ホーム > 武藤記念講座(講演会事業)元防衛大臣、拓殖大学顧問
    森本 敏氏 『当面する国際情勢と日本の安全保障』

武藤記念講座(講演会事業)

第1080回武藤記念講座要旨

    2021年8月21日(土)
    於大阪「國民會館 武藤記念ホール」
    元防衛大臣、拓殖大学顧問
    森本 敏氏
 『当面する国際情勢と日本の安全保障』


セミナー





第一章 戦後 の国際勢の変遷
第1節 東西冷戦の時代
   戦後75年が経過しました。先の大戦が終わった1946年頃から45年間は、米ソの二大対決という東西冷戦時代でした。1991年の冷戦が終焉して、その後の30年間は冷戦後の時代です。冷戦時代はアメリカ中心の西側同盟と旧ソ連邦中心の東側同盟、そのいずれにも属さない非同盟国という三つの陣営に分かれて世界は対立状態でした。非同盟国の中では、アメリカと親しい非同盟国とソ連と親しい非同盟国、いずれにも属さない中立国に分かれ、親西側の非同盟国と親東側の非同盟が地域紛争を行い米ソの代理戦争を行っていました。米ソ両国は米ソ間で核戦争にエスカレートしないよう、代理戦争をコントロールしていました。こうして我々は第三次世界大戦を経験せず、冷戦が終結しました。
第2節 アメリカの一極主義の時代
   1991年の冷戦終焉はソ連がアメリカとの軍拡競争を進めようとしてペレストロイカ(政治体制の民主化)やグラスノスチ(情報公開)をすすめ、結局、経済・財政面で崩壊しました。それ以降ソ連邦は15の独立国家共同体に分かれて国内混乱を迎えます。冷戦終焉は西側同盟が勝利したように見えますが、実態は東側同盟が自滅した結果として不戦勝になったものの、西側も目標を失い混乱します。結局、冷戦後10年間は、アメリカの一国体制となり、アメリカが圧倒的に強い状態が続きました。
第3節 米中ロの競争関係の時代
   やがて、2010年に中国が日本を追い抜き世界第二位の経済大国となりました。2012年、習近平が中国を支配するようになりますと中国は徐々に政治的、経済的に力をつけます。2014年、中国は南シナ海の人工島7つを占領し、そこに軍事力を展開するという状態を作ります。領土を盗られたフィリピンは国連海洋法条約に基づき仲裁裁判所に訴え、2016年の判決で勝訴します。しかし、中国は「裁判は無効であり、裁判結果は1枚の紙屑にすぎない」と判決を無視し占領を続けます。一方この2014年に、もう一つの事件が起こります。ロシアがクリミア半島を不法に占拠し、ウクライナ東部の親ロシア派勢力を支援するため軍事力を展開します。2014年は、中ロが国際法に違反し、アメリカの一国体制に対抗する事態を招いた結果、国際秩序を混乱させる状態となりました。それ以来国際社会は米中ロという三つの国の戦略的競争関係が軸になっています。中国とロシアは2001年7月、20年間の中ロ善隣友好条約を締結し、有効期限が終了する2021年7月に条約の更新を行いました。また2019年6月には、中ロ軍事協力協定を締結してアメリカに対抗する姿勢を見せています。ただしこの二つの国はお互い相手を信用しているわけではありませんが、アメリカという大国と覇権を争うため便宜上、共同歩調をとっているのが実態です。

