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評論家    石 平 氏 『中国の経済・政治情勢と新しい冷戦の展開
〜ポストウクライナ戦争の国際情勢を踏まえて〜』

武藤記念講座(講演会事業)

第1092回武藤記念講座要旨

    2022年8月6日(土)
    於大阪「國民會館 武藤記念ホール」
    評論家
    石 平 氏
 『中国の経済・政治情勢と新しい冷戦の展開
    〜ポストウクライナ戦争の国際情勢を踏まえて〜』


セミナー





はじめに
   本日予定していたテーマは「中国の経済・政治情勢と新しい冷戦の展開」でしたが、8月2日から3日にかけてアメリカのペロシ下院議長が台湾を訪問し、それに反発した中国が4日から台湾周辺で大規模な軍事演習を行い、さらに中国から発射された5発のミサイルが日本の排他的経済水域内に着弾したという、とんでもない事態が起きていますので、まずこの件から話を進めていきたいと思います。

第一章 ペロシ米下院議長が台湾訪問した経緯
第1節 バイデン大統領の問題発言
   アメリカのペロシ下院議長の台湾訪問に対して、中国が憤慨し、反発しているように見えますが、ペロシ議長を台湾訪問に追い込んだのは習近平自身です。その経緯について説明しますと、7月18日、ペロシ議長がアジア歴訪の一環として台湾を訪問すると最初に報じたのはイギリスの新聞でした。ペロシ議長自身はそれまで台湾を訪問するとは一言も発言していません。翌日、中国外務省の報道官は一応、ペロシ議長が台湾を訪問することに反対する姿勢を示しましたが、それほど激しい反論ではありませんでした。ところが7月20日、バイデン大統領は、ペロシ議長の台湾訪問に対しては、「アメリカ軍は良い考えだと思っていない」と記者会見の場で発言したのです。バイデン大統領自身がペロシ議長の台湾訪問に否定的な態度をとって、アメリカ軍がペロシ議長の台湾訪問に消極的であることを公にしたのは非常に大きな問題でした。アメリカ軍がペロシ議長の台湾訪問を良く思っていないのであれば、バイデン大統領が内々にペロシ議長に電話で伝えればよかったのです。それを記者会見の場で言ったことで、習近平に間違ったメッセージを送ってしまったのです。中国側は、アメリカ政府がペロシ議長の台湾訪問を支持していない。政府と議会の間に考え方の違い、意見の不一致があると受け止めます。もう一つ、アメリカ軍も支持していないということは、アメリカ軍が及び腰であると受け止めるのです。その瞬間に習近平は、今回強硬姿勢で臨むと決めたのです。相手が弱さや隙を見せると、それに付け込むのは中国共産党指導者の習性です。今回はペロシ議長が個人的に台湾を訪問したいだけだから、ペロシ議長やアメリカに強い圧力を掛ければアメリカは絶対折れるだろうと思い、そうなれば、習近平にとっては外交的大勝利になると考えたわけです。今年、習近平は3期目の続投を目指しているので、追い風にしたい。バイデン大統領の発言で習近平は強硬姿勢に転じたのです。
第2節 アメリカに対する中国の恫喝
   バイデン大統領の発言の日から数日間にわたって、中国側は内密に外交ルートを通じてアメリカ政府に圧力を掛けました。しかもペロシ議長がもし台湾訪問するならば中国側は軍事的手段で対応すると恫喝したのです。非公式にもアメリカに対し軍事恫喝するのはとんでもない話です。アメリカ政府の内部からのリークで、イギリスの新聞社が、中国が外交ルートを通じてアメリカに対し軍事的対応をするという話をしたと報道して、軍事恫喝の話が一気に明るみに出ました。その時、中国政府に多少の冷静さがあれば、イギリス紙の報道を否定することも出来ますし、また否定も肯定もせず無視するという外交姿勢もありました。しかし報道された25日、中国外務省の趙立堅報道官は、もしペロシ議長が台湾を訪問するならば、我々は厳重に陣を構えて待つという意味の「厳陣以待」という四文字熟語を使って、軍事恫喝の話を肯定しました。さらに翌26日には、中国国防省の報道官が、ペロシ議長の訪台に対して中国軍は絶対「座視」しない。対抗措置をとる、という重大発言をしました。政府が対抗措置と言えば、外交的対抗措置、経済的対抗措置と様々な解釈が出来ますが、軍が「座視しない」と言えば、軍事手段をとるという解釈以外ありません。