ホーム > 武藤記念講座(講演会事業)産業遺産国民会議 専務理事
    加藤康子 氏 『ものづくりの復活で経済の立て直し』

武藤記念講座(講演会事業)

第1089回武藤記念講座要旨

    2022年5月21日(土)
    於大阪「國民會館 武藤記念ホール」
    産業遺産国民会議 専務理事
    加藤 康子 氏
 『ものづくりの復活で経済の立て直し』


セミナー





はじめに
   私は東京育ちですが、夏休みはいつも父の出身地の岡山に帰り、遠く水島工業地帯の灯りを見て過ごしましたので、煙と町工場の機械音は大変親しみがあります。「明治日本の産業革命遺産」にたずさわったのも、大学院で「企業城下町」を研究していたからです。世界中の「企業城下町」を見て回った時、企業が撤退して限界集落になった町は元の輝きを取り戻すことはありません。しかし、産業の営みの遺産が観光資源になることを知って、『産業遺産―地域と市民の歴史への旅』(日本経済新聞社1999年)という本を出しました。日本の学校では産業史をあまり教えていませんので、教科書には登場してこない、市民の営みの歴史を残したいと思い、中でも日本が工業立国の土台を築いた明治に着目し、「明治日本の産業革命遺産」に取り組んだわけです。また昨年、自動車産業評論家の池田直渡氏、モータージャーナリストの岡崎五朗氏と3人で、『EV推進の罠』(ワニブックス2021年)という鼎談本を出しましたので、そのことについてもお話をさせていただきます。

