより大きくして政治的統合を目指しているのがEUの特徴といってよい。

■第二章「EU統合の光と影」

第1節「28カ国に巨大化するも、硬直化した官僚機構」
  欧州連合における政策の執行と決定はブリュッセルにある3つの機関、加盟国政府を代表する理事会、市民を代表する欧州議会、ヨーロッパの利益を具現するための欧州委員会で構成されており、これらは既存の欧州連合条約を修正した2009年12月に発効したリスボン条約によって規定されている。話は前後するがEU加盟国は28ヶ国で内、ユーロを通貨として使用しているのは19ヶ国である。ソ連崩壊後EUは、旧ソ連圏に勢力の拡大を図り、東欧圏のポーランドやハンガリー、ルーマニアに及ばずバルト三国にまで拡大していっている。そしてロシアの金城湯池であるウクライナにまで手をのばそうとした結果、ロシアとEUは険悪な状況となりアメリカを含めて激しく対立している。
  また、トルコは半世紀に亘りEU加盟を切望しているにもかかわらず、イスラムを嫌うEUは未だに加盟を許していない。先日の日経もEUはキリスト教クラブと揶揄していた。もう一つふれておきたい事は、英国は、1973年からEUに加盟しているがユーロは採用せずポンドを通貨としている。さて英国は、通貨は別としてEUの主要な加盟国でロンドンのシティはEUの金融を司る一大中心地である。しかし、一方で英国にはEUの政治体制、すなわち上記に述べたブリュッセルを中心とした硬直した官僚機構に長年に亘り不満を持っていた。
  特にEUに対する分担金やブリュッセルの決める政策そのものに不信感をつのらせており、英国の独立を損なうという事すらおこっていた。
第2節「移民・難民の増加が労働市場圧迫、治安も悪化」
  また、近年欧州大陸からの移民が増加して一部労働者の領域を犯すとして国民の不満が高まっている。特に2004年以降EUが拡大するに従い移民の数は増加して、上記のように労働市場を圧迫する一方、公的サービスに負荷がかかり、この移民問題を解決できない政治家への不満が高まっていった。もう少し具体的に述べると冒頭に述べたEU基本条約はEU域内におけるEU市民の自由な移動定住、労働者の移動は保証されている。
  しかし、一方でこのような人の移動の自由は治安、安全保障、経済の面で大きな問題をはらんでいる。テロリストがEU域内で養成されればこのテロリストは、EU法の保護のもとに域内を自由に動き回ることが出来る。勿論英国としてはそのような者に対して入国を拒否できるが、他のEU国内で実刑を受けた者でもイギリスへの入国は可能である。一方で他のEU加盟国には、治安上問題となる者の犯罪歴を共有する義務がないのでイギリス政府にはその事は知らされず実質的に入国を拒否する事は難しいのである。
  また、経済面では域内の低賃金労働者や熟練度に欠ける労働者が仕事を求めて高賃金の国(イギリス)へ移動し、その国の労働者と仕事の奪い合いとなり、その国の平均賃金へ下方圧力をかける。実際に、本来のイギリスの基準に従えば、イギリスで働くEU移民の96%、小売業で働く94%がイギリスのビザ基準を満たしていなかった。
  2004年にポーランドその他東欧諸国がEUに加盟したためにイギリスへの移民の数は一挙して増加し、その時代は国民の収入は1年あたり4〜5%上昇しており、労働党政権のもと、学校などへの大きな投資もなされていたが、2008年の世界金融危機以降、移民はまた大きく増加し、政治経済情勢は圧迫され、公的セクターの投資は停滞している。ここへ来て、英国民の不満は大きく脹らみ、前々から云っているブリュッセルのEU政府に対する不満すなわちイギリスの主権回復、出入国管理の厳格化のためEUを離脱すべきであるという考え方が大きくクローズアップされてきたのであった。
第3節「参加国が通貨の主権を失い、金融政策不全へ」
  もう少しこの問題に触れておくと、そもそもEUとは、超国家主義(スープラナショナリズム)(国際関係論において国家より上位にある次元の主体に権限を譲り渡すという概念)の上に立っている。しかしながら、本来特定の分野、例えば防衛や徴税、通貨などの主権まで超国家権力主体へ譲渡すべきではないのである。もしそれらの主権までも譲渡すれば国家は弱体化する。
  皆さんご承知のようにリーマンショック以降のユーロ圏の状況からそれは明らかである。EU加盟国がユーロという共同通貨を持っているにもかかわらず、実は加盟国は金融政策をフランクフルトにある欧州中央銀行(ECB)に譲渡しているため独自の金融政策をとることは出来ないのである。自国通貨と金融政策を放棄した南欧のユーロ加盟国、俗にPIIGS諸国(ポルトガル、アイルランド、イタリア、ギリシャ、スペイン)は高い失業率に苦しみ、通貨発行権限も失っているため、自国の政府債務をコントロールできず、他国の金銭支援を受けざるを得ない状況になっている。例えば2009年から10年にかけてのギリシャの債務危機であるが自国通貨の発行の権限があるならば実は従来ならギリシャの通貨ドラクマの切り下げで対処出来た筈である。
  この危機解決のためドイツを始めとする黒字国はPIIGS諸国に金銭の支援と引き換えに緊縮財政策や構造改革を実行するよう要求した。
  これに対してギリシャは2015年7月に国民投票を実施し、緊縮財政に反対する意見表明を行ったが、EUはギリシャの主張を封殺し、その上ギリシャの国有資産およそ500億ユーロの売却及び民営化を要求したのであった。このようにEUを動かすブリュッセルの官僚組織は非民主的組織なのである。何故ならEUの政策の多くは選挙と無関係な人々で構成される欧州委員会で作られるためである。云いかえると欧州委員会の委員はEU市民が選挙で選出されたものではない。一方、欧州議会(FP)は形だけでEUの意思決定にほとんど影響を及ぼせない。詳しく云うと欧州議会は法案の提出、形成、破棄の権限を持たず、わずかに欧州委員会が提起した法案の修正程度しか権限がないのである。

■第三章「英国のEU離脱の背景」

第1節「拒否権喪失による発言権の低下」
  ところで今回の英国のEU離脱の是非について国民投票が行われ英国は離脱をすることになったのであるが、それには先ず、イギリスのEUに対する発言権の低下が挙げられる。すなわち英国はEUが拡大していくと共に発言力が低下していっている。1973年に加盟した際20%の投票権を持っていたが2015年にはその半分以下となっている。この為実質的に英国は法案の拒否権を失っている。事実2009年から14年までの5年間に英国はEUの566法案に反対したが、内485法案は他の国の賛成により成立した。次に離脱派が主張するのは、イギリスはEUの予算に貢献しているにもかかわらず見返りが少ない点である。具体的には2013年の数字であるが英国は170億ユーロを支払っているにもかかわらず、63億ユーロの見返りしか受けていない。(2016年には190億出資、受取70億)別の資料によると2016年には、英国は約110億ポンドをEUに支払うと考えられており、その額は年間EU予算の11%にも及ぶ。
第2節「僅差だが、想定外で自由貿易のメリットを失う」
  さて、このように離脱派の声が高まるのであるが、英国はEUに加盟していることによりはかりしれない利益を得ていたことも事実である。何といっても英国は大陸のEU加盟国との間で自由貿易のうまみを満喫していたし、EU自体は不完全であるが犯罪やテロリズムからイギリスを保護していた事も事実である。また、離脱問題が浮上した時のキャメロン首相は、もしEUからイギリスが離脱すれば欧州大陸と紛争が起こると予測して、EU側と交渉してイギリスに経済的な特権を与えるための譲歩を引き出していた。また、キャメロンとしては2014年のスコットランド独立住民投票において独立を否とする結果を得た事もあって、本年6月23日のEU離脱国民投票には、離脱阻止について自信を持っていたのであろう。彼としては、この時点で離脱の是非を問う国民投票に踏み切っても否決されると考えていた。むしろ投票により一部国民の不満のガス抜きが出来ると判断していた。そして否決の後国民の団結を訴え、保守党すなわち彼の政権持続を狙ったのだと考える。結果は、EUより離脱するという思わぬ結果となったのである。
第3節「自由貿易への軟着陸は可能か」
  英国は、条約の決まりに従い今後EUとの離脱交渉を行っていくのであるが、英国は、世界第5位のGDPを持ちEU域内ではドイツに続く第2位の経済体であるのみならず、世界中から資金を集め、金融ネットワークを張りめぐらす大国であり、ロンドンのシティの力は絶大なものがある。今後英国はかねてから問題となっている難民の流入を防ぎEUとの貿易体制維持を図りたいと考えている。今後どのような貿易投資体制が組まれるかどうかはわからないが、その行方によってはEU27ヶ国の1000億ユーロ(約12兆円)に上る対英黒字が大きく減少する可能性がある。一方英国の対EU貿易は、GDPの13%を占めており得意とする金融サービスが自由貿易から除外された場合影響は大きいのではないか。いずれにしても英・EU間では今後自由貿易圏が何等かの形で形成されていくと思う。また、先に述べたように英国離脱によりEU予算第2位の拠出国である英国からの拠出金を失うことはEUにとって痛手である。

■終わりに「EUの明確な存続シナリオは描けるか」

  更に外交、軍事における英国の存在感は頭抜けていた。特に旧大英帝国時代からのネットワーク、またアメリカとの親密な関係は、EUにとってプラスの存在であった筈である。特にNATOにおけるアメリカとの橋渡しを担っていたのは英国でありEUにとってはロシアの影が大きくなっている今日、損失は免れない。
  EUから英国が離れると当然ドイツの動きが強くならざるを得ない。ドイツの経済は、好調でその力は群を抜いている。ところが英国なき後ドイツに張り合える筈のフランスは、成長、高失業率に悩み停滞している。今回アメリカの新大統領トランプが出現した事は、フランスの極右国民戦線(FN)の反EUの姿勢を活気付けておりオランド大統領の影は薄く、明年の大統領選挙ではフランスのEU離脱を主張するルペン女史の大統領当選の可能性すら出てきている。イタリアのレンツィ首相も新興勢力の「五つ星運動」に圧倒されており、政権維持が困難となっている。
  もしフランス大統領選にFNが勝利するようなことになるとEUというものが存在不能になるのではないか。そもそもEUの理想は高かったが、多くの矛盾を抱えており、ここへ来てそれらに対する反動が一挙に動きだしたと思う。英国の離脱により、今後どのような局面が訪れるかわからないが、離脱の動きに対してとったキャメロンのポピュリスト的な手当が世界的に大きな反響を巻き起こしたことは事実であり、これがアメリカ大統領選挙にも大きく影響を与えたことは否定できまい。
                                                                                                                           以上
  皆様の忌憚のない御感想、御意見をお待ちしております。

                                               ( 本稿は武藤治太会長の書下ろしです。)

2016年10月31日 金言(第51号)
『安倍首相の抱える問題点』

■「安倍首相に油断はないか」

  平成24年(2012年)にカムバックして今日に至っている安倍内閣は、2回の衆議院議員選挙を含む国政選挙でことごとく勝利し、特に本年の参議院選挙では、自民党で単独過半数、与党としては三分の二の議席を制し、憲法改正発議に必要な三分の二の議席を獲得して、一見順風満帆のように見える。安倍氏は就任以来、席を暖める暇がない程に諸外国を訪問し、今迄の首相にない積極的な外交を展開していることは、我が国の存在を大きく誇示し誠に喜ばしい。しかしながら、現在の安倍内閣は一見平穏には見えるが、大変困難な幾多の問題を抱えている事は皆さんご承知のとおりである。

■第一章「忍び寄る内憂外患」

第1節「綻び目立つ経済政策」
  すなわち、問題のデフレからの脱却であるが、日銀の大量国債購入による低金利政策による大胆な金融政策と財政政策、積極的な成長政策を三本の矢とするアベノミクスを打ち出しているが、2年で物価2%の目標もあえなく挫折して、新にGDP600兆円を目指す事を打ち出してはいるが、現状ではとてもおぼつかないのが正直なところである。確かにその間景気は原油の値下がりなどもあり、当初1%半ば以上の物価上昇を示した時期もあったが、現状で0%を少し上回っているのが実状であり、アベノミクスについては正直成功には至っていないのではないか。又、我が国の財政状況は、危機状況にあることはご承知のとおりであるが、税と社会保障の一体改革にもとづく消費税の値上げも、目標5%アップを前にして2回も先送りになってしまっている。大体この金言においても再々触れているとおり、我が国の予算の大半を国債でまかなっているという実情を考える時、消費税の値上げは避けて通れない問題であるにも拘らず医療費を中心とする経費の異常な膨張は続いており、これに対する十分な手が打たれていないのが現状である。
第2節「安保法制成立するも防衛予算に危機意識なし」
  一方我が国を取り巻く情勢、特に東アジアにおける北朝鮮、及び中国の態度はのっぴきならぬ状況に至っている。しかるに我が国の防衛予算はGDPの約1%、5兆円を少し上回る程度で、しかも同盟国アメリカ、特に今回退任するオバマ大統領の中国に対する弱腰外交のもとで、我が国は極めて厳しい状況にあるにもかかわらず、大多数の国民は、未だ危機意識にきわめて乏しく、これについては多いに憂うるところである。このような危機的な国内財政状況のもとで今回16年度補正予算が決まり、おおよそ4兆円の景気拡大策が打たれることになったが、本当に必要だったのであろうか?また久しぶりに財政投融資が復活してきたことも懸念材料である。この国内問題が当面安部内閣の最も大きな泣き所と考えるが如何であろうか。一方、昨年法律化された集団的自衛権の解釈変更にともなう安保法制については共産党を中心とする「戦争法」などという真に事実を曲げたえげつない反対を押し切り、法律が成立したのは当然の事であったが、本年は、南スーダン他でいよいよ自衛隊が試練に直面することになるが是非成功させなければならない。
第3節「中国に相対する戦略的TPP実現への外交努力」
  また、12ヵ国により昨年ようやく他国間の貿易協定であるTPPが合意にいたったが、ここにきて肝心のアメリカがトランプ氏は別にして、クリントン氏まで腰がくだけて反対に回り、アメリカ議会における批准が危ぶまれている。そのため本国会で審議中のTPP法の批准を早急にやりとげ、アメリカの尻をたたかなければならない。ご承知と思うが、この自由貿易協定が頓挫するとこの方面の貿易ルールを自国に有利になるように虎視眈々と狙っている中国に名をなさしめる危険が十分にある。南シナ海の問題にしても、現在の米国は全く頼りにならず「航行の自由作戦」も名前だけでとても中国に対する牽制にはなっていない。さて、日本にとって外交的にもう一つの重要な問題がある。すなわち、後述するロシアとの領土問題解決と平和条約の締結であるが、12月にプーチン大統領が来日し、この問題が話し合われるようであるが実際どのような進展があるのであろうか。

■第二章「前門の虎「憲法改正と皇室典範改正」」

第1節「憲法9条の改正は不可避の課題」
  一方、国内の問題では、先にアベノミクスの行方について語ったが、矢張り安倍首相にとって一番の関心事は憲法の改正である。現在国会両院に於いて改憲勢力は三分の二を握って正に機は熟してきており安倍氏にとっては長年にわたっての悲願を達成するという絶好の機会を迎えたといって差し支えない。しかし、私は憲法9条の改正は我が国にとって極めて重要な事項でまさに安倍氏の言う戦後レジームからの脱却の焦点と云って差し支えないと考える。
第2節「然し日本の国体、天皇制存続こそより重要な課題である」
(1)しかし、ここでもう一つ日本の国体を守る事、即ち天皇制を如何に末代にまで存続させていくかという極めて重大な問題がある。去る8月8日今上天皇陛下は自分の御退任について国民に語りかけられたが報道によれば、陛下は既に5〜6年前から80歳退位の御決意を側近に漏らされていたそうではないか。陛下にわざわざご意志を国民に語りかけさせるというようなことは、まさに内閣は一体どうしていたのかと私は考える。厳密に考えるなら陛下が皇室典範にない御退位を直接国民にソフトな調子ではあるが語りかけるという事は、憲法2条の禁じる天皇の国事行為に該当するという考えがあるようである。
(2)然し、どうしてここまで内閣は放置していたのか改めて皇室に対して不遜であったのではなかったかと考える。安倍内閣はあわててこれは放置しておけないとして、来年の通常国会迄に御退位についての考え方をまとめることにして有識者会議を設け6人の委員を決め検討に入ったのは当然のことであろう。委員は11人のその道の専門家を呼び、それぞれから意見を聴取するとの事であるが、聞くところによると皇室典範の改正ではなく、今上天皇陛下の御退位一代限りに関する特別法の制定という方向が有力らしい。私は真っ向からこれに反対するものである。陛下は83歳になられ、たしかに早急に御退位について考え方を法制化するという事はわかるが、それだけですむ問題ではないであろう。皆さんご承知のように現在の皇室典範は、男子のみが天皇の位を継承していくことになっており、現状では皇太子殿下、秋篠宮殿下、悠仁親王殿下しか天皇の位につく事のできる方はおられないのである。ましてや天皇陛下が退位され、皇太子殿下が即位された時、現在の典範では誰が皇太子になるかさえ定かでないのである。
(3)天皇制は日本の根幹である。先日ある国会議員と話したのであるが、アジアで帝国主義の時代、欧米列強の植民地にならなかったのは日本とタイだけであった。それは両国とも皇室がしっかりしていたからという話になったのであるが、まさにその通りではないか。天皇125代のうち約半分は庶子の出身であることを考えるならば、小泉首相の時に審議した女性天皇、女系天皇にまで天皇の位が引き継がれる体制に皇室典範を変えていかなければ早晩天皇制は無くなってしまう。ところが、どういうわけか安倍氏は強力な男系論者と聞いているが、この問題には極めて関心が薄いようである。安部首相は憲法9条の改正より大事な皇室を、永久に存続させるための典範改正を早急に行い女性天皇、女性宮家にまで道を開くべきと考える。
第3節「現実を直視し皇室典範の改正の早期実現を」
  天皇陛下も本年83才を迎えられるわけで、大変なご高齢であることを考えるならば、当面陛下一代限りの特別法で対処することもやむを得ないかもしれないが、最近の日経新聞によれば現在の皇室典範は僅か3か月半で創られたものであるが、その内容は完璧に近いもので、よく短期間でこのような典範をまとめたものであると報じていた。それならば首相さえ本気になるならば、現在の国会の状況から考えて改定は十分可能と考える。首相は御退位の問題だけではなく、それに加えて女性天皇、女系天皇などの問題が浮上することを懸念しているのであろう。しかし先にも述べたように天皇が退位された場合、皇太子をどうするかさえ決まっていないのが実情で御退位の問題を「特別法」で処理したとしても、早晩皇室典範の改定に手を付けざるを得ないのである。最近の新聞報道などによれば「特例法ありき」で進んでいるように思われる。しかし最初から特例法では重要な論点が省かれてしまうおそれがある。さて、現在終身制の天皇が退位することについて、退位後上皇や法皇などが存在し、二人の天皇が存在して天皇制に弊害をおよぼすとか、自由意志に基づかない強制退位の可能性、あるいは天皇の恣意的な退位などを問題点としてあげる向きもあるが保元、平冶の頃ではあるまいし、現在の憲法のもとでそのような事態は考えられない。以上天皇御退位の問題で内閣は動きだしたが、早急に解決を図らねばならい。もう一つ付言するならば安倍首相は皇室の存続についてもっと現実を直視して対処すべきと考える。