アメリカは世界最強の軍事大国です。そのアメリカに中国が堂々と軍事恫喝を行ったのは前代未聞のことです。中国がそれほど自信過剰になったかと私自身も驚きました。この発言が出たので、ペロシ議長の台湾訪問は100%決まってしまいました。ペロシ議長も、アメリカ政府も、台湾訪問を実現する以外の選択肢がなくなりました。もしペロシ議長が台湾訪問を中止すれば、アメリカは中国の軍事恫喝に平伏すことになってしまいます。その瞬間に世界の覇権は完全に中国に移ってしまいます。世界中がアメリカを信じなくなります。あの瞬間にペロシ議長も、バイデン大統領も、アメリカ政府も、どんな事があっても絶対台湾へ行かなければならないと腹を決めたのです。アメリカは普段、様々な意見があり、色々な人が、色々と勝手なことを言いますが、一旦外敵がアメリカに脅威を与えたり、恫喝したりすれば、一瞬の間に団結し結束します。「真珠湾」や「9.11」の時と同じです。あの日からバイデン大統領はペロシ議長の台湾訪問に対し、否定的なことを一切言わなくなりました。あの日からアメリカ軍は着々とペロシ議長の台湾訪問のため準備を始めました。ペロシ議長の安全を守るため空母を派遣し、戦闘機を派遣しました。
第3節 米中の情報の覇権争い
   最早、ペロシ議長の台湾訪問は自分の問題ではなくなってしまいました。自分が行かなくなれば、アメリカの国家の威信が地に落ちてしまいます。ペロシ議長は自分から台湾訪問のことを一度も公表していません。周りが勝手に騒ぎ立て、中国がアメリカへ軍事恫喝したため、ペロシ議長が台湾訪問を中止すると、アメリカの名誉が完全に傷つくことになります。そのためアメリカはペロシ議長の台湾訪問を着々と準備しました。中国側はペロシ議長の台湾訪問を阻止出来ないと覚悟し、7月28日、以前から予定していたバイデン大統領と習近平の電話会談を行いました。バイデン大統領は中国に対し、アメリカの台湾政策に変更はない。しかし台湾の安定と平和を損なう行為に対しては断固として反対すると警告しました。習近平が、ペロシ議長の台湾訪問を取り止めることを求めると、バイデン大統領は、アメリカは三権分立であり、議会の議長のすることを政府が止めさせることは出来ないと習近平に民主主義のレクチャーをしたのです。それで習近平は「玩火自焚」という捨て台詞を言ったのです。つまり、私は別に何もしなくても良い。そんなことをすればあなたが自分で火傷するというニュアンスです。これは相手との喧嘩に負けそうになり逃げだす時の言葉です。この言葉で習近平が阻止するのを諦めたと分かりました。30日、人民日報は米中関係に関する論説を二つ出しました。一つが米中関係は健全なる軌道に乗せ発展させる。もう一つが米中関係はこれから双方の意思疎通を図って誤った判断を避けるという論説です。二つとも米中関係を良い方へ改善しようというニュアンスになっています。この時点で中国はペロシ議長の台湾訪問を阻止する事は出来ないと覚悟を決めました。しかしペロシ議長の台湾訪問が現実になると習近平の面子の問題があります。アメリカに軍事恫喝をかけて、中国の愛国青年達は興奮状態になっています。環球時報の前編集長である胡錫進は、ペロシの飛行機が台湾上空に入ったところで我々解放軍の戦闘機が着陸出来ないようにする。いっそのことこれを撃ち落とすとネットでツイートし、愛国青年達はそれを信じて疑わないのです。しかしそんなことをすればアメリカと全面戦争になります。そこで30日、中国軍はパフォーマンスとして、福建省の平潭島周辺で実弾の軍事演習を行いました。そして、8月2日夜予定通り、ペロシ議長は何の妨害を受けることもなく台湾に着陸しました。結局、失望した愛国青年の攻撃対象は中央政府になり、一番火傷したのは習近平でした。当然中国政府は国内的に何とかしなければならず、ペロシ台湾訪問が始まった時点から中国政府は一連の外交パフォーマンスを行います。まずアメリカの大使を呼びつけて抗議し、外交部は抗議声明を発表しました。さらに4日から7日まで台湾周辺で大規模な軍事演習をすると発表しました。4日というのは、ペロシ議長が台湾から安全に離れた翌日で、明らかにアメリカに配慮しています。要するに軍事演習の矛先はアメリカではなく、台湾を虐めるためです。アメリカへの軍事恫喝が失敗に終わり八つ当たりする。習近平の面子を挽回する卑劣なやり方です。それがペロシ議長の台湾訪問までの経緯です。