第一章 明治日本の産業革命遺産
第1節 世界遺産登録の経緯
   鎖国をしていた日本が19世紀半ばから20世紀の初頭にかけて、わずか半世紀で工業立国の土台を築き、近代国家へ変貌を遂げたことは、世界史上非常に重要な意味を持っています。世界中の学者が「明治日本の産業革命」を研究しています。私が企業撤退後の地域復活のケーススタディを研究していた時、イギリスのアイアンブリッジ渓谷博物館の館長で、「廃墟の谷」を復活させた世界産業遺産のプロデューサー、スチュアート・スミス先生にお会いしました。そして先生が来日した時、「幕末から明治の日本が工業立国の土台をつくっていった産業遺産を集め、一つの世界遺産として登録することができる」と言われました。これがシリアルノミネーションです。前後して、鹿児島の島津公保さんが「是非、集成館を世界遺産にして欲しい」と言われましたので、奮起し、鹿児島県の伊藤祐一郎知事(当時)を訪れ「日本が工業立国の土台をつくっていった道程全体を産業遺産にしましょう」と申し上げました。知事が九州知事会に根回しをして、8県11市の協議会が立ち上がりました。長崎は教会群、福岡は宗像、山口は萩の城下町、それぞれ世界遺産の案件を持っていました。
   文化庁では、各県へ出向した文化庁職員が各地域別に文化財の延長で世界遺産を考えますので、各自治体にシリアルノミネーションという県を横断して一つの世界遺産を登録するという発想はありませんでした。そこで、横断的な協議会の予算をつけてもらうことから始めました。また文化庁は当時、産業を文化として幅広く受け入れる土壌はありませんでした。寺社・仏閣、お城、庭園等の美しいものが日本文化であると考える調査官が大半で、産業の営みや設備、クレーンやドック、工場の価値を評価できる人はいませんでした。また8県の産業遺産を一つの世界遺産として登録することは、これまで前例がなく、学校で産業史を教えてもいませんでしたので、県をまたぐ大規模なシリアルノミネーションは無謀であると、公募に応募したものの見事に落とされました。「やはりだめだったか」と関係者が落胆していたところ、イギリスのイングリッシュ・へリテッジ(イギリス政府の歴史的建造物の保護団体)の総裁に萩のシンポジウムに足をお運びいただき、「明治日本の産業遺産は大切である」と励まされ、ようやく文化庁は継続して検討することになりました。そういう経緯でその後、規制改革や内閣官房に世界遺産を推薦できる仕組みをつくるなど、関係者と共に、数多くの障害や反対を乗り越え、16年を費やし、8県11市、全体で23の構成遺産を持つ「明治日本の産業革命遺産」の世界遺産登録にこぎつけたわけです。
第2節 近代製鉄・製鋼の産業遺産
   近代製鉄・製鋼は、幕末、近隣諸国が次々と植民地となる中で、鎖国をしていた日本の藩士たちが海防の危機感から、蘭書片手に試行錯誤で大砲の鋳造や大型船に挑戦し、伝統的な匠の技から近代的な産業システムへとなっていく、その道程を表した遺産です。1842年、清国が阿片戦争で敗れた後、諸藩の藩士は、蘭書を片手に試行錯誤で全国に反射炉を11か所、高炉を19か所つくりました。そして1858年、釜石の橋野で盛岡藩の大島高任が、蘭書で書かれたオランダのユーリッヒ・ヒューゲニンの「鉄製大砲鋳造法」を読み解きながら、自力で木炭高炉法による出銑に成功しました。これが日本の近代製鉄の始まりです。その後わずか30年でブレークスルーをなしとげ日本のものづくりの土台を築いていくわけです。日本の開花のスピードは物凄く早かったわけです。
   1880年、明治政府は釜石にイギリスの最新の製鉄設備を導入し、大量生産を目指しましたが、わずか3年でギブアップしてしまいます。それを民間の田中長兵衛が引き継ぎ、数多くの困難を克服し、ようやく1886年に49回目の挑戦で高炉の操業に成功しました。1894年にはコークス銑の産出にも成功します。撓まず、屈せず、挑戦し続け、突破していく、これが現在の日本製鉄の前身です。こうして日本は涙ぐましい努力をしながら近代製鉄の土台をつくっていきました。また北九州の官営八幡製鉄所は銑鋼一貫の製鉄所です。1901年に操業を開始してわずか10年でスチールの大量生産が出来るようになりました。