■第三章「後門の狼は「北方領土問題」」

第1節「領土問題の歴史的経緯」
  次に現内閣の抱える大問題は北方領土返還問題である。安倍首相は就任以来ロシアのプーチン大統領と何度も会談し、何とかこの問題を解決して自己のレガシーにしたいのであろうが、なお大きな問題を抱えている。さて北方4島の返還が叫ばれてから既に70年を経過している。そこで何故北方4島の問題が未だに解決しないかを簡単に述べておく。
(1)1945年8月8日ソ連(ロシア)は日本との日ソ中立条約を一方的に破棄して我が国に宣戦布告し、満州、北朝鮮(38度線以北)、南樺太、千島列島に攻撃を加えた。満州、北朝鮮は別にして南樺太、千島列島においては先ず南樺太に8月11日に侵入し、さらに同月28日から9月1日までに南千島の択捉、国後、色丹の3島を占領し、次いで3日から5日にかけて歯舞群島を占領した。北方領土には、約1万7千人の邦人が生活していたが1949年にほぼ全員が内地への帰還を余儀なくされた。1956年日ソ平和条約の交渉が行われ、日本政府はこの交渉時に国後、択捉。歯舞、色丹の4島の返還を要求したが、ソ連は歯舞、色丹の二島の「譲渡」で決着を図り、ソ連との妥協点が見いだされないまま平和条約は締結されず、平和条約締結後歯舞、色丹2島をソ連が日本に引き渡すことを記載した条文を盛り込んだ共同宣言いわゆる日ソ共同宣言を発表して結着し、今日に至っている。何故2島の返還で平和条約を結ばなかったかについては、当時の冷戦下においてアメリカが反対したとの説もある。
(2)その後両国は4島の帰属を巡り紆余曲折の交渉を重ねてきた。例えば1972年大平正芳外相はこの問題を国際司法裁判所に提訴するようソ連に働きかけるが、ソ連はこれを拒否した。1991年ソ連は崩壊したが、ロシア連邦が独立してこの問題を引き継いだ。1993年細川護煕首相はロシアのエリツィン首相と会談し、北方4島の島名を列挙して、この帰属を解決した上で平和条約を早期に締結するとした「東京宣言」を発表した。1997年11月当時の橋本龍太郎首相がロシアのクラスノヤルスクでエリツィン首相と会談し,「東京宣言」を基本に2000年までに領土問題を解決して平和条約を締結する事に合意した。1998年4月橋本、エリツィン両首相は静岡県の川奈でクラスノヤルスク以降の両首相のプランの進捗状況を確認し、着実に実施して行くこととした。その際橋本首相は新たな択捉島と得撫島の中間に国境線を設け、平和条約を締結し、その間両国が合意に達するまではロシアの4島の施政権を認めるという提案を行い。ロシア側も興味を示した。2001年当時の森喜朗首相は、ロシアのイルクーツクでプーチン大統領と会談し、そしてイルクーツク声明を発表したのであったが、その内容は1956年の日ソ共同声明を交渉の出発点とした基本的文書であることを確認し、19
93年の「東京宣言」に基づき4島の帰属を明らかにして平和条約を締結する。相互受け入れ可能な解決に達するため具体的な方向性を最も早い時期に決定するとした。
(3)その後2005年に訪日したプーチン大統領は、小泉純一郎首相の間で首脳会談を行ったが領土問題の交渉と解決への努力の継続がうたわれたのみで何等進展しなかった。この頃からロシアは原油高騰の恩恵を受け、日本からの経済支援や投資拡大の必要性を感じなくなったこともロシアの領土問題への関心を薄めることになった。ところが、2014年3月ロシアは突然クリミヤ半島をウクライナから奪い、その上同国の一部に武力介入した。この事は欧米各国の強い反発を買い、諸国から経済制裁を受けることになり、更なる原油価格の下落により国力が徐々に低下していった。すなわちロシア自体が日本との領土問題を解決して制裁の軛から脱そうとする動きが見られるようになった。
第2節「長年の懸案解決へ安部首相の心意気やよし」
  安倍首相は、このところ北方領土返還に執念を燃やしているように見受けられる。本年9月2日ウラジオストックでプーチン大統領と首脳会談を行い、年内にあと2回会談を重ね、2014年ソチにおいて安倍首相が提示した経済面における8項目の「協力プラン」の具体化を加速して両国の協力関係を強化することに合意した。これは、今迄の政経不可分という政策から「経済先行」を全面的に打ち出した政策である。しかしこの政策変更に対しては「果たして経済先行といっても、それによって北方領土問題が好転するわけではない。ロシアに好いとこ取りされるおそれがある」などマスコミと国民の一部は懐疑的である。8項目の中の目玉は「資源と武器の輸出しか目ぼしいもののないロシアが目指している製造大国への手伝いをしましょう。具体的には、ロシアが日本企業を取り込むことを提案し、ロシアの極東開発に全面的に協力する」ではないかと思われる。さて安倍首相とプーチン大統領は12月15日首相の故郷山口県の長門市で会談することになった。長年安倍首相はプーチン大統領と個人的な信頼関係を深めてきており、いよいよ今回の14回目の会談がその総決算となる。安倍首相は絶大な権力を握るプーチン大統領がその地位にある間に直接対話することによって領土問題を前進させ平和条約の締結にこぎつけたいと思っている。そのためには戦後70年を経過しても今尚平和条約が結ばれていない隣国同士の関係を正常化するとともに、我が国の長年の悲願である北方領土問題を解決したいという強い意欲を持っている。その意気込みはよしとして我々は多いに期待するものである。
第3節「然し楽観論は厳に戒めるべし」
  しかし確かに先にも触れた様にロシアの現状は、米国を始めとする主要国から制裁を受け、収入の大半を占める原油価格の低迷により疲弊している。またロシアの国土面積は約1700万平方キロメートルと世界一であり、一方人口は1億8千万人しかなく中国の十分の一以下しかない。シベリア地区は、長大な国境線を中国との間でかかえている。国境線を越えて中国からの不法侵入は続いているようで、この事はロシアの泣き所であり中国に対して強い脅威を感じている筈である。そのためロシアは我が国とは手を組みたいと考えているのではないか。この辺りが領土返還問題に我が国が、付け入って行く隙ではないか。プーチン大統領は独裁者で何を考え、どのような行動をとるのか全く分からない。安倍首相は彼とは何回も会談しそれなりの信頼関係を醸成しているが、我々の危惧するところは経済面で先方の都合の良いようにあしらわれる事である。最近のマスコミなどの様相からプーチン来日によって4島全体の返還は無理でも2島あるいは3島あるいは全体の半分などと楽観的な話もあるが領土問題は矢張り国民世論の上に立って行なわれなければならず、いくら独裁者プーチン大統領と雖も国民世論を無視しての行動は難しいと思うので、現在巷にあふれる楽観論を私は強く戒めたいと思う。実際専門家の袴田茂樹氏も木村汎氏も甚だ懐疑的である。
                                                                                                                           以上
  皆様の忌憚のない御感想、御意見をお待ちしております。

                                               ( 本稿は武藤治太会長の書下ろしです。)

2016年9月24日 金言(第50号)
『暴走する地方首長』

■はじめに 「エネルギー問題で国益を省みない二人の知事」

  最近地方の首長である県知事の中から国家の利益を無視して、誠にポピュリスト的な発言、行動をする者が目立っている。沖縄県の翁長知事などもその際たるものであるが、これには、前にも触れているので翁長氏については改めて書くとして、本日は鹿児島県の三反園知事と新潟県の泉田知事を取り上げる。たとえ県知事といえども、わが国の政治の一端を担う重要な地位にあるのであって、かりそめにも自己の保身、端的にいうならば知事に当選したいがために国益を損なう発言、行動があっては絶対にならないと思うのである。ところが、最近先に触れた二人の知事の行動については、首を傾げざるを得ないと感じるので、以下の通り述べさせて頂きたい。

■第一章「行き過ぎたポピュリスト、鹿児島県知事」

第1節「反原発運動に乗っ取られている日本の原子力発電」
  先ず、この7月に鹿児島県知事に就任した三反園訓氏が県内で運転中の九州電力(以下九電)川内原子力発電所(以下原発)の運転停止を九電に求めた件である。新たに知事となった三反園氏は、就任早々自らが知事選の選挙公約に掲げていた「川内原発の即時停止」に基づき九州電力に対して同原発1,2号機の即時停止を申し入れた。この原発は、国の原子力規制委員会の、私から云わせれば神経質と思えるほど慎重な審議を経てようやく昨年8月に1号機が、10月に2号機が稼働したもので、他には福井県の関西電力高浜原発3,4号機が規制委員会の審査をクリヤーし、運転が認められたのであるが、大津地方裁判所が運転の差し止めの訴えを認め、停止の仮処分を決め、更に関電の異議申し立てを退けたため高浜原発は止まったままの状態である。関電はこれを不服として大阪高等裁判所に抗告しているが、抗告審は秋以降のため原発停止の状態を余儀なくされている。従って、目下我が国で稼働しているのは、8月12日から稼働し始めた愛媛県の四国電力伊方原発3号機とこの川内の2基のみとなっている。
第2節「夢想的発想の再生可能エネルギー構想」
  鹿児島県知事選挙は、当時現職の伊藤祐一郎氏の4戦を阻むため三反園氏が反原発運動の候補一本化が成功した波にうまく乗り、熊本地震の影響を踏まえ、川内原発を一時停止して施設の点検と避難訓練の見直しを行うという公約を掲げ7月10日の知事選に当選したのであった。さて、三反園氏とは何者か。彼は、元テレビ朝日のコメンテーターである。1958年生まれの58歳で、1980年早大卒業後テレビ朝日に入社し、政治部に属し政治記者を務めた後、1990年ニュースステーションの政治担当キャスターとなった。当時この番組は久米宏氏をメインキャスターとして人気を博していたが、その中で現場からの中継を担当していたのが、三反園知事である。スマートな語り口で評判は悪くなかったが、私の面で何かと噂があった。政治の経験は全く無かったが2015年末に突然出身地の鹿児島県知事への立候補を表明した。そして掲げた公約が伊藤知事の4選阻止と折から運転が再開された川内原発について、熊本地震と関連して危険度が高いとして、運転中の原発の即時停止と再点検の実施と同時に避難計画の見直しを表明したのであった。知事は、出馬に当たり鹿児島全体を自然再生エネルギー県にするという目標を掲げ、そのために脱原発を訴える選挙戦を展開したのであるが、それ自体誠に夢想的な発想としか云えない。その実現のため運転中の原発を即時停止して点検するという要求を出したのである。しかし運転中の原発を即時停止するということがどんなに難しい事か全く理解していないのではないかと思う。
第3節「パフォーマンスに終わった即時原発停止要請」
  順を追って話すと7月11日に就任した知事は、同28日九州電力に川内原発の即時停止を要請する方針を発表し、8月26日に同社に即時停止を要請した。これに対して九電は9月5日停止を拒否したのであった。三反園知事は同7日即時停止を再要請したのであるが、当然九電は同9日に即時停止の要請を拒否する回答を改めておこなった。これに対して知事は要請を事実上取り下げたのであった。実際川内原発1号機は10月6日から定期検査に入る事になっており、何故停止の権限のない県知事がこのような要請を繰り返したのか、選挙公約はあったにしろ知事のパフォーマンスとしか思えない。

■第二章「国だけが有する安全確保のための原子力規制の権限」

第1節「原子力安全協定は紳士協定」
  運転中の原発に問題が発生した場合、原子力規制委員会は原子炉等規制法に基づいて直ちに停止権限を有するが、知事には全く権限はない。ただ立地する自治体と電力会社との間で「原子力安全協定」を結び、増設計画の事前協議を行う事を約束してきているが、あく迄これは法的な拘束力のない紳士協定にすぎない。それにも拘わらずこれをもとにして原発の稼働については、地元の同意が必要とされてきた。本川内原発については、とかく反原発、反体制派ではないかと疑いの目を向けられている原子力規制委員会の田中俊一委員長も「川内原発は安全上の観点から何ら問題ない」としている。さらに田中氏は「いったい一時停止して何を調査するのか」とさえ云っている。九電としては、前述の通り原子力規制委員会が安全と判断した原発を一知事の要請により仮に停止したとすると、今後も同様の事が起きかねない。即ち、他の原発の再稼働に大きな影響を与えかないと危惧しているのである。
第2節「知事に即時停止の権限はなし」
  原発の定期検査は13ケ月毎に行われることが義務付けられており、九電は、今回その際に定期検査にない項目の安全性を自主的に検査することを確認している。また地震の観測地点を増やしたり、避難のための福祉車両の追加配備や避難道路の整備を打ち出すなど、停止以外の対応を「網羅」して回答している。これに対して知事は特別点検については評価するが、九電の回答は全体として不十分としているのだが、結局先に触れた様に九電に対する川内原発の即時停止要請を事実上取り下げざるをえなかったのである。当然の帰結と考えるが如何であろうか。三反園知事の要請は、文字通り空振りに終わった。そして彼は振り上げた拳を降ろす理由として「九電が実施する熊本地震の影響に対する特別調査と避難関係の見直しにより県民の安心、安全対策について支持者からの一定の理解を得た」と云うのだが、まあなんとも格好のつかない知事の完敗である。もとを正せば知事になりたいがためのパフォーマンス以外の何ものでもない。何となれば前出のように原発停止の権限も法的根拠もない上、しかも地元の川内市長の意見も聴取せず、また九電とも事前に打ち合わせしたわけでもなく、いきなり九電の社長を呼び出し、即時停止の要望を言い渡すなどなど政治力ゼロと云われても言い訳はたつまい。まさに自縄自縛の状態に陥り、大恥をかいたことになる。
第3節「今後も危惧される知事の妄動的行動」
  しかし知事は「これからも様々な要請をする。安全に終わりはない」と宣言し、特別点検の際には専門家と立ち入り調査をすると表明している。そして県庁内に原子力問題検討委員会を設けて、九電の安全対策の不備を突いて行く姿勢を打ち出している。今後の問題として先に述べた自治体と電力会社間の「原子力安全協定」には法的な規制はないものの、従来から原発の再稼働には地元の同意が必要とされてきた。川内原発については、伊藤前知事は、地元をまとめ前向きに対応してきたのであるが、今後は10月に一時休止する1号機を12月に円滑に再稼働出来るかどうかが三反園知事の姿勢とあいまいな「原子力安全協定」のもとで危惧されるところである。

■第三章「再度、新潟県知事の挙動を問う」

第1節「リーダーとしての資質に値しない不遜な態度」
  次に問題として取り上げるのはかつて「金言」でも取り上げた泉田裕彦新潟県知事のことである。前にも書いたので覚えている方もおられると思うが、泉田氏は2004年から3期にわたって新潟県知事を務めてきた人物である。1962年の生まれであるから54歳と若く、知事就任の際には42歳と全国最年少の知事であった。一部は前にも書いたが、とにかく物議をかもす人物で、有名なのは2011年に突然新潟県と新潟市を解体して二重行政を解消する「新潟州構想」を打ち出したが意味不明として関係者からふくろ叩きにあった。
  そして、これは衆知のことではあるが、東京電力(以下東電)柏崎、刈羽原発の再稼働について2011年3月の東電福島第一原発の事故に関して事故の検証と総括が明らかにされない限り絶対に再稼働の議論には乗らないと公言している。皆さん覚えておられると思うが、東電の広瀬直己社長が知事に辞を低くして面会を求めたにも拘わらず居丈高な態度に終始して、まるで被告人に対するような振る舞いであった。 2013年に東電が柏崎、刈羽原発の再稼働に向けた安全審査を政府に要請した時も「仮に申請しても国民の理解は得られない。地元に対する説明も一切ない」と強い不快感を示し、立場は違うが先輩の広瀬社長に「何故急いだのだ」と一方的に批判したのであった。
  福島第一原発の事故原因は、巨大地震とその後発生した巨大津波により燃料タンクが破壊され非常用電源が停止し、原子炉を冷やすことができなくなったからである。しかしこれにはいろいろと異説もあり、巨大津波の発生前にマグニチュード9.0に達した大地震により早期にメルトダウンしたのではないかとも最近云われるようになっている。最近の報道によるとメルトダウンについては、当時の菅首相により東電が報道することを差し止められたとも云われている。いずれにしても原発の運転は、エネルギーに乏しい我が国にとっては、新潟県が東電の供給範囲ではないからと言って捨てておく事の出来ない問題である。とにかく「福島原発の事故検証と総括を行なえ」の一点張りで東電柏崎、刈羽原発の再稼働には一切係らないとは、地方首長として如何なものであろうかと考え、先の「金言」で主張させて頂いた訳である。
第2節「裏金問題と不可解な選挙不出馬声明」
  ところで、泉田氏には2003年から2004年新潟県知事になる前に岐阜県庁に出向していたのだが、2006年7月に岐阜県庁における裏金問題が明らかになる。それに関し泉田氏は岐阜県から105万円の返還請求を受ける。その根拠は不明であるが、彼は返還の留保を主張し、元岐阜県知事を始め返還に応じた関係者から非難されるが、今に至るまで留保の姿勢を崩していない。事実関係ははっきりしており、元知事や返還に応じ退職した管理職が多数返却しているのであるから泉田氏の105万円についてもそれなりの根拠が認められるのであろう。従って知事としては留保などという姑息な手段は恥ずかしい限りと思うのである。泉田氏には、本年になってから、どうしてそのようになるのかという不可解な事実が発生している。新潟県は、今年県知事選挙が行われる。本年2月泉田氏は県議会において4選を目指して出馬する意向を示していた。ところが選挙が行われる10月16日が迫ってきている8月30日に突然知事選には出馬しないという意向を明らかにした。その理由は、県が進める日本海横断航路計画に使用するフェリー購入に関し県の出資する第3セクターの子会社が起したトラブルを巡る地元の有力紙「新潟日報」の報道に不満を示し「このような環境では、十分に訴えを県民に届けることは難しい」と不出馬の理由を説明したのであった。さらに「政策論と関係のない動きが続いている」とした。しかし、この泉田知事の立候補取りやめの理由は異例なのではないか。大体、報道への不満を出馬撤回の理由とする現職知事など聞いたことがない。もう一度云わせてもらうとマスコミの報道が自分の思う通りにならないからといって県政を投げ出すなど、これについては明確な説明が求められる。
第3節「繰り返される不毛の発言に終止符を」
  新潟日報の報道についてもう少し詳しく述べると次の通りである。すなわち、先程述べたフェリーは韓国から中古の船を購入するもので、これに関しては、県の出資する第3セクターの起した契約トラブルについて県の責任や知事の関与を追及していた。知事は事実誤認があるとして訂正を同紙に申し入れしていたが受け入れられなかったために先に述べた「このような環境では」という説明が発せられたのであった。 全く拗ねたお子様の言い訳としか思えない。では不出馬の本当の理由は何なのか。知事は不出馬表明の翌日記者会見をしたが、「報道を理由に3期にわたり務めた知事が不出馬を表明するなど考えられない」との記者の質問に新潟日報の中古船報道を激しく非難し、「自分が選挙に出れば中古船購入問題が全面に出て、力を入れている原子力の防災など県の未来をどうするかという、議論が出来なくなってしまう」とかわしたのであるが、問題のすり替えとしか思えない。何か後ろ暗い点があるのではないかと勘繰りたくなるのである。そこには東電の態度を真っ向からなじっていた不遜な態度の泉田氏の姿は感じられない。さて、泉田氏の不出馬は、従来から泉田氏が東電に批判的で、馬鹿の一つ覚えとしか思えない「福島第一原発の検証と総括」を唱え東電を疎外していたことを考えるならば、新しい知事が立地自治体の長として避難計画を見る事になるので、今後東電にとって吉となるか凶となるかわからないが、泉田氏のようなことにはならないのではないかという観測も出ている。
                                                                                                                           以上
  皆様の忌憚のない御感想、御意見をお待ちしております。

