ホーム > 武藤記念講座(講演会事業)作曲家
    吉田 進氏 「《歌に生き恋に生き》歌姫トスカ」

武藤記念講座(講演会事業)

第1083回武藤記念講座要旨

    2021年11月27日(土)
    於大阪「國民會館 武藤記念ホール」
    作曲家
    吉田 進氏
 「《歌に生き恋に生き》歌姫トスカ」


セミナー




<目次>

はじめに
   「オペラ」は「歌劇」と訳されるように「歌の劇」、「音楽劇」であり、単なる「歌」や「音楽」ではありません。したがって「演劇(芝居)」としての面白さ、興味がないと成立しません。今回は数ある名作オペラのうち、この演劇的な要素が非常に成功しているプッチーニ作曲の《トスカ》を取り上げます。

一 作品の成り立ち
  • (1)《トスカ》はイタリアの作曲家プッチーニ(1858−1924)が作曲したオペラで、1900年に初演されています。ほかに彼は《ラ・ボエーム》《蝶々夫人》《トゥーランドット》などの作品で知られています。
  • (2)オペラの原作はフランスの劇作家サルドゥー(1831−1908)が書いた戯曲(芝居)で、オペラの13年前(1887年)に初演されています。当時この原作は世界中でヒットした芝居で、日本では1913年に「オッペケペー」で有名な俳優 川上音二郎の妻、貞奴(1872−1946)が帝国劇場で演じています。貞奴は当時音二郎と共にアメリカとヨーロッパへ巡業して大スターになり、特にフランスでは「サダヤッコ」ブランドの着物が売られていたほどで、パリで彼女はサルドゥーの芝居を見たのかも知れません。1897年に初演されたサルドゥーの演劇が、日本で貞奴によって演じられたのが1913年。一方1900年に初演されたプッチーニのオペラ《トスカ》は、日本で1919年にロシア歌劇団が、また日本人では1935年に藤原歌劇団が初めて演じています。このように《トスカ》は先ず演劇として世界的な評価を受けたわけです。プッチーニは1889年に、ミラノで仏人女優サラ・ベルナールの名演技をこの芝居で観て、オペラ化しようと思い立つのです。
  • (3)サラ・ベルナール(1844−1923)は、当時桁外れの大女優で、死んだ時はフランスで「国葬」になりました。劇作家サルドゥーは既に大作家でしたが、《トスカ》をサラのために書き下ろしました。従ってサラ・ベルナールと芝居の《トスカ》は切っても切れない関係にあり、プッチーニのオペラも、実はサラの影響が濃いのです。それからオペラのイタリア語の台本は、ジャコーザとイルリカというプッチーニのオペラでお馴染みのコンビが書いたのですが、原作者サルドゥーの意見も取り入れられています。このように《トスカ》というオペラは、原作の戯曲作家サルドウーと、芝居を演じた大女優サラ・ベルナールの影響が大きく、それがこのオペラの演劇的要素が強い理由と考えられます。

  • 二 作品の特徴
       このオペラが他の歌劇と異なる点は、《トスカ》は物語が1800年6月17日から翌日に起きる出来事と明記されており、その舞台も架空ではなく、すべてローマに実在する場所だということです。なぜ日付まで指定されているのかと言うと、歴史的事実がこのオペラの背景になっているからです。イタリアという国が独立したのは1861年で、1800年当時はまだオーストリア帝国の支配下にありました。フランス革命が起こったのが1789年、1796年にはナポレオンがイタリアに進攻してオーストリア軍を破り、ローマにもローマ帝国を作りました。その後ナポリ王国の妃カロリーナ(オーストリアの皇帝マリア・テレジアの娘)がローマを奪回しましたが、ナポレオンがアルプスを越えて再びイタリアへ攻め入り、この1800年6月14日には有名な「マレンゴの戦闘」でオーストリア・イタリア連合軍を撃破します。この「マレンゴの戦闘」がオペラ《トスカ》の中で話題に上りますが、オペラの設定が6月17日になっているのは、6月14日に起こった「マレンゴの戦い」の結果がニュースとしてローマに伝わるには3日かかったからなのです。また舞台の方も第1幕が聖アンドレア教会。第2幕がファルネーゼ宮殿(現在はフランス大使公邸)。第3幕が聖アンジェロ城。いずれも実在する場所です。日付も決められ、舞台も実在するということから《トスカ》は『ヴェリズモ(現実主義)』のオペラと呼ばれることがあります。勿論、このオペラの物語が実際に起こったわけではありません。