   今日本の人口は1億2,500万人ですが、少子高齢化による人口減少で日本経済の先行きは真っ暗だと言われています。しかし当時の人口は3,300万人でした。明治の3,300万の人々は、江戸の風力、水力の時代から、わずか30年で近代製鉄の土台を作ったのです。1910年にできた八幡製鉄所の修繕工場は、今の修繕工場と全く変わっていません。明治の人達は凄いと思いませんか。先人たちが涙ぐましい努力と知恵で近代製鉄の土台をつくり、銑鋼一貫の製鉄所のシステムを作った。そしてスチールの大量生産が出来るようになり、全国に橋や線路ができ、鉄骨の近代建築がたち、軍備も整い、日本は近代化していったのです。このことを是非学校で教えてもらいたいのです。
第3節 近代造船の産業遺産
   1853年、アメリカの東インド艦隊が浦賀に来航した時、日本の船は1本マストの弁才船(和船)で、日本の海運はそれに依存していました。徳川幕府が1635年に「大船建造の禁」を発令し、大型船の建造を禁じていたからです。ところが東インド艦隊の旗艦サスケハナ号など4隻の黒船が来航し、開国の要求を受けます。そこで幕府は西欧の知識を吸収し防衛体制を整えるため、長崎に海軍伝習所と長崎鎔鉄所(洋式舶用機械修理工場)を作りました。その志を引き継いで、明治維新になりますと、西南雄藩の一つであり、維新の原動力となった土佐藩が、失職した武士を糾合してカンパニーを設立しました。これが三菱です。三菱は「所期奉公、処事光明、立業貿易」という三綱領をつくり、人材を育成、船の設計から施工まで全部行うようになり、1904年には軍艦まで作れるようになりました。弁才船からわずか40年でした。
第4節 産業化を支えた石炭の産業遺産
   長崎の高島炭坑は日本最初の近代炭坑です。幕末に佐賀藩とスコットランド商人、グラバーと共同で開発を始めましたが、経営難に陥り、それを後藤象二郎が引き継ぎます。しかしこれもうまくいかず、最後に三菱の岩崎弥太郎が譲り受けます。岩崎は再びグラバーを雇い、三菱傘下でようやく経営が安定し、軌道にのります。そして1890年に三菱は隣の端島(軍艦島)を購入します。当時三菱は、長崎で舶用蒸気タービンを作っていました。その陸用タービンを高島の発電所に設置し、海底電線ケーブルを端島まで敷設して、その電力で海底深く石炭が掘れるようになりました。そして採炭で出てくるボタを埋め立て、島を拡張、現在の大きさの島になりました。日本には海底資源が豊富にありますので、明治の人の知恵と気概さえあれば、EEZ(排他的経済水域)のレアメタルを掘削し、未来に役立てることもできると思います。
   一方福岡の三池炭鉱は三井の団琢磨が落札しました。有明は良質の石炭で知られていましたが、非常に土壌が悪く、常に地下水との闘いでした。三井はイギリスから最先端の坑内排水システムを導入しました。また炭鉱のインフラを整備し、三池港を作りました。遠浅の干潟で干満の差が5、6メートルもあるようなところでしたが、築港工事の経験も浅い技術者たちが、ヨーロッパに学び日本の土木技術によりたった6年で干潟に大型船を接岸できる港を築港しました。100年後に必要になると当時用意したゲートが今現役で稼働しています。石炭を積み出すダンクロ・ローダー(石炭船積機)も残っています。1908年、明治の技術者達が6年間で港を作り、その後三井化学が進出し、日本最初の石炭化学コンビナートができました。このように明治には「先見の明」があり、リスクを恐れない「チャレンジ精神」がありました。さらに素晴らしいのは、今もその施設が世紀を超えた歴史を担って現役で稼働していることです。
   産業の営みの歴史について学校で全く教えておらず、文科省では近代化についての考えも定見もなく、鉄や造船など産業の技術への知見もないので、文化庁で世界遺産の登録を行うのは難しいと考え、内閣官房に事務室を設けてもらい、産業PTをつくり、登録の作業を進めました。
   振り返ってみると、明治の日本は、資金はありませんでしたが、「殖産興業」、「富国強兵」という国家目標がありました。そしてその実現のために、世界から人材を迎え入れ、器を作り、人を育て、産業を興し、わずか半世紀で工業立国の土台を築きました。悲観的な話ばかり聞こえてくる日本ですが、志があれば必ず乗り越えられます。「国力を強くする」という国家の目標が今必要であると強く思っています。