                                               ( 本稿は武藤治太会長の書下ろしです。)

2016年8月28日 金言(第49号)
『天皇陛下のご退位』

■第一章「象徴天皇を地で行かれている今上陛下」

第1節「ご退位のご意向に驚愕した国民」
  去る7月14日天皇陛下が生前に、ご退位召されるご意向をお持ちであるという事がNHKのニュースに流れた。その内容は、天皇陛下が天皇の位を皇太子殿下に譲るという「生前退位のご意向」を宮内庁の関係者に示されていることがわかり、数年以内に譲位されることを望まれているということで、天皇陛下ご自身が内外にお気持ちを表す方向で調整が進められている。また陛下のお考えは「憲法に定められている国民の象徴としての務めを十分に果たせる者が天皇の位にあるべきである」「今後歳を重ねていく中で大きく公務を減らしたり、代役を立てたりして天皇の地位に止まることを望まれていない」そしてこれらのことは皇后陛下、皇太子殿下、秋篠宮も了解されている。ニュースは、更に現在の皇室制度を定めた「皇室典範」には天皇の退位の規定はなく、陛下のご意向は典範の改正などを含めた国民的な議論に繋がっていくものとみられると報じた。これは文字通り国民に大きな驚愕を与えた報道であったが、このご意向には極めて大きな問題を孕んでいる。
第2節「身を賭して国民のために尽くされている陛下」
  何故なら日本国憲法第1条に規定されているように「天皇は日本国の象徴であり、かつ日本国民統合の象徴であって、この地位は国民の総意に基づく」と規定されているが、一方第2条において「天皇は、この憲法に定める国事に関する行為のみを行ない、国政に関する機能を保持しない」とうたっている。さらに「皇室典範」には天皇の退位についての規定はなく、天皇は、崩御するまで「天皇」とされている。すなわち、もし仮に天皇陛下のご意向により法律が改正され、生前のご退位が行われることになれば、憲法の規定に反した天皇の「政治関与」と云われかねないのである。当初宮内庁はやっきとなって、天皇のご意向ではないと否定した理由はここにある。一説には、宮内庁としては、陛下が直接退位について言及されることを避けたかったと云われている。そこでNHKに陛下がご退位の意向をお持ちになって居る事を報じさせ、世に広く知らしめる一方、宮内庁は否定して、政治的な関与がないよう手筈を整えたと考えられている。すなわち、これだけ身を賭して国民の為に尽くされた陛下だけに、ゆっくりとされてもかまわないのではないかという世論を作りだし「皇室典範」改正の議論が進んでいくようにと考えたのではなかろうか。皆さんご承知のように、陛下は現在の憲法の下で何よりも重視されてきたのは国民の象徴としての天皇のあるべき姿であった。憲法を遵守し、戦前のように天皇に権力が集中するようになってはならないと強くお考えになっていたと思われる。
第3節「明治憲法時代から皇室典範により認められない生前退位」
  それでは「皇室典範」において、天皇の生前退位を認めていない事について触れておこう。現在の「皇室典範」は昭和24年に発布されたものであるが、先に述べたように天皇の退位に関する条項はない。この典範は明治22年につくられた大日本国憲法と同時に公布された旧「皇室典範」に則っているが旧「皇室典範」にも天皇退位には触れられてない。すなわち、現「皇室典範」第4条は「天皇の崩御したときは皇嗣が直ちに即位する」となっており旧「皇室典範」第10条「天皇崩御スルトキハ皇嗣即チ践祚シ祖宗ノ神器ヲ承ク」をそのまま受け継いだものであり、旧「皇室典範」においても天皇の践祚が条件となっており、天皇の生前退位は予定されていなかった。

■第二章「近代国家建設を目指した明治憲法下での「生前退位の封印」」

第1節「そもそも緊急避難的だった生前退位」
  しかしながら、明治維新より前には天皇の退位は決して珍しいものではなく、記録によると第35代の皇極天皇(女帝)に始まり第119代の光格天皇まで実に歴代天皇125名の内およそ半数の64名の天皇が譲位している。少し横道に逸れるかもしれないが、大事なことなので、このように譲位の歴史があるにも拘わらず旧「皇室典範」では何故生前退位を禁じたかについて触れておきたい。
  近代日本の初代の首相にして、いわばその礎を築いた人物が伊藤博文であるが、帝国憲法、皇室典範を起草したのも伊藤であった。伊藤は伊東巳代治(伊藤内閣の農商務大臣)、金子堅太郎(伊藤内閣の司法大臣)、井上毅(伊藤内閣の文部大臣)の3人と共に憲法の起草に取り掛かり明治20年憲法草案と皇室典範案を完成させた。同時に、起草者達は自ら起草した帝国憲法および皇室典範の各条項についてその背景、立法の主旨について注釈書を作成している。これが「帝国憲法義解」「皇室典範義解」であり、極めて重要な文献である。それによると前に述べた皇室典範第10条について次のように述べている。現代文に訳すると「初代の神武天皇から第34代の舒明天皇までは譲位は行われなかった。しかし次の皇極天皇において初めて譲位が行われた。皇極天皇は女帝であって、その後しばらく行われた譲位は、女帝に限られていた。これはあくまで皇位につく男性の皇族がいない場合の緊急避難的なものであった。」
第2節「平安時代から江戸時代までは生前退位が常態化へ」
  しかし、その後は男子の天皇への譲位が行われ、定例化していった。最初の男子の天皇で譲位したのは聖武天皇であった。譲位された光仁天皇は齢70歳を越えており、まもなく桓武天皇に位を譲る。桓武天皇は、平安京に遷都するが間もなく大化の改新以来力を蓄えてきた藤原氏の力が強くなり、次第に皇室は政治の実権を失っていき、文武天皇以降は、藤原氏による政治いわゆる摂関家による政治支配が行われるようになり、天皇の地位も藤原一族の意向に左右され、譲位も再三行われるようになる。さらに、11世紀になると院政が布かれるようになり、上皇や法皇の権力が強くなり、天皇以外の最高権力者が君臨する時代となる。その後、鎌倉時代には鎌倉幕府体制や建武新体制により天皇の力は不安定なものとなる。次いで、足利幕府の時代になると南北朝並立時代となるまでに至り、政治は混迷を極め中世社会秩序の崩壊へと進んで行く。このように天皇が自己の意思とは関係なく祭り上げられたり、反対にその地位を追われたり、また自らその地位を譲ることにより院政という形をとり、一層の権勢をふるうようになると社会自体は混乱したのであった。まさに伊藤博文は「天に二日なく、地に二君なし」を憲法、皇室典範の基本原理としたのであった。また、伊藤は明治日本を「神武創業の初めに戻る」として王政復古を考えたわけであるから、譲位が慣例化したそれ以前の天皇の姿に戻るべきであると考え、譲位は認められないとしたのであった。
第3節「天皇主権下での退位を否定した伊藤博文の政治的判断」
  しかし、伊藤のこの考え方に対して伊藤と共に憲法、皇室典範の起草者であった井上毅は「歴史上天皇が自ら譲位した例もある事を踏まえて、天皇の意思による譲位を認める事を主張した。云いかえれば、古代より譲位は数多く行われたのであるから、むしろ譲位は日本の皇室の伝統であるとした。
  しかし、伊藤はこの考え方に対して「それはあくまで例外が根付いてしまった結果の悪しき慣例である。そもそも天皇なるものは終身制であった。そう頻繁に変わるのは問題である」「明治の日本は天皇を中心とする中央集権制でその天皇の地位が不安定であるならば国家の屋台骨が揺らぐ可能性がある」と主張して、結局旧皇室典範においては天皇の生前退位は認められなかった。従って旧皇室典範を受け継ぐ現在の皇室典範においても生前退位は認められていない。明治憲法は立憲君主制を基本として、天皇主権という形をとり近代国家を形成しようとした。それだけに伊藤は、天皇の地位は絶対で退位はありえない。崩御するまであくまで天皇は天皇とする。こうして井上毅の生前譲位の考えは認められなかったのであるが、当時の国民の平均年齢は40歳程度であり、80歳を越えて天皇として在位されたのは昭和天皇と今上天皇お二人だけである。その意味で終身制は考えるべき時期にきていることは確かではなかろうか。

■第三章「時代とともにある天皇の生前退位の考え方」

第1節「天皇のお言葉をあらためて敬聴する」
  さて、天皇陛下は8月8日国民の象徴としての天皇についてお考えを示されたビデオメッセージを公表された。その内容は、生前退位を示唆されたものであった。メッセージを直接聞かれた方は多いと思うが、天皇が高齢になった時どのような在り方が望ましいのか、「私が個人として考えたことを話したい」とされた概略は次の通りである。
一、80歳を越えて身体の衰えを考えた時、全身全霊で国民の象徴としての務めを果たすことが困難になるのではないかと案じている。自分は、天皇の務めとして国民の安寧と幸せを祈る事を大切に考えてきたからである。
一、然しながら、高齢化に対処するため国事行為や象徴としての行為を縮小することには無理がある。仮に摂政を置いても天皇としての務めを果たせないことには変わりない。又天皇が深刻な状態になった時社会の停滞と国民の暮らしへの影響が懸念される。
一、而して、日本国憲法のもと天皇は国政に関する権能を持っていないので、象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じている。
第2節「国事行為以外で国民に深く寄り添われる陛下の御心」
  天皇陛下は国民主権のもとにおける象徴天皇について、誰よりも深く考えておられる。それだけに今回のメッセージは「天皇に私なし」という考えを越えて天皇個人の考え方を示されたのは異例であるが、内々にご退位の意向を表明されている。安倍首相は「今回の天皇陛下のご発言を重く受け止めている。政府は今後有識者から意見を聴取するための会議を設置する」「しかし陛下のお気持ち表明が直接政府を動かしたとなると、憲法に関係する大問題なので今後慎重に対処する」としている。首相はさらに「陛下のご年齢、公務の負担の現状を考える時、陛下のご心労に思いをいたし、どのような事を考えていかなければならないか」としている。天皇は、国民の象徴として決められた国事行為の他に如何に国民と深く繋がり、寄り添って行くか身をもって実践されてきた。地震などの天変地異などにわざわざ皇后陛下と現地に足を運ばれ、慰問激励されるお姿には全く頭の下がる思いである。加えて先の大戦によって尊い命を失った国民の慰霊の旅を続けておられる。昨年のペリリュー島への慰霊の行幸など国民の象徴としてのあるべきお姿には、ただただ感激を覚えるのである。
第3節「然るに皇室のあり方に無関心だった歴代政府」
  天皇はこのような行為を信念を持って実行されており、まさに象徴としての役目を確立されたと云ってよいと思うのである。それだけに天皇ご自身として国事行為そのものを減らすとか、摂政を置くなど象徴としての役目を担うことが出来ない、ただ存在しているだけの天皇ということには、強い抵抗感を持たれていたのではないか。大体政府は皇室の在り方について余りにも無関心過ぎたのではないか。小泉首相の時、女性天皇、女系天皇などについて論じられ、その方向が固まった矢先に悠仁親王が誕生され、言葉は悪いが尻切れとんぼに終わってしまった。野田首相のもとにおける女性宮家創設問題も結局うやむやに終わってしまった。

■終章

「皇位の安定的継承のために」
  私は先の「金言」で詳しく述べたように女性天皇、女系天皇、女性宮家、養子制度などを早急に検討実施すべきと考える。そうでなければ天皇制は崩壊してしまう。もう一つ付け加えると現在の安倍政権は天皇陛下のご精進ぶりに甘えていたのではないか。一例をあげると現在の皇室典範においては、仮に今上陛下が崩御された時、皇太子殿下が即位されるが、次の皇太子殿下を誰にするか決められない。この事をとっても政府の怠慢は極まっている。勿論第9条を含む憲法の改正は絶対に進めなければならない課題ではあるが、皇室典範の改正は喫緊の課題である。今回はからずも陛下よりご退位のご意向が示されたのであるが、その他今述べた問題を含めて政府は行動に移るべきである。ご退位の問題については、天皇制否定の共産党ですら否定はしていない。ところが、皇室典範の改正より今上陛下一代限りの特別法で対処しようという考えが持ち上がっていると聞いているが私は大変姑息な手段と考える。
「皇室典範の全面改正を」
  何回も云うようだが今回のご退位問題を契機にしてこの際、ご退位だけではなく長年にわたって積み残しとなっている女性天皇、女系天皇、女性宮家、養子制度などについても早急に議論を進め、皇室典範を改正すべきと考える。今回の件についてマスコミの論調を読むと一部天皇がメッセージを示された事が政治的な行為ではないかという発言もあるが、明治憲法、皇室典範がつくられた時と現在では、人間の寿命という点から様がわりとなっており、陛下も年齢を重ねられ、人道主義的な観点から陛下のお考えを肯定するものが多数ある。海外の例でも近年オランダやスペインなどの王室で生前退位の例もあり、主権のある国民が納得するならば、ご退位もしかたがないと思う。
「国民の幸せを願われている陛下のために」
  もう一つ、公務その他が多忙なのであれば摂政をおけばよいという考えには陛下は明確に否定されている。また陛下は、定められた国事行為のみを行なえばよいのであって、陛下は国事行為以外の仕事を陛下の意向によって増やされたのではないか。極端にいうと陛下は国事行為のみに従事されればよいのではないかという学者もいるが全面的に反対である。陛下が現憲法の中で如何に国民と繋がりを深め、寄り添うかを実践されていることは、象徴天皇として誠に素晴らしい事であって、このことは現在の皇太子殿下以下にも是非引き継いでいって頂きたいことである。
                                                                                                                           以上
  皆様の忌憚のない御感想、御意見をお待ちしております。

                                               ( 本稿は武藤治太会長の書下ろしです。)

2016年7月28日 金言(第48号)
『民進党の自殺』

■はじめに 「参議院選挙結果を読む」

「改憲派、三分の二を確保」
  7月10日第24回参議院議員選挙が行われ、公知のとおり改選者数121名の内、与党である自民党と公明党は56名(その後57名)と12名合計68名(69名)と過半数を制した。安倍首相が最初の目標として公表していた数字は、与党で過半数61名であったからその目標を十分に達したのであった。その上非改選を合わせた242名の参議院議員の内憲法改正を主張する自民党(121名その後122名)おおさか維新の会(12名)、日本のこころを大切にする党(3名)、加憲を唱える公明党(25名)それに改正賛成の無所属議員(4名)を加えると162名に達し、憲法改正発議に必要な三分の二の定数を確保した。
「改憲派を阻止出来なかった民進党の敗北」
  野党第一党の民進党は、改憲勢力の三分の二の確保を阻止して安倍内閣における憲法改正に反対する姿勢であったが、32ある1人区に民進党、日本共産党(以下共産党)、社民党、生活の党などの野党4党による共闘を進めた。そしてこの野党4党による統一候補は11名が当選して、前回平成25年の選挙ではわずか2名の当選者しか出せなかったのに比較して9名の上積みを果たし、選挙区における得票も22の選挙区で増加しており、選挙協力は、一定の相乗効果があったことは認められる。しかしながら、改選数3以上の選挙区においては、民進党候補と共産党候補の共倒れになるケースが目立ち、また比例区において民進党は伸び悩んだ。 すなわち、比例区における得票数は、自民党20,114,785票(前回より150万票増加)に対して民進党は11,750,965票と前回を下回ったのであった。因みに公明党は7、572、960票、共産党は6,016、195票、おおさか維新の会は5,153,534票であった。この結果比例区では、自民党19名に対して民進党は11名、公明党7名、共産党が5名、おおさか維新の会が4名となり、合計で自民党は選挙前に比較して6名(後に7名)増加、公明党5名増加、共産党3名増加、おおさか維新の会5名増加、一人民進党のみが11名減少という結果に終わった。民進党の岡田代表は野党特に共産党との共闘により1人区においては、先に述べたように前回の2勝29敗が11勝21敗と9議席伸びたことにより共闘は成功としているが、3人以上の大選挙区、比例区を含めるならば合計11名の減少となり、加えて岡田氏が強く唱えていた改憲勢力が三分の二を上回ることを阻止するという目標達成に完全に失敗したのであった。
「過半数の勝利までの長かった自民党の道のり」
  自民党は野党の包囲網の中にあって私は大健闘したと思っている。すなわち、今回の選挙の結果自民党の実際の当選者は66名であったが、岩手県で当選した無所属議員の平野達雄氏の自民党入党により当選者は67名となり、実に27年ぶりに参議院における過半数を回復したのであった。自民党は、今となっては記憶している人は少ないと思うが1989年7月の参議院選挙においては、消費税の導入、リクルート事件、宇野首相の女性問題などの逆風が重なり36議席しか獲得できず、単独過半数を割り込んだ。反対に野党第1党であった当時の社会党は46議席を得て、土井たか子委員長は、この結果を「山が動いた」と評して話題になった事を覚えている方は多いと思う。
  その後1993年6月には、細川護煕氏を首班とする非自民内閣が誕生し、96年6月には、自民党は意表を突いて社会党との連立をはたし村山富市内閣を発足させ、政権に復帰したのであった。この時点で与党は参議院の過半数を確保した。ところが98年6月の参院選で自民党は大敗して、与党で過半数を割ることになるが、翌99年10月に自民党、自由党、公明党による小淵恵三連立内閣が成立したのであったが、その時点で参議院も与党が過半数となった。
  しかし、その後2007年7月の第1次安倍内閣のもとにおける参議院選挙において自民党は大敗して、参議院の第1党には野党の民主党が座り「ねじれ国会」が出現した。さらに翌年の衆議院選挙において民主党が勝利を収め、民主党政権が発足したのであった。しかし10年の参議院選挙では自民党が勝利し、第1党となった。そして12年12月の衆議院選挙では自民、公明が圧勝して第2次安倍内閣が誕生し、さらに13年7月の参議院選挙において自民、公明が圧勝して、過半数を回復して07年から続いていた「ねじれ国会」が解消されたのであった。そして今回の参議院選挙で、自民党は27年ぶりに自民党による単独過半数を回復したのである。