第二章 ペロシ議長の台湾訪問から見えてきた中国の本質
第1節 中国に対処する鉄則
   今回の事態を招いた教訓は、先ず習近平につけ込む隙を与えてはいけないということです。バイデン大統領が、ペロシ議長の台湾訪問に対しては、アメリカ軍は良い考えだと思っていないと、アメリカ軍の考え方を中国に教えたことで、習近平は強硬態度に出て、軍事的恫喝を行ったわけです。事態を大きくした責任の一端はバイデン大統領にもあります。また、それを聞いた習近平が増長し、身の程もわきまえず、アメリカに軍事恫喝をしたことも大きな間違いです。これでペロシ議長は絶対に台湾を訪問せざるを得なくなりました。ここまでの経緯から、中国がどのような国なのか分かって頂きたいのです。今の習近平に弱さや隙あるいは内部の意見の違いを絶対に見せてはいけないのです。隙があると絶対に付け込んできます。逆にアメリカ政府が団結して対処すれば、習近平の方が折れてくるのです。中国に対して弱腰を絶対みせない。弱腰を見せると深刻な事態を招くというのが鉄則です。今回幸いペロシ議長が台湾訪問を決行しましたが、もしペロシ議長が個人的な理由で台湾へ行けなくなったとしても、アメリカが中国の軍事的恫喝に屈したと判断し、これに味をしめて、次は本気で台湾進攻を実行します。今回ペロシ議長が台湾を訪問したこと自体は、台湾を守る上で非常に大きな意味がありました。日本の一部マスコミは、ペロシ議長が台湾を訪問したことで困難をもたらしたと言っていますが、全く逆で、台湾に行かなければ確実に「台湾有事」になっていました。
第2節 失敗した習近平のアメリカ恫喝
   中国はペロシ議長の台湾訪問の段階から台湾虐めを始めました。台湾から百数十品の商品の輸入を止め、ペロシ議長とその親族に制裁を加えました。しかしそれらはパフォーマンス的なものであって、大した意味はありません。
   一番気になったのは軍事演習です。一応アメリカとの正面衝突を避け、4日から7日までの予定です。本格的な演習を行ったのは4日で、9発のミサイルを発射しました。5日、6日はさほど大した動きはありませんでした。4日の軍事演習は12時過ぎに始まり、15時46分に中国東部戦区は、ミサイルの実弾の撃ち込みは円満に任務を達成したので終結するという宣言を出しました。軍事演習が始まった当日にミサイルの発射演習は終わったと宣言をし、その後ミサイルは発射していません。何故そんなに早く終結宣言を出したのか様々な説があります。一説では、中国はミサイルを発射した時点で、ミサイルがどこまで撃てるのか、どこから撃つのか、アメリカ軍や台湾軍の目の前に晒したことに気が付いたからだということです。もう一つの説は、5発のミサイルが日本の排他的経済水域内に落ちたからです。今アメリカと対立し、台湾と緊張している中で、中国が日本を挑発する意図があるか疑問です。中国のネット上では、ミサイルの精度がお粗末で、予定のコースを外れ、半分が日本の水域に落ちてしまった。直ぐにミサイルの発射を止めた、ということが出ています。最初は台湾周辺の水域の定められた目標に向かって発射したのですが、半分が外れた。もし落ちたところが更に外れて、本当に台湾領土に落ちると戦争になる。あるいはアメリカ基地に撃ち込むと米中戦争になります。そのため中止したという説です。しかし中国政府はミサイルの精度がお粗末でコースから外れたとは絶対認められません。