第二章 当面する国際情
第1節 中国 習近平の三つの目標
   2012年、習近平が国家主席となり2022年の中国共産党大会で三期目の任期延長を実現することは間違いありませんが、彼は次の2027年の四期目を狙っています。そのため台湾統一が極めて大きな政治目標となっています。毛沢東でさえできなかった目標を達成することになるからです。
去年アメリカの前インド太平洋軍司令官デビッドソンは「台湾事態が起こるのは今から7年の間だ」と言いました。7年後とは2027年のことで習近平が四期目を狙う年です。習近平は今年7月1日の中国共産党結党100周年記念式典の講演で極めて重要なことを三つ述べました。第一は、中国がマルクス主義、社会主義の現代強国になるという目標を明らかにしました。マルクス主義だけが国家繁栄の基礎であると繰り返し述べ、アメリカを追い抜き世界に君臨する強国になると宣言しました。第二は、新しい国際関係を作ると言いました。戦後の自由主義あるいは民主主義というルールには踏襲せず、中国のルールに従って新しい国際秩序をつくる。それを基に世界を支配するという考えを明らかにしました。習近平は「教師面して他国にお説教をする。これを中国は絶対に許さない」という表現でアメリカとその同盟国を非難しています。第三は、中国共産党が台湾を統一する。そのために武力を行使することを否定しないと言っています。アメリカのバイデン政権は「中国はアメリカにとって最大の競争相手である」と繰り返し述べています。メディアや評論家は「米中が協議して仲良くすべきだ」と言いますが中国は全くそんなことは考えていません。基本的にイデオロギーや価値観を共有する時代は来ないと思います。この点については米中両国とも妥協の余地はないと思います。
   冷戦時代、中ソ国境7,500キロにわたりソ連軍が展開しており、この脅威に対応するために100万人以上の中国人民解放軍が中ソ国境に張り付いていました。しかし冷戦後、中ソ国境は中央アジア諸国の独立に伴い冷戦時代の3分の1になり、極東のソ連軍は約9万人に減少し、北からくるロシアは中国にとって脅威ではなくなってきたので、南方の海洋にその勢力を増強するようになりました。
   中国の基本的戦略は、日本の鹿児島県の南から与那国島までの約1,200キロにいたる南西諸島に沿って第一列島線と名付け、ここから中国側の内側には外部勢力を入らせない。つまりArea Denial(領域拒否)状態にして、中国の戦力を維持温存するという態勢を取ろうとしています。しかし、そこに台湾、南シナ海、東シナ海が入っていることが問題です。第一列島線内側の軍事バランスはまだアメリカが優位な戦力をもっていますが、2025年から2027年頃には中国がアメリカに肉薄し、2030年代半ばにはアメリカを追い抜くと思われます。
第2節 ロシア プーチンの独裁は続く
   ロシアはプーチンの独裁が続いて、来月行われる下院議員選挙もプーチンの与党が圧勝するでしょう。既にプーチンは憲法を改正し、3年後の2024年に大統領選挙に立候補します。この改正された憲法では、2024年に大統領になった人は最大2期出来ることになります。1期6年ですから2024年から2036年まで12年間、大統領を続けられます。おそらくプーチンは2036年まで独裁者として君臨すると思います。なお、その頃まで世界のリーダーとして生き続けるのは、習近平が2027年の5年後である2032年、そしてトルコのエルドアン、北朝鮮の金正恩の4人でしょう。彼らは独裁者として君臨し続けると思います。その間、アメリカの大統領は最低3人が入れ替わります。我々はそこに民主主義の弱さがあることを充分認識して政治を考えなければいけないと思います。ついでながら、トランプ、プーチン、エルドアン、インドのモディ、イスラエルのネタニヤフなど世界有数のリーダーと等しく関係が良かったのが安倍前総理で、きちっと議論が出来たアジアの唯一のリーダーであったと思います。
第3節 台湾 第一段階は既に始まっている
   台湾の人口は2360万人で、戦前は日本が統治していました。敗戦後に日本が台湾から引き揚げたあと、当時、中国大陸では蒋介石軍と毛沢東軍が内戦をしており、蒋介石は早々と台湾に転進していましたが1947年、蒋介石軍が敗北して60万の将兵と約300万人の国民が台湾にきて国民党政府を作りました。初代総統は蒋介石、二代目が息子の蒋経国で中国から渡ってきた外省人が台湾統治の中心になっていました。そして三代目総統は台湾で生まれ育った本省人の李登輝氏です。日本統治下時代、彼は京都大学に留学し西田哲学などを勉強、その後コーネル大学で農学博士を取って台湾に戻り、国民党の副総統に抜擢され、蒋経国の病死後に総統になります。1996年、李登輝は中国民族として初めて民主選挙をやりますが、彼の再選を阻止するため中国がミサイルを撃ち込むという事件が起こります。