■第一章「民進党の敗因を考える」

第1節「その一、消費税先送りについての安易な是認」
  さて、今回の選挙で民進党は辛くも1人区で盛り返し、特に東北地方では5勝1敗となり退勢に歯止めをかけたと云っているが、先にも書いたように多人数区、比例区を含めた全体では負けたのである。では敗因はどこにあるのか。私は、理由は二つあると思う。一つは民進党の公約が(今回からマニフェストはやめたようである)あまりにも自民党の政策の後追いであったことであろう。具体的には、先ず消費税2%アップの2年半の先送りを是認したことであろう。このことは最大の誤りではなかろうか。野党として財政再建を打ち出し、堂々と消費税アップを主張すべきぐらいの政策を打ち出すべきであったのではなかったのか。「成長と分配」を主張するが具体策に欠けている。福祉政策も自民党の政策と変わらないのではないか。憲法9条に関する問題でも余りにも我が国を取り巻く現実を直視していないのではないか。
第2節「その二、憲法改正についての対案なし」
  もう一つ、今回自民党は、アベノミクスに関する経済問題を集中して論じ、憲法改正については議論を封印したのであったが、民進党はおろかにも絶好の機会にも拘らず、ただ憲法改正発議に必要な三分の二の議員を与党が獲得することを阻止することを叫ぶのみで、具体的に憲法改正について触れなかった。むしろ、安倍政権下において憲法改正を議論しないなどと決めつけるより、積極的に憲法改正の論議を何故展開しなかったのか、この事も自民党を有利にした大きな理由と思っている。
第3節「その三、野党共闘の誤り」
  さて、今回の選挙における民進党の最大の誤りは、共産党を含む野党4党との共闘である。野党共闘そのものについては必ずしも全面的に否定されるものではない。事実一人区においてはそれなりの効果があったことは認めるが、水と油の関係にある共産党とどうして手を組んだのか。民進党の支援団体である日本労働組合総連合会「連合」は民進党と共産党の選挙協力の中で大きな痛手を被ったのではないか。民進党が共産党と手を組んだことは取りかえしのつかない誤りで今後多大な悔いを残すのではないかと危惧するものである。

■第二章「共産党の本音を知る」

第1節「綱領に生きている天皇制廃止と暴力革命」
  最近のマスコミを含め世上の人は共産党の恐ろしさと、その実態について知らな過ぎるのではないか。共産党について述べると、戦前は、ソ連コミンテルンの傘下にありプロレタリア独裁を目指す暴力革命を目指していた。そして戦前の同党の理論的支柱だったのが当館創立者武藤山治とも論争した河上肇である。戦前共産党は非合法化されていたが、戦後は自由に活動できるようになった。
  そして初代の書記長をつとめた徳田球一のもとで暴力革命を前提とした先鋭的な活動を繰り広げ、1949年の衆議院選挙においては35名の当選者を出したのであったが、この共産党の急伸に危機感を抱いたGHQ(連合国最高司令部)は1950年共産党の非合法化の検討を声明、それと同時に国会議員24名を公職追放した。これにより中央委員会は崩壊し、その後武装闘争路線を放棄したのであった。その後、1955年頃から宮本顕治が指導者となり戦前から問題のあった内部抗争に終止符が打たれ、以降不破哲三そして現在の志位和夫体制へと引き継がれている。
  現在はあくまで表面的には議会を通じての民主連合政権を目指していると称しているが、2004年に作られた新しい綱領を見ると、その中には戦前から主張されている天皇制廃止のためのブルジョア革命、次いで社会主義革命に移行するという二段階革命論がそのまま生きており、依然として暴力革命もありうるとして治安当局は警戒している。「共産党は現在においても破壊活動防止法(破防法)の調査対象になっている」と政府は答弁しているが、そのことはその裏付けである。破防法は、昭和27年に制定された暴力主義的破壊活動を行なった団体に対して規制措置を定めると同時にその活動に関する刑罰規定を定めた特別法である。この法律については、違憲説もあり、非常に抑制的に運営されているので、これを廃止しようという動きは現在のところない。
第2節「綱領による具体的現状認識(その1)」
  さて、もとに戻り2004年改定の綱領による共産党の現状認識と目標について触れると、
(1) 政府に対する現状認識は「対米従属・大企業・財界を代弁する」であり、 民主主義革命に関しては「独立、平和、民主主義、生活向上を目指す人々を結集して、統一戦線をつくり、これと共産党が共同して国会において多数を握り民主連合政府をつくる」とし、また社会主義的変革については、「社会主義を支持する国民多数の合意と国会における過半数をもとに社会主義を目指す権力をつくる」とする。
(2)日本国憲法に対する現状認識については、「現行憲法の全ての条項を守り、特に平和的、民主的諸条項の完全な実施をめざすとする」が、天皇制についての現状認識は「憲法上現にある制度としてのみ容認するとし、我が国は君主制でも共和制でもなく、一個人、特定一家が国民統合の象徴となる現制度は民主主義、人間の平等とは両立し得ない」とする。民主主義革命の観点から共産党は「天皇制を廃止して民主共和制を目指す立場」である。天皇制の存廃については「将来情勢が熟した時国民の総意によって解決されるべきものである」とする。
(3)自衛隊、軍備については、「自衛隊はアメリカ軍の掌握下にあり、同国の世界戦略の一翼を担わせられている」とし「海外派兵をやめ、軍縮を図り、安保条約は廃止して、その後のアジア情勢を踏まえつつ、国民の合意により憲法9条の完全実施(即ち自衛隊の解消)に向かって前進する段階的縮小論を唱えている」
第3節「綱領による具体的現状認識(その2)」
(1) 日米関係と国際情勢と外交については、「日本はアメリカの事実上の従属国であり日米安保条約を廃棄して、対等、平等な日米友好条約を締結して、アメリカ軍とその軍事基地を撤収させる非同盟と中立を目指す」。そして「民主主義が世界の主流となりつつある世界においてアメリカ帝国主義は最大の脅威であり、社会主義は歴史の発展方向であり、全ての国と友好関係を結び、核兵器の廃絶、軍縮、民主的な国際経済秩序の確立など平和外交を展開する」とし、「共産主義社会が高度な発展を遂げ、搾取や抑圧を知らない世代が多数を占めるようになった時、原則として一切の強制のない、国家権力そのものが不必要になり、抑圧も戦争もない共同社会への本格的な展望が開かれる」とする。
(2)議会制民主主義については、「民主的変革への道が制度としては整備されていると現在の制度を評価している。」また、「議会制民主主義、反対党を含む複数政党制、政権交代制は当然堅持され、民主主義の自由の成果をはじめ資本主義時代の価値ある成果はすべて受け継がれ、一層発展させられる」とする。「思想、信条の自由反対政党を含む政治活動の自由は厳格に保障され、社会主義の名のもとに特定の政党としての特権を与えたり、特定の世界観を「国家の哲学」として意義付けたりたりすることは、日本における社会主義とは無縁であり、厳しく避けられなければならない」としているが、具体的な制度をどうするかについては触れられていない。
(3)経済体制については、「資本主義の枠内で可能な民主的改革を目指すが、最終目標は社会主義、共産主義の実現」である。

■第三章「共産党に魂を売り渡した民進党」

第1節「共産党の正体を知らない国民」
  以上が現在の共産党の綱領であるが、お気づきの方も多いと思うが矛盾に 満ちた眩惑的なものといっても差し支えない美辞麗句を並べ、文字通り「衣の下に鎧」を隠した恐ろしい綱領である。これでは今なお「破防法」の対象になっている事が頷けるのである。ご存じのとおり世界中で社会主義政権が誕生した時はすべて一党独裁であり、そうでなければ政権の維持は不可能である。政治的知識に疎い青年や主婦などはこのソフトムードに惑わされ2014年12月の衆議院総選挙で共産党は21議席を獲得し、比例の得票数も600万票を越え11.37%に達した。今回の参議院議員選挙でも先に述べたように選挙区1名。比例区6名が当選し、非改選と合わせると14名となった。比例得票数は6,016,195名と前回を下回ったが獲得率は11.3%となっている。
第2節「民進党の正体も知らなかった国民」
  一方新たに維新の会と合流して発足した民進党は、今回の選挙で11名も議員を減らしてしまった。国民は政治情勢をよく把握している。2009年7月の衆議院解散選挙で当時の民主党は圧倒的な勝利を収め、実に308名という空前絶後の当選者を出した。比例の得票でも29,844,799票と今後再現しないのではないかと思うほどの大勝であった。しかし、これは麻生首相が解散時期を読み誤ったこと、その他消えた年金問題を含む自民党の失政、また一度は「民主党にやらせてみてはどうか」という民主党の正体を知らぬ選挙民の無知が、絶対やってはいけないタブーを犯して民主党に我も我もと投票してしまったことにつきると思っている。この一事をとっても、政治教育が如何に重要であるかがわかるのである。
第3節「共産党と手を組んだ民進党の自殺行為」
  その後の3年3か月の民主党の政治のひどさ加減には、只々あきれるばかりであった。日本の政治、経済は、この3年半弱の間にどれだけ世界から遅れをとったか図りしれないものがある。悪い事には、この間東北地方を中心に大震災が起こり、福島の原子力発電所においてメルトダウンするという大惨事が発生した。これに対して当時の民主党菅首相のとった手段は言語道断で、最近の報道ではメルトダウンが生じたことが、公になることをストップさせた気配がある。これはもう周知のことであるが現在の民主党には頼りになる人材が不足している。いやほとんどいないのではないか。そのように実力を欠く民主党が、海千山千の共産党と手を組むなど共産党を利するだけではないか。目先だけにとらわれて姑息なやり方で悔いを千載にまで残すのではないか。例えるなら悪魔メフィストテレスに自己の魂を売り渡したのが、今回の民進党のざまだと私は思う。まさに民進党の自殺である。

■終わりに

  岡田代表は、憲法改正は安倍首相のもとでは絶対にやってはならないと云っておきながら最近になって条件次第では憲法改正の話し合いに乗ってもよいと云い出した。全くいい加減にして欲しい。しかしながら、これが民進党の実力、実態なのであろう。真面目だけが取り柄の岡田氏が走り回っている様は正直言って空回りそのもので、この姿はかって郵政選挙の際小泉首相に対した時とまるで同じで、まさにピエロとしかいいようがないのである。
  皆様の忌憚のない御感想、御意見をお待ちしております。
                                                                                                                                    以上

                                               ( 本稿は武藤治太会長の書下ろしです。)

2016年6月30日 金言(第47号)
『理解出来ない瀬戸内寂聴氏』

  本稿に人物の評を書くのは久し振りである。大体人物論になるとついつい当人の悪いところを書いてしまうので、私は万人が「如何なものか」と思う人、例えば、鳩山由紀夫とか大江健三郎ぐらいしか取り上げていなかったのである。しかし、今回は、世間に芳しくないものをしきりに振りまく瀬戸内寂聴氏を取り上げさせて頂いた。最近彼女は1年ばかりマスコミには全くといってよいほど現れなかったのであるが、ここのところ再び登場するようになり、直近では雑誌「婦人公論」の6月14日号にSTAP細胞で世を騒がせた小保方晴子氏と対談し、この記事のため地味な「婦人公論」は増刷に次ぐ増刷という異常な状況となった。

■T「作家・尼僧・市民活動家の才女」

(1)「女流作家として人気博するも・・・・」
  さて、私が瀬戸内晴美(寂聴)の名前を最初に知ったのは、私が社会人になった頃女流作家の田村俊子を取り上げ評判になったことがきっかけであった。
 さて、瀬戸内晴美は大正11年(1922年)徳島県の生まれである。東京女子大学の出身であるが、在学中に見合い結婚したが、その後夫の教え子と不倫して、夫と3才になる長女を残して家出する。その後1950年に夫とは離婚して、上京して小説家を目指した。当初は、少女雑誌に少女向けの小説を書いたりしていたが、その後丹羽文雄氏に師事して同人誌「文学者」の同人となり、1956年「女子大生・曲愛玲」が新潮社の主宰する新潮同人雑誌賞を受賞したのであるが、受賞後の第1作として発表した「花芯」がポルノ小説ではないかと評判になる。私もその頃は一端の文学青年で芥川賞受賞作品をはじめ評判になった小説はほとんど読んでいた。最近は、芥川賞受賞作品も小粒になり、馬鹿馬鹿しくてほとんど読まない。瀬戸内の「花芯」は当時評判となった小説で随分と赤裸々なことを書く人だなというかすかな記憶がある。「花芯」とは女性の子宮のことだと本人自身も云っているので、ほぼその内容については察しがつくと思う。このセンセーショナルな小説を書いたことから暫く執筆の依頼が途絶えたと聞いている。しかし、前出の「田村俊子」さらには、1963年に女流文学賞を受賞した「夏の終り」により作家としての地位を確立した。そして、以後恋愛小説や伝記小説などを数多く発表して人気作家となるが、残念ながら純文学や大衆文学の芥川賞や直木賞のような主要文学賞については30年間一度も受賞していない。その後「源氏物語」の現代語訳を発表するが、すでに谷崎潤一郎や女流では円地文子の名訳があり、二番煎じのそしりをまぬがれないのではないか。
(2)「出家し作家との二束の草鞋で意気軒昂」
  噂によると彼女はある時期修道女を志したこともあるようであるが、乳児を残して不倫に走った過去が、教会から受け入れられなかったとも云われている。その後出家を目指し、多くの仏教寺院に掛け合うが、いずれからも拒否されていた。しかし、1973年に今東光(春聴)大僧正の導きにより中尊寺で得度し、法名を寂聴とし、翌年比叡山で60日間の修行を積み、京都に寂庵と称する庵をかまえた。得度した理由は彼女の書いたものをよく読めば分かるのであろうがその時間はないので不明としておく。得度後は尼僧として、また作家として活動を続けている。彼女の過去からの人との繋がりと活動を2008年に日本経済新聞に「奇縁まんだら」と題して連載していたがこれは大変面白かった。先輩の作家や同性の作家のこと、そして私事など実に正確にかつ面白く活写されており、翌年の「続編」と並んで彼女の並々ならぬ才能が窺えるものである。このようなものを書ける作家はそう沢山はいないのではないかとその時思ったのであった。尼僧としての活動もはなばなしいものがあり、その青空説法は有名であり、1988年に出版した「寂聴般若心経」は40万冊以上を売り上げるという大ベストセラーとなった。
(3)「社会市民運動にも深く関与」
  一方社会運動にも極めて熱心で、麻薬使用により逮捕された有名俳優の更生につくした事や冤罪ではないかと騒がれた徳島ラジオ商殺し事件の被告富士茂子を応援して共著まである。さらに、連合赤軍事件の主犯永田洋子死刑囚とも交わり控訴審では証人までなっている。連続射殺事件により死刑に処せられた永山則夫を支援したりもしている。さらに、ここからは何故彼女がこのような行為に手を染めたかが不明なのであるが、先ず脳死による臓器移植反対運動をしている。何か宗教的な理由があるのだろうか。また、1991年2月に湾岸戦争が勃発すると急に戦争の終結を祈って7日間の断食を行い、さらに4月には救援カンパと故郷の大塚製薬の寄付による医薬品を携えイラクを訪問した。次に、どうしてそうするのか不明であるが同時多発テロ報復攻撃にも抗議して短時間ながらハンガーストを行った。