第二章 「日本製造2025」が求められている
第1節 製造業は日本の国力そのもの
   明治の殖産興業政策をモデルにしているのが「中国製造2025」です。中華民族の偉大なる復興のためハイテク主要部品の70%を中国製にすることを目指しています。中国は「製造業は国民経済の主体であり、立国の根源であり、興国の器であり、強国の基礎である。(中略) 国際競争力のある製造業を確立させることこそは、中国の総合的な国力を高め、国家安全を保障し、世界の強国を打ち立てるための唯一無二の道である」と言っています。世界各国でも同じように、「明治の産業政策」も参考に、殖産興業・富国強兵を目指しています。
   ところが日本は、国力の源泉である国内の産業力を減じる政策をとってきました。グローバリズムを信奉し、海外に生産拠点を立地することを奨励し、大切な技術を国外に出し、製造業を分割したり、会社を売買し、西洋型の会社経営に移行しつつあります。現在、日本のGDPは世界第3位ですが、このままいけば2040年にはインドに抜かれ、インドネシアにも抜かれてしまいます。また一人当たりGDPではすでに韓国に抜かれています。政府は経済を成長させるため、製造業に代わる柱を育成しようと、お金を注ぎ込んでいます。しかし製造業はGDPの20%から25%を占めており、日本の国力そのものです。
   日本の政治は国力の増強に関心があるのでしょうか。外貨を稼いでいる輸出のトップ10は自動車、半導体、電子部品、自動車部品、鉄鋼、原動機、半導体製造装置、プラスチック、科学光学機器、有機化合物、電気化合機器となっています。今円安で輸出産業は、製造業の国内回帰の最大のチャンスが来ています。政府は株への投資など、金融に注力していますが、そのような打ち出の小槌に期待せず、製造業で堅実に稼ぐ仕組みを考えるべきです。製造業の輸出は80兆円、海外工場からの配当が20兆円です。外貨を稼ぐ力は、製造業が投資より圧倒的に大きいことを忘れてはなりません。ITも非常に重要ですが、言語のハンディがありGAFA(アメリカの巨大IT企業であるグーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)に勝つのは非常に難しいと思います。一方製造業は地域経済を支えています。モノづくりは日本人の特質に適し、トリクルダウン効果(富の再分配)も高く、社会政策的に非常に望ましい産業です。「日本製造2025」が今求められていると思います。
第2節 自動車産業は国際競争力の高い唯一の産業
   自動車産業は、部品・素材、販売・整備、物流・交通、金融など、我が国の戦略産業として非常に重要な位置を占めています。外貨を稼ぐ1位が自動車、3位が自動車部品で、素材産業も自動車産業に関係しています。もし日本の自動車産業が潰れれば、日本経済は吹っ飛んでしまいます。それくらい自動車産業は日本の経済を支えています。トヨタをはじめ、マツダ・スバル・三菱・ホンダ・日産・ダイハツ・スズキ、各社の工場現場は改善、改善と涙ぐましい努力をしています。現在国内で約1,000万台生産され、半分が輸出、半分が国内販売です。
   宮城県大和町(たいわちょう)はトヨタの“ヤリス”を作っている企業城下町ですが、この町の人口は28,660人で、総生産額は2,812億円です。一方観光都市で有名な熱海市の人口は37,576人と、大和町より約1万人多いのですが、総生産額は1,427億円と、大和町の半分です。スバルの企業城下町、太田市は地域経済の55.8%を製造業でまかなっております。人口223,786人で、総生産額1兆4,849億円です。一方沖縄の那覇市は基地経済もありますが、リゾートタウンです。人口323,272人で、太田市より10万人多いのですが、総生産額では太田市とほとんど変わりません。自動車工場が地域経済に非常に貢献していることが分かります。
   政府は海外にインフラを輸出し、官民一体で製造業の海外の立地を支援してきましたが、これからは日本の産業インフラに投資をし、製造業の日本回帰が求められます。海外に生産拠点が移ることは日本経済の弱体化につながります。自動車工場が日本から出ていかないように応援しなければ、日本は良くなりません。自動車関連の就業者は550万人です。コロナ下でも17万人の雇用を増やしています。
   今日本の粗鋼の生産量は1億トンを維持するのが大変です。組立工場が海外に出ていき、部品工場がそれに続き、国内需要が縮小する中、鉄鋼業などの素材産業は“脱炭素”で最も被害を被っています。中国の粗鋼生産量は世界全体の56%となりました。小渕内閣の「日中共同宣言」(1998年)以降、日本は官民一体となって中国に投資をし、今の巨大な中国経済を作りました。日本は中国に強大なマーケットを作ることで、日本の輸出が増えると期待していました。しかし技術移転が進む中で、次第に中国は力をつけ、市場の優位性から日本企業を飲み込んでいきました。日・中の粗鋼生産量は逆転、その後、中国は世界で圧倒的なシェアを誇るようになりました。自動車生産は2009年、米・中の生産量が逆転し、中国が世界最大の生産国になっています。
第3節 国際環境の変化に呼応していない岸田内閣
   ロシアのウクライナ侵攻で世界経済は物凄い速度で変化しています。岸田内閣の経済諮問会議は5月16日、「骨太の方針」を発表しました。しかし国際環境の変化に呼応しておらず、「エネルギー安全保障」と「国民経済の防衛」の視点が欠けています。グリーンという名の中国支援策にかじりついています。世界は急速に脱炭素政策を修正し、環境より「国民経済」、「国民の暮らし」を守る視点に変化しています。円安で国内回帰が始まる中で、その波を生かしきれない政策を大変心配しています。