軍事的に圧力をかければ、台湾人は恐れ慄いて李登輝に投票しないと思ったのです。アメリカはこれを阻止するため台湾海峡に空母を派遣しました。アメリカは中国との国交回復後、「台湾関係法」に基づき台湾との関係を維持し、兵器を供与しています。中国共産党は蒋介石との最後の決戦が出来なかったので、台湾統一は中国共産党にとって民族統一、国家統一の最後の宿題であると思っています。この実行は「今から7年の間」とデビッドソンが言ったのです。また次のアキリーノ太平洋軍司令官は「(中国が台湾統一を図るのは)国民の多くが思っているほど遠くない」といい、一方でミリー統合参謀本部会議長は「まだ、1,2年はそのような事態は来ない。中国は今、十分な実行能力が無い」と発言しました。しかし、実際に現時点で中国がアメリカを相手に台湾海峡を渡る能力が十分ではないとしても、今後2年くらいで能力は備わってくると思います。2025年、全人代で次の政治局員が決まる年に、中国がアメリカの出方を見ながら決断する可能性があると思います。
   すでにそのシナリオは始まっています。中国の海空軍は台湾に領空、領海侵犯で圧力をかけ、台湾シナリオの第一段階が始まっています。今後、中国は南シナ海の太平島を取り、また澎湖諸島、東沙諸島、金門群島を押さえ、台湾の海上輸送路を封鎖、サイバー攻撃、政治的な圧力、工作員による要人暗殺、司令部妨害活動などを進めた後、第二段階として国際法上の武力行使には至らないグレイゾーン事態のハイブリッド紛争を2〜3年ぐらい続け、タイミングを見て台湾の東南の方、つまり沖縄側から特殊部隊を上陸させ、台湾海峡の一番短い西側から本格攻撃する。この第三段階は短期決戦です。その時、ロシアや北朝鮮に弾道ミサイルを日本海へ撃ち込ませる。海上自衛隊はイージス艦を日本海に差し向け尖閣を守るために集中するという状態をつくり、日米の防衛力を分散させ、またアメリカの空母機動部隊が中東に行っている隙を狙って中国が出てくる。アメリカが本土またはその他の地域から日本に兵力を送るのに最低2週間かかります。中国は揚陸艦や空母を建造し、第5世代の戦闘機は既に300機を超えました。潜水艦を作り、台湾は軍事バランスが悪くなって、制海権と制空権をほとんど中国に握られている状態です。この状態を2年ほど続けると、突然、アフガン情勢の末期のような状態になります。台湾シナリオは全く架空の問題ではありません。現実の問題として常に警戒し、対応し、日本、台湾、アメリカの防衛協力を進めていかないと、台湾は守れません。台湾ではアフガニスタンを見て「自分の国を守ろうとする気概のない国はアメリカが見捨てる。アメリカが見捨てたら台湾はなくなる」という危機感を持っています。台湾が如何に切迫した状態にあるのかを感じています。
第4節 アフガニスタン 中央アジアに不安定要因が広がる
   アフガニスタンは元々王政でしたが80年代に共和制になり、その後クーデターでカルマル政権ができ、1979年同政権を助ける名目で、ソ連軍がアフガンに侵攻します。10年後の1989年にソ連は相当苦労の末撤退します。その後90年代始めになるとタリバンが南西部から入ってきます。タリバンはイスラム教シーア派の教えを守り訓練を重ねている集団で、軍事、政治、経済部門のトータルな統治機能を持っていて、現在アフガニスタンにいるタリバンは約10万人と言われています。1999年にはアフガンの90%を占拠し、同国を支配するようになります。一方でアルカイダの最高指導者ウサマ・ビンラディンの指示を受け、2001年9月11日にアメリカ同時多発テロ事件を起こします。アメリカは歴史上初めて本土攻撃を受け約三千人が一度に亡くなり、2001年10月にアメリカは個別自衛権の行使としてアフガン戦争を始めます。これがOEF(不朽の自由作戦)で、アメリカ軍はこの時点では6万人、2012年頃は最大12万人を投入しました。また安保理はアフガンの治安を維持するためNATO軍によるISAF(国際治安支援部隊)の派遣を決議し、アフガンの中ではこの二つ部隊が一緒に作戦を続けました。2001年11月にタリバンが崩壊し、2011年5月にはウサマ・ビンラディンがパキスタンで見つかり殺害されました。2009年1月から8年間、オバマ政権で副大統領を務めたバイデンは、終始アフガンの撤退を言い続けていました。2014年頃にはアメリカ世論が「アフガンにいつまでいるのだ」という厳しい批判が起こり、2015年から16年にかけて兵力を約3万人〜2万5千人まで減らします。しかし依然としてアフガン作戦は引き継いだままトランプ政権に委ねられ、トランプ政権はアフガン作戦を見直し、2020年2月タリバンとドーハ合意を締結し、タリバンに「アメリカ軍は2021年5月1日を期限に撤退する」と約束します。