■U「国家への反逆的言動に走る」

(1)「人の命を奪うと決めつけての「原発反対運動」への参加」
  彼女自身は、原子力発電に反対する立場にあり、2012年7月東京代々木公園で行われた原発反対の大会に参加して自分が脱原発を訴える理由は「人の命の大切さ」であると主張し、原発は必要であると主張する推進派の人達に「原発は現に人の命を奪い非常に危険なものである」「危険ではないという証明はない」と訴えた。以下その時の発言「このように皆が嫌がっている、危険だと思っている、信じていない原発を何故政府は、これほどやりたいのか、それが本当に不思議で腹立たしい」「自分が生きている限り反対を叫び続ける」「歴史の中でこういう時にこれだけの国民が反対したという事実を残さなければならない」しかしながら、彼女は我が国のおかれている厳しいエネルギー事情と何故福島でこのような事故が起きたのか、といったことには全く無知であり、おそらく直接原発事故により亡くなったかたは皆無であるという事実もご存じないのではないか。従って私にいわせれば瀬戸内の反対は全く観念的に反対しているとしか思えない。彼女は思想的には完全に共産党のシンパである。公然と選挙においては、共産党に投票して来たといっている。日本経済新聞の記事では彼女は共産党員ではないが、完全にそのシンパであるといっている。
(2)「人を殺す法案と決め付けての、所謂「戦争法案」に反対」
  さて、安保法制が国会を通過したにも拘わらず、なおこの法制は戦争法であると主張している勢力があるが、その中心人物の一人が瀬戸内である。彼女は再三にわたりこの反対集会に出席しているが、ある時マスコミに次のように語っている。「美しい憲法を汚した安倍政権は世界の恥、安倍政権が強行採決した安保法案は、世界中で日本国民を死なせ、家族を不幸にして、国を滅ぼす」さらに原発反対と同じであるが「多くの国民が安保法案に反対した事実、そして安倍政権が、どれだけ横暴な事をしたかという事実を歴史に刻もう」「可愛い息子や孫が戦争に連れて行かれ、安倍政権が如何にひどい政権であったかを歴史に残そう」と。
(3)「日本の国家を思わずして文化勲章受賞の価値なし」
  私のような歴史と伝統のある日本を日本人の手で確りと守るという愛国的な保守(これが本来の日本人だと信じている)から見ると瀬戸内だけではなく安保法制を戦争法などと称して反対している勢力は売国奴と思わざるを得ない。現在の日本国憲法は、わずか1週間余りで米占領軍の関係者によって起草された。しかも、占領中には被占領国の基本的な法律の変更は許されないという国際法に違反して全面的に押し付けられたものである。その前文は常識はずれのものであり、国の自衛権まで否定した第9条については何をか言わんやである。それを戦後70年以上にわたって後生大事に引きずって今日に至っている能天気ぶりをいい加減に気がつくべきである。中国は、沖縄いや日本国全体をその支配下におくことを虎視眈々と狙っている。中国の支配下にあるチベット、ウイグルその他がどんな状況におかれているのかを考えたことがあるのか。瀬戸内が文学者としてどれだけの業績をあげたかについては素人である私にはわからないが、前にも触れた様に30年間にわたり芥川賞、直木賞などのこれといった主要な文学賞を獲得していない点からみて、これは云い過ぎかもしれないが文化勲章を受章するほどの人とは到底思えない。文学と関係ない今述べてきた数々のパフォーマンスは文学者としては如何なものかと思うのである。高齢ではあるしこれ以上晩節を汚す行為は差し控えてはどうか。

■V「STAP細胞の小保方氏を支持する無責任さ」

  次に、最初に少し触れたが6月14日号の婦人公論における瀬戸内と小保方晴子氏の対談についてお話したいと思う。小保方晴子は2014年1月STAP細胞に関する2012年の研究論文を英国の学術誌「ネイチャー」に投稿したが、その後その再現が全く出来なかったことや論文の盗用や改竄などの不正が見つかり、またサンプルや遺伝子のデータ解析が論文と矛盾していることが明らかになり、6月に論文は、撤回に追い込まれた。そして8月には小保方の上司笹井芳樹氏が自殺し、小保方が所属していた理化学研究所の検証実験においても細胞の再現は出来なかった。この結果、何らかの理由によりES細胞が混入したものと断定されたのであった。その後12月に小保方は理研を退職している。また、ハーバード大学における検証でも計133回の再現実験においてSTAP細胞の再現は不能であった。理研の野依良治理事長は2015年3月に本人は会見で否定しているが、実際には引責辞任している。小保方は、その後母校早稲田大学から授与されていた博士号も取り消しとなった。その小保方が、2016年1月STAP細胞問題に触れた手記「あの日」を出版して、かつての論文共同執筆者を批判したのであった。私はその手記を読んでいないので批評は差し控えさせて頂くが、この手記を読んだ瀬戸内は小保方に同情して手紙を送り、4月に京都で二人は会い、その対談が今回「婦人公論」に掲載されたのであった。どちらかと云うと瀬戸内は、小保方の手記の内容を全面的に支持して、彼女を激励しているのである。しかし、本当にそれでよいのであろうか。小保方の「あの日」を読んだだけでSTAP細胞の暗闇について科学者でもない瀬戸内にすべてが理解出来るわけがないのではないか。「あの日」は小保方の共著者若山照彦教授こそ捏造の黒幕であるとし、自己の冤罪を一方的に主張しているのであるが、それについては幾つかのマスコミが非難している。手記の主張はあくまで彼女の主張であって客観性にかけるものではないか。ましてや笹井氏と云う有能な学者の生命が失われた事件でもある。このような場面に門外漢の瀬戸内が小保方の援護者として、したり顔で登場することに私は違和感を覚えるのである。この件一つとっても瀬戸内の行動は無責任、独善的自己顕示そのものであることがよくわかるのである。

                ( 本稿は武藤治太会長の書下ろしです。)

2016年5月28日 金言(第46号)
『女性、女系天皇を認めるべき時代
        (時代遅れの皇室典範)         』

■「被災者に心を寄せられる両陛下のお姿に思う」

  このたびの熊本大地震に当たり、天皇皇后両陛下は、東北大地震と同様に現地を見舞われたが、その御姿にはあらためて感激の念を新たにしたのである。
  しかし、天皇皇后両陛下ともすっかり御年を召され、現地を見舞われる御姿には痛々しさを覚えたのは私だけではあるまい。

■第一章「皇統存続のための近年の動き」

第1節「悠仁天皇の時代には、皇族は天皇お一人になられる可能性も」
  さて国民の大半は、真におおそれ多いが今上天皇が崩御された後、皇太子殿下が天皇に即位され、秋篠宮が皇太子につかれるのではないかと漠然と考えているのではないか。すなわち、現在の「皇室典範」によれば皇位の継承においては「皇位は皇統に属する男系の男子のみがこれを継承する」ことになっており現在の直系である皇太子殿下には、愛子内親王がおられるだけで「男子」のお子様はおられないから、現在の典範の規定に従えば、皇統は皇太子が即位され、秋篠宮が皇太子となり、その後秋篠宮家に皇統が移らざるを得ないことになる。すなわち、その後は、秋篠宮のご長男悠仁親王が皇統を受け継がれることとなり、直系から傍系に皇位は移行することになる。
  しかし、女性宮家創立は駄目、養子制度もだめ、旧皇族の復活は難しく、勿論側室制度はもっての外となると極端に言えば悠仁親王が即位される頃には皇族は、悠仁天皇だけということに成りかねない。ましてや悠仁天皇の皇后になられる方についても正直言って大変難しく、幸い皇后を迎えられても男子が誕生しなければ皇統は絶えてしまうのである。
  当會館においては、皇室問題に詳しい田中卓、所功両先生に長年ご指導を仰いでおり、また、当會館とはご縁の深い市村真一先生も「皇室典範」は改正すべきであるとして論陣を張っておられる中で、私ごときがこの問題について述べるのはおこがましい次第であるが、天皇陛下もご高齢になられる中で、このまま現在の「皇室典範」を改正しないまま進めば、悠仁天皇の時代には皇族は天皇御一人という事実は、明々白々であり、我が国にとって最重要問題と考えられる。然るに安倍首相は憲法改正には大変積極的である。勿論憲法改正は極めて重要な問題ではあることは認めるが、この「皇室典範」の改正には現状では消極的で、もっと積極的に取り組むべきである。
第2節「皇室典範改正の動きは始まっていたが」
  さて、もう少し皇位継承の問題について詳しく触れたいと思う。そもそも、この問題は1965年(昭和40年)に秋篠宮文仁親王が誕生されて以来、その後皇室に男子が約40年間誕生されなかったため、将来「皇室典範」に定める皇位継承資格者が存在しなくなるというおそれが生じ、2000年代になってから表面化してきた問題である。
  「皇室典範」の第1条においては「皇位は皇統に属する男系の男子がこれを継承する」と定められているために、皇位の継承資格者が不足するという大問題がクローズアップされている。この問題を解決するために、皇位継承の順序をどうするのか。未だ史上前例のない女系天皇と「皇室典範」で認められていない女性天皇を容認すべきか否かを含め皇位継承を定めている「皇室典範」を改正すべきであるとの声が高まり、2004年(平成16年)末当時の内閣総理大臣小泉純一郎氏は「皇室典範に関する有識者会議」という私的諮問機関をつくり、検討に入ったのである。
  会議は、2005年(平成17年)1月から17回の会合を重ね、同年11月に「皇位継承については女性天皇、女系天皇の容認、長子継承を内容とする報告書を提出したのであった。これに対するマスコミ5大紙の反応は、サンケイを除き肯定的であったが、三笠宮寛仁親王は、女系天皇には明確に反対され、旧皇族の復帰についても賛成されなかった。小泉首相はこの改革案に対して積極的であったが、当時官房長官であった安倍現首相は有識者会議が「男系維持のための方策をほとんど検討していない」また「肝心の皇室の方々の意見を聞いていない」として慎重な態度を示した。
第3節「悠仁親王誕生で改正は遠のき、女性宮家創設案も見送りに」
  ところが、2006年(平成18年)9月に秋篠宮殿下に長男悠仁親王が誕生され、皇位継承者が近い将来不在になるという可能性が遠のき、与党の内部においても慎重論が強まり、「皇室典範」改正法案の国会上程は先送りとなった。小泉氏の後任となった安倍首相(第1次安倍内閣)は、有識者会議が短期間で女系継承を容認する報告書をまとめたことは、拙速であったとして、悠仁親王のご誕生により前提条件が変わったとして、有識者会議の報告書を白紙に戻し、男系による皇位継承維持について政府内で議論を開始するよう指図したのであった。
2010年(平成22年)以降「皇室典範」改正に関する議論は進展していないが、皇室において、若年の男子皇族がほとんどいないという状況が続いている。現行の「皇室典範」が改正されずにそのまま存続すれば、今後皇室に男子の皇族が誕生しない場合、唯一の最年少の男子たる悠仁親王が、天皇に即位される時期には、皇族の死去や女子皇族の婚姻による皇籍離脱により、再々述べているように皇室に皇族が1人しかいないという最悪の状態となる可能性がある。一方現行の「皇室典範」では「皇室女子は天皇及び皇族以外の者と婚姻したときは、皇室の身分を離れる」と規定されており、これを改正して女性宮家を創設すれば女性皇族は婚姻後も皇族として止まることができる。事実女性皇族は適齢期に達しているため今後皇籍を離れると皇室の活動に支障をきたすおそれがあるとして、これに歯止めをかけるため2011年(平成23年)当時の羽毛田宮内庁長官が女性宮家の創設を検討課題とする考えを表明したのであったが、当時の民主党政権の野田首相はこの案を検討して国会への上程をめざした。しかし自民党の安倍首相(第2次安倍内閣)へと内閣が交替したため、女性宮家を創設する皇室典範改正案は見送られたのであった。安倍首相は、案ずるに女性宮家の創設は、女姓、女系天皇へと繋がる懸念を抱いていたのではないかと推察されるのである。

■第二章「皇統がとだえようとしているのは何故か、又その対策は如何」

第1節「男子皇族が女性皇族に比べなぜ極少数になったのか」
  さて、先ずどうして現在の皇室にこのように皇位継承者である男子皇族が払底してしまったかであるか、それには次の三つの理由が挙げられる。一つには 戦後の連合軍最高司令部の方針により伏見宮系の皇族(持明院統の直系となる傍流皇族)が大量離脱し、皇族の数が減り、皇族は、昭和天皇のご兄弟である秩父、高松、三笠の各宮家のみとなり、その後は、昭和天皇のご兄弟常陸宮家、三笠宮家のご次男、三男が宮家をたてられており、そして皇太子の弟君が秋篠宮家と、戦前に比べ宮家の数は激減しているのである。二つには大正天皇が側室を廃止し、昭和天皇以降は一夫一婦となり、また現「皇室典範」には、非嫡出子は皇族の身分をあたえられないと規定されている。三つには秋篠宮ご誕生のあと誕生された皇室の方9名は全て女性であったことである。
第2節「対策1:女性天皇と女系子孫に皇位継承権を」
  それではこの窮状を打開するために如何なる方策を考えるべきかであるが、先ず女性天皇及び女系子孫にも皇位継承権を認めることである。この女系容認論の柱となっている考えは、125代続く天皇家は皇祖神である天照大神の子孫である。天照大神は女神であり、日本の皇室は女姓から始まったといって差し支えない。我が国の家督相続、明治以降の皇位継承からみても直系優先であり、この方が国民になじみやすい。
第3節「対策2:旧皇族の皇籍復帰、対策3:養子縁組も必要」
  男子優先の考え方が移入されたのは,あくまで中国にその起点がある。中国は男系優先であり、何時とはなく、この考えが我が国にも移入されたのではないかといわれている。中国に女性皇帝はいないのか。シナにもれっきとした女帝がいた。唐の則天武后は正真正銘の女帝である。125代に亘り男系が続いたのは側室制度の存在を無視出来ない。事実125代の内半分以上は側室からの誕生である。近世でも仁孝、孝明、明治、大正の各天皇は側室出である。男系にこだわる論者が主張するのは、旧皇族の皇籍への復帰であるが、一時的に男系の男子を確保出来たとしても、現在の晩婚化や一夫一婦のもとでは三代程度で現状と変わらない状況に陥るのではないか。勿論女性天皇、女系天皇と並んで旧皇族の皇籍復帰、養子縁組も制度化することは必要である。

■第三章「皇統の正当性とは何か?」

第1節「男系・女系でなく、神武天皇の血筋であるかが重要である」
  さて,私見ではあるが、私にとって理解できないのは、男系とか女系にこだわり論ずるのはおかしいと思う。端的に云って、我が国にとってなによりも重要なことは皇室に天照大神、神武天皇の血筋が男系とか女系にこだわらず永久に継続することなのではないか。先程来述べてきたように何回も云うようだが、125代に亘り男系皇統が続いたのは側室制度によるところが極めて大きいのである。そうであるならば、男系、女系にかかわらず継承者の血が神武天皇に繋がっていることこそ最も重要なことではないのか。
第2節「女性蔑視のY染色体論」
  一頃よく言われた意味不明なY染色体なる言葉は、最近聞かれなくなったが、これこそ私にいわせれば女性蔑視以外のなにものでもない。男系を主張する人は、「皇位は男子により継承され、例外なく代々継承されてきた。天皇の正当性は、歴史と伝統によってのみ保証されるのであり、女系天皇が即位されれば男子による皇統は断絶し、全く家系が異なる天皇が生まれることになる。」とする。このように女系天皇は正当性がないので国民の統合の象徴には成り得ないとも主張する。そしでは男系論者にあらためて「男系でなければいけないとの理由」を問いただすと「伝統だから」としか説明しない。
第3節「田中・所両先生の学説に学ぶ」
  さて、天皇が天皇である必要条件が男系でなければいけないというルールは、明治の「旧皇室典範」制定までは存在しなかった。むしろ8世紀の大宝令、養老令の「継嗣令」には「およそ皇兄弟と皇子皆親王となす」という本文があり、さらに「女帝の子も亦同じ」とあり、男系を通常の本則としながらも非常の場合の補則として「女帝」の存在を容認したものと所功先生は云われている。また田中卓先生によると「皇統譜」は、明治天皇の直裁によるものであり学者や評論家による議論の余地など全くない。その「皇統譜」に世系第一として天照大神が明記されており、三種神器、新嘗祭、伊勢神宮、天壌無窮の神勅あるいは天皇自らの権威の根源は、すべて天照大神に由来するとしている。そして、母系にせよ明瞭に皇統に繋がる方が即位して、三種の神器を受け継がれ、さらに大嘗祭を経て皇位につかれれば「天皇」であるとされている。

■終わりに「陛下のお考えこそ」

  最後になるが、矢張り「皇室典範」は元々皇室の「家法」であったものなのに現状では憲法の定めにより国会での改正を要せざるを得ない。しかしながら元々「家法」なのだから今上陛下が「皇室典範」について、どのようにお考えになっているかが一番の問題なのではなかろうか。ある方は、あくまで私見として陛下のお考えをお聞かせ下さいと国会決議をしてはどうかとさえ云っている。
  考えるに小泉内閣当時作られた「皇室典範に関する有識者会議」には、実際のところ法的には不可能なことなのであるが、陛下のご意向が反映していたかどうか知りたいものである。

                ( 本稿は武藤治太会長の書下ろしです。)

2016年4月30日 金言(第45号)
『アメリカの世界戦略の失敗
    (フランクリン・ルーズベルトの失敗)』

■序章「衰退していく米国」

  アメリカについて、世間一般の人々のイメージは自由と平等の国、アメリカンドリームの国という事が先行し
ているのではないかと思う。しかし、昨今のアメリカの国力の低下は甚だしく、ついに先日、オバマ大統領は「米国は世界の警察官ではないという考えに同意する」と宣言した。ご存じのように第ニ次世界大戦後アメリカは世界の安全保障を担ってきたのであるが、冷戦が終了した1989年以降アメリカは、世界唯一の超大国として世界の安全保障を一手に引き受けてきたのであった。したがって、このオバマ氏の発言は、世界情勢の安全に大きな問題を投げかけたと云っても過言ではない。この発言の背景にあるのは、リーマン危機以来の深刻な不況により、例え国際的な危機が起こっても、直ちに米国が介入出来ないという財政上の問題があるからである。
  もう一つは、古くは1950年の朝鮮戦争に始まり更に1964年から11年間も続いたベトナムへの介入に加えて、2001年から2010年にかけてのアフガニスタンやイラクへの「対テロ戦」により、米国は、半世紀にわたり戦争に明け暮れるという状況が続いて、国内においては、多数の米国兵が犠牲になったにも拘わらず、なお直接の脅威を取り除くことが出来ないという厭戦気分が漲っていた。
  そして、昨今のシリア内戦に対する軍事介入を避けるという消極的な姿勢は、ロシアをクリミヤ半島併合という大胆な行動に走らせ、一方中国の南シナ海における無謀とも思われる積極的な拡大主義路線を、助長する結果になっているのではなかろうか。このオバマ発言は、国際的な問題解決から米国は逃避するという宣言であり、同盟関係にあり、かつ中国の脅威に曝されている我が国にとって見逃すことの出来ない大問題と云わねばならない