   今、「温室効果ガス46%削減」の目標は達成不可能です。前の菅政権の「ガソリン車廃止」という目標を軌道修正すべきです。小泉進次郎さんやマスコミは「自動車は全部EV(Electric Vehicle)化が必要である」と煽ってきましたが、これをすれば日本経済は吹っ飛んでしまいます。現実問題として、途上国はEVどころか家庭用電気が足りず、自動車はまだまだ内燃機関です。EVはグローバルマーケットの5〜6%にすぎません。ところが国と東京都は高額所得者が買うような外国のEVに、各60万円の補助金を出しています。日本の経済や雇用に貢献もなく、日本の自動車産業を弱体化させるため、国民の税金が使われています。また国民の年金を運用しているGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)は、資産の四分の一を外国株に投資していますが、日本企業に投資すべきです。
   ホンダは「2040年には新車をEVとFCVにする」と発表しました。しかし工場は中国です。栃木県の真岡工業団地の先行きは暗く、ホンダは2千人を超える希望退職者を募りました。ホンダのエンジン技術者は最高だと言われていますが、そうした人材を失うことは心配です。小池都知事は「ガソリン車を廃止し、全て電動車にして世界の潮流を牽引していく」と言っていますが、マーケットシェア1%の蜃気楼のようなEVの市場に、多大な経営資源を投入し、もし会社が傾いても、政治は経営責任をとってはくれません。困るのは日本国民です。トヨタの社長は「敵は炭素であり、内燃機関ではない」と言っています。国内の乗用車400万台が全てEVになると、原発はさらに10基必要となります。充電インフラコストは14兆円から37兆円が必要です。EV化の中で多くの雇用が失われ、世界一の日本の自動車ビジネスモデルが崩壊します。最初からガソリン車、ディーゼル車を禁止する政策で自らの選択肢を狭め、日本の強みを失うことになりかねません。自動車業界はEV技術にも着実に投資すると言っています。トヨタは12月14日「1千万台の内の350万台はEVを生産できるように準備する」と発表しましたが、これも需要があればの話です。レクサスは全車EV化する計画ですが、その他の車は水素、HV、EVなどマルチソリューションで対応するということです。
   世界でエンジンを設計、製造できる国は日本、アメリカ、ドイツの三か国のみです。自動車産業は内燃機関、エンジン、トランスミッションなどをこれまで大事に育て、それが日本の自動車産業の強みでもありました。それが電池とモーターに代われば、それらの最大の生産国は中国ですから、車の心臓部が「メイド・イン・チャイナ」となり、自動車産業の覇権は中国が握ることになります。日本は世界一排ガス規制が厳しい国で、これまで自動車産業は涙ぐましい努力をしてきました。過去20年間の自動車全体のCO2排出量の推移は、アメリカ+9、ドイツ+3、オランダ+3、フランス−1、イギリス−9、日本−23となっています。世界のCO2排出の3割は中国で、アメリカ14.7%、EU9.4%、インド6.9%、日本は3%です。気候変動の一番大きな問題は中国です。中国がしっかり対応することが解決策です。環境規制の一番厳しい日本で製造することは一番地球環境に貢献する方法です。日本政府の行っている政策は、日本から製造業を追い出す政策に他なりません。
第4節 自動車強国を目指す中国
   中国の国家戦略は2025年までに、次世代情報技術(5G、半導体)、省エネ・新エネ自動車、新素材など10項目で覇権を握ることです。日本の輸出品のトップ10の内、1〜4位を全部、「メイド・イン・チャイナ」にすることを目指しています。日本政府は半導体に8,000億円を出しますが、韓国は5年間で50兆円、アメリカも5兆円の予算を計画しています。山梨でルネサスが工場をオープンし、熊本にはTSMC(台湾積体電路製造)が来ますが、今の日本の産業政策で世界の競争力に太刀打ちできるのでしょうか。アフリカやインドに投資をして、日本国民に還元できるのでしょうか。
   中国はEVを作っていますが、自分の命を預けられますか。中国ブランドは世界で通用しません。NIOのEV車はアメリカで上場禁止となりました。宏光MINIはタイで火災事故を起こしました。京都の自治体が中国製の電気バスに予算を注ぎ込むと言いますが、政府は佐川が購入する中国のEV 7,200台に補助金を出す。国民に何のメリットがあるのでしょうか。内燃機関の軽自動車は70万円〜100万円で、中国のEVは120万円〜130万円です。国民の税金をつぎ込むメリットがあるのでしょうか。
   またロシアのウクライナ侵攻で1番影響を受けたのがEVです。リチウムイオン電池のニッケルが2倍、リチウムが7割、コバルトも6割値上がりして、EV1台当たりの電池は38万円の値上がりです。中国のEVは中国製のバッテリーを使うことが強要され、また資源大国の中国にバッテリー競争でなかなか勝てません。また現在、バッテリー資源の不足で取り合いです。全てEV車にするには、リチウム鉱山を20倍開発しなければ間に合わないということです。そのような中で、「EV 100%実現」という不可能な計画を立てる日本政府を非常に心配しています。アメリカのテスラの新型EVモデルが発火し、運輸規制当局が調査しています。ドイツの地下駐車場では条例でEVの駐車規制が始まりました。アメリカでもシボレー・ボルトのEVを15m離して駐車しなければなりません。EVは、解決できない問題が沢山あります。関越自動車道の大雪で大渋滞した場合、EVはどうなのでしょうか。日本は毎年440万台の自動車販売の内200万台が軽自動車です。地方の道路の83%が軽自動車でなければ、すれ違うことが出来ません。田んぼの畦道やオフロードで軽自動車が使われています。アイミーブ(三菱自動車)が電池を落とし火災を起こしたことがありましたが、落下した電池を再び装着すると発火の原因になります。
   小泉進次郎さんは「世界はEVに舵を切った」と言っていますが、今安いEVを中国から輸入しようと考えているメーカーは、リチウムイオン電池の高騰で苦労すると思いますし、マンション暮らしで、家で充電できない人はEVを買うのは止めた方がよいと思います。日本全国に急速充電器は3万基しかありません。サービスエリアで50KW、30分しか充電できず、大体1時間走れる程度です。1時間走り、30分充電では利便性が良くありません。中古車になっても値段がつきません。EVは成長産業ではありますが、課題も多いのが実情です。