   今年1月バイデン政権ができますと、和平交渉もせずに兵力の撤退だけを進め、今年4月には2千5百人まで兵力を減らします。タリバンは好機到来と見て6月末〜8月にかけ攻勢をかけ、30万人ともいわれたアフガン兵士の懐柔を図り、アフガン兵士は兵器を差し出し投降するか隣国に逃げるかで、カブールが陥落するまでの間、ほとんど戦闘らしい戦闘に従事していません。そして8月13日にはガリ大統領はUAEに逃れ、15日にカブールが陥落します。タリバンは圧倒的な強さで、素早くアフガン全土を掌握することになります。
   バイデン大統領は「当初から自分はアフガンの撤退を主張してきた。これが正しい判断で、自分の信念は変わらなかった」と言います。確かにオバマ政権の時から彼は反対していましたが、これほど早くカブールが陥落するとは予想していなかったと思います。今年が9.11のアメリカ同時多発テロから20年になるので、9月11日に完全撤退しようとして、4月頃から徐々に部隊を撤退させていました。タリバンにとってみれば、米国の意図は見え見えで、アメリカのように相手に隙をみせながら撤退するのは全く下手なやり方です。しかも部隊の最高指揮官たるガニ大統領が現金をもって隣国に逃げれば、政府軍は大崩れになり負けるのは当然です。為政者が最後まで国に踏みとどまり、兵士が自らの国と国民を守ろうとする気概が無ければ、外国も助けてくれませんし、外国に助けてもらおうと考えていること自体が間違っているだろうと思います。2014年頃からアメリカ軍の兵士が減少し情報収集力が低下し、アフガン政府軍の情報が集まらない中で撤退を急いだことは、バイデン政権のミスマネジメントだと思います。「撤退するのは正しかった」と強弁をしても余り意味のないことだと思います。バイデン政権の本音は「アメリカ軍が引き揚げても、テロリストが再びアメリカを攻撃することはない。今後、アメリカは国力全てを対中政策につぎ込む。アフガンに拘る暇はない」ということだと思います。それならばタリバンを本気で和平交渉に引き込んで、しっかり交渉を行い、撤退期限は絶対に示すことなく徐々に引き揚げる。同盟国やタジキスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタンという周辺国の協力を得て進めることが必要で、残されたアフガンの人々はこれから実に惨めな状態でタリバンの統治下で生きていかなければならないわけです。
   しかし、これまでの20年間のアメリカの作戦は失敗で、勝ったのは中国とロシアであると言う人がいますがそれは間違いです。ロシア国内にはイスラム教徒のチェチェン人がいます。中国には新疆にイスラム教徒のウイグル族がいます。彼らがアフガニスタンで訓練を受け国に戻ってくることは、中国、ロシア国内にイスラム教徒の不法分子を抱えることになり、中・ロとも長期的に大変な問題を抱え事態は深刻です。しかもウズベキスタン、タジキスタン、キルギスタンはアフガニスタンの兵力を抱え込みタリバンの攻撃対象になる状態で、中央アジアの混乱は免れません。アメリカは撤退しましたが、結果としてアメリカにとって良かったことになります。問題はアフガニスタンの今後です。10万人のタリバンは麻薬や不法な行為で資金は豊かですが、これから国内を統治しなければなりません。大統領を選び、政府を立ち上げ、新しく軍隊を作り、3千9百万人の国民を養っていかなければなりませんが、その資金はどこからも出てきません。また国内では非人道的なことを行い、女性や子供の安全は大変問題が多いと思います。自由な報道もないと思います。アフガニスタンを含めた中央アジアの不安定要因は徐々に周りの地域に広がっていきます。特にインドやトルコにとっては大きな脅威だと思います。また反米のイランと結び付くことで、完全に反米のイランとタリバン政権がこの地域で不安定をもたらしていくと、この地域はさらに不安定となり、大きな問題になると思います。
第5節 韓国 日韓関係の改善は次の政権まで持ち越し
   韓国は来年3月大統領選挙です。大統領に2期目はありませんので最後の1年間はレームダック状態となり誰も言うことを聞きません。大統領選挙の注目点は、与党「共に民主党」は京畿道知事の李在明(イ・ジェミョン)、日本に馴染みのある李洛淵(イ・ナギョン)元首相など4人ぐらいが立候補しており来月には単一の候補が選ばれます。最大野党「国民の力」では尹錫悦(ユン・ソクヨル)前検事総長が注目です。与野党候補の一騎打ちで来年5月20日には新しい政権が出来上がります。日本と韓国の間には徴用工問題と慰安婦問題など多くの問題があります。1965年、日韓基本条約と経済協力協定を結び、日本は当時の韓国の国家予算に匹敵する五億ドルの経済協力を無償と有償で行い、これにより韓国は戦前の賠償を一切要求しませんと約束しました。それにも拘わらず、戦前、日本企業が徴用した半島の人々の労働賃金が未払いであると大法院で有罪判決が出て、株式を現金化するところまで来ています。また慰安婦問題は、日韓基本条約の中で戦後処理が解決された後、「私は日本軍の慰安婦だった」とおばあさんが名乗りを上げます。元々賠償金はないのですが、日本として配慮しようということで安倍政権が十億円の基金を法人に提供し、韓国もこの基金からおばあさん達に資金を提供すると約束しました。しかし資金を受け取らないおばあさんもいて、韓国は法人の資金がなくなったことを理由に財団を解散してしまいました。また約束では、韓国大使館の前にある慰安婦像を動かすことになっていましたが、未だに動かしていません。それどころか、この問題は日韓関係の喉に刺さった棘のような状態になっています。今の政権で解決するのは難しい。次の政権でこれらの問題を進めていこうと日本は考えています。