■第一章「米国の覇権国家への道のり」

第1節「北米大陸内での帝国主義的手法による領土拡張」
  さてアメリカは、決して平和的な国ではない。その歴史を繙くと、アメリカはローマ帝国に比肩される「帝国主義」「覇権主義」の国家である。アメリカは1776年イギリスからの独立を果たしたのであるが、この18世紀の時代は、まさに列強スペイン、ポルトガル、オランダ、イギリス、フランスなどによる帝国主義的領土拡張、植民地主義の時代であった。アメリカも独立当時は、北米大陸内での領土拡張を進めていた。具体的にはイギリスの植民地時代から発展していた大西洋岸から太平洋岸までの未開拓の地域を開拓していったのであるが、それは原住民であるインディアンに対する侵略と殺戮そのものであった。一方フランスからはルイジアナを買い取り、アラスカをロシアから買い取り領土を拡張していった。独立当初は、イギリスから自由を求めて独立を果たしたこともあり、植民地主義には反対して、各国の独立を支持して、他国への干渉を避けるという考えで進んでいた。ところが1845年メキシコと開戦し、勝利をおさめ、アメリカは、メキシコからカリフォルニア、ネバダ、ユタ、アリゾナ、ニューメキシコ、ワイオミング、コロラド、テキサスを手中におさめた。これにより現在の合衆国本土域が確定したのであった。そして、19世紀末のマッキンリー大統領の頃から他国への干渉を強めるようになり、次第に帝国主義国家に変貌して行ったのであった。
第2節「西部開拓から太平洋国家へ、中国の門戸開放を要求」
  1898年にはスペインと戦端を開き、同国を屈服させキューバを含む西インド諸島、グアム、フィリピンなどの太平洋のスペイン植民地を獲得。その他プエルトリコなども割譲させた。少し戻るが1893年ハワイ王国を侵略し、手中に収めた。同国の獲得にあたっては帝国主義的な手法が存分にとられ、真に汚いやり方は、後の日本の満州国へのやり方と全く軌を一にする。加えてパナマ運河地域のニカラグアなど中米の諸国にまで手を広げていった。
  さて、本土において西へ西へと大西洋岸から太平洋岸まで未開拓地域を開拓していったアメリカであったが、たまたま1848年カリフォルニアで金鉱が発見され、いわゆるゴールドラッシュが起こり、太平洋岸の開拓が急速に進み、逆に太平洋岸から内陸への開拓が進むようになった。ここでアメリかは、初めて太平洋国家となった。そして、アメリカは、米西戦争により獲得したフィリピンを含めた太平洋の西側の極東に位置する日本、中国への関心を高めて行く。
  1852年のペリー提督による日本開国もアメリカの極東への関与の強さの一環であるが、アメリカが真に目指したのは中国であった。しかしながら、西太平洋及び中国に関しては新参者に過ぎなかった。アメリカは、中国に対して関心を持ち続けていたのであるが、1861年から始まった国内の戦争、南北戦争により中国を目指す余力を欠いていたことも出遅れの原因である。既に早くから中国においてはイギリスをはじめフランス、ドイツなどの列強が権益を確保していた。アメリカは、これらの国々に対して「門戸開放」「機会均等」を主張して参入を試みるのであるが、もう一つ難問があった。それは、清国の隣国日本が力を付けて来ていたことであった。
第3節「米国に立ちはだかった日本」
  日本は1895年日清戦争で勝利を納め、台湾を獲得し、さらにロシアの影響を排除しつつ韓国(大韓帝国)を保護下におき、清国の韓国に対する「冊封体制」を完全に排除し、1910年韓国を併合したのであった。アメリカは、1902年にロシアによる満州侵略は、「門戸開放」の原則に反するとしたのであったが、1904年から05年の日露戦争の結果日本がロシアの保持していた満州における権益を獲得してしまった。当初日本は満州に関する「門戸開放」を約束したが、アメリカは日本の独占を阻止するため日本、アメリカ、イギリス、フランスによる鉄道敷設を考えたが、途中からアメリカは、この考えを放棄してしまう。
  1914年に始まった第一次世界大戦ではアメリカ大統領ウィルソンは、当初不介入政策を貫き、その後欧州の戦争には介入して、戦後の復興には貢献したが介入が遅れたため中国においては、日本がドイツの租借地青島を攻め取るなどしたが、アメリカは、アジアでは何ら成果を挙げる事が出来なかった。その後アメリカは、192
2年のワシントン会議などにより「門戸開放」が実現されるよう図ったが、1932年の日本による満州国建国によりこの政策は崩壊してしまった。

■第二章「米国の対ロシア戦略の失敗」

第1節「ルーズベルトの光と影」
  さて、当時の日米両政府の状況に簡単に触れておくと、アメリカの大統領は第32代のフランクリン・ルーズベルト(1882〜1945年)であった。彼が大統領に就任した1933年は、1929年に発生した大恐慌下にあった。この恐慌をニューディール政策と第二次世界大戦への参戦による戦時経済は合衆国経済を世界恐慌のどん底から回復させたと高く評価されている。また当時の最先端を行くマスメディアであったラジオを通じて国民に直接語りかける「炉辺談話」は国民の心をしっかりと掴み、ル−ズベルトの見解発表は、国民の士気高揚、鼓舞に大きな役割をはたした。尚ルーズベルトは、唯一人、史上4選を果たした大統領である。同国の大統領は2選が慣例であったが、戦時の非常事態ということで1940年、1944年の大統領選挙に出馬し当選した。(4選目は任期中に死亡)1951年にアメリカ憲法が改正され、大統領の任期は正式に2期と定められたため、このような多選は彼が最後となった。付言しておくとルーズベルトは重度の身体障害者であった。
  ルーズベルトの功績は先に述べたように、合衆国経済を世界恐慌の中から回復させた事である。実際には、そのケインズ流のニューディール政策だけで経済が持ち直したのではなく、その後起こった世界大戦による需要回復により経済が回復したのであると指摘する向きも多く、私もニューディール政策だけを礼賛することには抵抗を覚えるものである。また国民のアメリカ人としての意識を一つにまとめ、第二次世界大戦を勝利に導いたことは、彼の政治家としての最も大きな貢献であると思う。
  一方ルーズベルトの功績は功績として、結果として負の部分として残したものは余りにも大きく、彼による世界政策の失敗は、その後のアメリカに大きく影響を及ぼし、その範囲は現在のアメリカだけではなく、多くの国々にマイナスの影響を与えているのである。それでは現在では余り論じられない彼の世界政策の失敗について詳述したい。
第2節「第二次大戦中のソ連への莫大な援助の失敗」
  ルーズベルトは、第二次世界大戦中、共産主義独裁者のスターリンに大きく肩入れしてナチスドイツ壊滅に大きな役割をはたした。1941年6月、折から欧州大陸を席巻して、残るイギリスと激しく戦っていたナチスドイツのヒットラーは突然ソ連との不可侵条約を破り、ソ連領内になだれ込み「独ソ戦」が開始されたのであった。独ソ戦はまさかの電撃作戦であったため、装備において劣るソ連軍は圧倒され、レニングラードの包囲、ミンスクの占領とドイツ軍は破竹の進撃を示し、モスクワも陥落寸前までに追い込まれた。
  この状況に直面してアメリカとイギリスは、それまではソ連は友好国ではなかったにも拘わらず、ヒットラーの快進撃にあわてて、ソ連に膨大な援助物資を送ったのであった。すなわちルーズベルトはレンドリ−ス法(武器貸与法)なる法律を制定し、1941年から45年にかけてイギリス、ソ連、中国(蒋介石国民党政府)、フランスやその他の連合国に対し、多量の武器その他援助物資を供給したのであった。1941年3月からこの援助は開始され、その総額は501億USドルにものぼったと云われている。(これは2007年の価値に換算して、実に7000億ドルに相当する)内訳はソ連には、113億ドル分の兵器その他が供給され、独ソ戦におけるソ連勝利の極めて大きな要因となった。援助の詳細が残っているので参考までに示すと、
  •   (1) 航空機用ガソリン、オイル       267万トン
  •   (2) ジープ、トラック            38万台
  •   (3) 軍用機          14000機(一説には18000機)
  •   (4) 戦車            7056両
  •   (5) 高射砲           8000両
  •   (6) 機関車           1900両
  •   (7) 軍靴           1500万足
  •   (8) 無線機          16000台
  •   (9) 軍艦(大型及び小型)     600隻
  • (10)商船                  95隻
  • (11)食料                 447万トン
      この武器を主体とする援助が決め手となり、独ソ戦すなわち東部戦線の流れが一変したのであった。死に体であったソ連は、独ソ戦に勝利したのであったが、成程ヒットラーという怪物独裁者を壊滅させることは出来たが、一方でもう一人の怪物独裁者スターリンを育ててしまったのが、この援助であった。毒を持って毒を制したとルーズベルトは考えたかもしれないが、この後のヤルタ会談は、スターリンの一方的なペースで進められ、1991年のソ連崩壊にいたるまで東西両陣営は冷戦を続けることになる。
    第3節「ヤルタ会談における失敗」
      1945年2月クリミヤのヤルタにおいてルーズベルトはイギリス首相チャーチル、ソ連首相スターリンと会談し、連合国による戦後処理について協議した。この首脳会談では特に戦後設立が決まっていた国際連合の憲章に関して論議が交わされたが、安全保障理事会における大国の拒否権について、ソ連の意向通り決定したのであったが、これは現在に至るまで禍根を残している。さらにドイツを米国、イギリス、ソ連、フランスの4か国で分割統治することを決め、東欧諸国のポーランドをはじめ、ドイツの支配下にあった国々に民主的な政府を樹立させることを決めた。しかし、このことはいずれソ連が侵攻し、衛星国化される危険があったが、ソ連のペースで事は進められた。
      極め付けは、ソ連の対日参戦がドイツの降伏後3か月以内に行われることが決定したことであった。太平洋において日本軍は米軍に押しまくられ、米軍の勝利は目前であったのに、あえてソ連の参戦を許すなど真に不可解な取り決めであった。我が国は、今なおこのお蔭で北方4島が返却されず苦しんでいるのである。ルーズベルトはこの会談中(2月4日から11日)すでに体調を崩しており、すっかりスターリンの言いなりになり、その結果第二次大戦後の国際的な諸問題についてソ連に名をなさしめたのではなかろうか。事実この会談によりヤルタ体制と云う米、ソを軸とした二陣営が対立する冷戦構造がつくられ、1989年のマルタ会談による冷戦終結まで、この体制が続いた。極めて客観的にみて、如何に体調を崩していたとはいえ、アメリカの援助により息を吹き返したソ連の言いなりになるなど考えられないことである。特に我が国にとっては、アメリカに太平洋の各地で負け続け、白旗寸前のところに、ソ連参戦を許すなど、ルーズベルトはすでに正常な判断が出来なくなっていたのではないかとさえ思うのである。事実、彼はこの会談から丁度2か月後死亡している。
      それにつけても不可解なのはチャーチルの態度である。ナチスドイツのヒットラーとあれほど激しく戦った、いわば救国の英雄らしくないように思われても仕方がない。ヤルタ会談の後、ドイツは5月に、日本は8月に降伏するのであるが、戦後を含めアメリカは、日本を叩きすぎたこともあり、以後冷戦という重い荷物を一人で背負い込んでいくのである。国際連合における拒否権については、今も中国やロシアによって自分たちの為に都合よく使われており、国連の機能を阻害する元凶となっている。これ一つをとってもルーズベルトの失策の罪は重い。

    ■第三章「米国の対アジア戦略の失敗」

    第1節「共産主義中国の成立に手を貸した失敗」
      中国では当時蒋介石率いる中国国民党と毛沢東を指導者とする中国共産党の二つの勢力があり、主導権を巡り激しく争っていたが、1924年ソ連主導のコミンテルンの仲介により第一次国共合作が成立する。そして両者による北伐が開始されるが、その後蒋介石一派による南京での国民政府樹立、上海クーデターなどにより共産党は弾圧され、この合作は頓挫する。そして北伐は蒋介石の手で継続され、1928年には北京政府を倒すことに成功する。その後国民党は更に共産党を弾圧し、共産党政府は、西部のソ満国境に近い延安にまで追いやられる。しかし、1937年に日本との全面戦争が始まると、国民党と共産党は再び手を握り(第二次国共合作)国民党の指揮のもと対日戦争に当たることになる。
      さて、前々から中国市場への「門戸開放」を唱え日本を邪魔者扱いにしてきたルーズベルトは、アメリカの世論を味方に付けた蒋介石の妻宋美齢を中心とする巧妙な外交手腕に乗せられ、16億ドルにも及ぶ多額な武器援助と軍事顧問団を派遣した。1937年の時点でアメリカは中国共産党にまで軍事援助を行った。アメリカにとって日本を倒してしまえば、太平洋はアメリカの海となり、蒋介石にとっては、日本を中国大陸から追い出すことにアメリカの力を借りるという事で両者の思惑は一致していた。
      しかし、ルーズベルトのやってきたことは、結局アメリカにとって、何の利益にもならなかった。すなわち、日本の敗戦により中華民国は戦勝国となり、国際連合の常任理事国になったものの、日本という共通の敵を失うと国共合作の意義はなくなってしまい、再び両者は激突して1946年6月から内戦が始まった。当初はアメリカの援助を受けた蒋介石率いる国民党軍は共産党軍を圧倒したが、ソ連の援助を得た共産党軍が盛り返し、腐敗と堕落の国民党から民心は遠のきはじめ、特に農村部では国民党の勢力が減退した。1948年8月から1949年1月の間に行われた大規模な三つの戦闘で共産党軍は決定的な勝利をおさめた。その結果1949年10月中華人民共和国が成立した。勿論この時点で、ルーズベルトは存命していなかったが、まさにアメリカの中国関与は、アメリカにとって何の利得をも得ることなく終わったのであった。
    第2節「米国の満州国建国への対応」
      第二次世界大戦前の1931年日本の関東軍は、柳条湖事件を契機に中国軍と戦端を開き、満州事変を引きおこし満州全土を占領した。この行動は日本政府の意図に反した関東軍の暴走といわれているが、これに対してアメリカは強く反発した。しかし、米、英両国ともこの日本の侵略行為に対し経済封鎖などの実力行使に出なかった。日本は、これを良いことに1932年に満州国という傀儡政権を樹立した。そして、1933年無理矢理にこれを中国政府に承認させた。一方中国は、この問題を国際連盟に提訴したので、国際連盟はリットン調査団を派遣した。調査団は、関東軍の侵略の可能性を指摘したため、国際連盟の総会は満州国の不承認と日本軍の撤退を決議したので日本は国際連盟を脱退し、以後孤立の道を進んで行く。その後、日本と中国は宣戦布告なき戦争状態に入っていったが1937年に盧溝橋事件から全面的な日中戦争に突入する。
    第3節「現在の日本にも影を落としているルーズベルトの失敗」
      反論があるかもしれないが、彼の失敗は、余りにも中国に肩入れして日本を叩きすぎたことではないかと思う。極東で日本の勢力を完全に駆逐したことにはそれなりの意味はあったと思うが、日本が姿を消して中国共産党、ソ連を抑える勢力がなくなってしまったのである。勿論アメリカが直接入っていく事はありえないから、アメリカの長年の夢である「門戸開放」は頓挫してしまった。
      それだけでなくソ連と中国と対峙する冷戦が、1989年まで続きアメリカの負担は膨大なものとなった。アメリカは中国に対し幻想を持っていたのではないか。アメリカの中国贔屓は19世紀末に中国に渡った多くの宣教師達の影響があると云われている。我々にはわからないが、彼等は、独特のキリスト教的優越感を持っており、それによると中国人は未開人種で人間以下のもので、したがって彼等を神の恵みにより善導することが必要であるという勝手な思い込みで、そこに政治的な思惑が入り込み、日本をないがしろにして中国に肩入れする考えが加わり、国民党の排外主義運動を助長して、満州事変の遠因をつくったのは事実ではないか。ルーズベルトの日本人嫌い、中国への肩入れは上記の考えと由来は同じである。戦後日本の占領統治の責任者はマッカーサーであったが、彼の考え方はルーズベルトの考えに近いと思って差し支えない。
      太平洋戦争勝利後の占領地日本の統治には、日本を明治維新前の農業国に戻し、工業は最低限度のものとする。戦力は、一切持たせない。そのために国際法違反の憲法を押し付ける、農地改革などはアメリカ本土にもないような厳しいものとする。結局これらの日本弱体化策は裏目に出て、特に戦力の不保持については既に1945年の朝鮮戦争でアメリカは、慌てふためき日本に再軍備を要請した。ところが彼等が押し付けた平和憲法が災いして我が国は自衛隊なる組織しか保持していないのである。ルーズベルトが生きていればおそらく同様な政策をとったであろう。

                    ( 本稿は武藤治太会長の書下ろしです。)

    2016年3月31日 金言(第44号)
    『司法の自殺』

        〜高浜原子力発電所の運転差し止めに思う

    ■序章

      3月9日大津地方裁判所は、関西電力(以下関電)高浜原子力発電所3号、4号機の運転を差し止める仮処分の決定を下した。今回の仮処分の内容は、原発の安全審査を担う原子力規制委員会が、2013年から関電の求めにより、2011年の3月の東京電力(以下東電)福島第一原子力発電所(以下福島)の事故後厳しく制定した新基準に基づく安全審査に合格して再稼働した原発の運転を差し止めたもので、この処置の妥当性には大変疑問があるところである。すなわち、今回の地裁の決定は、いわゆる3条委員会である原子力規制委員会、これは国家行政組織法第3条や内閣府設置法第64条の規定に基づいて設置された独立性に高い委員会で、府省を管轄する大臣などから指揮、監督を受けずに権限を行使する事のできる公正取引委員会や国家公安委員会と同様の機関である。この委員会が設けた世界でも指折りの最も厳しい規制をクリアして、お墨付を得たのであった。しかし、この高浜3、4号機の運転については、福井県在住の住民らによる運転差し止めの仮処分申し立てが、2015年4月に福井地裁において認められ、その後12月に異議審でその取り消しが決まり、3号機が本年1月に、4号機が3月に再稼働に漕ぎ着けたのであった。