    三 作品の名場面の鑑賞
       1992年、台本の指定通りの時間に、それぞれ実在する場所でオペラを上演し、それをテレビで実況中継する魅力的な試みが行われました。そこで今日はこの革命的なTV中継の映像を用いながら《トスカ》の名場面を鑑賞したいと思います。
    (1)主な登場人物
        トスカ(歌姫・ソプラノ)
        マリオ・カヴァラドッシ(画家・テノール)
        アンジェロッティ(元ローマ共和国領事・バス)
        スカルピア(警視総監・バリトン)
    (2)名場面(指揮:ズービン・メータ)
      第1幕 《妙なる調和》(プラチード・ドミンゴ)
          《僕の焼餅焼き屋さん》(カトリーヌ・マルフィターノ)
          《行け、トスカ!お前の心にはスカルピアが巣喰った》(R・ライモンディ)
      第2幕 《ああ、拷問をやめて》
          《歌に生き恋に生き》
          《歌に生き恋に生き》以下幕切れまで
      第3幕 《星は光りぬ》
          《いつまで待たされるのか知ら》 以下幕切れまで

    おわりに
       昨今日本でのオペラ・ブームが言われます。オペラの舞台である西洋の社会は、ある意味では日本の僕たちの日常生活とはかけ離れているのですが、オペラは実は劇であるという点が、ひとつの鍵になるかと思われます。日本の伝統的な演劇、能も歌舞伎も文楽も、特に能と文楽は音楽劇です。そう考えると案外オペラという西洋の芸術も僕たちが楽しめる要素がある気がいたします。

    質疑応答
    「質問1」

      ズービン・メータが指揮するDVDは日本でも市販されていますか。

    「回答1」

       今日は台本通りの時間と場所で上演され、テレビで実際に実況中継されたものを観ていただきましたが、これを編集したDVDがあり、臨場感が凄いと思います。また別にブラチード・ドミンゴの主演で、女性歌手が違う映画もDVDで出ております。


    「質問2」

      最近、ドイツ語圏のオペラは原作と随分かけ離れた演出のオペラが多いように思います。このトスカの悲劇性は、今でもオーソドックスに作られているのですか。それともまったくの奇想天外な発想で作られたものが観られるのでしょうか。

    「回答2」

       僕がフランスに行った頃から次第に新しい演出が始まり、最近はそういうものばかりになってしまいました。個人的な意見としては完全に行き過ぎている場合が多いです。しかしたまには非常に現代的で素晴らしいものもあります。新しいもの、新しい実験は歓迎ですが、作曲家の作った意図を完全に潰したら、それは演出家のエゴイズム(自己顕示欲)だと思います。昔はオペラは音だけではなく、映像や舞台で見たいと思いましたが、最近は、酷い演出で観るのなら音だけの方が良いと思うくらいです。しかし本来の作品が鑑賞出来なくなってしまうことは、憂うべき傾向と思います。


    「質問3」

      コロナ禍で、欧米のオペラ界はどのような状況になっているのですか。

    「回答3」

       フランスは今も新しい感染者が三万五千人で、日本の百倍以上ですから、日本よりはるかに酷い状態です。そうした中で特に行動規制が非常に多くて、オペラ座、コンサート、芝居は一時期全く閉鎖していました。今少し良くなり、オペラ座は数を減らして開催しています。しかし合唱団がマスクをして歌っているのは疑問で、やはり見ていると気になります。「マスクを外す。又は中止する」のどちらかを選ぶべきだと思います。ある意味で、日本よりはるかに難しい状況になっていると思います。


    「質問4」

      《トスカ》の一番の見どころはどこでしょうか。

    「回答4」

       このオペラの一番成功しているところは実は第二幕だと思います。第二幕の後半マリアカラスの公演を観ていただきましたが、この作品の凄さは、オペラなのに歌を歌わないところで、立派な劇になっています。第二幕でカヴァラドッシが拷問を受けているところからの《トスカ》は本当に凄いオペラだと思います。なおマリアカラスの《トスカ》の第2幕の映像は三つあります。アメリカの公演は第二幕の全部ではないらしい。ロンドンの公演はDVDで買えると思います。パリのオペラ座でやったものは、相手のスカルピア役も全く同じですが、演出が違っています。もしお求めになるのでしたらコヴェント・ガーデン(ロンドン)の公演をお選びいただきたいと思います。


    「質問5」

      《トスカ》には前奏曲がありませんが、特別な意図があったのでしょうか

    「回答5」

       このオペラの一番成功しているところは実は第二幕だと思います。第二幕の後半マリアカラスの公演を観ていただきましたが、この作品の凄さは、オペラなのに歌を歌オペラには序曲とか前奏曲があります。昔は芝居が始まる前、杖で舞台をトントントンと三回叩いて始まりました。お客さんがお喋りしていますから、始まる合図の為に序曲がありました。それがオペラの内容と関係のある前奏曲となってきたわけです。《トスカ》の場合には、前奏曲はありませんが、最初に僅か三小節の強烈な音が出てきます。これはスカルピアのテーマで、それが印象的にこの曲の中にちりばめられています。それが最初にバーンとオーケストラで鳴って、アンジェロッティが逃げてくる。だから前奏曲はありませんが、プッチーニのこのオペラは非常に演劇的な配慮が働いているのだと思います。


       以上は、作曲家 吉田 進氏の講演を、國民會館が要約、編集したものです。文章の全責任は國民會館が負うものです.。

    お問い合わせ

    イベント情報や館内のご利用についてなど、お気軽にお問い合わせください。

    ※メールソフトが開きます

    お問い合わせ