第6節 ミャンマー クーデターの本質
   ミャンマーのフライン国軍司令官が2月にクーデター起こし、ちょうど半年が過ぎました。ミャンマーは戦前ビルマといって、旧日本軍が侵攻していました。戦争が終わりビルマはイギリスから独立しますが、その時、独立戦争の手助けをしたのが旧日本軍の将兵です。そのためミャンマーの人達には日本に感謝している人も多く、両国の関係は良好でした。なお独立運動の指導者がアウンサン将軍で、その娘がアウンサンスーチーです。したがって恩人であるアウンサン将軍の娘に国軍は手が出せないわけです。ところがミャンマーの今の憲法は外国人と結婚した人は大統領になれません。彼女は国民の星で、国民が崇拝するシンボルですが、イギリス人と結婚しましたので大統領になれず、国家顧問です。しかしフライン司令官の認識は「彼女に統治能力がなく、スタッフにも統治能力がない。彼女たちに政治を任すわけにはいかない」ということです。彼がクーデターを起こしたのは、アウンサンスーチーが国会で憲法改正し、国軍の権力を縮小し、7月1日に大統領になる予定だったからです。フライン司令官はクーデターで一挙に国軍の力を取り戻し、アウンサンスーチーから国権を取り戻そうとしたわけです。これはミャンマー全体で解決しなければならないことで、他の国が手出しできないことです。アメリカはオバマ政権の時、アウンサンスーチーの民主化を助けましたのですが、これが軍事クーデターでひっくり返されたので、バイデン政権は厳しい制裁を行いました。一方日本はミャンマーに制裁をかけず、人道的な無償援助を引き続き行っています。ただし新しい経済協力案件については様子を見ています。日本の大使はアウンサンスーチーとフライン司令官の両方に対話のチャンネルを持っています。しかし日本政府の方針は、西側の国と共同歩調を取りながら、ミャンマーに外交的なイニシアティブを取るという難しい立場です。一方ミャンマーは兵器の45%を中国に、42%をロシアに依存しており、中国は中東からの原油がパイプラインでミャンマーを通って中国の昆明に入っていますので、フライン司令官を自分の味方につけたいわけです。インドシナ半島はタイ、カンボジア、ラオスが中国寄りで、アメリカ寄りはベトナムだけです。何とかミャンマーをアメリカ側につけたい。しかし現在のフライン政権は、アウンサンスーチーを釈放しない、国民に対し銃を向ける、なかなか民主化しない。1〜2年の間に選挙をすると言いますが、選挙をすれば完全にまたひっくり返ります。そこで今タイのようなやり方を模索しているのかもしれません。タイは500名の国会議員のうち、250名が一般投票。250名は軍が任命する。その中から首相を選ぶ。絶対に軍が優位ですが、これをタイの国軍は民主化と言っており、それを背後で中国が支援している状態です。どうすればミャンマーをこちらの側に引きよせることができるか凄く難しい問題を抱えています。
第7節 アメリカの対中政策
   アメリカの対中抑止政策は、外交・安全保障上はQUADです。QUADは日本、米国、豪州、インドの4か国による戦略的対話の枠組みで、もとは安倍前首相が提唱したものです。これにインドが入っていることが重要で、インドは今世紀中頃には人口で中国を追い抜き世界第一の国になります。しかも核兵器を持っている国です。このQUADの対面による二回目の首脳会談が9月にワシントンで行われる予定で、菅首相も参加されると思います。もう一つは軍事的なPDI(パシフィック・デタレンス・イニシアティブ)、太平洋抑止力構想です。ヨーロッパのEDI(ヨーロッパ・デタレンス・イニシアティブ)に倣いインド太平洋軍が作った対中抑止政策です。つまり中国を抑止するためには攻撃能力を強化するという考え方です。中国本土にある1,250基の弾道ミサイルや次世代戦闘機、これらの基地はほとんど中国の内陸部にあります。沿岸部にあるとアメリカの空母から攻撃されるからです。中国からのミサイル攻撃に対して、アメリカはこれに対抗する中距離ミサイル持っていませんので、開発を進めています。そしてPDIにより同盟国の協力を得て、軍事的、外交的に対中戦略を進めていこうと日本に協力を求めています。