だから日本の排他的経済水域に落ちても、間違って撃ち込んだと言えば、自分達のミサイル技術がお粗末だということを認めてしまうことになる。そこで中国政府は逆切れして、そもそも日本の排他的経済水域はないと言ったのです。おそらくミサイルの問題はこの程度の問題です。習近平政権は軍事演習で面子を挽回し、愛国青年達を慰めることができれば、今回の事態を早く忘れて欲しいのです。習近平達の屈辱を思いだすからです。中国のアメリカに対する軍事的恫喝は失敗に終わりました。一応習近平も面子を自分なりに立てました。ペロシ議長にも制裁を発動し、来週からは中国共産党政権はこの話を過去の話にしようとします。これから中国は北戴河会議があり、秋の党大会で、習近平続投などの権力闘争がありますので、習近平政権は緊張した状態で党大会を迎えたくない。沈静化を図ると思います。
第3節 破壊された日中関係
   日本の排他的経済水域にミサイルが落ちたことで、日中関係は話し合いの余地がなくなり、完全に破壊されました。これまで岸田政権はペロシ議長の台湾訪問について曖昧な態度とってきました。林外相が同盟国の下院議長の台湾訪問という国際的な大事件にコメントしないことはありえません。これまで日本は常に中国を刺激することを避け、中国の軍事演習に抗議すらしません。日本が中国を刺激しないよう配慮しても、中国はやりたい放題です。中国はミサイルが日本の排他的経済水域に落ちても絶対に謝りません。むしろ逆切れして日本の大使を呼び抗議する。本来日本が抗議すべきで、加害者が抗議するとはとんでもない話です。しかも公然と日本の排他的経済水域の存在を否定する。もし岸田政権が中国と対話するならば二つの解釈しかありません。一つは岸田政権が能天気であるか、もう一つは媚中派である、どちらかです。日中関係は完全に話し合いの基礎を失いました。中国は西側のG7やEUと対立し、中国の軍事演習を批判すると逆切れし、EUとも喧嘩しました。さらにカンボジアのプノンペンで開催された東アジアサミットでは、王毅外相が各国と喧嘩して、晩餐会を蹴って帰ってしまいました。中国は完全に国際的に孤立しています。中国の立場を支援しているのは、ロシア、イランという侵略国家しかありません。今回のペロシ議長の台湾訪問から軍事演習の一連の動きの中で、故安倍元首相が述べた「台湾有事は、すなわち日本有事である」ということが見事に証明されました。ミサイルが日本の海に落ちてくる。台湾戦争になれば日本にとってどれほど深刻な問題なのか、この数日間の動きを見れば分かると思います。恐らく、台湾有事は日本だけの問題ではなく、EUやアメリカにとっても深刻な問題です。今後中国と世界の対立は、まさに台湾が基軸になることが明確になりました。今回のペロシ議長の台湾訪問で台湾人は非常に元気づけられました。日本人は、中国が台湾周辺であれ程の軍事演習をして、台湾は大変だろうと思うでしょうが、台湾人は非常に冷静です。台湾国内で悪いことは一切起きていません。株価も落ちていません。中国共産党のやる事に台湾人はもう馴れています。台湾人は今回の一件でむしろ自信をつけました。信じられないのは、岸田政権が、日本の排他的経済水域内にミサイルを撃ち込まれても、中国の大使を呼び出し、抗議しないことです。中国に対する弱腰は、逆に困難な紛争の拡大を招く結果になります。