第三章 亡国のエネルギー基本計画を変える
第1節 日本の産業用電力は世界一高い
   今の日本のエネルギー基本計画は、再生エネルギーで全体の38%を目指しています。しかしこれは日本を苦しめることになると思います。資源エネルギー庁は経済成長見通しで、2030年にGDPが662兆円まで伸びると見ていますが、一方でエネルギー消費については大幅に縮小すると予想しています。通常、経済が成長するとエネルギーの消費は上昇します。ましてEV化し、データセンターを日本に持って来るとなると、さらに電気が必要で、現実的にありえない数字です。日本から工場を全部なくせばエネルギー消費は減少するかもしれませんが、そうすれば経済は成長しません。
   そして一番の問題点が、日本の産業用電力が世界一高いということです。中国は日本の約半分、韓国はそれよりも安く、再エネの先進国であるドイツは1/3です。ドイツは経済を守るため産業用電力を安くし、その代わり家庭用電気料金が高くなっています。日本で製造業は、電気料金が高過ぎてコスト高で国際競争力がなくなり、立ちゆかなくなります。また日本の産業用電力は電力会社ごとに料金が違います。料金が一番安いのは九州電力、2番目が北陸電力です。九電は原発があり、北電は水力発電があるからです。
   なおFIT賦課金(再エネ賦課金)(FITは電気事業者が一定期間電気を買い取ることを義務付ける制度)は、産業用も家庭用も均等にかけられ、産業用電力がドイツの3倍なのは、ドイツでは再エネ賦課金を産業用電力にかけていないからです。他の国も同様の措置をとっています。日本も経産大臣の認可で免除できますので、そうすれば産業競争力は高まります。ちなみに自動車工場の電気料金は月5億円、製鉄所は月8億円かかっています。原発がストップして電力費用が25%上がり、FIT賦課金でさらに25%上がっています。電力費用がドイツ並みであれば、人件費も上げることができ、日本に工場が来て、設備投資も行われます。
第2節 将来の電力安定供給はできるのか
   日本の電力予測を見ますと、2030年、再エネ依存が増え、火力発電所の改廃が進み、原発も老朽化しています。原発が全て再稼働したと仮定しても電力料金が高騰することは間違いありません。そして2050年、原発のリプレースがなくなりますと、電力の安定供給リスクが高まることは間違いありません。新しい火力発電所を作るには8年、原発は30年かかります。このままエネルギー基本計画を変えなければ、電力の安定供給ができなくなります。風が吹かなければ電力がない。お日様が照らなければ電力がない。これでは安定した産業活動はできません。
   電力と水は産業の基本です。中国は「中国製造2025」で、原発を48基から100基体制にする計画です。フランスのマクロン大統領は14基の原発を新設することを決めました。日本の原発稼働は現在9基のみです。FIT賦課金が年々拡大し、2010年から2022年までに産業用電力料金は70%も上がっています。いろんなところに補助金を出すより、電力料金やガソリンなど生活必需品を安くすることが一番の減税効果です。
   電力料金やガソリン価格が上がっていますが、ロシアのウクライナ侵攻によるものではありません。ロシアに依存しているエネルギーの割合は、石油4%、天然ガス9%、石炭11%と案外高くありません。日本はエネルギー自給率11%と、G7の国と比べ極端に低い国です。電力の安定供給において、アメリカやカナダはエネルギーの自給率が100%を超えていますし、ヨーロッパは隣国から電力を買えますが、日本は島国でそれができません。世界のエネルギー生産におけるロシアの位置づけを見ますと、石油の生産割合は世界全体の12%、天然ガスは17%と結構大きく、燃料炭やコークス用の原料炭は日本にも結構入っています。油田、天然ガス田で有名なサハリン1、サハリン2は、中国に権益を取られないように、戦後のことも考えて対応する必要があります。ジャパン・ファーストで、国民の経済が一番大切です。感情的にはロシアを断じて許せませんが、日本のために何がベストか、国民経済の視点から考えなければいけないと思います。
第3節 エネルギー基本計画の見直し
   今の日本のエネルギー基本計画では、2030年の発電電力量の36%〜38.8%を再エネにする計画ですが、これを見直す必要があります。現在は電力量の20%が再エネで、そのうちの8%が太陽光発電です。2019年3月現在の太陽光認定容量は9,330万kWで、この設備がフルに稼働した場合は全体の約18%となります、このペースで太陽光発電が導入されますと8年後の2030年には全体の30%になります。その買取価格が5兆円です。日本の国防予算と同一です。安定的な電力の供給にもならず、FIT賦課金はますます上がります。電気料金もますます上がります。
   さらに安全保障上のリスクもあります。岩国基地のそばに上海電力のメガソーラーができておりますが、電力や水というインフラを外資に握られることは日本の発展につながらず、ましてロシアや中国の管理下になることは、国の安全保障上非常に危険です。また長崎では洋上風力が稼働しますが、これも中国などの外資になったら大変です。海上保安庁や海上自衛隊は非常に心配しております。
   太陽光パネルは8割から9割が中国製です。しかも新疆ウイグル自治区で作っているものが半分です。 G7で中国をサプライチェーンから外していこうと約束したにも拘わらず、日本のSDGs(持続可能な開発目標)やESG投資(環境、社会、ガバナンスを重視する投資)の観点から見ますと、ウイグルでつくられているものが沢山入っています。それを曖昧にして補助金をつけ、年金資金を投資して、中国経済を巨大にしているのは日本政府です。
   太陽光は今61.6ギガワット(GW)が発電されていますが、政府はこれを2030年に110GWまでもっていこうと考えています。10GWの太陽光発電のためには1万ヘクタールの面積が必要です。小泉さんの選挙区、横須賀市を全部太陽光パネルで埋め尽くして10GWで、それが5つ分必要なわけです。補助金を出して日本の国土を売り渡し、高い電力料金を支払うとしたら、こんな馬鹿々々しいことはありません。電力料金を安くして日本経済を復活させることを考えていただきたいと思います。大阪のある中小企業の社長さんが十数年前に中国の技術指導に行き、中国の研究機関の人から、中国は大きなニワトリで日本はミミズであるという地図を見せられたそうです。日本は中国が餌にするミミズになり飲み込まれて良いのでしょうか。