第三章 日本の安全保障
第1節 日米同盟の強化
   4月に菅総理がワシントンで日米首脳会談に参加した際に、バイデン大統領から「これからアメリカは世界の中で中国とロシアに向かい合わないといけないが、同盟の協力が必要で、インド太平洋地域で一番重要な対中政策をやる場合、日本の協力は不可欠である」という話になったと聞いています。菅総理は「日本は全面的にアメリカに協力します」と発言し、アメリカが非常に安心したと言われています。以来、日米同盟の強化が大きな課題となり、令和4年度の防衛費は今までにない防衛費の増加となります。現在の中期防衛力整備計画を4年目で打ち切り、来年には新しい防衛大綱と中期防衛力整備計画を作り日本の防衛力を格段に伸ばそうとしています。
第2節 反撃能力を伸ばす
   ところで今日本の防衛はあまりに防衛力に偏り過ぎています。相手を攻撃する能力が無ければ勝てません。敵基地攻撃という言葉は使う必要はありませんが、反撃能力を伸ばすということです。例えば中国の艦艇のミサイルはこちらの船に届きますが、こちらが撃つミサイルは射程が短いので届かないのでは、海上自衛隊の船は沈められ、国家の防衛は出来ません。撃たれるなら撃ち返す反撃能力を持たなければ国家の防衛が出来ないことは当然のことなのです。それが今までミサイルの射程まで厳しい制約をかけられていました。今、日本が持つことが許されているミサイルの最大射程は900キロです。ちょうど九州南西方面から中国の本土までが800キロで、中国沿岸部まで届きます。これから持とうとしているスタンドオフミサイルは、ミサイルを発射した途端、航空機や艦船はUターンして戻る。ミサイルだけが飛んでいく。これをスタンドオフ攻撃と言い、パイロットが攻撃されることはありません。こういう仕組みのミサイルの射程を伸ばし、反撃能力を持たないと最早国家の防衛は出来ないと思います。ミサイル防衛で撃たれたら防御するだけでは、抑止機能は果たさないということです。戦後75年、これが日本の憲法の成り立ちで、日本の政治の土壌で議論されている基本テーマがこの点にあり、なかなか乗り越えることが出来ませんでした。
第3節 防衛力の抗堪性を高める
   しかし、来年になると2013年12月に作った国家安全保障戦略を見直し、中期防衛力整備計画を改定し防衛費を格段に伸ばし、GDP1%を突破することになると思います。今年12月には、来年度から始まる5年間の在日米軍の経費の分担交渉を合意して、令和4年度の予算の中に入れていく予定です。その時は、今までできなかった分野における協力を米軍に対して行えるような体制を作ることが必要となります。また、限られたインフラの中で共同作戦が出来るよう防衛力の抗堪性、すなわち攻撃されても修復して機能を維持するための能力を格段に増やすことができるように来年度から取り組もうとしています。これが台湾シナリオに間に合えば、アメリカが日米共同で日本基地を使って台湾作戦を行う。今後様子が少しずつ変わっていくと思います。