    ■第一章「差し止め仮処分」の理由

      今回の差し止め仮処分が如何なるものかについて、少し長くなるが述べる。関電が、高浜原発3、4号機の運転をしてはならない理由は次の通り述べられている。
    第1節「安全への異常ともいえる情緒的判断」
  • 1)「当事者関電の安全性立証不十分」 
      関電は、東電福島の事故を踏まえて原子力規制行政がどう変化し、規制がどう強化され、それに対して関電がどう応えたか、主張と証明をつくすべきである。原子力規制委員会が設置変更許可を与えた事だけで主張や証明があったとは言えない。
  • 2)「原因究明不十分で策定された新規性基準」
      福島原発事故の原因究明は、建屋内の調査が進んでおらず、今道半ばの状況にある。津波が主な原因として、特定出来たかどうかも不明である。同様な事故を防ぐ見地から、安全性確保対策を講じるには、徹底した原因の究明が不可欠である。この点に意を払わない関電や規制委員会の姿勢から、新規制基準の策定には不安を覚える。福島原発の安全対策は不十分であった。そして、災害が起こるたびに「想定を超える」災害であったと繰り返してきた過ちに、本当に真摯に向き合えないのなら十二分な余裕を持った基準を策定すべきである。関電の主張や証明の程度では、新規基準や設置変更許可が、直ちに公共の安寧となるのか、ためらうものである。審査過程を検討すると、相当の対応策を準備していることは認める。ただ、事故に備えた設備が、新規制後に設置されたかどうかは不明で、ディーゼル発電機の起電に失敗した事例が少なくない。このような備えでは、十分な備えがあるという社会一般の合意が形成されたということには、不安を覚える。
  • 3)「活断層及び津波の安全性の調査不足」
      活断層について、関電の調査が海底を含む周辺領域全てで徹底的に行われたわけではない。基準地振動で十分な主張や証明がなされたとは云えない。1586年の天正地震に関する古文書に、若狭に大津波が押し寄せ、多くの人々が死亡したとの記載がある。関電の調査だけで、大規模な津波を否定してもよいのか。
    第2節「責任ある避難計画の不存在」
      これは関電に直接問われるべき義務ではないが、福島の事故の影響の範囲の大きさと、避難において大きな混乱が起きたことを国民は熟知している。従って、国家主導で早急に策定される必要がある。事故発生時の責任は、誰が負うか明瞭にして新規制基準だけで十分というのではなく、避難計画を含んだ安全性確保対策にも意をはらうべきである。
    第3節「被保全権利の存在と差し止めの必要性」
      当該3、4号機は、福島原発事故を踏まえた苛酷事故対策の設計思想や外部電源に頼る緊急時の対策方法に関する問題点や、耐震性能決定に関する問題点に危惧すべき点があり、津波対策や避難計画にも疑問がある。人格権の侵害される怖れが高いのに、安全性の確保について関電の主張や証明が尽くされていない点がある。従って、(民事保全法に基づく仮差押え・仮処分の手続きにおいて保全されるべき)権利被保全権は存在する。3号機は1月29日に再稼働し、4号機は2月26日に再稼働した。従って保全の必要性を認める。

    ■第二章「特定のイデオロギーに偏したポピュリズムによる決定」

       以上が高浜3、4号機差し止めを命じた仮処分決定の要旨である。しかし今回の決定は疑問だらけと思う。冒頭に述べたように、原子力規制委員会は極めて権威のある3条委員会であって、その委員会が審査員わずか100名しかいない手薄な状況を乗り越えて審査の停滞を再三にわたり指摘されながら、原発を所有する電力会社に対して不十分な資料や対策に徹底的な注文を繰り返し、見直しを求めてきたのは、巷間でよく知られているところである。まさにその激しいやり取りは、業者と規制委員会とでは、哲学や方針が根本的に相違すると云われるほど、激しくやりあってきた。事実今回の高浜についても規制委員会の会合は70回以上開かれ、2年3か月かけて関電が提出した約10万ページの申請書を詳細に検討して、安全性を判断したものである。これに対して大津地裁はわずか4回の審尋で規制委員会の出した合格の判断を覆したのである。確かに近代国家において裁判官は「自由心証主義」を採用しており、証拠の扱いや評価は裁判官に任されているのであるが、今回の裁判官の胸中には運転を差し止めるべきであるという自由心証の信念が宿っており、それに基づいてこの判断を下したと思うが、専門家が厳しい安全基準を設けて、運転を認めた事に対して司法が何故そこまで踏み込むかについて疑問を持たざるを得ない。私には、特定のイデオロギーに偏した結論ありきの決定としか思えない。事実上記の理由書の内容はただただ情緒的で説得性ゼロである。

    ■第三章「三権分立の相互牽制を逸脱する最近の司法」

    第1節「高度な知見事案における仮処分は不適切」
      さて、司法手続の今回のような「仮処分」について少し触れておくと、「仮処分」とは正式な裁判の確定を待っていると、回復出来ない損害や権利の侵害が生じる場合に、裁判所が暫定的な取扱いを決めるものである。制度上は稼働中の設備を止めるという重大な決定も可能である。しかし、一方では正式な裁判とは違い、仮処分では証人尋問や鑑定は行われず、証拠も限定される。原発の稼働問題のような高度の科学的な知見が必要で、かつ影響度も大きい事案について、仮処分で採り扱うべきかどうか裁判所には慎重な判断が求められると元高裁判事で中央大学法科大学院教授の升田純氏は述べている。私も下級審においてこのように原発再稼働のような問題を軽軽に決めてしまうような事は絶対に避けるべきかと考える。これは、いわば司法制度の不備ではないかと思う。あるところに、このような御伽話のようなものが記載されていた。それを紹介しておくと、今述べた仮処分制度のもとにおいては、下級審で偏見を持つ裁判官のもとでは「自衛隊の廃止を求める」というような仮処分判決が出てしまうのではないかとあった。
     同氏は、さらに今回の仮処分決定で稼働中の高浜原発を差し止めた大津地裁は関電に「安全性の主張や説明が尽くされていない」と指摘する一方関電の対応や原子力規制委員会の新しい規制基準のどこに問題があるのかについて具体的な説明はほとんどない。また、何故仮処分が必要かという記述も少なく疑問が残ると指摘している。
    第2節「司法権の3条委員会への越権行為」
      また、我々が一番疑問に思う事は、原子力安全行政について権限を持つはずの原子力規制委員会の規制基準の頭越しに裁判所が原発の運転の是非を決定する事が正しいことなのかである。福島原発事故発生後原発の安全性を巡り、地裁ごとに判断が分かれているのは事実である。2015年には、九州電力川内原発の再稼働差し止めを求めた訴訟に対し鹿児島地裁は、以下のとおり判断している。「専門的知見を有する原子力規制委員会が相当の期間と数回の審議を行って定めたものであり」「最新の調査研究を踏まえており、内容に不合理な点は認められない」。 この鹿児島地裁の判決は、1992年の四国電力伊方原発の原子炉設置許可取り消し訴訟に対する最高裁判所の判断に依拠したもので、その内容は「裁判所の審理、判断は原子力委員会若しくは原子炉安全等専門審査会の専門的、技術的な調査、審議及び判断を基にしてなされた行政府の判断に、不合理な点があるか否かという観点から行なうべきである」としている。これは要するに裁判所の判断は、当該行政機関の判断が、正しくなされたかどうかを判断するだけであると云っているのである。裁判官が出来る事はあくまで「専門機関の審議の過誤」だけに過ぎないのである。原発反対論者は何か勘違いしているのではないか。
      このような最高裁の判例があるにもかかわらず、昨年の福井地裁における関電大飯原発差し止め仮処分、そして今回などおかしな判決が出る事は誠に遺憾である。聞くところによると反原発は、1992年当時とは違い、福島において従来の科学技術を越えた災害が発生したのだから、伊方判決などは現在では通用しない。などと詭弁を弄している向きもあるようであるが、法を無視した暴論に過ぎない。もう一つ付け加えるならば、最近の原発再稼働差し止め訴訟などは全くその原発所在地以外の住民がおこしたものが多く、例えば今回の大津地裁の案件は、高浜から70キロ離れており、もし事故が生じて琵琶湖が汚染したらというのが訴訟の理由であるが、その他を含めてこれはもう濫訴といってよい。
    第3節「国民経済の大損失」
      さて現実の問題として、原発の停止を求められた関電としては経営上大きな影響を受けることは間違いない。高浜3、4号機の稼働が出来ないなら月間100億円の利益が逸失する。関電は、5月から料金の引き下げを公表していたが、取り下げざるを得なくなった。我が国の電気料金は、おおよそアメリカの3倍、中国の1.5倍と云われている。したがって安全の確保された原発の再稼働が進めば供給能力が高まり、電気料金は下がる。我が国の国際競争力を高めるという見地から原発の再稼働は避けて通れないのである。このように原発の再稼働を巡っては、経済面と社会的な影響を見ていかなければならない。今回のような判決が出たことによって、原発の再稼働への難易度は上がるかもしれない。しかし、余りにも経済面を無視した動きが盛んになれば国民の利益に決してならない事は必定である(何故なら、私が思うに、原発はやめろと云う一方、電気料金は下げろと云い続けるに違いないのが、我が国民の実態だからである 。)

    ■終章 「権限踰越は司法の自殺行為」

      最後に我が国は三権(立法、司法、行政)、分立で成り立っている事は、ご承知の通りである。しかし、最近の裁判所の姿勢は最高裁を含めて余にも行政に容喙しすぎているのではないか。言葉は悪いが首を傾けざるを得ない判決が多すぎるのではないか。今回の原発再稼働差し止め判決しかり、3年前の民法における非嫡出子の相続に関し、嫡出子の二分の一とする規定を違憲としたなどは日本の良き習慣、伝統、公平性を覆すものと思うがどうであろうか。
     民法の起草者が考えに考え、非嫡出子の相続を二分の一にした苦心と経緯を、踏みにじるものと私は考えるのである。


                ( 本稿は武藤治太会長の書下ろしです。)

    2016年2月5日 金言(第43号)
    『特別会計と財政投融資について』

    ■第一章「一般会計予算に相対するふたつの大きな別勘定の存在」

       先号では、国の一般会計予算について、特に平成28年度に関して詳述した。平成28年度の一般会計については、ある新聞によると予算総額97兆円を家計に例え、次のようになると報道していた。(1万円未満切り捨て)
        一家の年間収入                支出
    父親の年収      576万円    医療費(社会保障費)                   319万円
    母親の収入(パート)  46    教育,耐震改修、警備(公共事業費他)     258
    新たな借金      344     郷里への仕送り(地方交付税)              152
    (新規国債)               ローン返済(国債費)                     237

      正に、この一家(日本国)も家計は、医療費とローン返済に苦しみ、更に借金を重ねて辻褄を合わせているという構造で、これが現在の我が国財政の実態であって、これに対して、どのように対処しなければならないかについては 先に述べたとおりである。国の会計については、先般来述べてきたように、来年度は97兆円として現在国会で審議中の一般会計予算と、もう一つ特別会計という別勘定が存在する。しかし、一般の国民は、この特別会計の存在について、ほとんどの人が、わずかに名前を聞いたことがあるくらいで、その総額が実に約400兆円の巨費に及ぶのに、その存在すら知らないのではないではなかろうか。新聞、雑誌、テレビ等においても、その詳細が報じられているのにお目にかかったことがない。従って、特別会計が別名「謎の予算」ともいわれる所以である。さらに、もう一つ財政投融資といわれるものがある。これについても一般国民はよくわかっていないのではなかろうかと思い。今回は、特別会計と財政投融資について少し述べさせて頂きたい。今回、この稿をおこすにあたり、参考書を求めて、大手の書棚を探索したが、殆どこれについて詳述した書籍はなく、わずかにこの稿の参考になったものはたった、2冊だけであった。

    ■第二章「特別会計とは何か」

    第1節「目的別の全体系」
      特別会計とは、何かと云うと、国の財政法により次のように決められている。
  • @国が特定の事業を行う場合(例、年金特別会計)
  • A国が特定の資金を保有して、その運用を行う場合(例、財政投融資特別会計、外国為替資金特別会計)
  • Bその他特別の歳入をもって特定の歳出に充て一般の歳入、歳出と区分して経理する必要がある場合(国債整理基金特別会計)に限り特別会計の設置が認められている。
  • C平成28年度においては、時限的な(東日本大震災復興特別会計)を含め14の特別会計が存在する。
      特別会計には、一般会計と区分整理することにより受益と負担の関係や、特定の事業・資金の運用を明確化する等の意義があるが、他方特別会計が多数設置されることは、予算全体の仕組みを複雑化し、財政全体を見渡す一覧性を阻むのではないか、固有の財源により不要、不急の事業が行われているのではないか、といった問題点が何度も指摘されてきた。この主旨に則り何度も検討が加えられ、特別会計改革が進み、戦後すぐには45を数えたものが、行政改革の結果2006年には31に縮小し、2014年度18、2015年度15、2016年度14と減少している。前述のとおり、一般会計予算が、極めて資金繰りが苦しい中にあって。特別会計は余裕があった。現在も、以前ほどではないが、一般会計に比較して余裕がある。かつて塩川正十郎元蔵相は「母屋でおかゆをすすっている時に、離れですき焼きを食べている」と評したことを覚えている方は多いであろう。
    第2節「14の個別会計とその所管部署」
       若干紙幅を費やすが、特別会計の詳細を列記すると次のようになる。
  • 1.交付税及び贈与税配布金特別会計(内閣府、総務省、財務省)
  • 2.地震再保険特別会計(財務省)
  • 3.国債整理基金特別会計(財務省)
  • 4.外国為替特別勘定(財務省)
  • 5.財政投融資特別勘定会計(財務省、国土交通省)
  • 6.エネルギー対策特別会計(内閣府、文科省、経産省、環境省)
  • 7.労働保険種別会計(厚労省)
  • 8.食料安定供給特別会計(農水省)
  • 9.森林保険特別勘定(農水省)
  • 10.国有林野事業債務管理特別会計(農水省)
  • 11.貿易再保険特別勘定(経産省)
  • 12.特許特別会計(経産省)
  • 13.自動車安全特別会計(国土交通省)
  • 14.東日本大震災復興特別会計(国会、裁判所、会計検査院、内閣、内閣府、総務省、法務省、外務省、文科
            省、厚労省、農水省、経産省、国土交通省。環境省、防衛省)
    第3節「その政策目的」
    「規模は総額400兆円、純額200兆円」
      即ち特別会計とは、一般会計のように、すべてまとめて一つの予算として運営されているわけではなく、上記の14の会計それぞれが別々に運営されているのである。特別会計の歳出総額は、平成28年度予算において総額403.9兆円の巨額に達している。そして、各会計の規模も歳入の経路も相違している。 例えば、特許特別会計は、比較的規模の小さい特別会計で約2000億円であり、歳入は特許の収入印紙により賄われている。それに対して、規模が大きい特別会計は、年金特別会計で約70兆円で一般会計に匹敵する。この会計は、我々に身近な国民年金、厚生年金を運営するもので、主な歳入源は当然これらの年金保険料である。なお、特別会計の収入源は独自のものであることが多いが、一般会計から回わされる場合もある。特別会計の歳出総額は、上記の通り403.9兆円にもなっているが、会計間相互の重複計上額を除くと「純計額」は201.5兆円となっている。特別会計は、一般会計予算のみではなく、他の特別会計とも相互に繰り入れがおこなわれている。例えば「国債整理基金特別会計」では、国の債務を一括管理するため、一般会計(国債)や他の借入金(年金特例国債等)などの償還も行っており、相互に繰り入れが行われている。
    「目的別歳出明細」
      さて、歳出純計額の中には、国債償還費等92.2兆円、社会保障給費65.8兆円、地方交付税交付金18.4兆円、財政融資資金への繰り入れ16.5兆円、東日本大震災復興費2.9兆円が含まれる。残りの5.7兆円の内容は公共事業がその内4割、エレルギー対策費が2割となっている。それにしても特別予算の存在は複雑である。国もそれはわかっていて「純計額」を発表しているのであるが、28年度の一般会計予算が96.7兆円であるから国の総予算は、298.2兆円となる。
    「巨額予算の中身の吟味を」
    上記からみて、国の総予算は約300兆円の巨額な金額なのであり、総予算を効率化すれば、あるいは削減すれば国債の返済は可能なのではないかという説が流布しているが、現実はそのように甘くはない。しかし、余りにも巨額な予算の中身について、今まで十分吟味されてきたのであろうか。私は、一般会計と並び特別会計の中身について、もっと国民にオープンにして議論しなければ、問題の解決は難しいと思う、ほとんどの国民にとってその存在すらあやふやな特別会計には、もっと政府は透明性を高めて国民の議論を呼ぶようにすべきではないか、