おわりに
   産業は国家安全保障上の要です。令和の日本は国民経済の立て直しが必要だと思います。政治家は国民が夢と希望の持てる国家目標を掲げ、少子高齢化を言い訳にして、逃げてはいけません。明治以来培ってきた日本の経済基盤が、中国に飲み込まれることを食い止めなければなりません。日本の未来のために、この屋台骨を支える製造業が国内でモノづくりが続けられるよう、みんなで応援しなければなりません。地方経済が発展するためには日本でモノづくりの現場があって発展するのです。そのためには電力問題をもう一度考え直す必要があります。

質疑応答
「質問1」

  TSMC(台湾積体電路製造)が熊本に来るのは、4、5千億円と言われる補助金があるからですか。

「回答1」

   TSMCについで、その関連20社が台湾から来ます。ロシアのウクライナ侵攻の進捗を習近平は注視しているといわれています。中国は台湾統一を諦めておらず、台湾有事は日本の安全保障ともリンクしております。日本は台湾と歴史的なつながりがありますので、今後台湾企業の中には日本をバックアップ基地として検討する会社はあるでしょう。TSMCは、総合的な判断で日本に来るのです。もちろん補助金を出すこともあります。


「質問2」

  関西電力の電気料金が非常に上がっています。早く原子力を動かし、小規模な原子力も増設することが必要だと思います。原子力規制委員会がテロの防衛措置をとるまで原子力を動かさないのはナンセンスと思いますが、如何でしょうか。

「回答2」

   おっしゃる通りです。日本の原子力の人材は、小型原発の技 術者含め、今はまだ豊富におりますので急ぐべきです。なおFIT賦課金制度は止 めたが良いと思います。これが皆さんの電力料金を圧迫しています。


「質問3」

  中国がロシアの資源を抑えた場合、中国に対抗する具体策はあるのでしょうか。

「回答3」

   ウクライナが世界から支持を集めているのは、国民が自国を守り続けるという意志があるからです。日本も国民が自ら国を守るという気持ちをもたないと、アメリカが守ってくれるかどうかわかりません。また政治家は少子高齢化を理由に逃げていると思います。国民に痛みを強いたとしても、未来のために頑張ろうということが大事で徹底的に議論する風土が日本にありません。今円安で産業構造を変えるチャンスです。中国の内陸部は水が足りませんが、日本は水が豊富で工業用水に恵まれています。地方自治体も地元のインフラ整備に投資して、企業の誘致を考えればもっと良くなります。外国企業の誘致のため補助金を出し、そこから新しい技術が生まれるかもしれません。外国の良いものを取り入れ、研究機関を日本に誘致する。そのようにして明治は発展しました。また人材育成といった未来への投資も行うべきです。


「質問4」

  今の政治家は国家の視点でものごとを考えているのでしょうか。北朝鮮の拉致事件では13歳の少女一人助けられない。こんな国が独立国家ですか。国を守る教育を基本から教えるべきです。先生にはその先導役になっていただきたいと思いますが。