第三章 インド太平洋地域の歴史的大変化
第1節 「インド太平洋」で出来上がる対中包囲網
   2020年にコロナが発生し、2年半が経過しました。その間に日本周辺あるいはインド太平洋地域を取り巻く国際情勢は歴史的な大変化が起きています。インド太平洋地域ではヨーロッパの国々まで参加する形で世界的な対中包囲網が出来上がりました。この包囲網の産みの親が、まさに先日奈良で暗殺された安倍元首相です。2020年9月、日米豪印の4か国の外相会談が東京で開催され、4か国が連携して自由で開かれたインド太平洋を守るという宣言を出しました。そして去年9月と今年5月の2回の4か国首脳会談により、対中国連携の枠組みである「クワッド」が出来上がりました。更に去年11月、アメリカ、オーストラリア、イギリスの3か国が連携し、主に南シナ海を中国から守るという枠組み「AUKUS(オーカス)」が出来ました。また去年6月、イギリスでNATOの首脳会議が開催され、歴史的な共同声明が出されました。NATOは旧ソ連の脅威から西ヨーロッパを守るために作られた軍事同盟です。本来中国のことは視野に入れていなかったのですが、今回の共同声明では中国を名指しで批判しました。しかも中国の野望と行動は、ルールに基づく我々の国際秩序に対する構造上の挑戦と位置づけました。NATOが中国を脅威であると位置付けたことは歴史的な大事件です。NATOは最早西ヨーロッパだけでなく、インド太平洋、南シナ海全体を守備範囲にするという大変革です。今年6月のNATO首脳会談では、日本の首相、韓国の大統領が招かれました。しかもNATO加盟国のドイツ、フランス、イギリスの3か国は海軍を日本周辺の海に派遣してきました。フランス海軍は去年4〜5月に海上自衛隊、米軍と共同訓練を行いました。ドイツ海軍は去年11月に来ました。またイギリス海軍は最新鋭空母クイーン・エリザベスを中心とした空母打撃軍を南シナ海周辺、台湾、日本周辺の海に半年間に亘って派遣しました。イギリスの空母打撃軍は中国と一戦交えても構わないということで来たのです。イギリスが反中の急先鋒になったのは、習近平政権が徹底的に香港を虐めたからです。この1年間、イギリス海軍、フランス海軍、ドイツ海軍が来て、日本の海上自衛隊、アメリカ第7艦隊、インド海軍、オーストラリア海軍と連携し、海からの中国包囲網は見事に出来上がりました。クワッドとオーカスが出来たことにより、日本は非常に重要な役割を期待されることになりました。しかも今回は、日米同盟が対中国の最前線に立つのではなく、NATOまでもが矛先を中国に向けたということです。NATO、クワッド、オーカス、日米同盟と対中包囲網が出来て、習近平政権は手も足も出なくなると思いました。ところが今年2月に入り、状況が大きく変わりました。ウクライナ戦争が起こり、今後の国際情勢は混沌としてきました。
第2節 ウクライナ戦争に対する中国の関わり方と思惑
   プーチンのウクライナ戦争に対する中国の関わり方を結論的に言えば、習近平は最初からプーチンを支援する立場を取っていたということです。今年2月4日、北京で冬季オリンピックの開幕式が開催されましたが、世界の先進国首脳は、ウイグルの人権抑圧(ジェノサイド)に対する外交的ボイコットで出席を拒否しました。2008年の北京夏季オリンピックは、アメリカ大統領、フランス大統領、日本の首相、オーストラリアの首相と多くの西側首脳が開幕式に出席しましたが、今回は韓国の国会議長とシンガポール大統領以外誰も出席しませんでした。その中で唯一習近平の面子を立て参加した大国の指導者がロシアのプーチン大統領です。プーチンはウクライナ侵略を計画していましたので、北京に来た最大の目的はウクライナ戦争の支持を習近平から取り付けることでした。習近平とプーチンの首脳会談後の共同声明では、中国側が初めてNATO拡大に反対するロシアの立場に理解を示し、ロシアを支持する態度を表明しました。NATO拡大阻止のためには戦争も厭わないというロシアの立場を支持したのです。また共同声明では、中国側はこれから数年間、ロシアからの天然ガスの輸入を大幅に増やすことを約束しました。