    ■第三章「財政投融資」

    第1節「有償資金活用の投融資活動」
       以上「謎の予算」と云われる特別会計について触れきたが、もう一つ財政投融資という制度がある。この制度は、国債の一種である財政投融資特別会計国債(財投債)など、国の信用などに基づき調達した資金を財源として、政策的に必要性がありながら、民間の金融では調達が困難な長期資金の供給や大規模、超長期のプロジェクトなどの実施を可能ならしめるための投融資活動である。すなわち、財政投融資は、財政政策を有償資金の活用により実施する制度といえる。もっとわかりやすく云うと、国が調達した資金を財源として特殊法人等の財投機関(例えば日本政策金融公庫)に対して有償資金を供給し、財投機関はそれを原資として事業を行い、その事業からの回収金により資金を返済するという仕組みである。この制度は2001年4月から大幅に改正された。それ以前の仕組みは、大蔵省(現在の財務省)に資金運用部という組織があり、郵便貯金や年金積立金などの資金を全部預かり、ここから特殊法人(公庫、公団)に融資を実行する制度であった。改正前の総額は40兆円にも達していた。特殊法人は、この資金を、高速道路や空港などの大型施設を建設する事業や、中小企業の事業資金、国民の住宅建設資金などへの融資も行ってきた。しかし、特殊法人は、この制度においては、資金運用部からなかば自動的にこの資金が流れてきたため、自主的に資金の調達を行う必要がないので市場のチエツクを受けることがなく、経営が不透明であるという指摘を再三にわたり受けてきた。
    第2節「自己信用力を原則として、信用補完も行う」
      また官庁の役人が特殊法人に天下りして、高額な報酬を得るという弊害もあり、2001年3月に大幅な法改正がなされ、大蔵省資金運用部は廃止され、郵便貯金などは、金融市場で自主的に運営され、特殊法人は、財政機関債を発行して、金融市場から自ら資金調達をすることになった。この財投機関債は、特殊法人が自らの信用力によって発行する政府の保証のない債券である。したがって、市場から資金を調達するためには、経営内容を高め、かつその情報を公開し、市場のチエックを受けて、信用力を高める必要がある。しかし業績不振などから、債券を発行出来ない特殊法人には、政府保証債の発行を認められている。この、政府保証債とは、政府、国が国の信用により発行する国債である。財投機関債の具体的な貸し出し対象は、国の特別会計(エネルギー対策特別会計など)、政策金融機関(日本政策金融公庫)、独立行政法人都市再生機構など)、地方公共団体、特殊会社である日本政策投資銀行などである。
    第3節「産業基盤支える総額12兆円の目的別明細」
       財政投融資は、一般会計予算などと同様に国会の議決を受けている。
    「使途目的」
      投融資使途目的は、次の三つに分かれている。
    「財政融資」
      これは先に述べたことと重複するが、財投債を通じて金融市場から調達した資金を、国の特別会計や地方公共団体、政策金融機関、独立行政法人などを通じて、政策的に必要な部門に融資をおこなうものである。国の信用に基づき一番有利な条件で資金を調達しているため、長期、固定、低利の資金供給が可能となる。
    「産業投資」
      この投資は、国際協力銀行の国庫納付金や財政投融資特別投資勘定が保有するNTT株やJT株などの配当金を原資として、産業及び貿易の振興のために行なうものである。
    「政府保証」
      政策金融機関、独立行政法人などが金融市場で資金を調達する際保証を付けることで、事業の必要資金を円滑かつ有利に調達することを助けるものである。
    「目的別金額明細」
      近年の財政投融資額は次の通りである。
    平成26度の総額は 16.2兆円 27年度12.8  28年度12.4
          内 財政融資    11.8           資料なし不明           資料なし不明 
                産業投資       0.3          〃        〃
                政府保証       4.1        〃          〃
      申し訳ないが投融資の27年、28年度の資料が見当たらず上記の通り総額で比較して頂きたい。国が特定の事業に財政上の関与を行う場合、どのように補助金などの無償資金(予算措置)と有償資金(財政投融資)、とを使い分けるかについては、対象となる事業の性格によって異なる。一般には当該事業がある程度の採算性を有し、事業者が貸付金の返済などを通じてコスト意識を持ち、いかに効果的に事業を伸ばして行こうというものに対しては、財政投融資の活用が適切と思われる。
    「その具体的目的明細」
      具体的には。@我が国の産業基盤を支えてはいる存在ではあるが、信用力、担保力の弱い中小企業に対し、日本政策金融公庫などが低利、かつ長期の資金を供給している。Aまた、農林水産業も自然条件に左右されやすく、かつ生産のサイクルも長いなどの特徴があり、経営は不安定ではあるが、国の重要基盤であるためここにも同金庫からの融資が実行されている。B学生にたいする奨学金の貸与事業は、次代の育成に欠かすことのできない事項であり、有利子の奨学金の貸与に関し財政投融資が使われている。C一方福祉、医療の分野は少子高齢化の中にあって医療体制の強化を図るため児童福祉施設、老人福祉施設、病院などの整備に財政投融資が活用されている。D社会資本の充実は今後ますます重要度を増していくが、その内空港、都市再開発などは、大規模かつ超長期のプロジェクトになるので、この分野も重要な対象となる。E資源の少ない我が国においては、技術革新によって常に新しい価値を生み出していかなければならない。一方産業研究開発には膨大な投資が必要で、リスクが高い上に結果を出すのに時間がかかることから、民間だけでは資金の調達が困難である、このため産業の競争力を維持する産業や研究開発に出資している。F次に、国際金融及びODAであるが、資源の少ない我が国にとって重要な資源の海外における開発、取得の促進、国際金融の秩序維持は我が国にとって看過出来ない事項である。このため開発途上国への開発支援である円借款によるODAを含め、財政投融資の活用がなされている。Gまた、地方公共団体の事業の内、災害復旧や廃棄物処理国の責任の度合いが、大きい投資的な事業にも財政投融資が活用されている。

    ■終わりに

      以上、今回は余り知られていない特別会計と財政投融資について述べたが、両者とも国民に対する説明は全く不十分である。先にも述べたようにもっと透明性を高め、国民の理解を得る必要があると思っている。 この二つの会計については、わかり難い点が多々あるので十分な説明が出来なかったと思っており、皆様方のご質問をお待ちいたしております。


                ( 本稿は武藤治太会長の書下ろしです。)

    2016年1月22日 金言(第42号)
    『平成28年度一般予算について』

    ■序章「軽減税率は選挙のための愚策」

       政府は、昨年12月24日に決定した平成28年度一般予算案を4日から始まった通常国会に上程し、その審議が行われようとしている。それに加えて、昨年12月18日に閣議決定された平成27年度補正予算の審議が行われている。この場で論じるのは当然28年度の本予算についてであるが、皆様ご承知の通り既に代表質問において補正予算の中のアベノミクスの果実の均霑(きんてん)による消費喚起、安心の社会保障として計上された3624億円と云う補正予算の10%にもなる、「年金生活者等に対する支援臨時給付金1200万人に対する一律3万円の給付」が、参議院選挙目当てのバラマキであるとして、野党が追及しているところである。野党は、当然国家財政の厳しい折から国債の減額に回すべきと主張しているが、頷けるところである。
      大体政府は、2017年4月に予定している消費税値上げ2%の内、酒、外食を除く生鮮食品、加工食品税率の軽減を図り、約1兆円を国民に還元するとしているが、その財源は、今もって明らかにされていない。元々消費税の値上げ分は、全額社会保障費に充当されることになっているにも拘わらず、消費増税に合わせて、社会保障の充実策として予定していた低所得者層の医療、介護などの自己負担を抑えるという「総合合算制度」の見送りにより、4千億円を政府、自民党は、生鮮食品に対する軽減税率に充当することを考えていたのであった。しかし公明党のゴリ押しにより、当初考えていた対象が、生鮮食品に加え酒、外食を除く加工食品にまで拡大されたため、その額は1兆円にまで膨らんだのであった。この4千億円を軽減税率のために充当することすら、本質から逸脱したものであって、合計1兆円の軽減など我が国の危機的な財政状況から考え、何のための消費税増税かわからないのである。
      私の考えは、これこそ選挙目当ての愚策中の愚策であると思っている。公明党は、安保法制で自民党に譲歩を重ね、此の際何とか体面を図りたかったのであろうが、公明党ももう少し国家的見地から判断すべきではなかろうか。一方、政府自民党から見れば、ここは公明党に恩を売っておき参議院議員選挙を有利に運ぶと同時にあわよくば参議院で三分の二を確保し、一挙に憲法改正への布石としたいという思惑が感じられるのである。大体我が国においては国政選挙が他国に比べて多すぎる。日本経済新聞の記事によれば戦後70年の国政選挙の回数は、日本47回、アメリカ35回、フランス29回、英国19回、ドイツ18回である。此の事は選挙を意識した政治家が、果敢に政治改革に行動することを制約しているのではないか。

    ■第一章「過去7年の国家財政の推移と来期予算の対比」

    第1節「予算総額、税収、国債発行額の推移との比較」
       前置きが大変長くなったが昨年12月24日に決定した2016年度の予算概要についてお話し、我が国の財政の現状と問題点がどこにあるのか、今後どのようにしていかなければならないのかについて考えてみたい。最初に民主党が政権を握ったのが平成22年であったが、その前の麻生自民党政権の平成21年から今回の予算案に至る経過を観察したい。
                               <単位:兆円>
                平成21年  22年   23年   24年   25年
            麻生政権  鳩山政権  菅政権   野田政権  安倍政権
    一般会計
    予算総額 88.5  92.2  92.4  90.3  92.6
    税収   46.1  37.3  40.9  42.3  43.0
    国債発行額33.2  44.3  44.2  44.2  42.8
                  平成26年  27年   28年(案)
                  安倍政権  安倍政権  安倍政権
    一般会計
    予算総額 95.8  96.3  96.7
    税収   50.0  54.5  57.6
    国債発行額41.2  36.8  34.4
    第2節「民主党のばら撒き政策」
       以上を概観すると、自民党政権の末期においては、予算総額、国債発行額とも移行した民主党政権に比較すると低い。民主党政権に代わると両者とも大幅に増加している。これは鳩山政権になって小沢一郎が始めた「農家への戸別補償」に代表される極端なばら撒き政策などに起因するものである。また、民主党に変われば無駄を省いた予算の組み替えにより17兆円の政策経費を削減し、新たな政策すなわち「コンクリートから人へ」を指向したが、実際に手を付けてみると看板であった「大掛かりな仕分け政策」は17兆円の捻出どころか1兆円にはるかとどかない数字しか捻出できず、期待していた選挙民の顰蹙をかったことは記憶に新しい。
    第3節「素人集団民主党に投票した国民の責任は大きい」
       一方為替対策にも全く無策で、円高は1ドル80円を割る始末で、東日本大震災もあって日本経済の疲弊を招いたのはご承知の通りである。確かに自民党政権もだらしなかったが、それにしても「まあ一度民主党にやらせてみようか」という誠に安易な考えを持って、政治の素人集団である民主党に投票した大衆こそせめられるのではないか。

    ■第二章「28年度予算案総論」

    第1節「28年度予算案の明細」
       さて前置きが長くなってしまったが、平成28年の予算について考察して見よう。
                                          <単位:億円>
                       平成28年度予算案                     27年度予算実績見込
    予算総額     967,218(前年比+3,799)         964,420
    (歳入)     967,218              963,420
         租税    576,040(+30,790)     545,250
        その他     46,858(− 2,681)      49,540
               国債     344,320(−24,310)     368,630
    (歳出)       967,218              964,420
      社会保障費    319,738(+ 4,412)       315,326
      科学技術振興費   12,929(+        72)                 12,857
      地方交付税    152,811(− 2,547)     155,357
      防衛関係費     50,541(+   740)      49,801
      公共事業費     59,737(+    26)      59,711
      食料安定関係費   10,282(+   135)      10,417
      其の他      125,059(−   384)     125,443
      国債費      236,121(+ 1,614)     234,507
    第2節「プライマリーバランスゼロ必達へ」
      以上が27年度との比較による28年度一般会計予算のあらましである。上表の中で国債費を除く経費が、基礎的財政収支対象経費といわれるもので、2020年にこれを均衡させようとするのが、よくいわれているプライマリーバランスゼロを目標とする政策である。さらに、そこから地方交付税を除いたものが、一般歳出となる。さて今回の予算について述べるならば、安倍政権が掲げる「1億総活躍社会」の実現に向けての子育てや高齢者支援を重視する事をアピールしたものであろう。
    第3節「危機的財政状況に対する大きな認識不足」
       一方、我が国の財政状況は危機的な状況にあることは誰もが知っていることである。そのためには、上表のとおり最大の歳出要因である社会保障給付を削る一方、消費税をさらに引き上げるしかない。先般、國民會館において講演をお願いした小林慶一郎慶大教授は、財政破局回避のために、税収だけに頼るならば「毎年税収増70兆円相当の消費増税率アップ30%」が必要となると講じられた。これは確かに政治的には実現性のない空論であるが、他に何もせず放っておくならばの数字であり、その目的とするところを現実的に実現するには気が遠くなるような手順と年月を必要とすると説明されていた。ところが、今回の予算案を見ても財政再建に逆行する動きが目立つのである。27年度の当初予算の見通しから税収が好転したからといって、早速補正予算に使う。先にも書いたように来年予定している消費税アップに際し財源不明な軽減税率を導入し、わざわざ増収の効果を減殺する。また根拠が不明なまま低所得年金受給者各自に3万円を配り、3000億円以上の巨費をばらまくなど選挙などの目先の事にだけ惑わされているようにしか思えないのであるが、如何であろうか。

    ■第三章「28年度予算各論」

    第1節「社会保障費「国民負担増は、待ったなし」」
    (1)医療費「受診時定額負担、医療費負担限度額・後期高齢者額の負担引き上げを」   28年度は医療の公定価格である「診療報酬」を8年ぶりに見直し、全体で1.03%下げる。但し、「診療報酬」は薬価と医師の診察料の2本立てで今回は薬価を1.52%減らすが、診察料は0.49%上げる。日経新聞によれば、今回の薬価改定で患者の負担は約7000億円減る。診療報酬は、医療の単価と薬価改定効果を合わせて医療費総額を約6200億円抑制する効果がある。ただ、高齢化にともない医療費は伸び続けており、医療保険の制度を維持するためには診療費を削減するだけではなく、診療報酬の財源となる国民負担を増やさなければならない。このことは、云い出されてから久しいがなかなか実現しない。考えられている改革として、一つは医療機関を受診した時に、通常1〜3割を患者が負担するが、これに100円程度の追加を求める「受診時定額負担」の実施である。100円で実施すれば年1300億円の公費負担が軽減される。二つ目は医療費の負担限度額の引き上げである。月々の窓口負担には上限が設けられており、高齢者負担が、同じ所得でも現役の人達より軽くなっており、是正が必要である。例えば年収400万円の場合69才以下なら上限は8.7万円に対し70才以上は4.4万円となっている。 三つ目は75歳以上の後期高齢者の負担割合の引き上げである。原則は、1割にとどまっており所得に応じ改定の必要がある。
    (2)年金「マクロ経済スライド条項を」
      高齢化の進行で、28年度の年金給付額は11兆3130億円と27年に比して1.7%増加する。現在の公的年金は物価の変動により毎年改定されるが、その際年金の伸びを物価の上昇より抑えるルール「マクロ経済スライド」条項があるが、デフレ下では発動されず、その後もうやむやの内に今日に至っている。これではいけないと考えた厚労省は、本条項の発動を強化する法案の提出を準備中と聞いている。この他にも高所得者の年金カットや年金課税の強化策など論じられているが、実現には程遠い状況である。
    (3)介護「総報酬割りを」
      介護保険給付費も高齢化に伴う利用者の増加で10兆4003億円と2.9%も増加する。介護が必要になる75歳以上の高齢者は、今後急速に増える見通しで、財源の確保が必要である。加入者の年収が高いほど負担が増える「総報酬割り」などが検討されているが、早急に取り組むべきである。また、介護を受ける高齢者の自己負担率の引き上も当然検討していかなければならない。医療、介護、年金の問題には、改革に当たって利害関係者からの大きな抵抗があるが、極端に言うならば国家の存亡がかかっている大問題である。今年は薬価の大幅引き下げにより社会保障費は、4412億円の上昇に収まったが、明年以降今述べた問題の解決をかならず実施しなければ、事態は深刻なものとなろう。
    第2節「公共事業費と防衛関係費
            「国土の安全と防衛の為必要な経費は削るべからず」」

    (1)公共事業費「防災と老朽化の予算増はやむなしも、無駄は排除を」
    28年度の予算案では、公共事業費は、4年連続して増えており、27年度当初予算に比較して0.04%26億円増加の5兆9737億円となった。これは昨年9月の関東、東北豪雨といった局地的な災害に対する防災対策などの必要性に鑑みたものであるが、道路などのインフラの老朽化対策も大きな課題となっている。参考までに公共事業費は、ピークだった1997年度には9.8兆円であった。現況はそれより40%少なくなっており、このため地方からは増額の要求が強く出てきている。しかし防災強化などを隠れ蓑にした無駄な公共事業費の伸びは絶対許してはならない。
    (2)防衛関係費「国を亡ぼす勿れ」
      28年度予算において5兆円の大台に乗り5兆541億円となったが、世界の情勢を直視出来ない野党の面々は福祉を踏みにじり防衛予算を増やしてしているとして騒いでいる。記録は、2014年のものであるが、軍事費の額はアメリカ6100億ドルを筆頭に以下中国2160、ロシア845、サウジアラビア808、フランス623、イギリス605、インド500、ドイツ465、日本458、韓国367となっており、一方対GDP比ではアメリカ3.5%、中国2.1、ロシア4.5、サウジアラビア10.4、フランス、イギリス両国2.2、インド2.4、ドイツ1.2、日本1.0、韓国2.6であるから日本の防衛費が他国と比べて突出したものではない。ましてや、中国の軍備拡張は目を見張るものがあり、東シナ海、南シナ海を含めて海洋への進出は止まるところがない。同盟国アメリカの力が相対的に落ちてきている今日、我が国は出来うる限りの軍備増強によりアメリカに呼応して中国に対抗していかなければならない。南シナ海を例にとっても中国は少しの隙を見逃さないのである。当面尖閣諸島はもとより南西諸島、沖縄には目が離されない。防衛予算が多すぎる等のたわ言は国を亡ぼす。
    (3)その他「日本の構造改革のための必要予算」
      そのほかTPPにからんだ農業関係、地方創生、一億総活躍、教育等にも触れなければならないのであるが、あまりに長くなるので最後に国債の問題を論じて終わりたいと思う。
    第3節「国債「利払いまで含めたプライマリーバランスの均衡を」」
       日銀が継続している異次元緩和で国債の金利の水準低下が続いている。これを受けて政府は28年度予算案の中で想定する金利を27年度の1.8%から1.6%に下げた。従って国の支払う利払い費は9兆8687億円と2426億円減少した。しかしながら、国債の元本の返済や利払い費を含むいわゆる国債費は1614億円増えて23兆6121億円と過去最大の数字となった。景気の持ち直しで税収が増えたために、28年度に新しく発行する国債は34.4兆円と2.4兆円減少する。満期を迎えた国債を借り換えるために発行する借換債を含めた全体の発行額も162.2兆円と7.8兆円減るが、それでも残高はGDPの160%に相当する838兆円となる。これでは、政府が掲げる国債費を除いた政策的経費すなわち「基礎的財政収支」プライマリーバランスの2020年黒字化達成という(本来なら国債の利払い費までを含めた黒字化が王道の筈であるが)、甘い目標すら達成できないのではないか。何故税収が増えるのに国債の残高が増え続けるのか、それは今まで述べてきた幾多の「痛み」を伴う税財政改革に手を付けぬままにしてきた結果である。

    ■終章「国家の破産回避のために、先延ばしせず抜本的税財政改革を」

      安倍内閣は、20年沈滞していた我が国デフレからの脱却を金融緩和、円安政策により図りつつある。また集団的自衛権解釈変更による安保法制の制定、実現不能とみられていたTPP協定にも成功した。安倍氏が次に目指すのは憲法改正と思われるが、それも国として極めて重要な方向であるが、むしろ現在の破産といっても差支えない国家財政の立て直しこそ与えられた使命と思う。これを実現するには相当な痛みをともなうが、それを実行してこそ祖父の岸信介に並ぶことになるのではないか。


                ( 本稿は武藤治太会長の書下ろしです。)
  • 武藤会長「金言」

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