質疑応答
「質問1」

  台湾有事で米中が一戦を交えるなら、日本の防衛体制で守れるのでしょうか。

「回答1」

   日本には6,800以上の島があります。すべての島に自衛隊をおく必要はなく、自衛隊は特定の島を守るのではなく防衛力全体で抑止するという考え方です。相手の攻撃を出来るだけ早く察知し、最も有効な手段で払いのける。攻撃を完全に阻止できることを相手に悟らせ抑止することが国家の防衛のやり方です。日本は北海道から与那国島まで3,500キロあります。南西方面は3分の1の1,200キロです。南西方面に脅威が及ぶ時、本土から防衛力を持って行くのでは遅くなります。従って周辺から直ちに駆けつけることのできるような状態にしなければなりません。沖縄地域では、奄美大島、沖縄本島、宮古島、石垣島そして与那国島と合計5箇所に必要な防衛力の配備が間もなく完了します。全部の部隊にミサイル部隊、情報部隊、対艦ミサイル部隊があり、飛行場やレーダーなどの情報機能もあります。また艦船を直ちに動かせる部隊もつくります。有事の時、米軍はここを使って日米共同作戦をするつもりでいると思います。
   まず沖縄が戦争に巻き込まれ被害が出ないようにすることが最優先です。従って中国本土から航空機や艦艇が出てくれば直ちに探知できるように24時間、東シナ海に早期警戒機や指揮管制機AWACSを飛ばし、海上自衛隊と海上保安庁が対応できる状態にしています。沖縄の飛行隊を2倍にするため、那覇空港の滑走路を二本にする工事が完成し、航空自衛隊の航空機が常にスクランブルで東シナ海に入って行けるようなっています。一番難しいのはHGV(極超音速システム)という音速の20倍の極超音速ミサイルが飛んでくる時です。地球は丸いためレーダーでは発見が遅れます。今後ミサイルの上昇段階で見つけられるようコンステレーションという低高度の情報偵察衛星を数百基、日米で常時地球上を監視して、ミサイルを直ちに探知、迎撃できるようにします。いろんな防衛の手段を設けて絶対に本土が被害を受けないよう日米共同訓練を行い、手順も決めています。また台湾海峡を渡ってくる中国軍は海上で阻止しなければなりません。中国側に制海権と制空権があるので簡単ではありませんが、アメリカと台湾で対応しようとしています。日本に戦闘機の空中給油を手伝えと言ってくると思います。その時日本は重要影響事態の発令をする必要があります。緊急時には全部の法律を発令してアメリカ側に協力して台湾を守らなければ、中国軍が台湾に上陸すれば沖縄が危なくなります。台湾と尖閣諸島や与那国島の間は160キロで大阪から名古屋間ぐらいで短距離ミサイルが確実に届きます。また中国本土からのミサイルは射程3,000キロで日本全土に届きます。そのため確実に撃破できるミサイル防衛のシステムが必要です。いろいろな事態を考え、日米共同で対処して日本の国土と国民の安全を維持するための防衛力を持たないといけないので、これが年度予算として計上され、中期防衛力整備計画になっていくということです。