実はウクライナ戦争を始める前に、ドイツやアメリカは天然ガス輸入のカードを使い、プーチンに圧力をかけていましたが、このタイミングで中国がロシアの天然ガスの輸入を増やすと言ったのでこのカードは効力を失い、プーチンにとって大きな助けとなりました。さらに共同声明では、今後の中ロ関係について注目すべきことが二つありました。一つは、今後の中露関係は無上限の関係に持っていくことを合意しました。レベルはどこまでもアップできるということです。もう一つは、今後の中露関係は立ち入り禁止区域のない関係である。要は軍事同盟ということです。習近平がロシアを完全に支持していることは明らかです。これでプーチンは非常に心強くなり、ウクライナ侵略を最終的に決断した可能性があります。プーチンはロシアに戻ると、習近平の面子を立て、北京五輪の閉幕を待って、2月24日にウクライナへの侵略を始めました。その当日に、中国の王毅外相はロシアのラブロフ外相に電話をかけ、中国はロシアの安全保障に対する懸念を理解すると言っています。しかも、中国はロシアからの小麦粉の輸入を全面的に開放すると宣言しました。あの時点で、習近平はプーチンの戦争を後押しする立場になり、プーチンの戦争の加担者になったのです。
第3節 中露の「悪の枢軸」結成により最大の危機を迎えた日本
   習近平がプーチンの戦争を支援するのは、一つは、昨年末までに対中包囲網ができて大変な圧力を感じていたからです。習近平からすれば、ロシアがヨーロッパで戦争すれば、当然西側はかなり大きな部分をプーチンに対処しなければならない。そうなると中国に対する圧力や包囲網は自ずと緩めることになると考えたからです。実際に習近平の思惑通りになりました。もう一つが台湾です。いずれ習近平は台湾併合戦争を行うつもりです。プーチンの戦争を支援すれば、台湾戦争の時にはプーチンが中国を支援すると期待していたのです。おそらく当時、ロシアのウクライナ侵攻は、プーチンも習近平もすぐに終わると思っていたはずです。ロシア軍があれほど苦戦を強いられると思わなかった。彼らの最大の誤算は、ゼレンスキー大統領が国外へ逃げず、中核になって抵抗を始め、その結果世界全体が一致団結してウクライナを支援したことです。2月から始まった戦争は8月になってもまだ終わりません。今後いつまで続くか全く分かりません。ウクライナがすぐに占領されてしまえば、おそらく習近平は台湾に手を出していたかもしれません。しかしウクライナ人があれほど抵抗したことで、習近平は台湾進攻が簡単にできないと分かったはずです。これは幸いなことでした。しかし今後日本にとって警戒すべきこと、現実になりつつあることは、ウクライナ戦争の収拾がつかず、ロシアが弱体化していくと、結果的に中国とロシアの一体化がますます進んでいくということです。西側はロシアに未曾有の経済制裁を発動し、ドルの決裁体系から追い出しました。ロシアは世界の国々と商売ができず、経済はじり貧となり、中国に依存する以外になくなります。いわゆる人民元の経済圏に組み込まれ、いずれロシアは経済的に中国の属国になるしかありません。そうなると中露両国は立ち入り禁止区域のない関係、いわゆる全面的な同盟関係に発展し、中露の「悪の枢軸」が出来上がる可能性が十分あります。更に台湾問題で西側との対立がますます深まれば、中国がロシアと同盟を結ぶ意欲はさらに高まるということです。今後プーチン政権が潰れると、まだロシアと西側が和解する道は残っていますが、プーチンがいる限り和解する道はありませんので、プーチンのロシアと西側の対立は長期化します。またもう一つ、プーチンがNATO拡大に反対と言って戦争を始めた結果、逆にスウェーデンもフィンランドもNATOに加わり、NATOが拡大化してしましました。今後プーチンにとってNATOは越えられない高い壁になってしまい、ロシアが西側に向かい進出することはもう無理です。諦めるしかありません。そうなると今後ロシアの矛先は極東に向かう可能性があります。昔、帝政ロシアが日本に向かってきたのと同じ状況です。実際今年に入り、ロシア海軍と中国海軍が日本周辺を航行し、ロシア空軍と中国軍が日本周辺を共同飛行しました。要するに中露の「悪の枢軸」が一緒になって矛先を日本と日本周辺に向けて来るということです。それに北朝鮮が加わると更に厄介です。中・露・北朝鮮という「やくざ国家」が日本の周辺に揃います。日本にとって、中国に対処するだけでも大変なのに、中露が一緒になると、国防上、大変深刻な問題となります。早速、ロシアの有力議員が「そもそも北海道はロシアのもの」と言い出しました。ロシアが北海道を狙い、中国が尖閣周辺を狙う。日本にとって最大の危機を迎えました。