「回答4」

   今憲法改正という大きなうねりが来ていると思います。しか し国では未だにレッスン1ぐらいの議論しか行われていません。これだけ世界情勢 が変っている中で、日本が侵略された場合を想定した、国民の生命と財産を守る具 体的な議論が必要です。今中国から1,000発のミサイルが日本に向けられ、迎 撃すためには倍のミサイルが必要ですが、自衛隊には200発ぐらいしかありませ ん。ロシア、中国、北朝鮮に囲まれている日本は、憲法改正を先延ばし出来る時代 ではないと思います。


「質問5」

  太陽光パネルの耐用年数と廃棄するときの負荷を教えていただきたい。

「回答5」

   太陽光パネルは20年で事業者が廃棄しなければならないこ とにっていますが、本当に事業者が廃棄するかどうかはわかりません。先日の大雪 で破したメガソーラーは全く修復されていません。材料のポリシリコンは環境にも 人体も有害です。環境省は廃棄についての対応をこれから検討すると言っていまし た。題は非常に大きいと思います。


「質問6」

  世界遺産登録での韓国の反対と、佐渡の登録の見通しをお聞かせ下さい。

「回答6」

   明治日本の産業革命遺産は、先ず文科省は反対でした。前川 喜平務次官も政府推薦を受けた後も「こんなもの通りっこない」と仰っていたそう ですしかしICOMOSの審査員は、23の構成資産の一括登録を勧告しました。 この合、世界遺産委員会は自動的に判を押すのが普通です。しかし韓国政府は審査 委員にアプローチしてはいけないにも拘わらず、全ての審査員へ反対運動を行いま したこの反対するエネルギーは物凄いものでした。私どもは、1850年から 190年の幕末、明治にかけての産業革命をテーマにしました。1909年当時日本にいた朝鮮半島出身者(大韓帝国国民)は統計では790人でしたから、韓国政府は1910年から1945年の第二次大戦中が重要であると、全く世界遺産とは関係ないところで戦ったわけです。ボンの会議で韓国の市民団体の出した資料「盗まれた国」、「拉致された人々」では、軍艦島(端島)が表紙になっており、「目覚めよ、ユネスコ」、「目覚めよ、世界」、「人類は良心の呵責に耐えられるのか」という資料を配っていました。また一回も端島に行ったことのない日本人活動家が「端島は地獄島である」と謝罪し、「戦後1,200人が引き揚げる時に、朝鮮半島出身者は端島の炭鉱に閉じ込めて爆発させて殺した」と南ドイツ新聞は書いてデマを流しました。調べたところ、端島では戦前、27人が亡くなった炭鉱事故はありました。しかし、戦時中も端島では安全が優先され、事故がおこらないように細心の努力をしてきました。それを殺すなどということはありえません。端島には九州各地から人が集まってきましたが、本当に仲が良く、賃金体系は職階による能力給、住居も同様で非常に公平な社会でした。それにも拘わらず、端島はナチスドイツのアウシュビッツのような強制収容所であるとプロパガンダがなされました。一番情けないのは日本の外務省がそれに反論しないことです。また朝日新聞は2020年7月9日の社説『世界遺産対立 負の歴史見つめてこそ』で「朝鮮半島出身者の労務動員に暴力を伴うケースがあったことや過酷な労働を強いたことは当時の政府の公文書などで判明しており、日本の裁判でも被害事実は認められている」と書きました。そんな公文書や裁判は一切ありませんでしたので、抗議を申し込んだところ「一般論です」という回答でした。大変失礼な話です。具体的な事実がないのに、端島の元島民は大虐殺をしたかのように言われたわけです。これは島民の人権にとっても由々しきことだと思いました。
   佐渡の世界遺産登録については、歴史問題よりも先に遺産がユネスコの世界遺産の基準に合致しているかどうかが審査されます。私は佐渡で朝鮮半島出身の方にインタビューしたことがありますが、その人は元々朝鮮半島の役所にいて、その後三菱に入社します。当時の様子を教えて頂きましたが、労働条件も職種、職階や経験、能力、によって決まっていて、給料には差がなかった、とはっきり言っていました。三菱の場合は社長通達が出ており、給料は朝鮮半島出身者も日本国民として同じ条件で働いていました。戦時中、軍事産業や炭鉱は経済を支える大切な事業所で、配給も特別にあり、食事はよかった、と言っていました。もちろん日本の炭鉱全部にそれが言えるかどうかはわかりませんが、佐渡はそういう状況だったようです。


   以上は、産業遺産国民会議 専務理事 加藤 康子氏の講演を、國民會館が要約、編集したものです。文章の全責任は國民會館が負うものです.。

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