「質問2」

  今後日本は中国とどのように付き合っていけばよいのでしょうか。

「回答2」

   2012年9月、日本は尖閣を国有化しました。その4日後から中国船が月に3隻のペースで領海に入って来ていて、その後、隻数も時間も艦艇の規模も増えました。それには二つの目的があります。第一は、自国の領土を主張し守っている姿勢を内外に示すということです。第二は日米の防衛力を尖閣に集中させて、台湾攻略を行うために、陽動作戦に使うということです。中国との向き合いは本当に難しく、安全保障上は抑止機能を持って、手出しをすれば確実にこれを排除できる能力を、日米共同で備えておくことです。しかし、いたずらに日中関係の対立軸をつくり、中国と交流しないなどということは日本の国益にならないと思います。きちっとした経済関係を維持し、中国と常に交流ができるよう、対話ができるようにする必要があります。仮にアメリカと中国が対話しないと言っても、日本が中国といつでも対話ができるようしておく。アメリカには「日本は経済的にうま味を取って、安保はアメリカにやらせる狡い国だ」と見えるでしょうが、そのことは日米でしっかり協議をしておく。日本が中国としっかり向き合い、対話ができる存在であることはアメリカにとっても一番重要です。従って日中間の対話で肝心なことはアメリカにしっかり知らせる。米中のやり取りは日本に全部知らせる。日米が同盟国として極めて緊密な関係にあるということで、中国は簡単に日本に手が出せませないようにする。中国はアメリカと本格的に戦争する覚悟がなければ日本に手が出せないという状態をつくることが大事です。尖閣は日本の領土だから自衛隊を置いて、施設をつくり、環境調査団を出すなど堂々としたら良いという議論がありますが私は反対です。中国は日本が有効支配のステージを上げると、当然それに見合ってステージを上げます。日本政府は尖閣を有効支配して誰にも譲っていません。緊張関係をわざわざ作る必要はないと思います。なお尖閣には政治団体が灯火を置いており、年1回、海上保安庁の係官が1〜2名点検しています。それ以外は一般の方が尖閣諸島に近づくことを認めないようにしています。不必要なことはせず、正々と有効支配をするという手段に留めていることが重要だということを理解していただきたいと思います。


「質問3」

  徴兵制についてどのように考えておられますか。

「回答3」

   私は徴兵制に反対です。徴兵しなくても、例えば大学や専門学校で1か月だけで良いから 自衛隊に体験入隊し訓練を受ける。そして訓練が受けた人に対しては証明書を発行して、会社の就職一次試験は免除するなど便宜を図る、というやり方が良いと思います。大きな会社では、新入社員教育で自衛隊に体験入隊させ、物の言い方、挙措、容儀、姿勢などの基本的な教育を受けさせます。その間に、部隊としての敬礼のやり方や命令の出し方、あるいは基本的な自衛隊員としての挙措、操作が全部できるようになれば、徴兵する必要はありません。無理やりに徴兵して社会に混乱が起こるより、希望者が証明書をもらって就職を有利な状態にする方が良いと思います。しかし、海上自衛隊の要員を確保することには最も困っています。船はアフター5もなく家にも帰れません。どこへ行くかも教えてもらえず、航海上では携帯電話を使わせません。船の位置がわかってしまうからです。若い人はそれに耐えられない。もう一つ、船には中世の頃から封建制度がそのまま残っており、一般の大型船でも特等船室、1等船室、2等船室、船底の3等船室と分かれています。海上自衛隊の船も同様で、一般隊員は2段ベッド、3段ベッドで、将校だけがバストイレ付き、鍵付きの部屋が与えられます。合理的とは言えず、プライバシーのない生活は、今の若い隊員にとって耐えられない。イージス艦を増やしても乗る人がいない。処遇を改善するとなれば海上自衛隊だけ優遇するという話になります。我が国は島国ですから海上自衛隊は必要です。人口が減っていく中で大きな問題だと思っております。


   以上は、元防衛大臣、拓殖大学顧問 森本敏氏の講演を、國民會館が要約、編集したものです。文章の全責任は國民會館が負うものです.。

お問い合わせ

イベント情報や館内のご利用についてなど、お気軽にお問い合わせください。

※メールソフトが開きます

お問い合わせ