第4節 台湾有事の危険性と日本への影響
   中国は今回の軍事演習が終わった後、ある程度沈静化していくかもしれません。国内政治的には北戴河会議があり、秋の共産党大会で習近平の続投が決まる流れです。習近平政権は今後5年間、3期目に入りますが、この3期目に、台湾に侵攻する可能性が非常に濃厚です。台湾問題の経緯を簡単に振り返えると、戦前台湾は日本の一部でした。しかし1945年、日本が敗戦で台湾を放棄し、当時中国大陸を統治していた中華民国が台湾を接収、台湾省となりました。しかし1949年、中華民国政府は共産党反乱軍との内戦に敗れ、中華民国の国民党政府は追い出され、丸ごと台湾に移りました。それ以来台湾にあるのが中華民国です。したがって台湾は正式な国名ではありません。一方大陸で1949年に出来たのが中華人民共和国で、今の習近平の中国です。それ以来、台湾海峡を挟んで事実上二つの中国が今まで並立して来ました。もちろん大陸の中国は台湾の中華民国を認めません。彼らは敗れた国民党の残党で、そういう意味では中国からすれば内戦がまだ終わっていないのです。台湾はあくまで自分達の領土だと主張するのです。しかし実は今の中国は台湾を統治したことは一度もありません。それでも毛沢東時代から台湾を併合することは中国共産党政権の国是、基本方針です。毛沢東時代は台湾解放と言っていましたが、当時の人民解放軍には台湾に上陸する海軍力も空軍力もなく、スローガン倒れとなっていました。ケ小平時代になると、軍事力ではなく、平和的に統一する。すなわち香港式の一国二制度で台湾を統一すると言い出しましたが、結局これも実現できませんでした。今の習近平政権になり、この一国二制度による台湾併合統一は完全に不可能になりました。習近平自身が香港の一国二制度を滅茶苦茶に破壊したからです。台湾人は一国二制度を信用できなくなりました。そうなると中国に残された唯一の選択肢は軍事力で併合する以外にないわけです。習近平は2期目になると、軍を視察するたびに必ず「戦争の準備を整えよ」と指示しました。一国の指導者として異常です。もし岸田首相が自衛隊を視察し、戦争の準備を整えるよう指示を出したら大騒ぎになります。つまり、中国はこれまで台湾戦争の準備を進めており、今度の台湾周辺の演習も台湾戦争の一環です。台湾上陸前のワンステップを行ったということです。まず台湾周辺を封鎖するためミサイルを撃ち込み、アメリカや日本が接近できないようにするという台湾侵攻の練習です。習近平政権は3期目に台湾進攻を狙っていますが、アメリカが本気で台湾を支援することになれば、中国軍とアメリカ軍が正面衝突になるので、それは避けたいわけです。だから今回もペロシ議長が台湾から離れた後で軍事演習を行ったのです。つまり今後台湾有事を防ぐためには、アメリカあるいは日米同盟が台湾を守る決意を示すことが非常に重要となります。さらにもう一つ有効な手段は、習近平政権が台湾に侵略戦争を発動した場合、中国共産党員の海外資産を一文残さず全部凍結すると宣言することです。2021年7月、アメリカのシャーマン国務副長官が中国の外務次官、外国部副部長と会談した際、中国側はアメリカ政府に対して止めて欲しい事のリストを提示しました。その第一番目が、中国共産党員及びその親族のアメリカ入国制限を止めて欲しいという事でした。何故ならば皆アメリカに財産を持っているからです。つまり中国共産党幹部が最も恐れている事は、自分の海外資産が凍結されることです。それを防ぐためには、彼らは習近平の足を引っ張り、台湾戦争ができないように知恵を働かせます。台湾戦争を未然に防ぐならば、この手を使うのが一番良いと思います。

おわりに
   台湾で戦争が起きれば日本は他人事ではありません。ウクライナ戦争ならばテレビで高みの見物ができるかもしれませんが、台湾で戦争が起きれば日本で戦争が起きるのと同じです。何としても習近平の戦争を食い止めなければなりません。

質疑応答
「質問1」

  ソ連が崩壊した原因は経済活動がCOCOM(ココム)の中だけでクローズしていたからだと言われています。中国は西側諸国と経済関係が密になっていますので、中国共産党は今後も崩壊せず続いていくのでしょうか。

「回答1」

   中国共産党が旧ソ連と違うのはご指摘の通りです。冷戦時代の旧ソ連社会主義陣営と西側陣営がほとんど経済的な結びつきがなかったからです。今回の状況は新しい冷戦で複雑です。ケ小平時代、中国は西側との経済的繋がりを深め成功しました。しかし習近平政権はこの10年間、徐々に西側と経済的な繋がりを切り離し、西側と断絶しても、国内の循環で経済を回す「内循環」政策を打ち出しています。アメリカとの貿易摩擦もあり、長期的な視点から中国と西側との経済的結びつきは徐々に薄くなり、外国資本の中国脱出も進みます。中国に代わる新しいサプライチェーンの構築が始まっています。コロナ政策でも、世界はウィズコロナですが、中国はゼロコロナです。中国がゼロコロナを続ける限り西側企業は中国から出て行きます。今後中国は国内の経済環境が悪くなり、さらに台湾有事の可能性が高まると、多くの世界企業は中国ビジネスを再考しなければなりません。ウクライナ侵攻で西側企業のロシアビジネスは一瞬にして終わりました。中国が台湾侵攻を行えば同じような経済制裁が行われ、中国ビジネスは全て終わりです。習近平のあだ名は「総加速師」です。中国の崩壊を加速するプロということです。彼は中国を潰す政策を行っています。ゼロコロナで上海などの経済を潰し、学習塾産業を潰し、経営者はやる気をなくし、外国企業は逃げ出しています。習近平は独裁者となり、滅茶苦茶な国内政策や外交政策を続ける限り、いずれ中国は崩壊します。ただし、中国が崩壊し大混乱に陥り、我々に害を及ぼすことは避けなければなりません。特に一番心配なのが戦争です。


「質問2」

  今度の党大会で習近平と李克強との闘いはどうなるのでしょうか。

「回答2」

   李克強が首相で、習近平は国家主席です。この二人は10年間ずっと仲が悪い。李克強は元々胡錦涛の派閥で共産主義青年団派の出身です。北京大学出身の開明派で、柔軟な姿勢は西側の受けも良い。しかし10年前、習近平が主席となり、李克強はbQの地位に甘んじました。胡錦涛政権時代は主席と首相は阿吽の呼吸で協力し合う関係でしたが、習近平は独裁指向が強く、李克強から経済運営の権限をほとんど奪いました。習近平は経済のことは何も分からないため中国経済は滅茶苦茶です。しかし最近経済が非常に悪くなったので徐々に李克強が経済運営の主導権を取り戻し、存在感を増してきています。しかし李克強に習近平の続投を阻止する力はありません。公安と警察は習近平が握っています。今度の秋の党大会では一つ妥協が出来ているかもしれません。つまり習近平は続投する。李克強は首相を辞めるが、政治局常務委員という党のポストは留任し、全人代の委員長になるでしょう。また李克強の後任の首相は、共産主義青年団派から出るという妥協が出る可能性があります。秋の党大会後も、共産党最高指導部の中に習近平と李克強の両方がいることはほぼ確実です。


「質問3」

  ソ連邦が崩壊し、多くの独立国ができました。中国は多民族国家なので、各民族や各地域が独立するという強烈な内乱が起きて、初めて中国は崩壊するのではないでしょうか。単に体制が変わるだけでは中国は崩壊しないと思いますが、如何でしょうか。

「回答3」

   今仰ったことが、中国にとって一番理想の形だと思います。大きな中国ではなく、チベット、ウイグルが独立する。漢民族だけでも13億人がいますので、一種の中華連邦的共和制になれば良いのです。四川省だけでも1億人の人口ですから、四川共和国ができてもおかしくありません。すべて北京が統治する。習近平という独裁者が一人で14億人を支配する形に、国民は徐々に不満を持つようになるはずです。北京から支配されるよりも、四川省は四川人が、上海は上海人が、満州は満州人が自分達で治めるということになれば中国人は幸せです。また周辺の世界にとっても、脅威ではなくなります。


   以上は、評論家 石平氏の講演を、國民會館が要約、編集したものです。文章の全責任は國民會館が負うものです.。

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